マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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最終章 物語は終わらない

未来へ向かって

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 早朝、食事は簡単に済ませて、アプフェルに帽子とワイシャツとジーンズを渡し着替えてもらう。
 それはもちろん、彼女を目立たせないためだ。
 

「耳は帽子で隠せるけど……どう、しっぽ隠せそう? 一応、後ろに穴は開けておいたけど」
「えっと、そうですね……穴から下着が見えて、ちょっと……」
「ああ、そっか。それじゃシャツを出して、しっぽはベルトみたいに腰に巻いてみれば? シャツは大きいからお尻の部分まで隠せるはずだし」
「はい、そうします……どうですか?」
「うん、見えない見えない。ちょっとぶかぶかだけど、なんとか注目を浴びずに済みそうだな」

 笠鷺は腕を組んでうんうんと頷く。
 一方アプフェルはというと、自分の姿を鏡に映しながら、鏡越しに視線を背後に立つ笠鷺に向けた。

「この地球には人間以外の種族はいないんですよね?」
「うん。だから、耳や尻尾を出して歩くのは目立つからね」
「……うん?」

 アプフェルは視線を上に飛ばしつつ、首を傾ける。
「どうしたの、アプフェル?」
「燎に会うまで結構な人に出会ったんですけど、私という存在が珍しいなら、どうして他の人はもっと驚かなかったのかなって?」
「そりゃ、たぶん、コスプレだと思われたんだろうな」
「はぁ?」
「それはさておき、そろそろ出かけようか。アクタへ通じる門、富士の樹海へ」


 
 笠鷺とアプフェルは無人タクシーに乗り込み駅へ向かい、そこから新幹線を利用し、静岡へ向かう。
 その間、アプフェルはずっと驚きに声を跳ねていた。
「昨日、訪れた時も見たけど、馬もいないのに勝手に走っている。しかも、勝手に方向を変えているし」
「ちょっと前までは自分で運転してたんだけどね。ここ数年で自動運転が普及してきたからなぁ」

――駅
「何、この胴長な乗り物は?」
「新幹線。ま、乗った乗った」

~~

「す、すごい。景色が飛ぶように消えていく。馬車とは比べ物にならない速さね!」
「ふふふ、速いだろう。あともうちょっとしたら、もっと早い乗り物ができるんだけど……リニアの開通が遅れてるからなぁ。あれば、もっとアプフェルを驚かせたのに」
「これでも十分驚きです。本当に、すごい。こんな世界があるなんて……」

 アプフェルは窓から外を眺め、感嘆の声を漏らす。
 彼女の様子を笠鷺は微笑ましく見つめながら、懐かしいアクタの思い出を心に浮かべていた。

(もう、会えないと思っていたのに。まさか、また会えるなんてな……)
 彼の視線に気づいたアプフェルが振り返った。

「どうしたんですか?」
「ちょっと郷愁」
「ん?」
「ま、それよりも、さっき話したことを忘れないでくれよ」
「わかってます。少年のあなたと出会ったら、全力で魔法をぶつけることですね」
「その通り。それがみんなを救うきっかけになる」


 笠鷺は無に落ち、トーラスイディオムの力を借り、アクタへ戻ってきた。
 その後、アプフェルと再会し、彼女は容赦なくクラス6の雷撃呪文を笠鷺に放った。

 笠鷺はアプフェルという少女をよく知っている。
 人の命を奪うことのできるような少女ではないことを。
 だから、彼は気づいた。
 あの行為は自分が指示したのではないのかと。

 だから、いま目の前にいるアプフェルに、その時に持てる最高の呪文を自分にぶつけてくれてと頼む。
 この言葉に対し、アプフェルは不安と疑問が宿った。
 だが、彼女の不安に笠鷺は迷いなく答える。


「未来で現れる俺はとても弱々しい。だけど、絶対に死にはしない。君の魔法をきっかけに、俺は自分の才に気づくんだ。そして、それが仲間たちを救う道に繋がる。フォレやパティやアマン、そしてヤツハも」
「……わかりました。燎を信じて、その時に生み出せる、最強の魔法を放ちます」
「ありがとう、信じてくれて」
「ふふふ、何故かわからないけど、燎のことはとても信頼できる。本当に不思議な人……」


 
 新富士駅で降りて、そこから無人タクシーを拾い、山梨の河口湖方面を目指す。
 その途中でコンビニに立ち寄った。
 二人はお総菜コーナーに立つ。

「軽く腹ごなしをしていこう。好きなもの買っていいよ」
「ありがとうございます。ん、これは……御蕎麦?」

 アプフェルは蕎麦弁当を手に取る。
 それを横から笠鷺が覗き込む。

「蕎麦を知ってるの?」
「ええ、故郷にもありますから。あの、これを購入しても?」
「うん、もちろん。じゃあ、俺は何にしようかなぁ……お、冷やし中華が。あんまり食べることないからこれでいいか。あとは飲み物でも。蕎麦なら、お茶でいい?」
「はい」
「緑茶と麦茶があるけど?」
「緑茶で」
「わかった。それじゃ、会計をっと」
「あっ」

 アプフェルは小さな声を漏らした。
 それに気づいた笠鷺は彼女に顔を向ける。


「どうしたの?」
「えっと、これって、プリンですか?」
「そうだけど……食べたいの?」
「それは、その、ちょっとびっくりしただけで」
「びっくり?」
「以前、ヤツハがこのお菓子を作ったことがあって」
「あ、あ、なるほど」

 
 笠鷺は何かを納得するような言葉を漏らし、それに対してアプフェルは眉を顰める。
 彼女の疑問の表情に言葉を返さず、笠鷺はプリンを手に取った。
「それじゃ、これも買おう……蕎麦には合わない気もするけど」


 コンビニ近くのベンチに腰を掛けて、早めの昼食を取る。
 笠鷺は蕎麦を啜るアプフェルに尋ねる。
「どう、美味しい?」
「おつゆはなかなかですけど、蕎麦の風味がちょっと薄い気がします。あと、ワサビの効きがいまいち」
「コンビニ弁当も結構進んでるけど、まだまだ天然食品には勝てないか……」
「すみません、生意気を言って」
「いいって、いいって。ホントはもっと美味しいもの食べさせたかったんだけどね」

 二人とも食事を終えて、アプフェルはプリンを味わう。
 再び、笠鷺は味を尋ねる。
「どう?」
「すっごい美味しい! ヤツハのプリンよりも!」
「このやろっ」
「え?」
「いや、なんでもない。くそっ、プッチンに勝てなかったか」
「ぷっちん?」

「ああ、すまんすまん、なんでもない。じゃ、そろそろ行こうか」
「はい」

 笠鷺は食事のゴミを纏める。
 その時、一枚のレシートをベンチの下に落とした。
 彼はそれに気づかず、ゴミを捨てに向かった。
 アプフェルはレシートを手に取る。

「クレマさんたちが使っていた文字に似ている。この世界は何なんだろう?」
 彼女は少し迷いを見せたが、レシートをそっと懐に入れた。



 コンビニから無人タクシーで青木ヶ原樹海に向かい、目立たぬように観光客が入る林道へと入っていく。
 その途中で道を逸れて、笠鷺たちは大きな洞窟の前にやってきた。
「この先に門がある。ん、アプフェル?」

 アプフェルは周囲を大きく見回していた。
「どうしたんだ?」
「ここは、とても清められた場所ですね」
「そういうの感じ取れるの?」
「人狼族は力の変化に敏感ですから。とても、清く美しい森。だけど、同時に悲しみに満ちている」

「ここで自殺する人が多いからなぁ」
「おそらく、心の傷を癒すためにここへ訪れるんだと思う。この森の清らかさを求めて」
「それで死を選ぶの?」
「悲しいことだけど、訪れる人々の心の傷は森でも癒せないくらい深いんだと思います」
「そっか。それは悲しい話だな……」

 アプフェルは森に向かい、しばし黙祷を捧げる。
 そして、こちらへ振り返った。

「この洞窟の先ですね?」
「ああ」
「たしかに、先から凄まじい力を感じる。魔力とは違う力を……」
「俺は霊力って勝手に名付けたけどな。さぁ、そろそろ行こう」


 二人はランプを片手に洞窟を進み、最奥へ到着する。
 そこはごつごつとした岩に囲まれた場所。
 大人が立っても十分な高さと二人がいても十分な広さがある。
 
 その場所の中心にある地面から青白い光が溢れ出している。
 光の傍に笠鷺は立ち、簡単な説明を始めた。

「俺は日本に眠る霊力を操作し、もっとも強い霊力が存在していた富士のこの場所に集めた。この力を使えば、アクタに行くことが可能だ」
「とても美しい力ですね。だけど、この力でどうやって?」
「それは転送魔法の応用。亜空間魔法で穴をこじ開け、そこからアクタの力を感じ取る」

「燎は転送魔法を?」
「ああ、使える。転送ポイントはアプフェルに委ねる。君は自分がいた時間と大切な人を思い描いてくれ。そうすれば、必ず大切な人の近くに転送できる」
「わかりました」
「それじゃ、帰る前に着替えを済ませようか」


 アプフェルに武道着を渡し、笠鷺は後ろを振り向く。
 彼女は顔を少し赤らめながら、元着ていた服に着替えを終えた。

「着替えが終わりましたよ」
「そっか、じゃあ、帰る準備をしようかね」


 笠鷺は空間の力が宿る紫の光に身を包む。
 それに応えるかのように、洞窟の中心にあった青白い光も紫の光に変化し、地面に広がった。
 彼は亜空間魔法を唱え、アクタを感じ取る。そして、地球とアクタを直接繋げた。

「よし、繋がった。アプフェル、光の中心に立ってくれ」
「こうですか?」
「そう。そこから自分がいるべき場所を強く念じろ」
「はい」

「では、転送を開始するけど……アプフェル」
「なんでしょう?」
「これから先、君には相当な苦労を掛けることになる。すまない」

 笠鷺の謝罪にアプフェルは無言で応える。
 彼の口調から、これから先に大きな困難が待ち受けているのはわかるが、今の彼女にはそれがどのようなものかはわからない……。
 彼は苦々しい表情のままで、言葉を重ねる。

「それと、今まで話したことは誰にも話さないように。そして、その時が来るまで耐えてくれ」
「わかりました」
「それじゃ、転送開始」

 笠鷺に宿った紫の光が輝くと、それに呼応して、地面に広がっていた紫の光が少しずつ上へと上がり始めた。
 そして、ゆっくりと足元からアプフェルの姿を消していく。

「さよなら、アプフェル」
「はい、お世話になりました。燎」

 二人は互いに手を振り合い、光がアプフェルを消していく。
 だが、光はアプフェルの下半身を消したところで止まってしまった。


「あの、止まってる気がするんですけど……?」
「やっべ、ちょっと、力が足りなかったかな?」
「ええ~って、あれ? なんか、足元に何もなくて、ぶら下がってる感じが……ひゃっ!?」
「ど、どうした?」
「誰かが私のお尻を撫でてるっ!?」
「お尻を? ああ~、そういうことかぁ。あはは、そこに繋がるわけね」
「ちょっと、何を笑ってっ。ん、もうっ! いつまでお尻触ってんのよっ、いい加減にしろ!」

 アプフェルは渾身の力を籠めて下半身を動かしたようだ。
 その姿を見て、笠鷺は一層笑い声を高める。


「あははは」
「だから、笑い事じゃないって!」
「大丈夫大丈夫。お尻触ってるのは君がよく知る人だから。そいつが君をアクタへ届けてくれる」
「え?」

「アプフェル」
 笠鷺はアプフェルに近づき、首元に合ったゴミを取った。

「蕎麦の海苔がついてる」
「あ……」
「アクタにいる人たちにこの場所を悟られないようにしないとな。特にヤツハには」
「ヤツハには?」
「ん、気にすんな。とにかく、未来が変わらないように気をつけないとな」
「……はい。あっ」

 アプフェルの周囲にヤツハの空間の力が宿る。
「そろそろお別れだな。どんな絶望も君たちなら乗り越えられる。だからといって、無茶はするなよ」
「はい、わかりました」
「アプフェル」

 最後に、笠鷺はアプフェルの姿を瞳に焼きつけようと、まっすぐと彼女を見つめた。慈愛を籠めて……。

「再び、お前に出会えてよかった。みんなを頼んだぜ」
「え……?」

 彼の姿に、アプフェルは親友の姿を思い描く。


「あなた、まさかっ!? ヤツ――」

 言葉は最後まで言い切ることなく、アプフェルはアクタへと戻っていった。
 彼女の最後の言葉が、笠鷺の心に木霊する。

「そっかぁ、バレてたのかぁ。それであいつ、おかしなことを……迂闊だったな」
 笠鷺は頭をボリボリと掻いて、誰もいなくなった場所から出口へと振り返った。

「さて、帰るか。もう、力もほとんど残ってないし、再び穴を開けるのは無理だな。でも、いい」

 彼は光射す場所を目指し、前を歩いていく。

「さぁ、休みが明けたら、柳さんと真っ向勝負だ。鼻っ柱を叩き折って、俺が改心させてやろう!」
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