マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二十二章 歩む先は深い霧に包まれる

不思議な兄妹

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 ウードの正体はいん紂王ちゅうおう愛妾あいしょう妲己だっきだった!
 俺はそれに驚き……とんだ恥をかいた!!

 恥の部分は全力で忘れるとして、ティラが呼んでいるそうなので屋敷へ。
 あまり目立たぬよう、町のみんなの目を避けて路地裏を歩いて戻る。
 その途中で不思議な兄妹に出くわした。


「お兄ちゃ~ん、待ってよ~」

 十一、二歳の女の子がこちらへ走ってくる。
 その子はよそ見をしていたため俺にぶつかった。

「った。お~い、気をつけないと危ないぞ~」
「あ、ごめんなさい……あ、ヤツハ様」
「はは、さまか~。なんだかくすぐったいというか」

 立場上、プラリネ女王の後継、ブランに仕える騎士的な立ち位置。
 だから、町のみんなや兵士の人たちは敬称をつけて俺の名を呼ぶ。
 できればやめてほしんだけど、止めても無駄なので諦めた。

 女の子は俺にぶつかってしまったことに怯えて、身体を震わせている。
 この子から見れば俺も貴族のような存在で、お偉いさんだからしょうがない。
 俺は女の子の頭を撫でながら優しく声を掛ける。

「大丈夫、気にしてないよ。それよりも怪我はない?」
「え、はい、その、大丈夫ですっ」

 女の子はおどおどとした態度を取りつつも、こちらを見ながら返事をする。
 そこで初めてはっきりと女の子の顔を目にして、思わずその目を見開いた。

(え!?)

 じーっと、女の子を見つめる。
(ちょ、柚迩ゆに!? いや、違うよな)

 
 俺は一瞬、女の子を妹の柚迩と見間違えた。
 しかし、よく見ると妹に似ているだけで全くの別人。
 そうであるのに、顔の作りや雰囲気に妙な親近感を覚える。
 
 そのためか、ついつい女の子の顔をまじまじと覗き込んでしまった。
 女の子はそれに怯え、肩を震わせている。
 
(おっと、いけない)
「あ、ごめん、驚かせて」

「い、いえ、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと知り合いの子に似てたから」
「そうですか」
「ごめんね。じゃ、気をつけて」
「はい、失礼します」

 女の子は急ぎ足で離れていく。
 だけど何故か、その途中でこちらへ振り返った。
 
 なんだろうと女の子を目にした途端、霞みかかるようなもやが脳に降りる。
(こ、この感覚、どこかで……コトアの時のっ!)

 急ぎ、ウードの気配を探る……やはり、どこにもいない。
 女の子へ目を向ける。

 そこからは暖かさも冷たさもない、奇妙な気配を感じる。


 少女は俺に語りかけてくる。

『引き出しの知識は脳の中だけで留まらない。アクタと繋がり、先にある無の全てに繋がっている。そしてそれは、君の魂だけに宿る力。想像は創造を紡ぎ、情報を手繰り…………ばーか』

 そう言葉を残すと、女の子は何事もなかったかのように走って行った。

 頭から靄が解ける。
 俺はウードに聞かれないように、しっかりと心の鍵を閉めて疑問を呟いた。
(一体、何だったんだ? まさか、今の女の子はコトア? どういうことだ? コトアがあの女の子の身体を借りて、何かのメッセージを送った? おまけに、馬鹿って)
 

 メッセージの意味……。
 引き出しの知識――それはあの箪笥の世界のことだろう。
 その世界は俺の脳だけではなく、アクタや無に繋がっている?
 さらには、俺だけの力……ウードは関係ない?
 素直に受け取るとそういう意味になるが、具体的な内容はわからない。

 そして、途中で言葉を止めたメッセージ……想像は創造を紡ぎ、情報を手繰り――途中で止めたということは何か不都合でもあったのだろうか? 
 これについては内容も意図も具体的どころか全くわからん。
 最後の悪口も全くわからん。

 手紙の時といい、なんで女神様から馬鹿と言われなければならないんだろう?
 なんかご機嫌を損なうようなことしたっけ?
 

 これらについてウードに確認を取りたいところだけど、コトアが俺だけに伝えたということはやめておいた方がよさそうだ。
 
 とはいえ、一つ、ウードに関して気になる点がある。
 仮に引き出しの力が俺だけの力とすると、あいつが引き出しを覗き込めるのは何故だ? 
 頭を悩ますと、その問いの答えはウードが過去に語っていた。

(ウードは俺の心の許しがないと覗き込めないと言っていた。それは箪笥の知識と力が俺のものだからか? そういえば、あいつが無許可で開けられた引き出しは、特に意味のない日常の光景や、俺が一切関知していない自身の記憶の引き出しだけ)

 しかし、これらがいったい何だというのだろうか?
 
(情報が曖昧でわかんねぇよっ)
 
 もう一度、女の子に目を向ける。
 少女は手を振りながら男の子がいる場所へ駆けていく。
 その姿はただの女の子。コトアの存在は感じない。

(なんかよくわからん女神様だな……)
 
 半ば呆れたような感情を抱きつつ、女の子を見つめ続ける。
 少女が駆けていった先に男の子がいる。
 先ほどお兄ちゃんと呼んで走っていたから、たぶん、男の子は兄なんだろう。
 

(お兄ちゃんか。あの子より二つ三つ年上かな……えっ!?)

 女の子の兄は、俺に似ていた。笠鷺燎の俺に。
 もちろん似ているだけで、完全なそっくりさんというわけじゃない。
 
(妙な感じ……似てるような似てないような。でも、雰囲気は同じ感じなんだよなぁ)

 女の子は兄に駆け寄ると、ボディに拳を叩きつけた。
 兄は身体をくの字に折り曲げて、悶え苦しんでいる。

(おおぅ、ひっで。ますます柚迩にそっくりだな。あいつもあんな風に暴力的だし)

 二人は口論を交えながら、町の喧騒に姿を消していく。


(結局、何だったんだ? 俺や妹に似た兄妹。そして、コトア……)
 
 初めて、コトアが直接接触してきた。
 しかし、置いていったのは曖昧なメッセージと悪口だけ……。

(ほんと、わけわからん……それにあの兄妹の存在も)

 なんとなく、俺や柚迩を感じさせる兄妹。
(ほんと、妙な感じ。妹……家族か。そういや、地球ではどうなってんだろ? 俺が死んで悲しんでるのかなぁ? う~ん、深く考えると辛くなるからやめよ)

 
 奇妙な出来事の連続だったけど、色々考えても答えが出そうにないので、今は自分のやるべきことを見据えることにする。
 体を屋敷の方向へ向けて歩き出す。
 
 上下の振動で揺れる胸……それを目にして、思わず乾いた笑いが漏れた。

「はは、少なくとも家族にはこんな姿で生きてるところは見せられないな」
 視線を胸から前に向ける。
 すると、先に見える細い路地から、赤い襤褸ぼろを纏った者が俺を見ていた。
 そいつは誰からの視線にも捉えられることもなく、一人佇む。

 
(マヨマヨ?)

 赤い襤褸のマヨマヨは路地に姿を消した。
 それは俺を誘っている感じ。

(ったく、なんか続けざまに起こるな。にしてもあのマヨマヨの誘い方、近藤のことを思い出す……はぁ、胡散臭いけど誘いに乗るしかないっか)

 俺はいつでも魔法を発動できるよう臨戦態勢のまま、路地裏に向かう。




――路地裏

 そこは五階建てのアパートに挟まれていて、とても薄暗い行き止まり。
 人の気配は全くなく、俺と赤いマヨマヨ以外誰もいない。


「マヨマヨ、何の用だ?」

 赤い襤褸の背中に問いかけると、そいつはフードを取り、顔を見せた。

「初めまして、いや、二度目になるか。ヤツハ。それとも笠鷺燎かささぎりょうと呼んだ方がいいか?」

 フードから現れたのは三十代半ばほどの男性。
 ちょっと釣り目で細身の顔。髪は薄い。まだそんな歳じゃないのに……。
 表現は悪いが、全体的にネズミっぽい感じ。
 俺は彼に言葉を返す。

「いや、ヤツハでお願いする。二度目と言ったが……となると、あんたは時計塔のマヨマヨか?」

 俺が初めてマヨマヨと出会ったのは王都にある時計塔だった。
 あそこに出没した赤い襤褸を着たマヨマヨ。
 声の質は低く籠ったものから普通のものへと変わっているけど、おそらく同一人物。


 彼は俺の問いに同意し頷く。
「ああ、そうだ」
「俺が笠鷺燎ってことを知ってんだ?」
「近藤からの依頼でな。君を探していた。君のことを知るのは私と近藤以外いない」
「そうなんだ……近藤が王都に現れたのは、あんたから情報を貰ったからだったんだ」
「そうなるな。彼のことは……本当に残念だった」

 男は寂しげな表情に申し訳なさを織り交ぜる。
 その態度から、近藤との間柄が見えてくる。
 
「近藤とは、仲が良かったの?」
「そうだな。少なくとも私は友だと思っている。だが、あの時、私は彼を止めることができなかった」

 あの時――黒騎士との戦いのことだろう。
 この男は近藤が黒騎士の前に立つことを止めようとした。近藤を守るために……。
 俺は彼の名を尋ねる。


「あの、名前は?」
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