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第十八章 奇妙なパーティー
仕入れ
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――宿屋サンシュメ
サシオンがくれたありがたい頭痛のおかげで一日無駄にした。
次の日の早朝、改めて気合を入れ直す。
「よし、頭も痛くない。今日は動けるな」
ベッドから降りて、ぐっと背を伸ばす。
そして、窓に近づきカーテンを開いた。
自室は三階。王都の一般的な建物はせいぜい二階建て。
そのため、窓からは東地区の街並みが良く見える。
「ん?」
少し離れた道の隅で誰かがウロチョロしている。
どうやら、サンシュメの様子を窺っているようだけど、何者だ?
「あっ」
近所の人がそいつを追っ払っている。
そいつは文句を言っている感じで、大通りへと歩いていった。
「なんだろ? ま、いっか。着替えて、朝ご飯とお仕事お仕事」
薄緑のネグリジェからいつもの赤茶色の服に着替え、トルテさんから仕事と朝食を貰うために一階の食堂へ向かう。
一階に降りると、何やら慌ただしい雰囲気が伝わってくる。
カウンター傍では給仕用の地味な服を着たピケが、背中におっきなリュックを背負い足音を殺しながらうろうろしている。
「あれ、ピケ。何してるの?」
「あ、おねえちゃん……あの、おはよう。今日は早いね……」
ピケは俺を見るなり、視線を泳がせた。
その様子は悪戯でも見つかってしまったような態度。
「おはよう……トルテさんに仕事を貰おうかと思って早起きをね」
「そうなんだ……」
「ピケはリュックなんか背負ってどっか行くの?」
「それは……お母さんと一緒に、仕入れに」
歯切れ悪く、ピケは答える。
その様子は気になるが、まずは仕入れとやらについて尋ねてみる。
「仕入れ? トルテさんが直接?」
サンシュメの食堂で出される料理の食材は全て業者に委託してある。
そのため、トルテさんが直接仕入れに行くことはない。
俺が怪訝な顔を見せていると、厨房の奥からトルテさんの声が聞こえてきた。
「おや、ヤツハ」
「あ、おはようございます」
「はい、おはよう。朝食かい? すぐに準備させるよ」
「え、まぁ、朝ご飯はいただきますが、肉で」
「はは、朝から食欲旺盛だね。その様子だと体の調子も良さそうで何よりだよ」
「ほぼ全快です。なので、今日あたりから軽い仕事を貰おうかと思っているんですけど……」
俺はピケに一度視線を向けて、トルテさんに戻す。
「なんだか忙しそうですね?」
この質問に、トルテさんはピケを見たあと、仕方がないといった感じで肩を軽く竦めて答えてきた。
「ああ、香辛料が不足しててね。『メプル』までちょっと足を延ばそうかと」
「メプル? たしか、コナサの森を越えた先にある町でしたっけ?」
メプルとは、以前まで新街道を通って向かうことのできた王都からかなり離れた町。
でも今は、コナサの森の通行が可能となって距離を短縮できている。
それでも馬車で数日はかかる町だ。
「わざわざそんな遠くまで行くんですか? いつもの業者さんは?」
「それがね、最近のジョウハクはごたごた続きだろ。だから先方の方が、一度直接、私と話をしたいそうなんだ」
「ん?」
「今後も滞りなく取引が可能か。そして、王都の様子を知りたいって」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
どうやら、王都周辺の村や町は現状のジョウハクをかなり不安視しているようだ。
ジョウハク――王都サンオンは人類の祖の地。ジョウハクは絶対的な国家。
そうであるはずなのに、王都を直接襲撃されたうえに、キシトル帝国への対応が弱腰と来ている。
(今まで絶対強国であったから、それが余計に不安を煽るんだろうな。そして……)
取引相手がトルテさんと直接会いたいとしたのは、彼女が王都サンオン東地区の顔役であるからだろう。
より確かで、信頼のおける情報をトルテさんは持っている。
そして同時に、トルテさんを直接指名するということは――
「あの、相手は結構な立場の人ですか?」
「ああ、王都の香辛料市場を支配している人だよ。おかげさまで、この交渉は王都全地区の責任を担ってる。とんだ貧乏くじを引いてしまったよ」
がくりと肩を落とすトルテさん。
商工会か何かの会合で、トルテさんに白羽の矢が当たったんだろう。
「はは、大変そうですね。それじゃ、ピケは今からトルテさんと一緒にメプルへ向かうんだ?」
「うん、そだよ~」
「まさかと思うけど、二人だけ? トルテさん、護衛は?」
「それは――」
トルテさんが言葉を出そうとすると、それに被せるようにしゃがれたおっさんの声が覆いかぶさってきた。
「げっへっへ、二人のナイトはおじさんだよ」
「サダさん……」
サダさんは薄汚れた茶色の長めの外套を纏い、いかにも旅人という出で立ちをしてニヤついている。
腰には長剣。珍しく酒に溺れていない。
俺はトルテさんに棒読みの声をぶつける。
「大丈夫なんですか、コレで?」
「はは、こう見えてもサダは腕が立つからね。今までも何度か護衛を頼んだことがあるし」
「ええ、ホントにぃ……コレがぁ……?」
両眉毛が繋がるくらい眉を顰めてサダさんへ顔を向ける。
そんな態度を取られたものだから、彼はかなり落ち込んだ様子を見せた。
「ひっどいなぁ。こう見えてもおじさん、そこらの野盗程度よりかは腕が立つつもりなんだけど。それにいくら何でもコレ扱いはないよ~、ヤツハちゃ~ん」
「ん、まぁ、コレ扱いはさすがに悪かったと思うけど、普段の素行からとても信用できない」
「ヤツハちゃんの中でおじさんの評価は底なんだね……」
「底というか、突き抜けて奈落?」
「ひ、ひどい……しくしく」
サダさんは両手で顔を覆い、芝居じみたさ全開でしくしくと言葉に出す。
そういうところが信用に欠けるんだけど……泣き真似をするサダさんをジトリと睨む。
その視線を和らげようと、トルテさんがフォローに入った。
「まぁ、ヤツハが不安になるのはわかるけど、サダの腕前はかなりのもんだよ」
「そうですか。トルテさんがそこまで言うなら信用しますけど」
「ヤツハちゃ~ん、おじさんのこと信用してよ~。泣いちゃってるんだよ~、しくしく」
身を縮こまらせて、再びしくしくと声に出す。
ピケは背伸びをして、サダさんの頭を撫でている。
そんないまいち頼りなさげな彼を見て、俺は……。
「あの、トルテさん。俺も仕入れに付き合います」
「え、でも」
トルテさんは俺の右手に目を向けた。
ピケもサダさんの頭を撫でるのをやめて、俺の右手を見ながら少し荒げた声を出す。
「だめだよっ。おねえちゃん、ケガしてるんだもん! 旅なんてぜったいに……どうして、今日は」
ピケは先ほど見せたように視線を泳がせる。
その様子を見て、ピケやトルテさんの態度がどうして変なのかわかった。
(俺に心配させないために、こっそり出かけるつもりだったのか)
俺はピケと視線の位置を合わせるために屈む。
「大丈夫だよ、ピケ。ケガの方はもう何ともない。ほら、この通り」
すっかり元に戻った右手をピケに見せて、滑らかに何度も指を折る。
「なっ」
「ほんとに……? もう、痛くないの?」
ピケの瞳が少し潤んでいる……俺は療養中の間、ピケの前で痛みに苦しむ姿を見せていない。
激しく痛むときも枕を噛んで、声を殺していた。
でも、この子は気づいていたようだ……。
俺はもう一度、右手をしっかりと見せる。
「見ての通り、傷一つ残ってない。俺はピケに嘘をついたりしないぞ」
と言って、右手でピケの赤毛の髪を撫でた。
「あ、おねえちゃん……」
「な、いつもの右手だろ」
「……うん」
俺が柔らかな微笑みを送ると、ピケは照れているようで頬を赤く染めて顔を少し沈めた。
二、三度ピケの頭を軽くポンポンと叩いて立ち上がり、トルテさんに顔を向ける。
「ご心配はありがたいですが、全然大丈夫なんで旅に同行します」
「本当に無理してないね?」
「はい。無理どころか暇すぎて、この俺が自分から仕事を貰おうかとしてたくらいですよ」
「あはは、そういや朝から私のところに仕事を貰いに来るなんて、今まで一度だってなかったねっ。わかったよ。それじゃ、護衛をお願いしようかね」
「合点です」
「ふふ、それじゃ必要な荷物を馬車に積み次第出掛けるよ」
トルテさんは裏手に置いていた馬車を宿の玄関前に出すように、男性従業員に指示を出す。
その間に俺の方は急いで朝食を胃の中に放り込み、サシオンとエクレル先生にしばらく留守にするとの言付けを従業員の方に頼んでおいた。
そして、旅の準備のため一度自室に戻り、サシオンから貰った剣を手にする。
「えっと、剣と着替えと……格好はこのままで、中にシャツを重ね着しとこっと」
いつもの赤茶色の服にスカート姿で旅支度を終える。
いざという時に戦いには不向きな格好だけど、戦い用の服となると、俺の手元にはエヌエン関所の護り手ケインやパラディーゾ侯爵に貰った、あのスパッツ姿ぐらいしかない。
だけど、季節は秋の終わり。
あんな風通しのいい格好では風邪を引いてしまう。
「ま、大したことは起こらないだろうし。剣だけを腰に……あっ」
机の上に飾ってある黄金色の宝石が目に入る。
俺はそれを手に取り、見つめる。
「膨大な魔力を封じた宝石。ティラが魔力の回復に役立つとか言ってたな。これも持っていくか」
宝石をスカートのポケットに忍ばせて、鏡の前に立ち、ガガンガの髪飾りを使って、髪を一本にまとめポニーテールにする。
そして、宿屋の玄関前に向かった。
玄関前に来ると、旅に必要な荷物類が荷馬車に載せ終わっていた。
トルテさんとサダさんが手綱を握る前に座り、俺とピケは荷台に座る。
留守を預かる宿のみんなに、トルテさんは声を掛ける。
「メプルまで馬車なら往復で十日。交渉が長引いても半月程度で王都に戻ってくるからね。それまでしっかりおやんなさい。私がいない間に、どれだけ切り盛りができるか楽しみだよ」
どうやら、これを機会に宿のみんなの力量を計るつもりらしい。
みんなは苦笑いを見せて、宿の中に戻っていった。
トルテさんは軽い笑いを漏らして、俺たちに声を掛けて手綱を振るう。
「それじゃ、東門からコナサの森を抜けて『メプル』に向かうよ」
サシオンがくれたありがたい頭痛のおかげで一日無駄にした。
次の日の早朝、改めて気合を入れ直す。
「よし、頭も痛くない。今日は動けるな」
ベッドから降りて、ぐっと背を伸ばす。
そして、窓に近づきカーテンを開いた。
自室は三階。王都の一般的な建物はせいぜい二階建て。
そのため、窓からは東地区の街並みが良く見える。
「ん?」
少し離れた道の隅で誰かがウロチョロしている。
どうやら、サンシュメの様子を窺っているようだけど、何者だ?
「あっ」
近所の人がそいつを追っ払っている。
そいつは文句を言っている感じで、大通りへと歩いていった。
「なんだろ? ま、いっか。着替えて、朝ご飯とお仕事お仕事」
薄緑のネグリジェからいつもの赤茶色の服に着替え、トルテさんから仕事と朝食を貰うために一階の食堂へ向かう。
一階に降りると、何やら慌ただしい雰囲気が伝わってくる。
カウンター傍では給仕用の地味な服を着たピケが、背中におっきなリュックを背負い足音を殺しながらうろうろしている。
「あれ、ピケ。何してるの?」
「あ、おねえちゃん……あの、おはよう。今日は早いね……」
ピケは俺を見るなり、視線を泳がせた。
その様子は悪戯でも見つかってしまったような態度。
「おはよう……トルテさんに仕事を貰おうかと思って早起きをね」
「そうなんだ……」
「ピケはリュックなんか背負ってどっか行くの?」
「それは……お母さんと一緒に、仕入れに」
歯切れ悪く、ピケは答える。
その様子は気になるが、まずは仕入れとやらについて尋ねてみる。
「仕入れ? トルテさんが直接?」
サンシュメの食堂で出される料理の食材は全て業者に委託してある。
そのため、トルテさんが直接仕入れに行くことはない。
俺が怪訝な顔を見せていると、厨房の奥からトルテさんの声が聞こえてきた。
「おや、ヤツハ」
「あ、おはようございます」
「はい、おはよう。朝食かい? すぐに準備させるよ」
「え、まぁ、朝ご飯はいただきますが、肉で」
「はは、朝から食欲旺盛だね。その様子だと体の調子も良さそうで何よりだよ」
「ほぼ全快です。なので、今日あたりから軽い仕事を貰おうかと思っているんですけど……」
俺はピケに一度視線を向けて、トルテさんに戻す。
「なんだか忙しそうですね?」
この質問に、トルテさんはピケを見たあと、仕方がないといった感じで肩を軽く竦めて答えてきた。
「ああ、香辛料が不足しててね。『メプル』までちょっと足を延ばそうかと」
「メプル? たしか、コナサの森を越えた先にある町でしたっけ?」
メプルとは、以前まで新街道を通って向かうことのできた王都からかなり離れた町。
でも今は、コナサの森の通行が可能となって距離を短縮できている。
それでも馬車で数日はかかる町だ。
「わざわざそんな遠くまで行くんですか? いつもの業者さんは?」
「それがね、最近のジョウハクはごたごた続きだろ。だから先方の方が、一度直接、私と話をしたいそうなんだ」
「ん?」
「今後も滞りなく取引が可能か。そして、王都の様子を知りたいって」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
どうやら、王都周辺の村や町は現状のジョウハクをかなり不安視しているようだ。
ジョウハク――王都サンオンは人類の祖の地。ジョウハクは絶対的な国家。
そうであるはずなのに、王都を直接襲撃されたうえに、キシトル帝国への対応が弱腰と来ている。
(今まで絶対強国であったから、それが余計に不安を煽るんだろうな。そして……)
取引相手がトルテさんと直接会いたいとしたのは、彼女が王都サンオン東地区の顔役であるからだろう。
より確かで、信頼のおける情報をトルテさんは持っている。
そして同時に、トルテさんを直接指名するということは――
「あの、相手は結構な立場の人ですか?」
「ああ、王都の香辛料市場を支配している人だよ。おかげさまで、この交渉は王都全地区の責任を担ってる。とんだ貧乏くじを引いてしまったよ」
がくりと肩を落とすトルテさん。
商工会か何かの会合で、トルテさんに白羽の矢が当たったんだろう。
「はは、大変そうですね。それじゃ、ピケは今からトルテさんと一緒にメプルへ向かうんだ?」
「うん、そだよ~」
「まさかと思うけど、二人だけ? トルテさん、護衛は?」
「それは――」
トルテさんが言葉を出そうとすると、それに被せるようにしゃがれたおっさんの声が覆いかぶさってきた。
「げっへっへ、二人のナイトはおじさんだよ」
「サダさん……」
サダさんは薄汚れた茶色の長めの外套を纏い、いかにも旅人という出で立ちをしてニヤついている。
腰には長剣。珍しく酒に溺れていない。
俺はトルテさんに棒読みの声をぶつける。
「大丈夫なんですか、コレで?」
「はは、こう見えてもサダは腕が立つからね。今までも何度か護衛を頼んだことがあるし」
「ええ、ホントにぃ……コレがぁ……?」
両眉毛が繋がるくらい眉を顰めてサダさんへ顔を向ける。
そんな態度を取られたものだから、彼はかなり落ち込んだ様子を見せた。
「ひっどいなぁ。こう見えてもおじさん、そこらの野盗程度よりかは腕が立つつもりなんだけど。それにいくら何でもコレ扱いはないよ~、ヤツハちゃ~ん」
「ん、まぁ、コレ扱いはさすがに悪かったと思うけど、普段の素行からとても信用できない」
「ヤツハちゃんの中でおじさんの評価は底なんだね……」
「底というか、突き抜けて奈落?」
「ひ、ひどい……しくしく」
サダさんは両手で顔を覆い、芝居じみたさ全開でしくしくと言葉に出す。
そういうところが信用に欠けるんだけど……泣き真似をするサダさんをジトリと睨む。
その視線を和らげようと、トルテさんがフォローに入った。
「まぁ、ヤツハが不安になるのはわかるけど、サダの腕前はかなりのもんだよ」
「そうですか。トルテさんがそこまで言うなら信用しますけど」
「ヤツハちゃ~ん、おじさんのこと信用してよ~。泣いちゃってるんだよ~、しくしく」
身を縮こまらせて、再びしくしくと声に出す。
ピケは背伸びをして、サダさんの頭を撫でている。
そんないまいち頼りなさげな彼を見て、俺は……。
「あの、トルテさん。俺も仕入れに付き合います」
「え、でも」
トルテさんは俺の右手に目を向けた。
ピケもサダさんの頭を撫でるのをやめて、俺の右手を見ながら少し荒げた声を出す。
「だめだよっ。おねえちゃん、ケガしてるんだもん! 旅なんてぜったいに……どうして、今日は」
ピケは先ほど見せたように視線を泳がせる。
その様子を見て、ピケやトルテさんの態度がどうして変なのかわかった。
(俺に心配させないために、こっそり出かけるつもりだったのか)
俺はピケと視線の位置を合わせるために屈む。
「大丈夫だよ、ピケ。ケガの方はもう何ともない。ほら、この通り」
すっかり元に戻った右手をピケに見せて、滑らかに何度も指を折る。
「なっ」
「ほんとに……? もう、痛くないの?」
ピケの瞳が少し潤んでいる……俺は療養中の間、ピケの前で痛みに苦しむ姿を見せていない。
激しく痛むときも枕を噛んで、声を殺していた。
でも、この子は気づいていたようだ……。
俺はもう一度、右手をしっかりと見せる。
「見ての通り、傷一つ残ってない。俺はピケに嘘をついたりしないぞ」
と言って、右手でピケの赤毛の髪を撫でた。
「あ、おねえちゃん……」
「な、いつもの右手だろ」
「……うん」
俺が柔らかな微笑みを送ると、ピケは照れているようで頬を赤く染めて顔を少し沈めた。
二、三度ピケの頭を軽くポンポンと叩いて立ち上がり、トルテさんに顔を向ける。
「ご心配はありがたいですが、全然大丈夫なんで旅に同行します」
「本当に無理してないね?」
「はい。無理どころか暇すぎて、この俺が自分から仕事を貰おうかとしてたくらいですよ」
「あはは、そういや朝から私のところに仕事を貰いに来るなんて、今まで一度だってなかったねっ。わかったよ。それじゃ、護衛をお願いしようかね」
「合点です」
「ふふ、それじゃ必要な荷物を馬車に積み次第出掛けるよ」
トルテさんは裏手に置いていた馬車を宿の玄関前に出すように、男性従業員に指示を出す。
その間に俺の方は急いで朝食を胃の中に放り込み、サシオンとエクレル先生にしばらく留守にするとの言付けを従業員の方に頼んでおいた。
そして、旅の準備のため一度自室に戻り、サシオンから貰った剣を手にする。
「えっと、剣と着替えと……格好はこのままで、中にシャツを重ね着しとこっと」
いつもの赤茶色の服にスカート姿で旅支度を終える。
いざという時に戦いには不向きな格好だけど、戦い用の服となると、俺の手元にはエヌエン関所の護り手ケインやパラディーゾ侯爵に貰った、あのスパッツ姿ぐらいしかない。
だけど、季節は秋の終わり。
あんな風通しのいい格好では風邪を引いてしまう。
「ま、大したことは起こらないだろうし。剣だけを腰に……あっ」
机の上に飾ってある黄金色の宝石が目に入る。
俺はそれを手に取り、見つめる。
「膨大な魔力を封じた宝石。ティラが魔力の回復に役立つとか言ってたな。これも持っていくか」
宝石をスカートのポケットに忍ばせて、鏡の前に立ち、ガガンガの髪飾りを使って、髪を一本にまとめポニーテールにする。
そして、宿屋の玄関前に向かった。
玄関前に来ると、旅に必要な荷物類が荷馬車に載せ終わっていた。
トルテさんとサダさんが手綱を握る前に座り、俺とピケは荷台に座る。
留守を預かる宿のみんなに、トルテさんは声を掛ける。
「メプルまで馬車なら往復で十日。交渉が長引いても半月程度で王都に戻ってくるからね。それまでしっかりおやんなさい。私がいない間に、どれだけ切り盛りができるか楽しみだよ」
どうやら、これを機会に宿のみんなの力量を計るつもりらしい。
みんなは苦笑いを見せて、宿の中に戻っていった。
トルテさんは軽い笑いを漏らして、俺たちに声を掛けて手綱を振るう。
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