172 / 286
第二十章 震天駭地
クラプフェンの窮愁
しおりを挟む
――メプル到着より三日前・琥珀城・牢屋
薄暗く、淀む空気。蝋燭の小さな灯だけが頼りとなる牢屋。
壁や床や天井は隙間のない石のパズルでできており、唯一の出口である正面には鉄格子。
さらには、魔法による強力な結界が張ってある。
その牢に、サシオンはブラウニー暗殺未遂の嫌疑とプラリネ女王殺害の容疑で捕えられていた。
牢の前にはクラプフェンが立ち、サシオンへ話しかける。
「あなたが我らに危害を加えることができないことは知っていますが、ここまで抵抗らしい抵抗もなく捕まるとは思っていませんでした。念のために東西を護っていた六龍、パスティスとバスクを呼び戻したというのに」
「ノアゼットは与していないのか?」
「はい、彼女はこのこと自体を知りません。協力を求めても、彼女はこのような策を許さないでしょうから。正直言えば、あなたを抑えるためにノアゼットの力は欲しかったのですが……全ては杞憂と終わったようですね」
「そうだな。君の言うとおり、私は君たちに危害を加えるわけにはいかないのでな」
「それはコトア様の命ですか? それとも、あなたご自身の規律ですか?」
声大人しくも、クラプフェンは険しい顔つきでサシオンを睨む。
瞳に宿るのは怒り……。
猛る怒りの炎を受けるサシオンは、それとは対照的に冷たく言い放つ。
「双方だ」
「っ、そうですか……」
「それで、私の処刑はいつになる? これは如何な理由でも避けられぬのだろう?」
「はい、二日後に」
「随分と急くな」
「時が経てば経つほど、あなたへの擁護の声が高まる。それはあなたが一番わかっているでしょう? わざわざ近衛騎士団を王都より遠ざけたあなたがっ」
クラプフェンの声が跳ねる。
それは怒りなのか、寂しさなのか、彼自身にもよくわからぬ感情……。
さらに彼はサシオンに向かい、言葉をぶつける。
荒ぶる心を隠そうとする静かな言葉で……。
「彼らがいれば、必ず抗議の声を上げた。それにより、混乱が生じる。やがてそれは大きな騒動となる。そうなれば、彼らを処断しなくてはならない。さらには、彼らがあなたに与していたという嫌疑をかけられる可能性もあった」
クラプフェンは慎重に周囲の気配を探る。
誰もいないことを確認した彼は、言葉を続けた。
「サシオンさん。あなたは初めからこうなることを予測して、近衛騎士団を遠ざけた。そうですね?」
「そのとおりだ。それはお前も初めから気づいていたことだろう」
「ふ、ふふ、ふふふふ、そうですね。おかげさまで何の滞りもなく、あなたを捕らえることができた」
自嘲するかのような笑いを漏らすクラプフェン。
彼は大きなため息を吐く。
「はぁ、ブラウニー陛下の命とは言え、かなり無理のある計画。捕らえられるサシオンさんの協力がないと成功しなかったでしょう……何とも馬鹿馬鹿しい茶番っ!」
鉄格子を叩きつけて、クラプフェンは叫ぶ。
それはサシオンへの抗議の声。
「茶番……全てが茶番に過ぎない。あなたがアクタに居る限り、我々は茶番を演じ続けているのと同じ!」
クワリと瞳を大きく開けて、サシオンを睨む。
浮かぶ色は憎しみの色。
その色をサシオンはよく知っている。
彼もまた……いや、彼らもまた同じ目を神に向けたことがある。
サシオンは無色の感情を籠めて、声を落とす。
「己を超える存在に覗き見られるのは不快だからな」
「ええ、その通りです。問題に対し、我々が議論を重ね、道を探す。だが、あなたは常に正しい道を知っている。我々が誤った道を歩んでも、あなたは声を出さず、ただ見ている。これがどれだけ屈辱的か」
アクタに生きる者たちが知恵を出し合い、そして尽くし、答えを得たとしても、サシオンはその先を歩んでいる。
彼らの議論をサシオンはどう見ているのだろうか?
アクタで誰よりも知を識り、先を見ることのできる彼にとって、クラプフェンたちの行う議論など、幼き者たちのままごと程度にしか見えまい……。
クラプフェンは右手で左胸を押さえ、心を握り締める。
「それだけではありませんっ。我々が王としてブラウニー陛下、プラリネ女王陛下を崇める姿を、あなたは遥か高みから見下ろしている。あなたが王に見せる立ち振る舞いもまた、心の宿らぬもの!」
サシオンの言葉も行動も、全ては虚像。
それを知る唯一の者、クラプフェン。
クラプフェンは一歩だけとはいえ、サシオンの場所に立っていた。
そんな彼は、自分たちが行う全てを、高みの存在から覗き見られていることを知っている。
どんなに知恵を振り絞ろうとも、それはサシオンの知の内。
もし、誤った答えを出せば、サシオンは少し眉を顰めるだけで口は噤んだまま。
そのような存在を身近に置き続けることに、クラプフェンは心を擦り減らし続けていた。
さらには……。
「私はあなたとアクタの間に立つ存在。皆が苦しみ、涙を流し、答えを探している。そして、その答えを知る者が私の隣にいる。だが、尋ねることもできずに、あなたと同じように口を噤むこと以外できない!!」
多くの問題を解決できる。多くを助けることができる。
そうだというのに、クラプフェンは何も語れない。
彼と同じアクタに生きる民を救えるのに!
クラプフェンは掴んでいた心を放し、仰ぎ見る。
そして、無言のまま、無機質な石の天井を見続ける。
サシオンはできるだけ感情を排し、彼に話しかけた。
「君はブラウニー陛下を選んだというわけか」
「治世であれば、プラリネ女王陛下を支持したでしょう。しかし、時は乱世を迎えようとしています。ブラウニー陛下に懸念あれど、時世を乗り越えられる力があるのは……」
「そうか……ブラン殿下は?」
「琥珀城の礼拝所に眠るプラリネ様のそばで涙しておられます」
「そうではない」
「ええ、わかっています……」
クラプフェンは視線を天井から床に下ろす。
そして、小さく一呼吸挟み、サシオンを真っ直ぐと見つめた。
「ブラウニー陛下はご子息方に王位を譲る気はありません。ご自身が唯一無二の王として、ジョウハクに君臨するおつもりです。双子の制度は崩れます」
「では、ブラウニー陛下の御子。オランジェット様とレーチェ様もまた……」
「陛下にとって、自分の身を脅かす危険な存在でしかありません。現状では、プラリネ女王の遺児であられるブラン殿下を最も危険視しております……」
ブラウニーが二つとない王となる。
だが、これに反発する者は必ずいる。
その中で最も大きな力を持つプラリネ派は、座して黙することはないだろう。
黙すれば、場を失う。
彼らにとってこれは、絶対に受け入れることのできない話。
ならば、彼らはどうするか?
彼らはプラリネの遺児、ブラン=ティラ=トライフルを掲げブラウニーに抵抗を試みるだろう。
だからこそ、ブラウニーは最も危険なブランを亡き者とする。
そして、本来、次代の王となるべき実の息子と娘である、オランジェットとレーチェを遠ざけるだろう。
サシオンは察する。そして……。
「残念だ」
短い言葉で全てを断ち切った。
非情なる態度……クラプフェンは拳を握り、それを胸に置く。
「女神コトアだけを見ているあなたは人間をっ――」
彼は途中で言葉を閉じ、代わりに別の言葉を産む。
「決断を下した私に、サシオンさんを責める資格はありませんね」
「仕方あるまい。これは決断を下す者の原罪」
「原罪? 愚か、というべき行いでしょう」
「かもしれん」
「……最後に、ブラウニー陛下の策をあなたは見抜いていた。しかし、それに抵抗することなく、処刑の道を選んだ……これらはコトア様から何かの指示が?」
「ああ、彼女から撤収命令が降りた。いずれ来るだろうと思っていたが、こうも早くとは思ってもみなかった」
「だから、処刑の名を借り、コトア様の下へお戻りになると」
「そうなるな」
「我らの為すことは、どこまでも茶番というわけですね……」
冷めきった表情に力の籠らぬ笑顔を乗せる。
そして、踵を返して、背をサシオンに向けた。
袂を分かつ背に、アステル近衛騎士団団長としてのサシオンは語りかける。
「団員の処遇はどうなる?」
「彼らを全て処分せよ、という声はありますが、それは私が抑え込みます。ただし、あなたの部下がそれに納得するかまでは責任を持てません」
「そこは仕方あるまい」
「ふふ、あなたが聞きたいのはそこですか?」
クラプフェンは寂しげな笑みを見せ、振り返る。
彼の態度にサシオンは疑問の言葉を返した。
「なんだ?」
「本当に聞きたいのはフォレのことでは?」
フォレの名を聞いて、サシオンの眉がにわかに跳ねた。
その態度に対して、クラプフェンの笑みはさらに寂しさが増すものの、同時に柔らかな笑みも垣間見れる。
「ふふ、フォレの話をしている時だけは、人間としてのあなたを見ることができますね」
「フッ、最近、近しいことを言われた」
「以前、あなたはフォレの面倒を見てくれと私に頼んだことがありました。それはあなた亡き後、私に彼を宥めさせ、後ろ盾に置き、近衛騎士団の跡を継がせてくれという話でしょう」
「そんな話もしたな。だが、それは忘れてくれ」
「……話したのですね、あなたのことを」
「ああ」
「そうですか。世界の真実を知った彼はどのような反応を?」
「非常に驚いていた。だが、フォレは別のことで頭がいっぱいだったようだ」
「それは?」
「己自身の不甲斐なさと……ふふ、いろいろだ」
フォレとヤツハの影が横切り、笑いを零す。
笑いの意味はクラプフェンにはわからなかったが、サシオン亡き後、フォレがブラウニーに仕えることはないということだけは感じ取ることができた。
「フォレはあなたの決別を知っていて?」
「いや、話しておらぬ。話せば、食い止めようとするからな。まだ、そこまで割り切れるほどではないであろう」
「でしょうね」
「フォレはこれについて驚き、怒るかもしれん。だが、あの子は己の歩む道を真っ直ぐ見ている。私がおらずとも、誤ることはないだろう」
「大した信頼です」
「信頼か……ふふふ、そうか。私はフォレを信頼しているのだな」
まるで初めて気づかされたように、言葉を噛みしめる。
瞳は優しく、我が子を見つめる目。
クラプフェンはその目に、嫉妬を覚える。
「そんな目を一度くらい……」
「なんだ?」
「いえ、下らぬ感情です。では、失礼します」
「ああ、達者でな」
クラプフェンの背中が小さくなっていく。
遠ざかる足音を耳にしながら、サシオンは思う。
(プラリネ女王はたしかに王としては優しすぎる。だが、愚かな方ではない。万一の備えに、お前たちのシナリオを覆す手をいくつか打ってあるぞ。たとえそれが、か細き道であってもな)
彼はクラプフェンより瞳を動かし、遥か南を見つめる。
瞳に映るのはかつての友であり仲間……。
「お前の身は朽ち果てようとしているに、どうやら、もうお前の思いに応えることはできないようだ。黒騎士……いや、ノルマンドよ」
薄暗く、淀む空気。蝋燭の小さな灯だけが頼りとなる牢屋。
壁や床や天井は隙間のない石のパズルでできており、唯一の出口である正面には鉄格子。
さらには、魔法による強力な結界が張ってある。
その牢に、サシオンはブラウニー暗殺未遂の嫌疑とプラリネ女王殺害の容疑で捕えられていた。
牢の前にはクラプフェンが立ち、サシオンへ話しかける。
「あなたが我らに危害を加えることができないことは知っていますが、ここまで抵抗らしい抵抗もなく捕まるとは思っていませんでした。念のために東西を護っていた六龍、パスティスとバスクを呼び戻したというのに」
「ノアゼットは与していないのか?」
「はい、彼女はこのこと自体を知りません。協力を求めても、彼女はこのような策を許さないでしょうから。正直言えば、あなたを抑えるためにノアゼットの力は欲しかったのですが……全ては杞憂と終わったようですね」
「そうだな。君の言うとおり、私は君たちに危害を加えるわけにはいかないのでな」
「それはコトア様の命ですか? それとも、あなたご自身の規律ですか?」
声大人しくも、クラプフェンは険しい顔つきでサシオンを睨む。
瞳に宿るのは怒り……。
猛る怒りの炎を受けるサシオンは、それとは対照的に冷たく言い放つ。
「双方だ」
「っ、そうですか……」
「それで、私の処刑はいつになる? これは如何な理由でも避けられぬのだろう?」
「はい、二日後に」
「随分と急くな」
「時が経てば経つほど、あなたへの擁護の声が高まる。それはあなたが一番わかっているでしょう? わざわざ近衛騎士団を王都より遠ざけたあなたがっ」
クラプフェンの声が跳ねる。
それは怒りなのか、寂しさなのか、彼自身にもよくわからぬ感情……。
さらに彼はサシオンに向かい、言葉をぶつける。
荒ぶる心を隠そうとする静かな言葉で……。
「彼らがいれば、必ず抗議の声を上げた。それにより、混乱が生じる。やがてそれは大きな騒動となる。そうなれば、彼らを処断しなくてはならない。さらには、彼らがあなたに与していたという嫌疑をかけられる可能性もあった」
クラプフェンは慎重に周囲の気配を探る。
誰もいないことを確認した彼は、言葉を続けた。
「サシオンさん。あなたは初めからこうなることを予測して、近衛騎士団を遠ざけた。そうですね?」
「そのとおりだ。それはお前も初めから気づいていたことだろう」
「ふ、ふふ、ふふふふ、そうですね。おかげさまで何の滞りもなく、あなたを捕らえることができた」
自嘲するかのような笑いを漏らすクラプフェン。
彼は大きなため息を吐く。
「はぁ、ブラウニー陛下の命とは言え、かなり無理のある計画。捕らえられるサシオンさんの協力がないと成功しなかったでしょう……何とも馬鹿馬鹿しい茶番っ!」
鉄格子を叩きつけて、クラプフェンは叫ぶ。
それはサシオンへの抗議の声。
「茶番……全てが茶番に過ぎない。あなたがアクタに居る限り、我々は茶番を演じ続けているのと同じ!」
クワリと瞳を大きく開けて、サシオンを睨む。
浮かぶ色は憎しみの色。
その色をサシオンはよく知っている。
彼もまた……いや、彼らもまた同じ目を神に向けたことがある。
サシオンは無色の感情を籠めて、声を落とす。
「己を超える存在に覗き見られるのは不快だからな」
「ええ、その通りです。問題に対し、我々が議論を重ね、道を探す。だが、あなたは常に正しい道を知っている。我々が誤った道を歩んでも、あなたは声を出さず、ただ見ている。これがどれだけ屈辱的か」
アクタに生きる者たちが知恵を出し合い、そして尽くし、答えを得たとしても、サシオンはその先を歩んでいる。
彼らの議論をサシオンはどう見ているのだろうか?
アクタで誰よりも知を識り、先を見ることのできる彼にとって、クラプフェンたちの行う議論など、幼き者たちのままごと程度にしか見えまい……。
クラプフェンは右手で左胸を押さえ、心を握り締める。
「それだけではありませんっ。我々が王としてブラウニー陛下、プラリネ女王陛下を崇める姿を、あなたは遥か高みから見下ろしている。あなたが王に見せる立ち振る舞いもまた、心の宿らぬもの!」
サシオンの言葉も行動も、全ては虚像。
それを知る唯一の者、クラプフェン。
クラプフェンは一歩だけとはいえ、サシオンの場所に立っていた。
そんな彼は、自分たちが行う全てを、高みの存在から覗き見られていることを知っている。
どんなに知恵を振り絞ろうとも、それはサシオンの知の内。
もし、誤った答えを出せば、サシオンは少し眉を顰めるだけで口は噤んだまま。
そのような存在を身近に置き続けることに、クラプフェンは心を擦り減らし続けていた。
さらには……。
「私はあなたとアクタの間に立つ存在。皆が苦しみ、涙を流し、答えを探している。そして、その答えを知る者が私の隣にいる。だが、尋ねることもできずに、あなたと同じように口を噤むこと以外できない!!」
多くの問題を解決できる。多くを助けることができる。
そうだというのに、クラプフェンは何も語れない。
彼と同じアクタに生きる民を救えるのに!
クラプフェンは掴んでいた心を放し、仰ぎ見る。
そして、無言のまま、無機質な石の天井を見続ける。
サシオンはできるだけ感情を排し、彼に話しかけた。
「君はブラウニー陛下を選んだというわけか」
「治世であれば、プラリネ女王陛下を支持したでしょう。しかし、時は乱世を迎えようとしています。ブラウニー陛下に懸念あれど、時世を乗り越えられる力があるのは……」
「そうか……ブラン殿下は?」
「琥珀城の礼拝所に眠るプラリネ様のそばで涙しておられます」
「そうではない」
「ええ、わかっています……」
クラプフェンは視線を天井から床に下ろす。
そして、小さく一呼吸挟み、サシオンを真っ直ぐと見つめた。
「ブラウニー陛下はご子息方に王位を譲る気はありません。ご自身が唯一無二の王として、ジョウハクに君臨するおつもりです。双子の制度は崩れます」
「では、ブラウニー陛下の御子。オランジェット様とレーチェ様もまた……」
「陛下にとって、自分の身を脅かす危険な存在でしかありません。現状では、プラリネ女王の遺児であられるブラン殿下を最も危険視しております……」
ブラウニーが二つとない王となる。
だが、これに反発する者は必ずいる。
その中で最も大きな力を持つプラリネ派は、座して黙することはないだろう。
黙すれば、場を失う。
彼らにとってこれは、絶対に受け入れることのできない話。
ならば、彼らはどうするか?
彼らはプラリネの遺児、ブラン=ティラ=トライフルを掲げブラウニーに抵抗を試みるだろう。
だからこそ、ブラウニーは最も危険なブランを亡き者とする。
そして、本来、次代の王となるべき実の息子と娘である、オランジェットとレーチェを遠ざけるだろう。
サシオンは察する。そして……。
「残念だ」
短い言葉で全てを断ち切った。
非情なる態度……クラプフェンは拳を握り、それを胸に置く。
「女神コトアだけを見ているあなたは人間をっ――」
彼は途中で言葉を閉じ、代わりに別の言葉を産む。
「決断を下した私に、サシオンさんを責める資格はありませんね」
「仕方あるまい。これは決断を下す者の原罪」
「原罪? 愚か、というべき行いでしょう」
「かもしれん」
「……最後に、ブラウニー陛下の策をあなたは見抜いていた。しかし、それに抵抗することなく、処刑の道を選んだ……これらはコトア様から何かの指示が?」
「ああ、彼女から撤収命令が降りた。いずれ来るだろうと思っていたが、こうも早くとは思ってもみなかった」
「だから、処刑の名を借り、コトア様の下へお戻りになると」
「そうなるな」
「我らの為すことは、どこまでも茶番というわけですね……」
冷めきった表情に力の籠らぬ笑顔を乗せる。
そして、踵を返して、背をサシオンに向けた。
袂を分かつ背に、アステル近衛騎士団団長としてのサシオンは語りかける。
「団員の処遇はどうなる?」
「彼らを全て処分せよ、という声はありますが、それは私が抑え込みます。ただし、あなたの部下がそれに納得するかまでは責任を持てません」
「そこは仕方あるまい」
「ふふ、あなたが聞きたいのはそこですか?」
クラプフェンは寂しげな笑みを見せ、振り返る。
彼の態度にサシオンは疑問の言葉を返した。
「なんだ?」
「本当に聞きたいのはフォレのことでは?」
フォレの名を聞いて、サシオンの眉がにわかに跳ねた。
その態度に対して、クラプフェンの笑みはさらに寂しさが増すものの、同時に柔らかな笑みも垣間見れる。
「ふふ、フォレの話をしている時だけは、人間としてのあなたを見ることができますね」
「フッ、最近、近しいことを言われた」
「以前、あなたはフォレの面倒を見てくれと私に頼んだことがありました。それはあなた亡き後、私に彼を宥めさせ、後ろ盾に置き、近衛騎士団の跡を継がせてくれという話でしょう」
「そんな話もしたな。だが、それは忘れてくれ」
「……話したのですね、あなたのことを」
「ああ」
「そうですか。世界の真実を知った彼はどのような反応を?」
「非常に驚いていた。だが、フォレは別のことで頭がいっぱいだったようだ」
「それは?」
「己自身の不甲斐なさと……ふふ、いろいろだ」
フォレとヤツハの影が横切り、笑いを零す。
笑いの意味はクラプフェンにはわからなかったが、サシオン亡き後、フォレがブラウニーに仕えることはないということだけは感じ取ることができた。
「フォレはあなたの決別を知っていて?」
「いや、話しておらぬ。話せば、食い止めようとするからな。まだ、そこまで割り切れるほどではないであろう」
「でしょうね」
「フォレはこれについて驚き、怒るかもしれん。だが、あの子は己の歩む道を真っ直ぐ見ている。私がおらずとも、誤ることはないだろう」
「大した信頼です」
「信頼か……ふふふ、そうか。私はフォレを信頼しているのだな」
まるで初めて気づかされたように、言葉を噛みしめる。
瞳は優しく、我が子を見つめる目。
クラプフェンはその目に、嫉妬を覚える。
「そんな目を一度くらい……」
「なんだ?」
「いえ、下らぬ感情です。では、失礼します」
「ああ、達者でな」
クラプフェンの背中が小さくなっていく。
遠ざかる足音を耳にしながら、サシオンは思う。
(プラリネ女王はたしかに王としては優しすぎる。だが、愚かな方ではない。万一の備えに、お前たちのシナリオを覆す手をいくつか打ってあるぞ。たとえそれが、か細き道であってもな)
彼はクラプフェンより瞳を動かし、遥か南を見つめる。
瞳に映るのはかつての友であり仲間……。
「お前の身は朽ち果てようとしているに、どうやら、もうお前の思いに応えることはできないようだ。黒騎士……いや、ノルマンドよ」
0
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる