マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二十八章 笠鷺燎として

開花する才

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 黒の雷球は表面に何重もの稲光を走らせながら、こちらへ向かってくる。
「あんちゃん、逃げんぞっ!」

 
 バーグのおっさんが大声を張り上げた。
 だけど、俺は足を動かす気力もない。
 もとより、逃げるなど不可能。
 あの魔法の力を地球の力で置き換えれば、核兵器並みの威力を持つ。
 
 とても逃げ切れるものじゃない。


 俺はただ、まっすぐとアプフェルの魔法を見つめる。

(すげぇな、アプフェル。一年も経っていないのに神なる魔法を使いこなすなんて。バスクを越えたんだ)
 たとえ、マヨマヨの造った装具の補助があろうとも、彼女の力は神なる魔法を生み出すに値する力を秘めていた。

(ふふ、結局死んじまうのか。でも、無の世界で焼け死ぬより……ウードに殺されるよりマシかな)

 アプフェルの成長をしっかりと瞳に宿し、その細部まで見つめ続ける。
 すると……。

(あれ? 流れが……)

 アプフェルの放った魔法の流れが見える。
 それは荒々しく、とてもを追いきれるものではない。
 なのに、その流れが、どういうわけかはっきりと追える。

(どうして……そっか、単一の魂になって、制御力が上がってるからだ)

 流れを見続ける。
 雷が産む流れは互いにぶつかり合い、波紋を生み、流れを複雑化していく。
 だけど、俺にはある一点が見えていた。
 それは流れのかなめ


 かつて、俺はエクレル先生とウードと協力して、トーラスイディオムの咆哮を受け止めた。
 あの時は単純な流れであったにも拘らず、それでも流れを潰し制するのに、十重二十重とえはたえの手や足や目が必要だった。

 今、目の前にある雷球は、あの時とは比べ物にならないくらい複雑な流れ。
 そうだというのに、俺の二つの目は流れを完全に捉えている。
 確かな目は、かなめとなる一点を捉えていた。

 指先に必要最低限の魔力を宿し、全てを消し去る神なる魔法に手を伸ばしていく。
 僅か二つの目は、魔力荒れ狂う嵐の中のなぎを見つけ、指先は嵐を潜り抜ける。


――そして、雷球に触れた。

 その瞬間、雷球は霧散し、全てはマフープに還元される。


 神なる魔法――頂きの魔法――絶対の魔法。
 

 それがただ一本の指先で消失してしまった。
 アプフェルはもちろんのこと、この場にいる全ての存在が驚きに声を失う。
 キラキラと舞い落ちる、マフープの欠片たち。
 そこにはアプフェルの波長を感じる。

 
 俺は瞬時にその波長へ自分の波長を重ねた。
 そこからすぐさま後ろへ飛び退き、バーグのおっさんの肩を掴み、一瞬にして彼の魔力とも同調する。
 そしてっ!

「心は水面みなもに! おっさんっ、跳ぶぞ!」
「と、とぶ!?」

 おっさんへ声を返すことなく、俺は転送魔法を使い、この場から消え去った……。


 

 景色が歪み、元に戻ると見知らぬ森にいた。
 バーグのおっさんは何が起こったのかわからず、周りをきょろきょろと見回している。
 俺はというと、今、自分の身に起こったことを噛み締めていた。

(俺はアプフェルの魔法を消失させ、そのマフープを魔力に還元し、自分の中に取り入れることができた……自然回復はできなくても、誰かの意志を介せば、魔力を身に取り込むことができるんだ!!)

 俺はバーグのおっさんへ感情のままに声を叩きつけた。

「おっさんっ! ありったけの魔導士を紹介してほしい! ヤツハを倒すために!!」




――シュラク村


 転送により、笠鷺たちは消え去った。
 神なる魔法の消失と合わせ、魔導兵たちには動揺が駆け巡る。
 その彼らへ、アプフェルは声を荒げた。

「静まりなさいっ!」
「ですがっ、今のはっ」
「魔力が小さく油断しましたが、おそらくあの者は、制御力が並々ならぬ存在なのでしょう」
「では、すぐにこのことをヤツハ様へ報告を」
「報告は直接私がします。皆さんは他言無用でお願いします」
「ど、どうしてですか、将軍?」

「これは大変危険な情報と判断しました。おそらく、ヤツハ様は秘匿情報として扱うでしょう。あなたたちは口と目と耳を塞いでおいてください。でなければ、どのような処断が下るか……」
「は、はっ。わかりました!」
「では、先に帰投してください。私は念のため、周囲を見回ってからにします」
「了解しました。では、失礼いたします」

 彼らは胸に置いた星型のバッジに手を置く。
 すると、光のカーテンが降りて、たちまちのうちに彼らは消え去ってしまった。


 一人、燃え落ちたシュラク村に残るアプフェルは呟く。

「ついに笠鷺燎かささぎりょうが現れた。あの時の約束通り全力の魔法を放ったけど……正直、冷や冷やしちゃった。でも、あの時の言葉通りに……信じてるよ、笠鷺燎。みんなを救ってくれることを。膝を抱えて泣いていた私を救ってくれた時のように……」
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