マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第十四章 ボディボディボディ……体と心

関で待ち受ける者たち

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――エヌエン関所・門前
 

 ここは王都より遥か南にある関所。
 通常の荷馬車ならば、ひと月はかかるだろう。
 だが、今回用意された荷馬車は魔法の荷馬車。
 おかげさまで十日で到着することができた。

 そこでまず出迎えてくれたのは、とても意外な人物。
 彼は相も変わらず酒の匂いをバラまきながら、関所の入り口から出てくる途中だった。
 俺は馬車を止めて、話しかける。


「あれ、サダさん。なんでこんなところにいるの?」
「いや~、ヤツハちゃん奇遇だね。観光?」
「この車列を見て観光に見えんのか、あんたはっ」
「ゲッヘッヘ、冗談だよ、ヤツハちゃん。しかし、物資の輸送とは大変な仕事任されたねぇ」

「うん、まぁね。サダさんはいつからこっちに? そういや、英雄祭の時くらいから見かけてないような……」
「え? ヤツハちゃん。おじさんの存在、完全に忘れてた?」
「そ、そういうわけじゃないけど……ほら、忙しくて」

「ああ、大変なことになったみたいだね」
「まぁね……」
「だとしてもさぁ、おじさんのこと忘れちゃうなんて、いくらなんでも悲しいよ~」
「悪かったって。それで、こんなところで何してんの?」
「ちょっと、知り合いがね、お宝を見つけたっていうからお零れを預かろうとしたんだけど……はぁ~」


 サダさんはがっくりと首を落として、いかにも骨折り損のくたびれ儲けという感じを表す。

「はは、空振りだったみたいだね」
「まぁ、そんなときもあるさ。じゃ、おじさんは王都に帰るよ。ヤツハちゃん、またね」
「うん、また。あ、後方にアプフェルがいるから、ちょっかい掛けないようにね」

 この一言に、サダさんは周囲の気温とは不似合いな鳥肌を立てて、ブルリと身体を震わせる。

「そっかぁ、しばらく近くの木陰で休んでからにしようかなぁ」
 そう言って、傍にあった茂みに潜り込んでいった。


「はは、よっぽどアプフェルのことが怖いんだな」
「今の方はたしか、サンシュメの宿泊客の方ですよね?」
 俺の後ろからアマンが顔を出してくる。

「ああ、そうだけど。それがどうしたの?」
「結構な使い手とお見受けします」
「え、そう? ただの酔っ払いだよ」

「一見そう見えますが、体の重心が安定しています。しかし、軍人とは違う体幹。何かしらの武道を嗜んでいるようですね」
「武道ねぇ……たしか、元トレジャーハンターとか言ってたから、それなりの腕を持ってるのかも」

「トレジャーハンターですか? それとは別種のような気もしますが」
「まぁ、自称だしね。テキトーなこと言ってる可能性もあるよ」
「なるほど」

「さて、そろそろ行こっか。門前で立ち止まっていても仕方がない。早いとこ、エヌエン関所を守る『ケイン様』に会わないと」
「そうですね。パティさんを早く水につけて、戻してあげないと」
「戻すって、乾物じゃないんだから」

 俺たち二人は後ろを向き、この数日間の天日干しで、ついには身動き一つしなくなった、かっさかっさのパティの姿を目にする。
 もちろん、夜はそれなりに回復し、道中もまた水や魔法で涼しさを届けていた。
 だけど、汗かきのパティ相手に、雀の涙ばりの水と魔法だけでは南方の暑さに勝てなかった……。

「ほんとに乾物だね……」
「行きましょう、早く!」


 馬に鞭を打ち、パティのために急ぎ走らせる。



 エヌエン関所――ジョウハク国・王都サンオンから遥か南方に位置する関所で、キシトル帝国との国境沿いにある。
 
 関所という名から街道を守っている砦の様なものをイメージしていたけど、それが全く違っていた。
 キシトルと相対する関所の内側には、中規模の町が形成されてあった。
 
 王都サンオンから大きく離れた南方で気温が高いためか、建築様式は王都とは大きく異なり、赤っぽい土壁で作られた家が建ち並ぶ。
 人々の格好も日差しから身を守る衣装が多くて、露出が少なく、肌は濃い小麦色の人が多い。


 通りは手狭な場所が多く、大通りでも馬車三台が横に並んだら詰まってしまう程度。
 俺たちは物資補給の部隊ということで優先的に大通りを通らせてもらった。
 途中から物資を乗せた荷馬車はケインの部下によって誘導され、倉庫へと案内されていく。

 俺たちは別の部下により、ケインが待つ屋敷まで案内された。
 
 屋敷は国境地帯、最前線の場所にふさわしい威容を誇っていた。
 屋敷を囲む堅牢な壁。
 外壁の一部は鉄板で補強され、少しごてごてとした感じ。
 隣には調練場があり、屋敷の敷地内にも威勢の良い声が響いてくる。


 そして、その声をかき消すような大声が、俺たちを暑苦しく出迎えた。

「きたかぁ! ようこそ、エヌエン関所へ! わ~はっはっはっは!!」

 ハゲた老年の男性が鼓膜を破る勢いの大声を上げて迫ってきた。
 彼は調練中だったのか、上半身裸。
 それは褐色の筋肉の鎧に覆われ、汗と太陽によって、ギラギラとしたテカりを見せている。
 とても老人の肉体ではない。
 
 おまけにとんでもない巨体で、俺たちに近づくたびにズシンズシンと地面が響いているんじゃないかと錯覚させるくらいだ。
 
 眉が太く、堀の深い端正な顔立ちの偉そうなじいさんは、岩のようにでっかい手を伸ばして握手を求めてきた。
 手の平は汗でギトギトなんだけど、断るわけにも行かない。
 俺はぐっと堪えて、握手を交わす。
 じいさんは俺の手の感触を確かめるかのように柔らかく握る。


「ふむ、よく鍛えられているっ。素晴らしい筋肉の持ち主だな!」
「あ、ありがとうございます。あの、初めまして、ヤツハです。今回、物資補給の任を預からせてもらっています」

「ああ、初めましてだなっ。君があのヤツハ君だな! 噂は聞いているぞっ。東地区の混乱を見事に鎮めたそうだな!」
「いえいえ、近衛このえ騎士団や街のみんなの活躍があったからこそです……あの、ケイン様ですか?」
「あっはっは、これはすまなかったっ。私はパラディーゾっ。パラディーゾ=シュマー=レン侯爵だ!」

「え? はっ、こ、侯爵? なんで侯爵閣下が?」
「何故って、ケインは私の孫だからだ!」
「いや、そういうことじゃなくて、なんで侯爵がここにいるのかって話で」
「特に理由はないっ!」
「そうですか……ごめん、フォレ、交代」
「ええ!?」


 俺はフォレの背中を無理やり押し出して、パラディーゾ侯爵の前に差し出した。
 彼は戸惑いながらも挨拶を交わす。

「パラディーゾ様、お目にかかることができ光栄でございます。私はフォレ=ノワール。女神コトアの加護を戴きし王都サンオンの下、近衛騎士団副団長を務めさせていただいております」
「なるほど、君がフォレかっ。私は滅多に王都へ行かないからなっ。君のような利発そうな部下を持ち、サシオン殿もさぞ誇らしいだろうな!」

 と言いながら、彼は握手を求める。
 フォレはそれに応える。
 
 パラディーゾはググっと手に力を籠める。
 フォレは少し顔を顰めたが、すぐに平静を装う。

「ほっほ~、フォレ君、やるなぁ」
「い、いえ、サシオン様のご指導の賜物です」
「うむ、長年剣を握り締めてできた硬い蛸。そこから君の鍛え上げられた肉体の柔軟性と力強さが伝わってくるよ!」

 侯爵はフォレを足元から舐めるよう見上げていく。
 そこからエクレル先生に似た波動を感じ、なんか怖い……。
 その怪しげな波動を感じ取ったのは俺だけじゃない。
 
 アプフェルが取り乱すようにパラディーゾに声を掛ける。
 パティも乾ききった肉体から掠れた声を上げる。


「パ、パラディーゾ様! 私はアプフェル=シュトゥルーデル。人狼族・長セムラの孫娘です!」
「わ、たくしはぁ、ぱてぃすり~、ぴーる、ふぃなんしぇ。ぱらでぃーぞさ、まにお会い~」
「む、無理しては駄目ですよ。パティさん」

 アマンが冷風を起こしつつ、小さな肉球で何とかふらつくパティを支える。
 その惨状を見たパラディーゾは大きく頷き、休養を取るように言ってきた。

「うむっ、どうやら長旅でお疲れの様子。ケインの屋敷には風呂が完備してあるっ。まずは旅の疲れを落とされるがよい!」

 この侯爵の言葉に甘え、みんなを先に屋敷へ通してもらった。
 俺だけはその場に残り、侯爵に向き直ってケインについて尋ねる。


「侯爵閣下、ケイン様はいずこに?」
「ケインはエヌエン商会の方々と会合中でな。終わり次第、こちらへ戻る。ヤツハ君もそれまで体を休めるといい」
「ありがとうございます。あの、申し訳ありませんが、輸送隊の兵士の方々にも休息を取らせていただきませんか? 彼らもこの暑さで疲労しているでしょうから」

「ふふ、部下への配慮を忘れないとはっ、良き指揮官であるな!」
「いえ、俺は指揮官ってほどのもんじゃないんで」
「今のは駄目だな、ヤツハ君!」
「え?」

「謙虚、謙遜は悪いとは言わないが、部隊を率いる者として、己を否定するような発言はいけない!」
「は、はい、失礼しました」
「うむ、諫言かんげんに耳を傾けるのは良しっ。それではまた、休息後に食事の席にてっ!」

 シュバッと手を上げて、侯爵は輸送隊がいる倉庫へ向かっていった。
 
「あっつい人だなぁ。悪い人じゃなさそうだけど、あの人の傍にいるとますます気温が上昇しそう……さて、俺も汗を流しに行きますか」

 
 炎天下の旅路。
 道中、旅の汚れは一度水辺で身体は流した程度で、基本は清拭せいしきがやっと。
 だから、体の汚れは取り切れず、汗に塗れべとべと。
 
 この不快感から解放されるため、ケインの屋敷の風呂へと向かう。
 しかし、この時の俺は、あることを完全に失念していた。
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