マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二十八章 笠鷺燎として

無人の村

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「暑い、疲れた……」
 おそらく西に向かって歩き始めたけど、どこまで歩いても何も見えない。
「はぁはぁ、喉乾いた……やべぇな。ウードを殺す前に俺が太陽に殺される。異世界に転移するっては夢があるけど、良い出会いがなければ地獄ですにゃ~」

 
 最初に訪れた時は盗賊に襲われ、フォレに助けてもらった。
 もし、あの出会いがなければ、何をすることもなく死んでいた。
 
「はぁはぁ、盗賊に限らず、こうやって異世界に訪れて、迷って、飢えて、死んでる人もいるかもしれないなぁ。そう考えると、怖い話……ちょ~こわ~い、うへへへ」

 誰もいない草原で、頭だけを震わせて笑ってみる。
「あぶうぶぶ、おれ、ばかだぁ~。次は草原を転がりながら移動するか? って、アホか俺。はぁ~、なんだかヤツハの時と比べて、ちょっとガキっぽいなぁ。と、いうよりもテンション変? 水分不足で脳がヤバい?」

 歩きながら、じっと右手を見る。
「はぁ、どうしよ? 水の魔法を使えば、飲み水の確保はできるけど……いや、使い切りの魔力なんだから、無駄打ちは。いよいよとなるまで我慢我慢」

 喉の飢えをぐっと堪えて、前を見る。
 すると、視界の先に建物らしきものが見えた。
 目を凝らして建物を見つめ続ける。
「なんだろ、あれ? 普通の家には見えないけど。あれは~……あっ、風車か? ってことは、まさか?」

 
 俺は風車らしき建物を目指して駆けていった。


 

 風車がはっきりと視界に捉えられる距離に来て、ここがどこなのかを確信した。
「やっぱり、シュラク村だ……だけど、人の気配がない」

 村に近づくが、誰かがいるような感じはしない。
 そのまま近づいていき、村の中へ入る。

「こいつは……」

 村の内部は荒れ放題で、風車もボロボロ。
 一部の家は完全に燃え尽き、真っ黒な柱が残っているだけ。
 他の家にも、火事の跡や破壊された跡が残っている。

「これって……キシトル軍が村を焼いた後か」
 

 シュラク村――俺はこの村へ、フォレたちと一緒に風車の修理道具を届けるために訪れた。
 しかし、村はキシトル軍の襲撃を受けて、さらには黒騎士がいた。
 なんとか、彼らを村から撤退させることができたけど、被害は甚大なものだった。


「結局、村を放棄することにしたんだ。あの時は夏だったけど、こんなに早く放棄するはずがない。となると、少なくとも、今は襲撃の日から一年後の夏以降ってことか……ゴホン、喉がからむな。とりあえず、水。井戸が機能してるといいんだけど」

 井戸を探して村の中へ入る。
(うん?)
 崩れた家の影に人の気配を感じる。
(いや、これは気配じゃない。マフープの微妙な変化か)

 以前よりマフープを身近に感じられるようになった。
 そのおかげで、人が放つ微量な魔力変化をはっきり感じることができる。
(何者だ? 気配自体は全く感じさせない。俺がマフープに敏感じゃなかったら、まず気づかなかった……何者かわからないけど、かなりの使い手だな)


 気配を完全に消し去るだけの技量を持った存在。
 そいつが、物陰から俺を観察している。

(ふむぅ~、今の俺では凄腕相手だときついぞ。だけど、今のところ敵意や悪意は感じ取れない)
 相手はこちらを観察するだけに留めているようだ。
 だから、俺も気づいていない振りをすることにした。


 観察者の存在を無視して、井戸へ向かう。
 井戸は村の中央にあった。
 見た目はボロボロで屋根もない。
 中を覗くと、水はあるみたいだ。
 早速、桶を投げ入れて水をすくい持ち上げ、飲めそうかどうか確認した

「う~ん、見た目は大丈夫そう? とりあえず、ちょっとだけ口に含んでみて~」
「あんちゃん、やめとけ。腹壊すぞ」

 物陰に隠れていた気配が後ろにいる。
 その言葉に違和感を覚えた。

(アクタの言葉……だけど、以前のように自然と頭に入ってこない)
 今の俺は日本語で物事を考えているようだ。
 それを今、アクタの言葉を聞いて気づかされた。

(お地蔵様の加護を失ったからか? だけど、知識としてアクタの言語が頭に残っているんだ。多少の違和感はあるけど、会話には困らなさそうだな)

「おい、あんちゃん。まさか、言葉がわからないのか?」
 
 二度目の呼びかけ。
 相も変わらず敵意はないが警戒感はあるようだ。
 俺は水を口に含むのをやめて、後ろを振り返った。

 
 そこには無精ひげをこさえた、短髪散切り頭の中年のおっさんが、自身の頭を掻きむしりながら立っていた。
 彼は簡素な旅人の装いをしていて、腰には長剣を差している。
  
 そのおっさんは気怠そうにこちらへ近づてくるが、その足運びは只者ではない。
 身体ががっしりしていて、一見、そこらにいる冒険者に見える。
 しかし、体幹が安定しすぎている。
 彼の動きはフォレやスプリたちのように、何らかの武力組織や軍に所属する人間のように思えた。


 彼は俺を窺うように声を出す。
「言葉は~、わかるんだよな?」
「ああ」
「さっきまで妙な言葉を口走ってたから、狂人かと思ったぜ。なんだったんだ?」

「俺の故郷に伝わる旅のまじないの言葉だよ。それで、この水が危険だって?」
「ああ、放置してだいぶ経ってるからな。飲むのはやめておいた方がいいぜ。ほらよ、水なら俺が分けてやっから。ついでにパンもな。なんだか疲れてそうだしよ」

 そう言って、おっさんは皮袋の水筒とパンを俺に投げてきた。
「おっと、いいの?」
「ああ、構わんぜ。安心しろ、パンも水も毒なんか入っちゃいねぇ」
「あのな~、食べにくくなること言うなよ、おっさん」
「あはは、そいつぁ、悪かった。だけど、俺はおっさんって呼ばれる年じゃないぜ。お兄さんって呼んでくれ」
「お兄さんと呼んでほしいなら、せめて無精ひげぐらいは剃っておかないと」
「これはこれでダンディなお兄さんだろ」

 
 おっさんはおろし金のような顎髭をジョリっと撫でる。
 俺は呆れた顔をしつつも、水を頂くとした。
「んぐんぐんぐんぐ、ぷはぁ~、生き返る~」
「あはは、よっぽど喉が渇いてたんだな。しかし……」

 おっさんは俺の姿を、足のつま先から頭のてっぺんまでくまなく観察する。
「武器も旅の道具もない。それになんか妙な格好だし……おや、腰に挟んでんのはなんだ?」
 彼はチノパンに挟んである銃に視線を向ける。

「ああっと、これはぁ~、護身用の武器みたいなもんかなぁ」
「武器? それがか? 何だか変わってんなぁ。武器もあんちゃんも。あんちゃんは一体何もんなんだ?」
「何もんって言われてもなぁ。おっさんこそ何もんだよ? こんな無人の村で何してんの?」
「はは、そいつぁ……ねぇ」

 おっさんは誤魔化すように頭を掻く。
 その姿をパンを咀嚼しながら訝し気に見ていると、なんとなく彼に見覚えがある気がした。

(もぐもぐ、あれ? このおっさん、どっかで見たことがあるような……あっ!?)
 彼と、その背景にあるシュラク村がある記憶を呼び起こす。

「おっさん、キシトル軍の!」
「なっ!?」

 おっさんはザっと距離を取り、腰の剣に手を置く。
 俺の記憶が正しければ、彼はシュラク村を焼いたキシトル軍の一人。
 黒騎士の後方にいた隊長らしき人間。
 

 おっさんは殺気を織り交ぜ、俺に問いかけてくる。
「こいつはぁ、油断したぜ。追手には見えなかったんだが!」
「追手? 誰かに追われてんのか、おっさん?」
「へ? あんちゃんは賞金稼ぎの類とかじゃないのか?」
「いや、そんなんじゃないけど」
「だ、だったらなんで俺のことを?」
「それは、え~っと、以前、キシトル軍の中にあんたがいたことを覚えてたからだよ」


 本当は村を襲ったおっさんのことを覚えていたことになるが、あの時の俺は女性の姿をしたヤツハという存在。
 それを説明するややこしそうだから、適当な言葉を返すことにした。


 彼はそれに対して疑いの眼差しを向けていたが、一度首を振って、腰の剣から手を放した。
「いまいち胡散くせぇけど、おもちゃみてぇな武器ぐらいしか持ってねぇようだし、軍の関係者にも賞金稼ぎにも見えねぇ。まぁ、今は見逃しといてやるか」

「何が見逃しといてやるか、だよっ。いきなり殺気ぶつけやがって。それにしても、追手に軍の関係者に賞金稼ぎって……あんた、何をしたんだ? キシトル軍の人間だろ? 脱走兵? それとも横領でもしたの?」

「誰が横領なんてす……まぁ、なんだ。物資をちょろっと誤魔化すことはあったけど、バレちゃいねぇよ」
「横領してんじゃんっ。で、何が原因で追われてんの? 別件で軍を追われたとか?」
「あのよ、あんちゃんはさっきから何を言ってんだ?」
「いや、軍を追われたのって聞いてんだけど?」

 
 再度、同じ問いをすると、おっさんは目を大きく開けて、何故か驚いた態度を取る。
「あんちゃん、大丈夫か? まさか知らないってわけじゃ……やっぱり、狂人?」
「勝手に人を狂わすな!」
「よくわかんねぇが、本当に知らねぇみたいだな」
「何が?」

 問うと、おっさんは下唇を噛む動作を見せて、次に大きく息を吸い、そこから言葉を吐き捨てた

「…………っ、軍も何も! キシトル帝国は滅びちまったんだよっ!」
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