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第十一章 アクタ
アクタの成り立ち
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――サシオン=コンベル邸
いつもの執務室に通される。
部屋にはサシオンと俺しかいない。
俺は無言で街の調査報告書を出す。
彼はそれを受け取ると、机の端に置いた。
「ご苦労。あとで目を通す。今日はフォレに役目を与えているため、途中で邪魔が入ることもない。さて、ヤツハ殿。何が聞きたい?」
「そうだなぁ……サシオンは俺の事情をどこまで知ってる?」
「君が地球人で咎人であるくらいか。しかし、まだ若いというのに追放刑を受けるとは、いったい何をした?」
「俺がしたんじゃねぇよっ。前世の罪を償ってないとかいう理不尽極まりない理由で追放されたんだよ!」
「そうか。彼ら高位存在は勝手だからな。高位存在が幅を利かせている君の宇宙は大変そうだ」
「君の宇宙? それは?」
「その件はあとで話そう。先にヤツハ殿が尋ねたいことを聞くがいい」
「じゃあ……この世界って何なの? 時計塔に日本の痕跡があるし。マヨマヨはSFっぽい技術使ってるし。ほかにも、ちらほらアクタっぽくない技術や文化が存在するし」
「ふむ、そうだな。まずは世界の成り立ちからになるな。少々長くなるが……経典の冒頭部分はご存知か?」
「ああ、以前アプフェルから聞いた。たしか……」
『世界は無であった。そこには光も闇ない。女神コトアは只そこにいた。名もなく時間さえ無い世界。女神コトアは『世界』を見つめていた。彼女は手を伸ばし、希望を掴む。希望の名は精霊。コトアは精霊の力を使役し、世界を産んだ』
「だったはず」
「うむ、経典に書かれている、コトアが見つめていた『世界』は何だと思う?」
「なにって……何もない世界のことじゃないの?」
「ふふ、では、ゆるりと話していこう。アクタのことを」
――女神コトアが管理する世界『アクタ』
女神コトアは創造も破壊もできない神。
何もない無の世界に、ただ、揺蕩うのみの存在。
彼女はずっと『世界』を見つめていた。憧れをもって……。
彼女とは違う、『別の世界』を。
別の世界はコトアの管理する世界と違い、命溢れる世界。
無が広がる世界にいる彼女は、恋い焦がれた。命に……。
ある日、コトアは異なる世界から漏れ出た情報の断片を見つけた。
情報の名は命育む精霊ドリアード。
ドリアードの力を借り、火・水・風・土・光・闇の六大精霊を生み出す。
それを基に、さらに世界を広げる。
その間も、コトアは世界の情報の断片をかき集める。
やがて、コトアの世界を知った他の世界の者たちから、情報が投棄されるようになった。
自分たちの世界には不要である情報を処理するために。
彼らにとっては不要な情報。
しかし、無の世界であるコトアの世界には、いかなる情報も大切なものだった。
――――
「コトアが見つめていた世界は、無とは異なる、命の世界。彼女は、命の世界から手に入れた様々な情報を積み上げていく。そうして創られた世界が、アクタだ」
「そんな世界が……そもそも、無の世界って何のためにあるの?」
「そうだな……ヤツハ殿が知るところだと、多元宇宙論という表現が近しいか。多元宇宙論、この言葉はご存知か?」
「いや、まったくもって初耳」
「そうか……端的に言えば、無数の平行宇宙が存在するということだ。その狭間に存在するのが無の世界。そこをコトアのような虚無の神々が管理している」
「神々?」
「コトア以外にも無を見つめている神がいる。彼らの役目は、異なる宇宙が干渉し合わないように監視すること。しかし、その役目は絶望というほど酷な役目。何せ、命なき世界で孤独に、生命溢れる世界を見つめ続けるだけなのだからな」
サシオンの言葉に鳥肌が立った。
俺は知っている、その無の世界がどのような場所かを。
おそらく、あの狭間の世界と同じか近しいもの。
虚無の神という存在は、あそこでずっと何もなく存在しているのか。
サシオンは絶望と評した。
だが、絶望なんて言葉じゃ足りない。
俺は狭間の世界を思い出し、恐怖に心臓を締めつけられる。
だけど今は、無への恐怖を力ずくで鎮め、静かにサシオンの言葉に耳を傾ける。
サシオンは一呼吸も挟まずに話の先を行く。
「だがある時、命溢れる世界を見つめ続ける神々の中に、その役目に耐えられない者たちが現れた。その者たちは無の世界に有を生もうとした。しかし、創造の力を持たぬ神にそれは叶わず。有は無に抗えず取り込まれる」
「でも、コトアは創り上げた」
「そう、コトアを含め、幾人かの神は命ある世界から漏れ出た情報を使い、世界を産むことに成功した」
「その一つが、アクタ?」
「その通りだ。そして、このアクタは無に生まれた世界の中で、最も形を成している世界。それでも、情報の断片のみで作られた世界であるが」
「つまり、いろんな世界から漏れ出した情報や投棄された情報で作られた、ツギハギだらけの世界ってわけなんだ」
「そうだ」
短く返事をして、彼は続く言葉に若干の怒りを交える。
「命ある世界の者どもは、このツギハギだらけの世界を見て嘲り笑い、コトアを侮蔑した。神を称する存在でありながら、情報の屑を物乞いの如く拾い集める惨めな存在だと……」
「そうなんだ……ひどい連中。あれ? となると、今の話から、俺は投棄された情報になるのかな? ムカつくなぁ」
「お気持ち、斟酌する。高位連中の判断は我らにとって、受け入れ難いものであるからな」
サシオンの言葉には僅かな棘が含まれる。
高位連中……神が嫌いなのだろうか? しかし、コトアには同情的だったような?
(っと、今はそんなことよりも、アクタのことを。でも、今の話で粗方は……そうだ、あれってなんであるんだろ?)
「あの、端っこの話になるかもしれないけど、時計塔のことなんだけどさぁ。王都に日本製のエレベーターがあるのは、なんか理由があるの?」
「あれはコトアが造形を気に入っただけで、どこの世界のものでも時計でありさえすればよかった。あの時計塔はアクタに時間の流れを生もうとして、失敗に終わった残骸だ」
「時間の流れ、失敗?」
「アクタは無の世界……時間が存在しないアクタにおいて、時を刻むという道標が必要。これには時計という存在ほど適したものはない。あの時計塔はアクタの時間の流れの象徴。しかし、無に抗えず、針は止まってしまった」
「だから、壊れてるのか? じゃあ、今はどうやって時間を?」
「現在は集合意識……その前に、地下水路の更に地下奥に流れ込む滝を見かけたのは覚えていよう」
「ああ、あのでっかい滝ね」
地下水路で迷ったときに辿り着いた、直径10mくらいの大穴で底が全く見えない滝を見かけたのをはっきりと覚えている。
「あの滝が時間に何の関係が?」
「あそこは絶えず流れる水の流れを利用して、時間を生んでいた跡だ」
「水の流れを時間に? そんなので時間は生まれるの?」
「時の流れは概念の一種。一定方向へ時が流れていると世界に認識させることにより、時間を意識させている」
「世界に認識って? その言い方だとアクタって……」
「ある種の生命体と言える。ただし、単一の生命ではなく集合意識体だが」
「どういうこと?」
「私とヤツハ殿。アクタに生きるもの全てが時間を認識する。それらの意思をコトアが纏めることによって、アクタに時間が構成されている」
「あれ? それだったら、時計の方が分かり易いじゃん。なんで、アクタの人たちは、時計は駄目なのに水で時間を感じたの?」
この質問に、サシオンは苦笑いを浮かべる。
「あの時計塔が置かれた当時は、コトアのみで時間の概念を人々に伝えようとしたのだが……当時の彼らは時計を知らなかった」
「はっ? それって、文明が遅れてて時計塔を見ても、なんか動いてるって認識程度だったってこと?」
「ふふ、そういうことだ。コトアは無の世界の神。命あるものへの接し方が全く分かっていなかったからな。悪戦苦闘の末、身近なもので時の流れの存在を理解させた。地下水路はその名残。現在は、全員が時間を認識し共有できているので、アクタに時間が流れている」
「え~っとつまり、細かな説明は置いといて、俺たち一人一人の時間への認識がアクタに時間の流れを生んでいると?」
「そういうことだ。到底、信じられぬだろうが……」
たしかに、普通なら馬鹿げた話だ。
しかし、いままでの話を聞いて、ある出来事が頭の中を過ぎった。
それは……狭間の世界だ。
先ほどもちょっと考えたけど、もし、狭間の世界が無の世界に近しい、もしくは同一のものであれば、みんなの想像が反映するというのも頷ける。
ここで想像に関して二つ、気にかかることがある。
「質問が二つ。みんなの認識……要は想像が反映している世界って理解でいい?」
「うむ。アクタは積み上げられた情報と皆の僅かな想像で創り上げられている」
「ある意味、みんなが世界の創造者ってことなのかな?」
「さて、その判断は難しい。皆の想像の力はほとんど時間のみに作用している。それを創造と呼ぶかは個人の価値観によるだろう」
「時間のみ? 他の想像は反映しないってこと? 想像と聞いて気になったことなんだけど、例えば、男が女になったりは……」
「以前はそういうことも起きていたらしい。しかし、現在はコトアの力によって封じている」
「どうして、時間の流れだけを許してるの?」
「時の歯車を回すには桁違いの力が必要。創造の力を持たぬ虚無の女神コトアでは、時に流れを生むのは難しい」
「そうなんだ……それじゃ、もう一つ。時間の流れのない時代は、みんなは年を取らなかったの?」
「ある者は年を取り、ある者は若返り、ある者は静止する。そんな世界だったらしい」
「どゆこと?」
「時間の流れが個人の意識によって捻じれてしまうため、局所的に時間の虚のようなものが生まれていた。時間は存在するが我らにとって規律ある流れではない、ということだ」
「それだと、無の世界には元々規律のない時間が存在するってことにならない?」
「時間は概念の一種と言ったな。無の世界に有の存在が現れた場合、有の存在の意識が全てとなる。有が何かを想像すれば、無は終わる。無は有の概念によって有に転じる。しかし、一個体の想像の力などたかが知れている。やがては、無に還る。ご理解は可能か?」
「う~ん、たぶん……まぁ、無に還るってところだけはなんとなく」
狭間の世界でスライム状になった自分の腕を元の姿に保つだけでも、意識を向けるのに大変だった。
あれを永遠に続けろとなると、想像力がもたない。
「じゃあ、時間も有の認識や想像によって、存在を感じられるようになるんだ?」
「そうだ。同時に意識ある物体にとって時間とは、認識できる目印がなければ存在しないのと同じ。つまりは、流れを一定方向に認識するための目印がなければならない」
「ちょっと、ごめん。考えさせて」
「ふふ、時間の説明はややこしいからな」
はい、ややこしすぎて頭の中で単語がタンゴを踊ってる!
なので、今までの話を自分が理解しやすいようにまとめよう。
無に誰かが来れば、その誰かの意識によって有が生まれる。それによって時間も誕生する。
でも、ボッチじゃ無に勝てない。
かといって、コトア自身の力だけで無理やりアクタに時間を認識させようとすると、超大変。
そこでコトアはアクタの住人に時間に流れがあることを認識させ、彼らの意志から、皆が共有できる時間の流れを生んでいる。
こんなところかな?
「え~っと、時間についてはもういいけど、なんで壊れた時計塔を放置してるの?」
「コトアは時計塔の造形を気に入ったと説明したな。時間の認識用に使おうとして意味を成さなかったが、彼女はどうしてもアクタに置きたくて、街の飾りとして置くことに決めた」
「はは、なんだそれ? なかなか面白そうな女神さんだな」
「たしかに、無の世界の神にしてはかなり愉快な方だ。命ある世界の連中の嘲りなど、全くもって意に介していない方でもあるしな」
「その様子だと、会ったことあるのかよ?」
「ああ、身近な存在だ」
彼は少し楽しげな声を出す。
そこからは女神が嫌いという雰囲気は感じない。むしろ、好意的と感じる。
先ほどの高位の存在に対する態度と矛盾を感じるけど、コトアは別ということなのだろうか?
しかし、これらの疑問よりも先に知りたいことは山ほどある。
世界の成り立ちは知った、次は……マヨマヨのことだ!
いつもの執務室に通される。
部屋にはサシオンと俺しかいない。
俺は無言で街の調査報告書を出す。
彼はそれを受け取ると、机の端に置いた。
「ご苦労。あとで目を通す。今日はフォレに役目を与えているため、途中で邪魔が入ることもない。さて、ヤツハ殿。何が聞きたい?」
「そうだなぁ……サシオンは俺の事情をどこまで知ってる?」
「君が地球人で咎人であるくらいか。しかし、まだ若いというのに追放刑を受けるとは、いったい何をした?」
「俺がしたんじゃねぇよっ。前世の罪を償ってないとかいう理不尽極まりない理由で追放されたんだよ!」
「そうか。彼ら高位存在は勝手だからな。高位存在が幅を利かせている君の宇宙は大変そうだ」
「君の宇宙? それは?」
「その件はあとで話そう。先にヤツハ殿が尋ねたいことを聞くがいい」
「じゃあ……この世界って何なの? 時計塔に日本の痕跡があるし。マヨマヨはSFっぽい技術使ってるし。ほかにも、ちらほらアクタっぽくない技術や文化が存在するし」
「ふむ、そうだな。まずは世界の成り立ちからになるな。少々長くなるが……経典の冒頭部分はご存知か?」
「ああ、以前アプフェルから聞いた。たしか……」
『世界は無であった。そこには光も闇ない。女神コトアは只そこにいた。名もなく時間さえ無い世界。女神コトアは『世界』を見つめていた。彼女は手を伸ばし、希望を掴む。希望の名は精霊。コトアは精霊の力を使役し、世界を産んだ』
「だったはず」
「うむ、経典に書かれている、コトアが見つめていた『世界』は何だと思う?」
「なにって……何もない世界のことじゃないの?」
「ふふ、では、ゆるりと話していこう。アクタのことを」
――女神コトアが管理する世界『アクタ』
女神コトアは創造も破壊もできない神。
何もない無の世界に、ただ、揺蕩うのみの存在。
彼女はずっと『世界』を見つめていた。憧れをもって……。
彼女とは違う、『別の世界』を。
別の世界はコトアの管理する世界と違い、命溢れる世界。
無が広がる世界にいる彼女は、恋い焦がれた。命に……。
ある日、コトアは異なる世界から漏れ出た情報の断片を見つけた。
情報の名は命育む精霊ドリアード。
ドリアードの力を借り、火・水・風・土・光・闇の六大精霊を生み出す。
それを基に、さらに世界を広げる。
その間も、コトアは世界の情報の断片をかき集める。
やがて、コトアの世界を知った他の世界の者たちから、情報が投棄されるようになった。
自分たちの世界には不要である情報を処理するために。
彼らにとっては不要な情報。
しかし、無の世界であるコトアの世界には、いかなる情報も大切なものだった。
――――
「コトアが見つめていた世界は、無とは異なる、命の世界。彼女は、命の世界から手に入れた様々な情報を積み上げていく。そうして創られた世界が、アクタだ」
「そんな世界が……そもそも、無の世界って何のためにあるの?」
「そうだな……ヤツハ殿が知るところだと、多元宇宙論という表現が近しいか。多元宇宙論、この言葉はご存知か?」
「いや、まったくもって初耳」
「そうか……端的に言えば、無数の平行宇宙が存在するということだ。その狭間に存在するのが無の世界。そこをコトアのような虚無の神々が管理している」
「神々?」
「コトア以外にも無を見つめている神がいる。彼らの役目は、異なる宇宙が干渉し合わないように監視すること。しかし、その役目は絶望というほど酷な役目。何せ、命なき世界で孤独に、生命溢れる世界を見つめ続けるだけなのだからな」
サシオンの言葉に鳥肌が立った。
俺は知っている、その無の世界がどのような場所かを。
おそらく、あの狭間の世界と同じか近しいもの。
虚無の神という存在は、あそこでずっと何もなく存在しているのか。
サシオンは絶望と評した。
だが、絶望なんて言葉じゃ足りない。
俺は狭間の世界を思い出し、恐怖に心臓を締めつけられる。
だけど今は、無への恐怖を力ずくで鎮め、静かにサシオンの言葉に耳を傾ける。
サシオンは一呼吸も挟まずに話の先を行く。
「だがある時、命溢れる世界を見つめ続ける神々の中に、その役目に耐えられない者たちが現れた。その者たちは無の世界に有を生もうとした。しかし、創造の力を持たぬ神にそれは叶わず。有は無に抗えず取り込まれる」
「でも、コトアは創り上げた」
「そう、コトアを含め、幾人かの神は命ある世界から漏れ出た情報を使い、世界を産むことに成功した」
「その一つが、アクタ?」
「その通りだ。そして、このアクタは無に生まれた世界の中で、最も形を成している世界。それでも、情報の断片のみで作られた世界であるが」
「つまり、いろんな世界から漏れ出した情報や投棄された情報で作られた、ツギハギだらけの世界ってわけなんだ」
「そうだ」
短く返事をして、彼は続く言葉に若干の怒りを交える。
「命ある世界の者どもは、このツギハギだらけの世界を見て嘲り笑い、コトアを侮蔑した。神を称する存在でありながら、情報の屑を物乞いの如く拾い集める惨めな存在だと……」
「そうなんだ……ひどい連中。あれ? となると、今の話から、俺は投棄された情報になるのかな? ムカつくなぁ」
「お気持ち、斟酌する。高位連中の判断は我らにとって、受け入れ難いものであるからな」
サシオンの言葉には僅かな棘が含まれる。
高位連中……神が嫌いなのだろうか? しかし、コトアには同情的だったような?
(っと、今はそんなことよりも、アクタのことを。でも、今の話で粗方は……そうだ、あれってなんであるんだろ?)
「あの、端っこの話になるかもしれないけど、時計塔のことなんだけどさぁ。王都に日本製のエレベーターがあるのは、なんか理由があるの?」
「あれはコトアが造形を気に入っただけで、どこの世界のものでも時計でありさえすればよかった。あの時計塔はアクタに時間の流れを生もうとして、失敗に終わった残骸だ」
「時間の流れ、失敗?」
「アクタは無の世界……時間が存在しないアクタにおいて、時を刻むという道標が必要。これには時計という存在ほど適したものはない。あの時計塔はアクタの時間の流れの象徴。しかし、無に抗えず、針は止まってしまった」
「だから、壊れてるのか? じゃあ、今はどうやって時間を?」
「現在は集合意識……その前に、地下水路の更に地下奥に流れ込む滝を見かけたのは覚えていよう」
「ああ、あのでっかい滝ね」
地下水路で迷ったときに辿り着いた、直径10mくらいの大穴で底が全く見えない滝を見かけたのをはっきりと覚えている。
「あの滝が時間に何の関係が?」
「あそこは絶えず流れる水の流れを利用して、時間を生んでいた跡だ」
「水の流れを時間に? そんなので時間は生まれるの?」
「時の流れは概念の一種。一定方向へ時が流れていると世界に認識させることにより、時間を意識させている」
「世界に認識って? その言い方だとアクタって……」
「ある種の生命体と言える。ただし、単一の生命ではなく集合意識体だが」
「どういうこと?」
「私とヤツハ殿。アクタに生きるもの全てが時間を認識する。それらの意思をコトアが纏めることによって、アクタに時間が構成されている」
「あれ? それだったら、時計の方が分かり易いじゃん。なんで、アクタの人たちは、時計は駄目なのに水で時間を感じたの?」
この質問に、サシオンは苦笑いを浮かべる。
「あの時計塔が置かれた当時は、コトアのみで時間の概念を人々に伝えようとしたのだが……当時の彼らは時計を知らなかった」
「はっ? それって、文明が遅れてて時計塔を見ても、なんか動いてるって認識程度だったってこと?」
「ふふ、そういうことだ。コトアは無の世界の神。命あるものへの接し方が全く分かっていなかったからな。悪戦苦闘の末、身近なもので時の流れの存在を理解させた。地下水路はその名残。現在は、全員が時間を認識し共有できているので、アクタに時間が流れている」
「え~っとつまり、細かな説明は置いといて、俺たち一人一人の時間への認識がアクタに時間の流れを生んでいると?」
「そういうことだ。到底、信じられぬだろうが……」
たしかに、普通なら馬鹿げた話だ。
しかし、いままでの話を聞いて、ある出来事が頭の中を過ぎった。
それは……狭間の世界だ。
先ほどもちょっと考えたけど、もし、狭間の世界が無の世界に近しい、もしくは同一のものであれば、みんなの想像が反映するというのも頷ける。
ここで想像に関して二つ、気にかかることがある。
「質問が二つ。みんなの認識……要は想像が反映している世界って理解でいい?」
「うむ。アクタは積み上げられた情報と皆の僅かな想像で創り上げられている」
「ある意味、みんなが世界の創造者ってことなのかな?」
「さて、その判断は難しい。皆の想像の力はほとんど時間のみに作用している。それを創造と呼ぶかは個人の価値観によるだろう」
「時間のみ? 他の想像は反映しないってこと? 想像と聞いて気になったことなんだけど、例えば、男が女になったりは……」
「以前はそういうことも起きていたらしい。しかし、現在はコトアの力によって封じている」
「どうして、時間の流れだけを許してるの?」
「時の歯車を回すには桁違いの力が必要。創造の力を持たぬ虚無の女神コトアでは、時に流れを生むのは難しい」
「そうなんだ……それじゃ、もう一つ。時間の流れのない時代は、みんなは年を取らなかったの?」
「ある者は年を取り、ある者は若返り、ある者は静止する。そんな世界だったらしい」
「どゆこと?」
「時間の流れが個人の意識によって捻じれてしまうため、局所的に時間の虚のようなものが生まれていた。時間は存在するが我らにとって規律ある流れではない、ということだ」
「それだと、無の世界には元々規律のない時間が存在するってことにならない?」
「時間は概念の一種と言ったな。無の世界に有の存在が現れた場合、有の存在の意識が全てとなる。有が何かを想像すれば、無は終わる。無は有の概念によって有に転じる。しかし、一個体の想像の力などたかが知れている。やがては、無に還る。ご理解は可能か?」
「う~ん、たぶん……まぁ、無に還るってところだけはなんとなく」
狭間の世界でスライム状になった自分の腕を元の姿に保つだけでも、意識を向けるのに大変だった。
あれを永遠に続けろとなると、想像力がもたない。
「じゃあ、時間も有の認識や想像によって、存在を感じられるようになるんだ?」
「そうだ。同時に意識ある物体にとって時間とは、認識できる目印がなければ存在しないのと同じ。つまりは、流れを一定方向に認識するための目印がなければならない」
「ちょっと、ごめん。考えさせて」
「ふふ、時間の説明はややこしいからな」
はい、ややこしすぎて頭の中で単語がタンゴを踊ってる!
なので、今までの話を自分が理解しやすいようにまとめよう。
無に誰かが来れば、その誰かの意識によって有が生まれる。それによって時間も誕生する。
でも、ボッチじゃ無に勝てない。
かといって、コトア自身の力だけで無理やりアクタに時間を認識させようとすると、超大変。
そこでコトアはアクタの住人に時間に流れがあることを認識させ、彼らの意志から、皆が共有できる時間の流れを生んでいる。
こんなところかな?
「え~っと、時間についてはもういいけど、なんで壊れた時計塔を放置してるの?」
「コトアは時計塔の造形を気に入ったと説明したな。時間の認識用に使おうとして意味を成さなかったが、彼女はどうしてもアクタに置きたくて、街の飾りとして置くことに決めた」
「はは、なんだそれ? なかなか面白そうな女神さんだな」
「たしかに、無の世界の神にしてはかなり愉快な方だ。命ある世界の連中の嘲りなど、全くもって意に介していない方でもあるしな」
「その様子だと、会ったことあるのかよ?」
「ああ、身近な存在だ」
彼は少し楽しげな声を出す。
そこからは女神が嫌いという雰囲気は感じない。むしろ、好意的と感じる。
先ほどの高位の存在に対する態度と矛盾を感じるけど、コトアは別ということなのだろうか?
しかし、これらの疑問よりも先に知りたいことは山ほどある。
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