マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第十七章 盲目流転

サシオンの場所

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――宿屋サンシュメ・早朝


 窓からは耳に優し気な小鳥たちの囀りが届く。
 その歌声は黒騎士の戦いから、この二か月間の出来事を見つめていた瞳に、今を映す。
 
 三日前に最後の治療が終えた右手。
 そこから瞳を外して、机に向ける。
 机には先生から貸してもらった禁忌の魔法の本が置いてある。
 
 本来ならば基礎を終え、さらに認められた魔導士にしか教えられることのない魔法……。
 この本は俺の実力が認められた証であり、同時に先生からの信頼の証でもある。

 その先生の思いに応えサボることなく、暇をしている三日の間にしっかりと本は読み終えた。
 ただ、読み終えただけで、全部を覚えたわけじゃない。
 
 
 だけど、俺には引き出しの力がある。
 これを使えば、忘れたとしてもすぐに思い出すことが可能だ。
 なんだか、初めてこの力を有効に活用している気がする……。

 
 禁忌の魔法は記憶の端にあるだけでもヤバすぎる魔法のオンパレード。
 クラス5の魔法はどれも小さな町程度なら一発で壊滅できるほどのもの。
 さらにそれを超える、神の魔法と称されるクラス6に至っては都市を完全に吹き飛ばす威力。
 地球流で分かり易く表現すると、核兵器級だろうか。 

 ただし、これらを使いこなそうとするとエクレル先生級の実力が必要な上、使ったら使ったらで、学士館や教会から怒られるので無闇に使えないそうだ。


 俺はベッドに座ったまま本を見つめる。
「まぁ、破壊力がありすぎる魔法なんてポンポン使われたら困るだろうしなぁ……さてと、これからどうしようかなぁ?」

 本は読み終えた。みんなはいない。
 暇すぎる……。

 俺は両手で顔を覆って、しくしくとむせび泣く。

「なんてこったい、暇すぎて仕事がしたいと思ってる~。サボリタガ~リ男爵の俺様がぁ」
 ベッドに倒れて、ゴロゴロと動き回る。

「くそ、昔の俺ならただベッドに横になり、何も考えず時間を潰すなんて容易いことだったのに、何もしないでいることが苦痛になっているなんて……『異世界に訪れたら、社畜精神のスキルを手に入れた』……見たくねぇなぁ、そんなの」

 
 働くことに喜びを得て、それが全てと感じる。 
 給料が少なくても、お客様の感謝と笑顔で心は満腹。
 そのために、二百時間オーバーの残業当たり前。
 ああ、貴き労働。
 仕事を趣味にすれば、ほら、なんと、雀の涙の勢いでお金が増えていく。
 摩訶不思議な趣味。
 
 でも、今日は久しぶりの休日。やることがない……。
 そうだ、買い物へ行こう。
 買う物は練炭と七輪とガムテープ。
 俺は目にクマを乗せて顔は土気色。レジの店員さんは商品を見て青い顔。


「って、なんて恐ろしい物語だ……いや、物語じゃなくて、現実に……はぁ~、やめよう」

 俺は死相の見える妄想を止め、気合を入れるように勢いよく起き上がり、ベッドの上に立った。


「仕方ねぇ、そろそろ働くか。とはいえ、あんまりきついのはなぁ……食堂の皿洗いでもやるか。あ、早朝だから汚れ物はなかった……じゃあ、仕込みの手伝いを、っ?」

 ベッドから飛び降りようとしたところで、部屋に奇妙な光の線が走った。
 それは部屋の右端から左端へとさっと移動する。
 まるで、コピー機の読み取りの光のように……。

「な、何、今の?」
 光の線は俺の身体の上もなぞっていった。
 だけど、特に何の変化もない。

「何かの自然現象……? なんだかんだでここ地球と違うし。ん? あれ、ちょっと頭が重いかな?」

 頭の中に靄があるような感覚を覚える。
 これに近しい感覚を俺は知っている。

(これは、コトアがウードの存在を消したときに……ということは!)

 俺はウードの存在に意識を向ける。
 視線を左右に振る。
 部屋にウードの姿はない。
 目を閉じ、箪笥の鎮座する引き出しの世界に訪れる。
 やはり、ウードはいない。
 
 

 俺は目を閉じたまま、呟く

「じゃあ、これはコトアの?」
「いや、これは私の持つ力だ」
「誰!?」
 
 突如聞こえた声に驚き、目を開ける。
 
「え!?」

 目を開けた先には俺の部屋があるはず。
 なのに、部屋は跡形もなく、ただただ真っ白な世界が広がっている。
 
 狭間の闇の世界とは真逆の光の世界。

 その世界は光に覆われた世界でありながら、瞳を眩ます力はない
 ただ、ひたすらに明るい……どこまでも白く、先はない……。


「ここは……?」
「驚かせてすまない、ヤツハ殿」
「え?」

 聞き覚えのある声が背後から響く。 
 後ろを振り向くと、そこにはサシオンの姿があった。

「サ、サシオン? 一体、なにがっ?」
「ここは女神コトアの力が及ばぬ、私の場所だ」
「ん?」
「女神に知られることなく、君に伝えたいこと、尋ねたいこと、会ってほしい人物がいてな」
「なんか、次々来るねぇ……とりあえず、何をどうしたの? あの光の線は?」


 この問いに、サシオンは警戒という名の針に身を包みつつ神妙に答える。
「あれは、君の部屋を走査させてもらった光だ」
「走査?」
「君を調べるために……いや、君の中にいる別の存在を知り、抑えるために」
「えっ! ウードのことを知ったのか?」
「ウードというのか、君の中にいるもう一人の存在は?」

「ああ、だけどどうやって?」
「以前、コトアが結界を張ったのを覚えていよう。誰かに話を聞かれたくないために」
「うん」

「あの場にいたのは、私と君だけ……となると、その存在はどこにいたのか? それを突き詰めるとおのずと答えが見えてくる」
「いや、それだけで俺の中に別の意識が存在するって結び付けられんの、サシオンは?」

「私は君が思っている以上に経験が豊富だ。多くの生命体を知っている。人に寄生し、操るような生命体もな」
「うわ、それキモイね……」
 俺はひょろ長い寄生虫が頭の中で蠢く絵を浮かべ、げんなりとした表情を見せる。

 
 その表情に対して、彼は小さな笑いを零し、話を続ける。
「ふふ、そのことを含め君を調べさせてもらった。すると、脳波に二つの波長が現れた。一つは君のもの。となると、もう一つは別の何か……その意識を封じて、ここへ君を転送した」

「転送? ってことは、ここはどっか別の場所?」

「ああ、私が艦長を務めていた宇宙艦。深宇宙型対神ディア・トート級戦艦『インフィニティ』。そのブリッジだ」
「はっ…………え…………サシオンってさ、火星の話の時といい、時々俺の中のアクタの世界観ぶち壊しにかかるよな。情報の整理が追いつかないよっ。ちょっと待って!」

 
 いきなり飛び出た宇宙戦艦の言葉に、軽いパニックに陥る。
 だけど、サシオンはせっつくように言葉を押し進める。
「悪いが落ち着くのを待っている余裕はない。コトアの目を誤魔化せる時間は僅かでしかないのだ」
「わ、わかったよ。ここは宇宙艦のブリッジなわけね。でも……」


 周りを見回しても、どこまでも真っ白な世界。
 壁もなく、地平線もない。どれだけの広さあるなんて全く想像もできない。
 首をあちらこちらに振り、視線を飛ばし続ける俺に対して、サシオンは奇妙な言葉をかけてきた。

「ヤツハ殿。君が想像する船のブリッジのイメージは?」
「え? そうだねぇ、アニメだと暗い感じだよなぁ。でも、俺は海外の映画みたいに明るい方が好みかなぁ」
 
 頭の中でSF映画で見た宇宙艦のブリッジをイメージする。
 すると、真っ白だった景色は揺らぎ、俺の想像したブリッジの姿を取った。
 ブリッジは非常にコンパクトでアニメ出てくる宇宙艦のように広くはなく、学校の教室程度の大きさ。
 
 
 正面には巨大なスクリーンがあり、広大な宇宙の映像が広がっている。
 そのすぐ手前には、操舵を制御するパネル。
 部屋の中央より少し後ろには艦長席。それを挟むように椅子が二脚。
 椅子は全て、とても柔らかそうな素材でできてる。
 そして、その背後に段差を挟んで、なんだかよくわからないパネルや機械があった。


「え~っと、何が起こったの?」
「ヤツハ殿のイメージを元に、ブリッジを構成した。君にはこちらの方が落ち着くだろう」
「ま、まぁ、真っ白な世界よりかはそれっぽいし……でも、なんでこんなのがアクタに?」
「私は船ごとアクタへ訪れたからな。もちろん、この船の力をアクタで使用する気はない。六龍の装備を造る際は使用したが」

「こんな船があったから、あんなすごい武器を造れたわけね。そして、サシオンはこの船の艦長だった……」
「ああ、そうだ」
「軍人だったんだ?」
「そうだ。時間があまりない。まずは彼を紹介しておこう」
「彼?」


「笠鷺……くん……」


 ブリッジの端に一人の男が立っていた。
 その男のことはよく知っている。
 いや、ちょっと前なら顔見知り程度で驚きはしただろうけど、声を詰まらせるほどではなかった。
 俺は彼の名を呼ぶ。

「こ、こ、こ、こん、どう……?」

 視線の先にいる人物は、近藤。
 黒騎士との戦いで俺を庇い、黒いマヨマヨによって命を奪われた人物。
 そんな彼が、俺と同じくらいの年齢に若返り、中学の制服を着て立っていた。
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