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第二章 世界を書き換える力
第34話 カイリ国の威容
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心地よく揺れる馬車。道は荒れているはずだが、車軸のスプリングが驚くほどよく効いている。
同時に、これほど立派な馬車を書物運搬の偽装に使っているという事実に、私は心の中で苦笑を漏らした。
その笑みに、微かな海風が触れた。
障子を模した小さな窓を薄く開ければ、そこにはカイリ国の街並みが広がっている。高層の建物はほとんどなく、一階建てか、せいぜい二階建ての家々。それらはすべて温かみのある木造や、しっとりとした質感の土壁で建てられていた。
(山脈で隔てられているとはいえ、隣国でこうまで文化が違うとはな。世界は不思議なものだ)
鼻腔をくすぐる潮の香り、耳を震わせる潮騒の音色。その穏やかな時間に、私はしばし目を閉じて身を委ねる。
すると、その自然の音たちに混じり、蚊の鳴くような小さな声が耳をかすめた。
「…………」
目を開くと、真正面に座るメールが私をじっと見つめていた。
この馬車には私とメールの二人きりだ。もう一台の馬車にはイロハとアマネが乗っている。
私がイロハと分かれたのは、アマネの護衛を万全にするためだ。
万が一カイリ国がアマネを奪取し、こちらの交渉の切り札を潰しに来る可能性を鑑みての配置だった。
ギドラは歩き。白頭巾まで被った法衣姿の彼は、どこか高徳な聖職者に見えるらしく、道中、周囲の住民から何やら熱心に拝まれていた。
私は、何かを言いかけたメールに声をかける。
「どうした、メール?」
「あ、あの……アルト様、つまらなそう……ごめんなさい……わたし、おしゃべり……苦手だから」
彼女なりの大声で、懸命に言葉を紡いでいた。
私はそれに笑顔で応える。
「目を閉じていたのは、つまらなかったからではない。馬車の揺れが心地よくて、少し眠気が差しただけだ。それに、私は君のような物静かな者は嫌いではない。むしろ好きだ」
「――――っ!? す、す――」
メールはフードを深く手繰り寄せ、顔を完全に隠してしまった。褒め言葉に照れているのだろう。私は彼女を見て、ふと思う。
(周りにいる連中は口うるさい者ばかりだからなぁ。兵士もすぐに『KO・RO・SE』と言い始めるし、メールのような人材は、我が国では本当に貴重だ)
私は柔らかな笑みを浮かべて、彼女に問いかける。
「どうだ、メール。私のもとに来ないか?」
「――――っ!? そ、そ、そ、それは。で、ですが、身分が……」
「ん、身分など関係ないだろう? 私は君のような存在にこそ、そばにいてほしい」
「~~~~~~ももも、し、かして……そく、し、つ?」
「うん、今なんと言った? 聞き取れなかった」
「はわわわわ、ど、ど、どうしたら」
「まあ、ゆっくり考えておいてくれ」
「は、はい……前向きに、善処します……任務に志願して……よかった」
メールはフードが千切れんばかりの勢いで両端を強く引っ張っている。頭頂部からは、気のせいか湯気のようなものが昇っているようにも見えた。
(ふふ、照れ屋だとは知っていたが、これほどとはな。それはそれで、実に可愛らしいものだ)
そうこうしているうちに、馬車はカイリ国の城へ到着。
人目を避けるように裏口へと回り、周囲に気配がないことを確認してから、私たちは馬車を降りた。
私たちは裏手とはいえ、カイリ国の城の威容に飲まれて、言葉を朧として纏うのがやっとだった。
「これは……エラナ鉱の結晶で作られた城か……」
城は「水晶宮」と呼ぶにふさわしい、巨大なエラナ鉱(魔石)の原石を加工して築き上げられていた。
薄緑を基調とした半透明の水晶が太陽の光を反射し、七色のプリズムとなって周囲に幻想的な光を振りまいている。
「壁も、屋根も、通路までもすべてがエラナ鉱とは……何という絢爛で奢侈なのか」
イロハ・メール・アマネ・ギドラ。同行する皆も、それぞれ城を目にして驚愕の言葉を零す。
「魔石の城……凄まじい魔力を宿した攻防一体の城――いえ、要塞でしょうか」
「師匠……喜びそう……」
「エラナ鉱の産出地だからって、やりすぎでしょうよ……」
「むぅ、規模は帝都に及ばぬが、防衛力は匹敵しそうだな」
しばし言葉を失う。その私たちへ出迎えの男がやんわりと声をかけてきた。
「アルト陛下、失礼ですが、人の目がつく前に中へ……」
「あ、ああ、そうだったな」
不覚にも城の輝きに呑まれてしまった私は、一度深く呼吸を整え、案内人の背を追った。
――城内
城の中もまたエラナ鉱を加工した魔石に満たされていた。飾られている調度品全てに何らかの形で魔石が組み込まれている。
私はさりげなく置かれた壺を見やる。
(あの壺一つぶん投げるだけで、相当な威力の魔道具として成立しそうだな)
常識外れ、桁外れの財力を誇るカイリ国を前に、もはや感嘆の溜息すら追いつかない。
(ルミナ相手では、比べようもない国力差だ)
――横に広く、縦に長い。独特の静謐さが漂う廊下を歩む。
その先の十字路で、一人の男が立っていた。
案内人がすぐさま端に寄り、私が先頭に立つ。
十字路の男は鎧直垂という鎧の下に着る、動きやすい袖と裾が絞れる服を纏う。
腰には湾曲した美しい刃――太刀という武器を腰元に静かに佩ける。
その出で立ちには不釣合いだが、機能的で丈夫そうなブーツが彼の軽やかな足取りを支えていた。その姿はまるで、異世界から訪れた戦士――。
彼は蒼黒のミディアムヘアを揺らし、鈴の音のような響きを生んだ。
「ようこそ、カイリ国へ。私は女王ミカガミより勇者の称号を賜っております、ミナヅキ。アルト陛下、あなたとの対面を心より待ち望んでいましたよ」
同時に、これほど立派な馬車を書物運搬の偽装に使っているという事実に、私は心の中で苦笑を漏らした。
その笑みに、微かな海風が触れた。
障子を模した小さな窓を薄く開ければ、そこにはカイリ国の街並みが広がっている。高層の建物はほとんどなく、一階建てか、せいぜい二階建ての家々。それらはすべて温かみのある木造や、しっとりとした質感の土壁で建てられていた。
(山脈で隔てられているとはいえ、隣国でこうまで文化が違うとはな。世界は不思議なものだ)
鼻腔をくすぐる潮の香り、耳を震わせる潮騒の音色。その穏やかな時間に、私はしばし目を閉じて身を委ねる。
すると、その自然の音たちに混じり、蚊の鳴くような小さな声が耳をかすめた。
「…………」
目を開くと、真正面に座るメールが私をじっと見つめていた。
この馬車には私とメールの二人きりだ。もう一台の馬車にはイロハとアマネが乗っている。
私がイロハと分かれたのは、アマネの護衛を万全にするためだ。
万が一カイリ国がアマネを奪取し、こちらの交渉の切り札を潰しに来る可能性を鑑みての配置だった。
ギドラは歩き。白頭巾まで被った法衣姿の彼は、どこか高徳な聖職者に見えるらしく、道中、周囲の住民から何やら熱心に拝まれていた。
私は、何かを言いかけたメールに声をかける。
「どうした、メール?」
「あ、あの……アルト様、つまらなそう……ごめんなさい……わたし、おしゃべり……苦手だから」
彼女なりの大声で、懸命に言葉を紡いでいた。
私はそれに笑顔で応える。
「目を閉じていたのは、つまらなかったからではない。馬車の揺れが心地よくて、少し眠気が差しただけだ。それに、私は君のような物静かな者は嫌いではない。むしろ好きだ」
「――――っ!? す、す――」
メールはフードを深く手繰り寄せ、顔を完全に隠してしまった。褒め言葉に照れているのだろう。私は彼女を見て、ふと思う。
(周りにいる連中は口うるさい者ばかりだからなぁ。兵士もすぐに『KO・RO・SE』と言い始めるし、メールのような人材は、我が国では本当に貴重だ)
私は柔らかな笑みを浮かべて、彼女に問いかける。
「どうだ、メール。私のもとに来ないか?」
「――――っ!? そ、そ、そ、それは。で、ですが、身分が……」
「ん、身分など関係ないだろう? 私は君のような存在にこそ、そばにいてほしい」
「~~~~~~ももも、し、かして……そく、し、つ?」
「うん、今なんと言った? 聞き取れなかった」
「はわわわわ、ど、ど、どうしたら」
「まあ、ゆっくり考えておいてくれ」
「は、はい……前向きに、善処します……任務に志願して……よかった」
メールはフードが千切れんばかりの勢いで両端を強く引っ張っている。頭頂部からは、気のせいか湯気のようなものが昇っているようにも見えた。
(ふふ、照れ屋だとは知っていたが、これほどとはな。それはそれで、実に可愛らしいものだ)
そうこうしているうちに、馬車はカイリ国の城へ到着。
人目を避けるように裏口へと回り、周囲に気配がないことを確認してから、私たちは馬車を降りた。
私たちは裏手とはいえ、カイリ国の城の威容に飲まれて、言葉を朧として纏うのがやっとだった。
「これは……エラナ鉱の結晶で作られた城か……」
城は「水晶宮」と呼ぶにふさわしい、巨大なエラナ鉱(魔石)の原石を加工して築き上げられていた。
薄緑を基調とした半透明の水晶が太陽の光を反射し、七色のプリズムとなって周囲に幻想的な光を振りまいている。
「壁も、屋根も、通路までもすべてがエラナ鉱とは……何という絢爛で奢侈なのか」
イロハ・メール・アマネ・ギドラ。同行する皆も、それぞれ城を目にして驚愕の言葉を零す。
「魔石の城……凄まじい魔力を宿した攻防一体の城――いえ、要塞でしょうか」
「師匠……喜びそう……」
「エラナ鉱の産出地だからって、やりすぎでしょうよ……」
「むぅ、規模は帝都に及ばぬが、防衛力は匹敵しそうだな」
しばし言葉を失う。その私たちへ出迎えの男がやんわりと声をかけてきた。
「アルト陛下、失礼ですが、人の目がつく前に中へ……」
「あ、ああ、そうだったな」
不覚にも城の輝きに呑まれてしまった私は、一度深く呼吸を整え、案内人の背を追った。
――城内
城の中もまたエラナ鉱を加工した魔石に満たされていた。飾られている調度品全てに何らかの形で魔石が組み込まれている。
私はさりげなく置かれた壺を見やる。
(あの壺一つぶん投げるだけで、相当な威力の魔道具として成立しそうだな)
常識外れ、桁外れの財力を誇るカイリ国を前に、もはや感嘆の溜息すら追いつかない。
(ルミナ相手では、比べようもない国力差だ)
――横に広く、縦に長い。独特の静謐さが漂う廊下を歩む。
その先の十字路で、一人の男が立っていた。
案内人がすぐさま端に寄り、私が先頭に立つ。
十字路の男は鎧直垂という鎧の下に着る、動きやすい袖と裾が絞れる服を纏う。
腰には湾曲した美しい刃――太刀という武器を腰元に静かに佩ける。
その出で立ちには不釣合いだが、機能的で丈夫そうなブーツが彼の軽やかな足取りを支えていた。その姿はまるで、異世界から訪れた戦士――。
彼は蒼黒のミディアムヘアを揺らし、鈴の音のような響きを生んだ。
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