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第十章 英雄祭
癒える心
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――英雄祭、当日・一日目
ついにっ、あの二年に一度行われるという英・雄・祭!
王都のみんなはこのお祭りのために、何か月も前から心弾ませ準備をしてきた。
その思いを爆発させるかのように、王都の中心にあるクリスタル城から四方に広がる表通りには、人と店が溢れかえっている。
人間や人狼、ケットシー、エルフ、ドワーフに、液状の体をもみょんもみょんさせながら歩いているわけのわからない種族とすさまじいカオスっぷり。
同じ人間族でも、ジョウハクの国民とは衣装がかなり異なる人も歩いている。
おそらく、他国からの見物客。
東地区はだだっ広い表通りをいくつかに分割して、交通の流れを制御しているが、それでも人々の洪水は容赦なく道を埋め尽くす。
他の地区ではどうなっているかと思うと恐ろしい。
ま、そんなこた~放っておいて、せっかくのお祭り、楽しむぞ!
実は内心、祭りの日は何か仕事を任されるだろうなぁ、と思い戦々恐々としていた。
でも、トルテさんが気を利かせてくれたおかげで休みがもらえた。
中二日と三日は仕事だけど……。
明日明後日のことを考えると憂鬱。しかしっ、考えても仕方ないことは考えない。
そんなわけで、今日は今日という日を楽しもう!
宿屋からピケと手をつないで、一緒に外へ出る。
ピケは祭りということで、今日はかなり気合の入ったお洒落服。
情熱的なフラメンコのような衣装。赤を基調とし、真っ黒なフリルや模様が付いた服を着ている。
街の人々も今日は祭りなので煌びやかな衣装を着ている人が多い。だから、いつもよりはピケの衣装の奇抜さは薄らいでる。と、いうことにしておこう。
俺はピケと一緒にみんなとの待ち合わせ場所へ向かう。
その途中で出鼻をくじかれるような、ちょっとした面倒事に出くわした。
それは俺の過去の忌まわしい記憶を刺激するもの……。
女性が一人の男性に文句を言っている。
それは男性が女性にぶつかったためだ。
しかし、俺は一部始終を見ていた。
男性は小さな子どもを避けようとして、誤って女性にぶつかってしまったのだ。
男性もそれを説明すればいいだけなのに、口下手のようでしどろもどろになっている。
(ああ、昔見たことがあるな、こんなの……)
彼らが織り成す光景には見覚えがあった。
以前、ちらりと思い出した小四の頃の記憶が、二人の男女のやり取りを通して、鮮明に蘇ってくる。<※第二章 お風呂があるそうな>
――小学四年生・笠鷺燎
あれは、田舎から市内へ引っ越してきて半年が経った小四のころだった。
掃除の時間――教室掃除と廊下掃除は男子の担当。
俺たち廊下組はそれなりに掃除をしていたけど、教室組はいつもいい加減だった。
でも、その中に一人、とても真面目な子がいた。
その子だけがいつも真面目に掃除をしていた。
しかしその日は、彼は掃除ができなかった。
なぜならば、不真面目な連中が意味もなく箒を片手にだらだら喋っていたからだ。
仕方なく彼は自分にやれることをしようと雑巾を手に、汚れていた場所を拭いていく。
それも終わり、いよいよやることなくなった。
そこに、女子たちが帰ってきた。
「ちょっと、ちゃんと掃除してよ。いっつも教室汚いんだから」
「ちゃんと掃除してるよ、ほら」
不真面目な連中は箒をちろちろ動かして、掃除をしているアピールをする。
その中で、真面目な子だけが何もできずに立っていた。
ある女子が、その姿を見咎める。
「ねぇ、なんで、突っ立ってんの? あんたも掃除しなよ」
「え、ぼ、僕は……」
口下手だった彼は女子から問い詰められても、何も言えずにどもるばかり。
不真面目な連中はその姿をニヤニヤと見物している。
女子は彼の態度に業を煮やして、さらに責め立てていた。
俺はそれを見ながら、どうしようかと悩む。
でも、放っておくには可哀想だったので、事情を説明してやることにした。
女子の前に立った俺の後ろから、彼が「ありがとう」と小さく呟く。
俺は軽く頷いて、女子に事情を説明する。
俺の中では説明を受けた女子は、「そうだったんだ」で終わる予定だった。
しかし……。
「はぁ~、だったら最初からそう言ってくれればいいじゃん。私が悪者みたいで嫌な感じになるしっ。笠鷺君もさっさと教えてくれればいいのに!」
彼女には勘違いで責めてしまった恥ずかしさがあったんだと思う。
説明を受けた彼女は、自分のプライドを傷つけられたように感じて、矛先を俺に向けてきた。
その時、適当に退いておけばよかったのに、彼女の態度にイラついた俺は容赦なく言葉で攻め返した。
言い合いの末、女の子は泣く。
そこからはお決まりのパターン。
まずは女子数人がやってきて、俺を責める。
すでに真っ赤な火のついた俺は、この女子たちにも容赦なく荒げた声を浴びせる。
「お前ら、見てただろ。ただの勘違いで済む話なのに、こいつが俺に変に文句言うからっ!」
しかし、もはや言葉など無意味。
女子を泣かせた。その事実だけが前を走っていく。
そこにクラスの中心だった男子が現れた。
彼は女子の味方をする。
その行為がますます俺の激情に油を注いだ。
「お前卑怯だろっ! あいつが真面目に掃除してたの知ってたくせにっ、女子が泣いたときだけ出しゃばってくるなんてっ!!」
口喧嘩はエスカレートして、最後には出しゃばってきた男子が俺を殴って、その場は終息した。
でも、話はそこで終わったわけじゃない。
その後、学級会が開かれる。
そこで俺は……ただ一人の悪者として吊し上げられた。
クラスの中心人物だった男子が女子と組んで、俺が勝手に感情的になった。そういう方向に話を持っていった。
本来、渦中である真面目な子は、おのれの可愛さに俺を売った。
「笠鷺くんが勝手に興奮して、迷惑だったのに……」
おそらく、他の連中から脅されたのだろう。
それはわかっている。
わかっているけど、お前は俺に「ありがとう」って言ってくれたじゃないか!!
馬鹿馬鹿しくなった。誰かのお節介を焼くなんて。
誰かと付き合うことも、誰かの力になることも無駄。無駄。無駄……。
俺の瞳にはあの時の光景と、今、責められている男性と責めている女性の姿が重なる。
(俺はあれがきっかけで希薄な人間関係を求めるようになった。あの時はそんなもんかと思ってたけど……そっか、俺は傷ついてたんだな。フフフ)
何年も経って、ようやく自分の心の傷に気づき、妙な笑いが込み上げてくる。
もう一度、争っている男女を瞳に宿す。
(関わるべきではない。少し前の俺なら、それを選択していたかもな。でも……)
「すみません、ちょっといいですか?」
俺は女性に男性がぶつかってしまった事情を説明した。
すると、女性は平謝りをする。
男性もしっかり説明できなかったことに頭を下げて謝った。
「ふぅ、よかった。ややこしいことにならなくて」
「ねぇ、おねえちゃん?」
「うん、なんだピケ?」
「おつかれさま」
「ふふ、ああ、そうだな。ありがとう」
ピケの頭を撫でる。
ピケは柔らかなほっぺをピンク色に染める。
(ここにいる人たちはみんないい人だ……いや、そうじゃない。地球だって、いい人は多い。あの時は少し、ボタンを掛け違いたんだ)
俺がもう少し落ち着いて、感情を爆発させなければ、あの場は収まっていたはず。
(そうだ、彼を助けたことは間違っていない)
もう、名前すら憶えていないクラスメイト。
それは忘れようとしたからかもしれない。
引き出しを覗けば、思い出すけど……それは違う気がする。
ゆっくりと、彼の名は思い出せばいい。
ついにっ、あの二年に一度行われるという英・雄・祭!
王都のみんなはこのお祭りのために、何か月も前から心弾ませ準備をしてきた。
その思いを爆発させるかのように、王都の中心にあるクリスタル城から四方に広がる表通りには、人と店が溢れかえっている。
人間や人狼、ケットシー、エルフ、ドワーフに、液状の体をもみょんもみょんさせながら歩いているわけのわからない種族とすさまじいカオスっぷり。
同じ人間族でも、ジョウハクの国民とは衣装がかなり異なる人も歩いている。
おそらく、他国からの見物客。
東地区はだだっ広い表通りをいくつかに分割して、交通の流れを制御しているが、それでも人々の洪水は容赦なく道を埋め尽くす。
他の地区ではどうなっているかと思うと恐ろしい。
ま、そんなこた~放っておいて、せっかくのお祭り、楽しむぞ!
実は内心、祭りの日は何か仕事を任されるだろうなぁ、と思い戦々恐々としていた。
でも、トルテさんが気を利かせてくれたおかげで休みがもらえた。
中二日と三日は仕事だけど……。
明日明後日のことを考えると憂鬱。しかしっ、考えても仕方ないことは考えない。
そんなわけで、今日は今日という日を楽しもう!
宿屋からピケと手をつないで、一緒に外へ出る。
ピケは祭りということで、今日はかなり気合の入ったお洒落服。
情熱的なフラメンコのような衣装。赤を基調とし、真っ黒なフリルや模様が付いた服を着ている。
街の人々も今日は祭りなので煌びやかな衣装を着ている人が多い。だから、いつもよりはピケの衣装の奇抜さは薄らいでる。と、いうことにしておこう。
俺はピケと一緒にみんなとの待ち合わせ場所へ向かう。
その途中で出鼻をくじかれるような、ちょっとした面倒事に出くわした。
それは俺の過去の忌まわしい記憶を刺激するもの……。
女性が一人の男性に文句を言っている。
それは男性が女性にぶつかったためだ。
しかし、俺は一部始終を見ていた。
男性は小さな子どもを避けようとして、誤って女性にぶつかってしまったのだ。
男性もそれを説明すればいいだけなのに、口下手のようでしどろもどろになっている。
(ああ、昔見たことがあるな、こんなの……)
彼らが織り成す光景には見覚えがあった。
以前、ちらりと思い出した小四の頃の記憶が、二人の男女のやり取りを通して、鮮明に蘇ってくる。<※第二章 お風呂があるそうな>
――小学四年生・笠鷺燎
あれは、田舎から市内へ引っ越してきて半年が経った小四のころだった。
掃除の時間――教室掃除と廊下掃除は男子の担当。
俺たち廊下組はそれなりに掃除をしていたけど、教室組はいつもいい加減だった。
でも、その中に一人、とても真面目な子がいた。
その子だけがいつも真面目に掃除をしていた。
しかしその日は、彼は掃除ができなかった。
なぜならば、不真面目な連中が意味もなく箒を片手にだらだら喋っていたからだ。
仕方なく彼は自分にやれることをしようと雑巾を手に、汚れていた場所を拭いていく。
それも終わり、いよいよやることなくなった。
そこに、女子たちが帰ってきた。
「ちょっと、ちゃんと掃除してよ。いっつも教室汚いんだから」
「ちゃんと掃除してるよ、ほら」
不真面目な連中は箒をちろちろ動かして、掃除をしているアピールをする。
その中で、真面目な子だけが何もできずに立っていた。
ある女子が、その姿を見咎める。
「ねぇ、なんで、突っ立ってんの? あんたも掃除しなよ」
「え、ぼ、僕は……」
口下手だった彼は女子から問い詰められても、何も言えずにどもるばかり。
不真面目な連中はその姿をニヤニヤと見物している。
女子は彼の態度に業を煮やして、さらに責め立てていた。
俺はそれを見ながら、どうしようかと悩む。
でも、放っておくには可哀想だったので、事情を説明してやることにした。
女子の前に立った俺の後ろから、彼が「ありがとう」と小さく呟く。
俺は軽く頷いて、女子に事情を説明する。
俺の中では説明を受けた女子は、「そうだったんだ」で終わる予定だった。
しかし……。
「はぁ~、だったら最初からそう言ってくれればいいじゃん。私が悪者みたいで嫌な感じになるしっ。笠鷺君もさっさと教えてくれればいいのに!」
彼女には勘違いで責めてしまった恥ずかしさがあったんだと思う。
説明を受けた彼女は、自分のプライドを傷つけられたように感じて、矛先を俺に向けてきた。
その時、適当に退いておけばよかったのに、彼女の態度にイラついた俺は容赦なく言葉で攻め返した。
言い合いの末、女の子は泣く。
そこからはお決まりのパターン。
まずは女子数人がやってきて、俺を責める。
すでに真っ赤な火のついた俺は、この女子たちにも容赦なく荒げた声を浴びせる。
「お前ら、見てただろ。ただの勘違いで済む話なのに、こいつが俺に変に文句言うからっ!」
しかし、もはや言葉など無意味。
女子を泣かせた。その事実だけが前を走っていく。
そこにクラスの中心だった男子が現れた。
彼は女子の味方をする。
その行為がますます俺の激情に油を注いだ。
「お前卑怯だろっ! あいつが真面目に掃除してたの知ってたくせにっ、女子が泣いたときだけ出しゃばってくるなんてっ!!」
口喧嘩はエスカレートして、最後には出しゃばってきた男子が俺を殴って、その場は終息した。
でも、話はそこで終わったわけじゃない。
その後、学級会が開かれる。
そこで俺は……ただ一人の悪者として吊し上げられた。
クラスの中心人物だった男子が女子と組んで、俺が勝手に感情的になった。そういう方向に話を持っていった。
本来、渦中である真面目な子は、おのれの可愛さに俺を売った。
「笠鷺くんが勝手に興奮して、迷惑だったのに……」
おそらく、他の連中から脅されたのだろう。
それはわかっている。
わかっているけど、お前は俺に「ありがとう」って言ってくれたじゃないか!!
馬鹿馬鹿しくなった。誰かのお節介を焼くなんて。
誰かと付き合うことも、誰かの力になることも無駄。無駄。無駄……。
俺の瞳にはあの時の光景と、今、責められている男性と責めている女性の姿が重なる。
(俺はあれがきっかけで希薄な人間関係を求めるようになった。あの時はそんなもんかと思ってたけど……そっか、俺は傷ついてたんだな。フフフ)
何年も経って、ようやく自分の心の傷に気づき、妙な笑いが込み上げてくる。
もう一度、争っている男女を瞳に宿す。
(関わるべきではない。少し前の俺なら、それを選択していたかもな。でも……)
「すみません、ちょっといいですか?」
俺は女性に男性がぶつかってしまった事情を説明した。
すると、女性は平謝りをする。
男性もしっかり説明できなかったことに頭を下げて謝った。
「ふぅ、よかった。ややこしいことにならなくて」
「ねぇ、おねえちゃん?」
「うん、なんだピケ?」
「おつかれさま」
「ふふ、ああ、そうだな。ありがとう」
ピケの頭を撫でる。
ピケは柔らかなほっぺをピンク色に染める。
(ここにいる人たちはみんないい人だ……いや、そうじゃない。地球だって、いい人は多い。あの時は少し、ボタンを掛け違いたんだ)
俺がもう少し落ち着いて、感情を爆発させなければ、あの場は収まっていたはず。
(そうだ、彼を助けたことは間違っていない)
もう、名前すら憶えていないクラスメイト。
それは忘れようとしたからかもしれない。
引き出しを覗けば、思い出すけど……それは違う気がする。
ゆっくりと、彼の名は思い出せばいい。
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