マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二十七章 女神コトア

始まり

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 まず、私は計画の始まりとなる地蔵菩薩に接触した。
 もちろん、他の有の存在に見つからないように……。


 地蔵菩薩には子どもが無に投棄されることを伝える。
 そして、その子が生きていくための力を与えるようにお願いした。
 その力とは、身体能力の向上と魔力を身に宿す才能。
 
 特に、魔力に関しては私の嫉妬が干渉して、彼の魔力回復を阻害している。
 それらを地蔵菩薩の力という緩衝壁を置くことによって、緩和することが目的。
 だけど、これにより、ある危険が生まれる。
 それは少年が持つ力……アクタの情報に触れる力が増すということ。

 アクタは膨大な情報の塊。
 もし、彼が無造作に触れたら、脳は破壊される。
 
 そうなっては困るので、練習用の能力を彼に与える。
 それはドリアードが産み出した、脳の奥底に沈めた記憶を呼び覚ます能力……。



 さて、話を地蔵菩薩との接触に戻すよ。
 その地蔵菩薩も数多の世界の地蔵菩薩と同じように、子どもに同情的で私の言葉に耳を傾けてくれた。
 だけど、ドリアードが産んだ、記憶を呼び覚ます能力に対しては疑問を抱いたみたい。

「アクタの治安は芳しくないため、身体機能の向上と魔力については理解できます。ですが、なぜ、記憶を呼び覚ますという奇妙な力を?」
「それはさ、子どもがアクタで生き残れるためだよ。魔力と体力だけじゃ不安が残るでしょ。だから、その子が体験してきた全てを生かして生き残れるように」
  

 大事なことなので、二度、説明を繰り返す。
 地蔵菩薩に頼んだ能力はドリアードが産んだ、本人が体験してきた記憶に触れる力。
 でも、これはあくまで練習用の能力。
 
 もともと、彼は情報に干渉する力を持っていた。
 今、渡そうとしている力は、その力でアクタの情報、いえ、もっとすごい情報を使いこなすための前段階。

 とはいえ、前段階の一個人の情報量でも無造作に触れれば脳は破壊されちゃう。
 そこでいい感じに足枷になるのが、前世の存在。
 前世は過去の記憶を使い、己を具現する。
 そしてその存在が、彼の力の障壁となる。
 また、敵となり、成長を促す。
 そうして、彼には私が理想とする強さを身に着けてもらう。

 これら、私の思惑を地蔵菩薩に悟られるように振る舞う。


「なるほど……」

 地蔵菩薩は私の思惑に気づくことなく小さく微笑む。
 それにホッとするのも束の間、彼は思いもよらぬ言葉を漏らした。

「コトア様はどんな細かな情報でも欲していると聞き及んでいます。だからこそ、子どもを助けようと。子どもとはいえ、脳に宿す情報は相当な量。中には有用なものが混じっているでしょう。それらが欲しいのですね」
「え? それは……」

 これは完全に勘違い。
 でも、地蔵菩薩が私に余計な情報を渡したくないと考えたら、彼に能力を渡してくれないかも。
 
 だからといって、私やドリアードが直接渡すわけにはいかない。
 たかが一人の子どものために私が無に訪れたら、絶対に監視者たちの興味を引いてしまう。
 それはアクタの内でもそう。
 監視者たちの目がある限り、接触は図りにくい。ましてや、私が直接能力を渡すなんて……。

 
 だけど、地蔵菩薩が持つ特性の子どもの救済という権限を使えば、監視者たちの目を誤魔化すことができる。
 だからこそ、今までの地蔵菩薩たちはこっそりと子どもを助けることができた。
 それに元々同じ有の存在である地蔵菩薩は完全にノーマーク。
 そう、彼らは私が地蔵菩薩を使い、計画に必要な能力を渡したとは考えない。

 
 そんなわけで、この能力は地蔵菩薩の手から渡してもらいたい。
(でも、どうしよう。下手な言い訳をして、計画を悟られるわけにはいかないし)
 
 とはいえ、どんな言い訳を口にしようとそう簡単には気づかれないはず。
 なぜなら、この能力自体は最初から大きく発揮できるわけじゃないから。
 さっきも触れたけど、彼の中にいる大罪人の魂が邪魔をして自分の知識を小出しに触れるのが関の山。

 だけど、それでいい。
 いきなり膨大な情報は人間には扱えない。
 まずは情報の扱い方に慣れてもらい、そこからゆっくりと手ほどきをすればいい、と、私は考えていた。
 もっとも、これも二転三転することになるんだけど……。

 
 そのことはともかく、今は地蔵菩薩が納得しそうな言い訳を考える。
 だけど、なかなか思いつかず、「え~っとね」と言いながら指くるくる回すのが精一杯。
 そんな私を見て、地蔵菩薩は首を横に振った。

「安心してください。別に情報を渡す危険性を考えたわけじゃありません。ただの確認です」
「あ、そうなんだ」
「コトア様の世界には、私が住まう地球を超える情報……いわば地球を超える技術と知識が存在するのですよ。そこに子どもが得た程度の情報が加味されたところで何も変わりませんから」
「そ、そうだね。そうだよねっ」

 
 いきなり計画がとん挫するところだったけど、何とか乗り越えた……結果オーライ!


 少年を迎える下準備ができたところで、場面を切り替える。
 それは少年が訪れる数日前……。



 私は王都にあるサシオンの執務室で、彼の腕に纏わりついておねだりをしていた。

「ねぇ~、サシオ~ン。一勝負しようよ~。そして今度こそ、私が物件を買い占めてやるっ」
「コトア様、私は職務中なのだが? もし、お暇なら、ご自身の部屋の掃除をしてはいかがか?」

 サシオンは私のことを全く見ずに、書類とばかり睨めっこしている。
 仕事モードの彼に何を言っても無駄なのはわかってるけど……なんで、こんなに真面目なんだろ?

「掃除はパス。それよりもさ、もう少し肩の力抜いて気楽にやろうよ~。サダみたいにさぁ」
貞家さだいえさんのことで思い出しましたが、コトア様。貞家さんと一緒に違法賭博場を出入りしているそうですね。それと、毎度毎度掃除をさせられる身にもなってもらいたいものです」


 私は絡んでた腕をほどき、さっとサシオンから離れる。
 そして、視線を明後日の方向へ向けた。

「賭博場? う~ん、何のことかなぁ~? あと、掃除の方は苦手だから」
「たしかに、散らかるだけですが。しかしながら、誤魔化し方は相変わらず下手でありますな。コトア様、あの賭博場の裏はわかっておいででしょう? 裏では人の売り買いをしていることを」
「知ってるけどさぁ~。王都って娯楽が少ないんだもん。特に刺激的なやつが」

「あなたは遊んでいる場合ではないでしょう。大人しく結界の修復に努めては? そうそう、人の財布から金銭を抜き取るのはおやめください」
「それはそれでちゃんとやってるしっ。もう~、真面目人間はこれだから。財布については、ごめんね」

 私は愚痴と謝罪を交えつつ、視線をサシオンが手にしている書類に目を向けた。
「それなに?」
「これですか? 最近、王都周辺で盗賊が出ているらしく、それについての書類です」
「ふ~ん、それを退治に行くんだ」

 私は人のやることなど細かく知る必要はない。
 でも、この盗賊退治についてはよく知っている。
 これは私の計画とって大事な事柄だから……。
 私は素知らぬ振りをしてサシオンに尋ねる。


「サシオンが指揮を?」
「ええ、そのつもりですが」
「あのさ、フォレちゃんだっけ? あの子にも役目を与えたら?」
「ん?」

「サシオンってさ、何でも自分一人でやる傾向があるじゃん。それだと、人は育たないよ」
「……奇妙なことを仰いますな。普段は人の成長などに興味を示すことはないはずですが?」
「だって、ほら、フォレちゃんってサシオンのお気に入りじゃん。だから」
「別に気に入っているわけでは。彼は才能があり、ゆくゆくは近衛このえ騎士団を、」
「ま、どうでもいいけどね。私、帰る」


 私は興味が失せた振りをして、彼の執務室から自分の部屋へと戻った。
 部屋で、私はニンマリとする。

「にひひ。これでサシオンはフォレちゃんに役目を与える。なんだかんだで可愛がってるからねぇ。もっとも、フォレちゃんには悪いけど、盗賊の親分さんが逃げ延びられるように介入するつもり。そこで、あの少年と出会う」

 数多の世界から訪れる少年たち。
 彼らはみんな、アクタの大きな出来事に関わることなく生涯を終える。
 だからこそ、誰の目にも止まらぬ存在。監視者たちの目にも……。

「だけど、今回は深く関わってもらうよ、笠鷺燎かささぎりょう
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