マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二十四章 秘める心と広がる思い

自然体で行こう

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 演説台となったテラスからは大勢の人々の姿が目に入る。
 運動場には、戦場へと向かう兵士たち。
 町の人々はその兵士たちを囲むように中央広場に集まり、皆、演説台に熱き視線を送る。
 その視線は学校としての機能を持った屋敷の窓からも送られる。
 
 彼らはゼリカ公爵の学校に通う生徒たち。
 次代を担う子どもたちだ。


 今、演説台では主だった貴族や各種族の族長たちの熱籠る言葉が次々と紡がれ、皆の心の中を駆け抜けていく。

 響き渡る声たち。
 声は魔導士たちが生み出す魔力によって増幅され、運動場のみならず中央広場の奥にまで広がる。


 貴族や各種族の族長たちは語る。
 彼らは皆、ティラの王としての正当性を高らかと唱え、ブラウニーの非道を訴え、そしりはしり貶める。
 俺もまた彼らと同じ演説台に立ち、傍で彼らの言葉に耳を傾けている。
 もうじき回ってくる順番に震えながら……。

(くそ~、めっちゃ緊張してきたっ。なんでこんなことに……でも、いまさら逃げるわけにはいかないし)
 
 ティラやポヴィドル子爵とのやり取りで覚悟はでき、手足に震えはない。
 だが、緊張は常に纏わりつき、そいつのせいで手のひらには汗の海ができていた。

(何とか落ち着かないと。え~っと)
 集まった兵士や民衆から見えないように、散々暗記したつもりの原稿を取り出す。
 これはポヴィドル子爵が用意してくれた原稿。
 
 あのおっさんは意外に面倒見がいい……と、言いたいけど、俺がポカしないように用意したんだと思う。
 書かれている内容は、各代表らが話している内容とほぼ大差ない。
 ティラの正当性を訴え、ブラウニーを貶める内容。

 原稿に目を落とし、言葉を頭の中で読む。

(えと、私の名はヤツハ。女神を裏切りし黒騎士より、コトアの愛と自由のもたらすけいたくを享受するジョウハクを、穢れ無き剣を振るいて守護を果たし者。おえに塗れた双子の偽翼ぎよくより、治世王プラリネの雄志を引き継ぐ御子、ブラン=ティラ=トライフルをなんやらかんやら……んで、女王ブランはじゅんこたる~~。ああ、めんどくさっ!!)


 何度読んでも、堅苦しい言葉塗れで読みにくい原稿。
(なんで、こんなにも意味わからん言葉を羅列してんだ。けいたくってなんだ? おえってなんだ? じゅんこってなんだ。人の名前かよ? これ、みんなにわかるのか?)

 しっかりとした教育を受けた人であれば、たぶん理解できるんだろう。
 だけど、言葉を語りかける相手は普通の人々。
 ここアクタでは、才能を見出された者や、よほどの金持ちじゃないと学校になんて通っていない。
 というか、原稿を手にしている俺すら、さっぱりわからない言葉が並んでいる。

(俺も含め、多くの人たちにとって、難しい言葉をふんだんに使った演説なんて心に届かないんじゃ……?)

 だけど、ここまで行われてきた演説は難しい言葉の雨あられ、
 それでも、盛り上がりの箇所はなんとなく伝わるらしく、時折、大きな拍手や声が上がっている。
 

(たぶん、話の要所要所で、こうであるっ! こうなのだっ! って、言ってるから、なんとなく盛り上がってるんだろうなぁ)

 しかし、それだと本当の意味でみんなに思いが伝わっていないような気がする。
(もっと、シンプルにわかりやすく、思いを伝えちゃダメなのかなぁ?)

 たしかにこういった場では、その場の雰囲気に合わせて、固い言葉や仕草は必要だろう。
 でも、やっぱり、伝わらなければ意味がないと思う。

(うん……みんなは貴族で族長……でも、俺は庶民代表。だったら、もっとざっくばらんでいいよな。正直、この原稿を舌を噛まずに読み切る自信ないし)

 俺は原稿を丸めてくしゃりと潰し、ポケットに押し込んだ。

(子爵はメインイベントのティラの演説より目立つようなことはするなって言ってたから、俺の思いを言葉にちょっと乗せて、ありきたりの敬語で終わらせよっと)

 ややこしい原稿を読まなくて済むと思ったら、急に心が軽くなった。
 緊張もほどけて、いい感じ。
 

 すると、タイミング良く俺の番が回ってきた。

 俺は多くの民衆が望める、演説台の前と歩き始める。
 その途中でポヴィドル子爵が釘を刺してきた。

「ヤツハさん、原稿通りお願いしますよ。ほどほどの盛り上がりで、ブラン様の演説に移る。そこで会場の昂ぶりは最高点に達する。そういう手筈ですので」
「……なんだか子爵って、演出家っぽいですね」
「誰が演出家ですかっ。ですが、その様子だと気持ちは落ち着いたようですね」

「ええ、なんとか……」
「それでは、頼みましたよ」
「はい、わかってます」

 全くわかってないけど、返事だけはしっかりとして、俺はみんなの元へ向かう。
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