マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二十章 震天駭地

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 俺とティラは転送の流れに乗り、あの隠し通路に移動するはずだった。
 しかし、途中で壁のようなものにぶつかり、二人して地面に転がる。


「がっ? いたっ」
「いたた、なんだ一体? 何が起こった、ヤツハ?」
「何か知らんけど、透明な壁みたいなもんが、ってここは?」

 手に触れるのは土の感触。
 そして、俺たちを囲むように花々が咲いている。
 空は突き抜けるような青に染まり、大地は地平線の彼方へとどこまでも続く。

「ここって……」
「城の隠し庭園だな」
「あ、やっぱり。なんで、こんなところに?」

 転送用に付けた目印は庭園より少し先にある隠し通路。
 俺は立ち上がり、隠し通路がある場所に向かって魔力を籠めた手で探る。
 すると、靄っとした空気の層が手に触れた。
 それは微かに魔力を帯びている。


「ああ、これのせいで転送が阻害されて壁にぶつかったんだ。初めて来たときは感じなかったけど、この空気には魔力が含まれてたんだな」
「ヤツハ」

 不意に、後ろにいるティラに呼ばれた。

「ん、どうした?」
「助けに来てくれて、ありがとう」
「いや、友達だから当然のことだよ。気にすんな」
「フフ、友か……しかしだなっ」

 ティラは急に言葉を跳ね、こめかみに青筋を浮かべて詰め寄ってきた。

「ヤツハよ、お主は私を人質代わりに使ったであろう!? クラプフェンが手を出しにくいように!」
「え……気づいてたの……?」
「もちろんだ。友と呼ぶ癖に、とんでもないことをしてくれるなっ!」
「いや、だってさ、あの緑髪の兄さんから逃げるには他に方法がなくて。誤魔化したとはいえ、閃光魔法に気づかれる可能性があったし……」
「まったく、滅茶苦茶な奴め…………だが、ヤツハが来てくれて、私は本当に……」

 ティラは瞳に涙を浮かべず、声に嬉し涙を籠める。
 
「感謝する、ヤツハ。友というのは、本当に良いものだ」
「ああ、そうだな。さ、とにかく、ここから逃げなきゃっ」
「逃げるか……この琥珀城は私の居城だというのにな……」

 
 ティラは視線を空に向ける。
 その先にあるのはおそらく礼拝所……そして、そこに眠る母。
 微かに揺れる瞳を浮かべるティラへ、俺は謝罪の言葉をかける。

「ティラ、すまない。プラリネ様を連れて行けなくて」
「フッ、それは仕方ないこと」
「ティラ……」
「なに、幸いこの数日間に母様とはたくさん会話をし、別れも告げられた。国を追われる身としては十分すぎる幸せ……」

 ティラは涙一つ流さず、母を見つめる。
 そして、顔を空から降ろし、俺に向けた。

「行こう、ヤツハ。追手が来る前に」
「ああ、そうだな」

 

 俺たちは隠し通路へ向かおうとした。
 しかし、その隠し通路から声が響いてくる。

「どこに~、行かれるおつもりですか~? ブランさ~ん」

 思わず気の抜けてしまいそうになる、間延びした声。この声は……。

「アレッテ?」
 
 ティラが声の主の名を呼ぶ。
 すると、花畑広がる画像が揺らぎ、隠し通路からアレッテさんと二人の男女が姿を現した。

 ティラは二人の男女を目にして、その名を口にする。

「オランジェット兄さまにレーチェ姉さま」
「だ、誰だよ、この二人は?」
「え? ヤツハ。王の時といい、お主は本当にジョウハクの民か? 次期、双子の王であられる方を知らぬとは」
「あ~、そうなんだ。あんまり、そっち方面に興味なくて。そっか、この人たちが……てっ!?」

 俺は驚き、すぐに剣柄に手を置く。

「じゃあ、二人はブラウニーのっ!」


 俺は二人を観察する。
 二人とも金髪で美男美女。
 オランジェットは少し長めの髪でブラウニーと同じクセッ毛。瞳も同じく、狼の目のようにブラウンとイエローの混じる色。
 そして、橙色を基調とした法衣を纏っている。

 レーチェは直毛の長い髪を持ち、花の形をしたバレッタを右サイドに着けている。
 瞳の色はティラやプラリネ女王と同じ、緑豊かな森林を彷彿とさせるもの。
 服装は多様なフリルの付いた空色のドレス。

 
 俺はアレッテさんを睨みつける。
「一体、これはどういうことです? てか、どうして隠し通路からっ?」
「落ち着いて~、ヤツハちゃん。私たちは敵じゃないわ~」
「……本当に?」

 先ほどまでティラの命を奪おうとしてた男の息子と娘が前にいる。
 俺はそう簡単に警戒心を拭えず、剣柄に掛ける手に力が入る。
 だが、ティラは俺の手を押さえ、止めに入った。

「大丈夫だ、ヤツハ。二人はそのような方々ではない」
「ほんと? まぁ、ティラが言うなら……」
 
 俺は剣から手を放す。
 もちろん、神経は尖らせたまま。
 
 ティラは俺の横に立ち、三人に話しかける。

「どうして、このような場所に?」


 三人は互いに目配せをして、アレッテさんが前に出た。

「プラリネ様から~万が一のことがあった場合ぃ、あなたを救い出すように命を受けてましたぁ。私たち三人、別々にねぇ」

「母様が……?」

「ええ~、だから私は~、事前に聞いていた隠し通路を使い~、こちらに向かいましたぁ。そして、城内を移動している途中で~、オランジェット様とレーチェ様に出会ったのですよ~。でも、ブラン殿下の救出の動きは~、すでに行われているようでしたのでぇ」

 アレッテさんは視線を俺に向ける。
 彼女は俺の動きを把握していたみたいだ。

「そういうわけで~、私たちは脱出路を確保するために~、ここへ戻ってきたのです~」
 
「そうか、母様は全てを予期して……」
 ティラの瞳の端に涙が浮かぶ。
 だが、すぐに指で涙を吹き飛ばし、三人に向き直る。


「それで、どうするつもりか? 脱出路を確保したというからには、私たちを逃がす算段でも?」
 この問いにオランジェットが答える。
「さすがに表立ってお前を逃がしてやれない。だが、東門にいる兵士たちには私の息のかかった者たちがいる。そこから脱出するがいい」
「東門?」

 続いて、レーチェが言葉を繋げる。

「王都よりずっと先にある東国『リーベン』。あそこにはプラリネ様を支持する者たちがつどっている。そこにお行きなさい」

「母様を支持する者たちがっ? それはどういうことです?」

「プラリネ様は今日という日が来ることを予測して、支持者がすぐに東へつどえるよう策を打っていました。ティラ、あなたに未来を託すために……」
「母様が、私に……」

 
 ティラは礼拝所を見上げた。
 プラリネ女王は自分の身に危険が及んだ場合のことを考えて、手を打っていた。
 おそらくだけど、アレッテさんやオランジェットたち以外の人たちにもティラの救出を託していたのだと思う。
 だから、あの隠し通路にメッセージを残した。

「そっか、あのメッセージは俺が来ることを予測して残したわけじゃないんだ」
「そうですね~。でも、ヤツハちゃんは全部聞き終える前に~、ブランさんを助けに行っちゃいましたけど~」

「え、アレッテさん。もしかして、いたの?」
「いましたよ~。もう~、いくら焦っているからといって~、周りに気を配らないのはいただけませんね~」

「それは、そうですね。すみません……あの、それで、続きのメッセージって?」
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