マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

文字の大きさ
225 / 286
第二十五章 歯車は回る。虚ろな道を歩むために

千変万化

しおりを挟む
――シオンシャ大平原


 冬空の下でありながら、草木は枯れ葉色を見せることなく、青々とした名もなき草花を生やす。
 強き自然の姿を感じるその場では多くの者が血の花を咲かせていた。


「敵、右軍に攻撃を集中しろっ! いまだ彼らは想定外の出来事に混乱しておる!」

 クラプフェンたちの突撃により、バラバラになったと見せかけた軍をティラは纏め直し、前線の馬上で指揮をしていた。
 彼女の姿に、隣に立つポヴィドル子爵は苦言を呈する。

「ブラン様、後方にお下がりください」
「そうはいかぬだろう。この戦いは玉座を争う戦いと同時に、私という存在が問われる戦い。そうであるのに、奥に引っ込むことなどできぬ!」
「たしかにそうではありますが……」

 子爵は幼き王をモノクルを通して見つめる。
 彼女は気負うことなく、堂々と大軍を指揮し、兵や諸侯に声を届ける。

 怒声交わる戦場に響き渡る少女の声。
 幼い少女でありながら、その声には王としての威厳と偉容が宿っていた。
 王の声は兵士に勇気を与え、鼓舞された心は剣に力を宿し、怖れを捨て去る。
 

 ポヴィドルはモノクルを外して、王を瞳に宿した。

(以前、王城でお会いした時は凡庸な少女でありましたが……私の目は曇っていたようですね)

 まなこに宿るのは王たる王の姿。
 新しき時代を紡ぐ者。
 その傍に仕えることを誇りに思う。

 
 彼は腰元にあるレイピアの柄に手を掛けて、ティラの眼前で刃を振るった。

――キンッ!

 一本の流れ矢がティラに刺さる直前で真っ二つに割れる。
 ポヴィドルは何事もなかったかのようにレイピアを腰に納めた。

「失礼しました、ブラン様。火急故に、ご容赦をお願い致したい」
「当然だ。よくぞ、護った。ポヴィドルよ、貴公はなかなかの腕前だな」
「剣術は貴族として当然の嗜みでありますから」
「ふふ、そうだな。しかし、矢がここまで届くとは魔導兵の結界が緩んでおるようだ……兵が足らぬな」
「左様でございますね」



 ヤツハたちがクラプフェンたち三龍と軍を分断する結界を築くと、ティラたちはすぐに兵を纏め直した。
 クラプフェンの突撃により、左右に分かれた自軍。
 それを使い、分断されたブラウニー軍・中軍に挟撃を仕掛けた。
 
 両翼に広がる右軍左軍は、敵右軍左軍の牽制を維持。
 
 挟撃により、一挙に中軍の戦力を減らすと、次に敵・右軍に標的を移す。
 そこで味方左軍を動かし、同じく挟撃の態勢をとったのだが、中軍と比べ左右にいた敵兵の数は多く、また精鋭でもあり、有利に軍を展開してもこちらにかなりの損害を与えていた。


 ティラは焦りの色を見せる。

「あと少しで敵の右軍は瓦解する。急がねば。これ以上長引けばヤツハたちが持たぬ!」
「ブラン様。たしかにそうでありますが、焦りは禁物。ここは――」

『敵、左軍! 味方右軍を撃破。こちらに来ます!』

 突如、伝令の声が駆け巡った。


 ティラは拳を握り締め、静かに震わせる。
「となると、次は我らが挟撃される番か。後衛を敵左軍に当てよ! その間に敵右軍を討つ!」

 しかし、そこに更なる悲報が届く。

『中軍の敗走兵が左軍と合流。数が倍に膨れ上がっています!』

 子爵は震える手でモノクルを外し、加減を失った手はレンズを砕く。
「敗走兵を纏め直すと? さすがはジョウハクの誇る精鋭。六龍なくとも、将は一流。心砕けた兵士に再び剣を握らせるとは……」

 
 ブラン軍の挟撃により、無残な屍を晒した中軍。
 それを目にした生き残りは我先に逃亡を始めた。
 しかし、敵の左軍に有能な将がいたのであろう。
 心砕かれたはずの彼らをまとめ上げて、再び戦場に立たせたようだ。


 これより状況の先に在るのは、必敗。
 ティラは苦渋の決断を下す。

「後衛戻せ! 敵、右軍にのみ攻撃を集中!」
「ブラン様、それでは後方ががら空きとなってしまいます!」
「わかっておる。これは時間との勝負だ! 敵の左軍がこちらに届く前に、敵の右軍を落とす。子爵よ、他に良い具申があれば聞くが?」


 問われたポヴィドルは首を静かに横に振るう。
 ここは見通しの良い大平原。
 策はろうがたく、数に負け、挟撃となれば、もはやすべはない。
 
 
 ティラはこれまでになく声にたけりを乗せて、皆に声を轟かせる。
「ここが世界の分水嶺ぞ! 死力を尽くし敵を滅ぼせ! 全軍、突撃ぃぃぃ!!」

 

――
 俺は結界の外側に広がる戦場を目に入れた。
 ティラがいると思われる軍の後方から、大軍が押し寄せている。

「クソッ、あれはっ? ティラ!」
「どうやら、我々よりも先にあちらの決着がつきそうですね」
「こうなったら!」

 俺は紫焔を纏い、転送魔法を発動させようとした。
 結界が覆いつくす戦場。
 だが、なんとかその間隙を縫い、ティラの元へ向かうために。


「させませんよ!」

 クラプフェンは剣より真空の刃を産み、俺にぶつけてくる。

「クッ! 風よっ」
 俺は風の刃をぶつけて、それを相殺する。
 
「このっ、邪魔しやがってぇぇ!」
「当然でしょう。あなたの思いは届かず、ここで死ぬのです」

 女神の黒き剣に魔力がほとばしる。
 それに対して、俺は地面に魔法弾をぶつけ土煙を舞わせた。
 
「目くらましですか? 無駄ですよ」

 たしかに、クラプフェンほどの相手にこんな目くらまし無意味。
 だけど、気配だけでは読み取れない、ある魔法を使いクラプフェンを退ける。

 身に纏うは紫の魔法――それは空間の力。
 俺は力を一点に集約させ、魔法を振るう。
 
 だが、そうはさせまいと、クラプフェンは土煙を切り裂き飛び込んできた。

「だから無駄だとっ」
「そうかな?」

 俺は空間の力が宿る魔法を拳に乗せて、転送魔法を起動させる。 
 
「おらぁぁ!!」
「なっ!?」

 拳は転送魔法の流れに乗り、クラプフェンの左頬をぶん殴った。
 吹き飛び、地面に叩きつけられた彼が目にしたのは、空中に俺の拳だけが浮かぶ奇妙な光景。

 尻餅をついたらしくない姿のままで、クラプフェンは口にする。

「転送魔法で拳だけを……なんと器用なっ。ですがっ!」
 彼は言葉を大きく跳ねて、戦場へ目を向けた。
 俺も同様に目を向ける。

 すでに、敵の大軍はブラン軍の背後を捉えようとしていた。

「ティラァァぁぁ!!」

 
 
 冬の厚い雲を切り裂く叫び声……。
 その声に応え、空間の力が駆け巡り、戦場へと舞い降りる。
 そしてそれは、魔力を纏う希望の矢を産んだ!



「よ~し、てめぇら! 矢をつがえ! 撃てぇぇぇぇ!!」

 ブラン軍に攻め入ろうとする大軍の後方から、矢の雨が降り注ぐ。
 魔力を帯びた矢は、それを妨害する風の魔法や結界を打ち破り、ブラウニー軍に容赦なく突き刺さっていく。

 俺は矢針やばりに悲鳴を上げるブラウニー軍の後方へ目を向けた。
 そこにはっ!



「ふぅ~、何とか間に合ったなっ。ヤツハの姉御に顔向けできねぇところだったぜ!」
「はぁ~、もう。結界を避けながらの連続転送はほんとに疲れるわね。でも、これもヤツハちゃんのためだから!」

 真っ白な特攻服を身に纏い、黒馬に跨る、美しき金色の髪を持つエルフの女性。
 彼女の名はクレマ!
 後方には黒の特攻服を纏う、エルフの弓騎兵隊。

 そして、すっごく疲れた表情をして、杖を片手に馬上でぐったりしているエクレル先生!
 戦場に出るためか、さすがに特攻服ではなく、いつもの光衣ひかりごろものような服を纏っている。

 俺は二人を瞳に宿してガッツポーズを決める!

「よしっ! 来てくれたんだ。先生、クレマ、エルフのみんな!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...