マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第三章 合縁奇縁と重なる誤解

強面の女将軍

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 東地区の裏通りから北側の表通りへ向かい、通りをすり抜けて、北地区へ到着。
 地図を頼りに浴場へ向かう。
 近くまで来ると、浴場があると思われる場所に人だかりができていた。

 また、どこかのアホが暴れているのかと思いきや、真っ白な鎧を身に纏い、ワシのような勇猛な鳥の紋章を掲げた一団が浴場の前に立っていた。
 街行く人々は彼らを避けるように歩いている。

 なんだかよくわからないけど、とりあえず兵士っぽい人に話しかけてみよう。


「あの~、すみません?」
「ん、なにかな?」
「ここって浴場ですよね。今は使えないの?」
「ああ、もうすぐノアゼット将軍がお着きになる。将軍が湯浴みを終えるまでは一切立ち入り禁止だ」
「ええ~、そんな~。タイミング悪すぎぃ~」
 
 まさか、めったにいないはずのノアゼット将軍さんが今日に限って戻ってきているとは。
 あまりのバッドタイミングに足元から崩れ落ちた。

「温かいお風呂……楽しみにしてたのに~」
「よくわからないが、娘さん、早くここから去るがいい。ノアゼット様に失礼があれば、その首、胴と離れるやもしれぬ」
「え、マジで?」
「ノアゼット様は厳しいお方だからな。たとえ君のような若い娘であっても、非礼は許さぬよ」
「そっかぁ。じゃあ、いったん諦めて、あとで来るか」
 
 ふらふらと立ち上がり、ため息をついて、後ろを振り向き一歩踏み出す。
 そこで、誰かにぶつかった。


「あたっ。うう~、鼻打ったぁ。ああ、ごめんね。前ちゃんと見てなくて」
 ぶつかった相手はかなりの長身で、身体も大きく、鎧を纏っている。
 別の兵士さんか?
 俺は見上げるように、相手の顔へ目を向けた。

「……っ」
 相手は小さく唸ったかと思うと、燃えるような緋色の眼で俺を睨みつけてきた。
 
 その人の鎧は、そこら兵士の鎧よりも作りが豪華で、肩当て、肘を守るコーター、上腕を守るヴァンプレイス。腰部を守るチェインメイルスカート、大腿部を守るキュイッスから鉄靴かなぐつまで細かな意匠が施されている
 
 美しい輝き見せる真っ白な外套を背負い、そこには兵士たちが掲げていた猛々しい鳥の紋章と、鳥を讃える細かな刺繍が紡がれている。

 見事なまでに調和のとれた美しい鎧なのだけど、右手につけたガントレットだけは腕周りの倍はある大きさで、闇を溶かした漆黒の色。
 白で統一された装具の中で異彩を放っていた。
 
 
 明らかに他の兵士と一線を画す姿……胸部にそっと視線を移す。胸部にある金属の鎧は膨らんでおり、女性の場所が用意してある。

 浴場を守る兵士と豪華な鎧の女性……答えは一つしかない。
 答え合わせのために、チラリと兵士へ目をやる。
 兵士は口をポカリと開けて、わなわなと身体を震わせこちらを見ている。
 

 間違いない。この人が 浴場の主にして、六龍将軍と呼ばれるノアゼット=シュー=ヘーゼル将軍だ。

 俺は恐る恐るノアゼットの顔へ視線を移す。

 セミロングで毛先にウエーブがかかった太陽のような赤い髪。
 彼女は無言で俺を見つめていて、その人間味を感じさせない表情は恐怖を駆り立てる。
 ただ、怖いのはたしかだけど、想像してたゴリラ女とはほど遠い。
 身体は重厚で男勝り。でも、顔立ちだけみれば非常に整っており、美女といってもいいだろう。
 
 一応、ノアゼット本人か、確認のために尋ねてみる。

「う~んっと、ノアゼット様?」
「だとしたら、なんだ」

 地の奥底から響いてくる低い声。声一つとってもとんでもない迫力だ。
 俺は迫力に押されて、聞かれてもないことをしゃべり始めてしまった。

「えっと、俺、ドブ掃除してて、体洗おうと思ったら、なんかほら、大変みたいで、仕方ないから帰ろっかな~っておもったら、ぶつかっちゃって、それがノアゼット様と知らなかったんスよ」

 自分でもちゃんと説明できてるか全くわからない。
 でも、兵士の人たちや、街行く人たちが頭を抱えたり顔を背けたりしている様子から、やらかしたことだけは理解できた。

 
 ノアゼットは目を見開き、俺を一睨み。
 身も心も凍りつく。その瞬間、俺は死を覚悟した。
 ノアゼットは口元をにやりと捻じ曲げる。
 その姿は、何か恐ろしげなことを考えている兇賊にしか見えない。

 彼女は俺を横切り、浴場へ向かう。兵士たちは慌てて、道を開けた。
 助かった、と思いきや、ノアゼットは立ち止まり、俺に声をかけてきた。

「どうした、風呂に来たのだろう?」
 彼女は軽く顎を浴場へ動かして、建物の中に入っていった。

 今のは、もしかして……入って来いということだろうか?


 最初に話しかけた兵士が俺の肩を叩き、真っ青な顔で言う。

「将軍の気まぐれであろうが、粗相なきよう気を付けることだ」
「ええ~、やっぱりそういうことなんっ」

 他の兵士も街の人々も、顔を青ざめて口々に可哀そうにだとか生きて帰られないだとか、恐ろし気な言葉を口にしている。

「あの、すみません。また今度きますから。今日のところはこれで」
「娘よ、将軍の言葉を無視するつもりか?」
「やっぱり、無理か。はは、はぁ~、行ってきます……」
「な、なに、本気かっ? 断るなら今のうちだぞ!」
「ええっ、なんで?」
 断るなと言ったり、断れと言ったり、どうしたいんだこの兵士は?
 兵士の意図がさっぱり読めない。
 
 彼はゆっくりと首を沈めながら言葉を出す。
「う~む、覚悟が決まっているのなら、止めはしないが。無事に戻って来いよ。命あればこそだからな」
「はい、わかりました……」
 たかが風呂に入るだけで、なんで命の心配されなきゃならないんだろうか。
 降って湧いた不幸を嘆きながら、足取り重く浴場のある建物へ歩いていった。


 
 ノアゼットが個人で楽しむために作ったという、大衆浴場の建物を右から左に首を振り眺める。
 真っ白なブロックを積み上げて作られたかような、整然とした二階建ての建築物。
 窓は一定間隔で配置してあり、どこか無機物的。
 屋上には威厳溢れる鳥の紋章の旗がいくつもはためいている。

 紋章を眺めながら、小さな疑問が浮かぶ。
(六龍将軍なのに、なんで鳥なんだろう?)
 しかし、その疑問を直接ノアゼットにぶつける勇気はない。
 折を見て、誰かに聞こう。
 
 視線を中庭へ向ける。
 建物自体は実にシンプルな造りだが、中庭はかなり凝った造りになっていた。
 庭の中心に噴水を置き、周りには花畑。花々を愛でられるように子洒落たベンチがいくつか置いてある。
 噴水の真ん中に女性の像。女性は甕を両手支えて肩に置き、そこからは水が流れ出ている。

 建物は無口で色気のないノアゼットらしい感じだが、中庭はそれとは対照的な雰囲気だった。
 

 建物の入り口まで来ると、ノアゼットが俺を待っていた。
「何をしている? 私を待たせるな」
「す、すみませんっ」


 ぺこぺこと頭を下げながら近づく。
 すると、ノアゼットは体を横に向けた。どうやら先に行けと言ってるようだ。
 俺は何度も頭を下げながら、横をすり抜け、玄関へ入る。
 
 玄関は二つに分かれており、左が男湯、右が女湯になっていた。
 俺の体はつい、左に向いてしまう。
 ノアゼットは低くこもった声を上げて注意を促す。

「おい、そっちは男湯だぞ」
「あ、そっか。女湯だよね」

 俺の言葉を彼女は不思議に思ったようで眉を顰める。額に小さく皺を寄せただけで、鬼のような表情に見える。
 この人の一つ一つの態度に、心休まる暇がない。

 

 脱衣場に入り、俺はノアゼットから背を向けて服を脱ぎ始める。
 とてもじゃないが向かい合いながらだと、緊張しすぎて脱げるものじゃない。

 服を全部脱いだところで、壁脇に全身を映せる鏡を見つけた。
 昨日は服を着たまま全身を確認したが、裸は確認してなかった。
 ちょうどいい機会なので、自分の体を観察してみることにした。


 鏡に映る、裸の俺。
「ふむぅ~、健康的なピンクじゃ。ハリとつやもいいな。下の毛は……まさかのストレート。って、トイレで確認済みだっての。しっかし、俺のは縮れたのになぁ」
 
 鏡の前で体をくねらせて、足から尻、胸にかけてじっくりとチェックしていく。
「胸が思ったよりデカいな。ここから成長していく考えると、邪魔になりそう。しかし、形は俺好みだ」
 
 さらに観察を続け、自分の趣味がしっかり反映された肉体に納得し、満足げに唸り声をあげた。

「ふむぅ~、傷一つないな。まさに玉のようなお肌。しかし、全然興奮しないなぁ。やっぱり自分の裸だからか? 人のだと、あっ」

 ここでノアゼットの存在を思い出した。
 彼女は怖そうな人だが、女性だ。
 果たして、一緒に風呂に入っていいものだろうか? たとえ、今の俺が女であったとしても。
 申し訳なさを交えつつ、彼女へ目を向ける。
 ノアゼットは鎧を脱ぎ終えて、ようやく下着に手をかけている最中だった。

 意外なことに、ノアゼットの下着は黒色のレース。かなりエッチな感じだ。
 だけど、下着以上に彼女の身体に目が行く。


 鍛え抜かれた肉体。
 戦いのためだけに特化した、一切の無駄のない筋肉。
 しかし、筋肉によって、胸にある女性の象徴は失われてはいない。
 俺は彼女の彫刻のような美しさに釘付けとなり、無意識に言葉がするりと抜けた。

「すげぇ……」
 小さな声だったのだが、ノアゼットの耳に届いたようで、彼女は鋭い眼光を交えてこちらを向いた。
「傷が、気になるのか?」
「傷?」
 
 一瞬、眼光に驚いてすくみあがり視線を外したが、傷と言われて、もう一度彼女の体に視線を戻した。
 よく見ると、背中には布地を引き裂いたかのような生々しい傷跡がついていた。


「あ、ほんとだ、傷が……痛そう」
「古い傷だ。痛みはない。しかし、お前は何を見て、驚いたのだ?」
「あ、いえ、ノアゼット様の体があまりにも綺麗だったんで見とれちゃったんです」

「綺麗、だと?」

「なんていうのかなぁ。しなやかな筋肉に内包された女性らしさ、肉体美というか完成された感じ。身長が高いのもあるんだろうけど、モデルさんみたいで綺麗だな……って……思ったんです、けどぉ~」

 ノアゼットは無言で俺を睨みつける。
 何かまずいことを言ってしまったのか。もしかして、首切られちゃう?
 首元を押さえて、背中を後ろに引いていく。

 しかし、ノアゼットは何をするでもなく、ふいっと顔を横に向けただけ。
 そこから、彼女が何を思っているのかは全くわからない。

(うう~、わかんないな~、この人。怒ってんだか気にしてないんだか。もういいや。わかんないものはわかんない。あんまり気にしすぎても疲れるだけだから、普通にしよっと)
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