マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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最終章 物語は終わらない

笠鷺燎とアプフェル

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 笠鷺燎かささぎりょうは大学卒業後、社会人二年目を迎えていた。
「はぁ~、仕事つまんねぇ~」


 帰宅の途に着く途中、彼から愚痴が零れ落ちる。
「あ~あ、アクタにいた頃はなんだかんだで仕事は楽しかったような気がするんだけどなぁ。鬱陶しい上司のせいで仕事が嫌になるわっ。柳め~」

 彼は鞄が悲鳴を上げるほどの力で、ギリギリと取っ手を締め上げる。
「まさか、柳さんが俺の上司になろうとは。しかも、性格が歪んだままの状態で」
 
 柳――アクタにおいて、赤いマヨマヨとして笠鷺の前に現れた近藤の友人。
 笠鷺の世界では彼の上司として存在しているようだ。


「たしか、マヨマヨの柳さんは心を折られてから丸くなったって言ってたな。何とかして、こっちの柳さんの心を折れないもんか……あ、でも、折られたら自殺するんだっけか? 面倒な上司だなぁ、まったく」

 頭を大仰に振って立ち止まる。
「そこらのことはおいおい考えていくとして、とりあえず、明日から休みのことだな。何とかお盆休みが取れたのはラッキーだった。この休みを使えば、ついに完成する」

 笠鷺は左手を見つめる。
 そこには常人にはない力が浮かぶ。
「魔法……マフープのない地球では使えないと思ってたけど、まさかその代わりになる力があったなんてな。だけど、マフープよりも遥かに小さい力。ここまで力を溜めるのに十年近くも掛かった」


 左手に宿る力は魔法とは異なる、地球の力。
 彼はこの力をこう名付けていた。

「アクタの力は魔力。地球の力は霊力。テキトーに名付けただけなんだけど。この霊力は大気中にほとんど存在しない。だけど、一部の土地には霊力の溜まり場のような場所があった。そして、それが最も濃い場所で俺は……」

 左手を握り締めて、力を消す。
 視線を左手から空へ向ける。

「未練かなぁ? いや、そうじゃないな。なぜか、それが必要と感じている。力を蓄え、それが必要とする日が近々やってくる。そのために、俺は道を用意している」


 空から視線を外し、両手に腰を当てつつため息を落とす。
「はぁ~、たぶん運命の力を操った時の影響なんだろうけど、自分で何をしようとしているのかわからないってのは不気味だねぇ~。ま、道も明日には完成する。その時に何かわかるかも……ん?」

 
 笠鷺は先に在る路地を見つめた。
 そこから誰かのすすり泣く声が聞こえてくる。

「女の子? でも、この気配、覚えが……?」

<もう、ここどこなの……?>

「えっ!?」

 路地から聞こえてきた声が笠鷺の耳に吸い込まれていく。
 そして、その耳心地の良い声は、彼にある言葉を思い出させた。

「今のは、アクタの言葉!?」

 彼は路地に飛び込み、声の発生源を見つめた。

「うそ……なんで……?」


 袋小路となっている路地では一人の少女が膝を抱えて震えていた。
 少女は桃色の髪を持ち、両サイドにはポ〇デリングのような髪形。さらには猫耳がくっついている。
 
 笠鷺はその少女のことをよく知っていた。
「アプフェル……?」
「えっ!?」
 
 少女は膝に埋めていた顔を笠鷺へと向けた。
 その顔は、笠鷺が知っているアプフェルの顔。
 彼女は驚いた表情を隠さず、笠鷺を見つめ続ける。

 笠鷺もまた同様に驚きを交えつつ、彼女の姿を見つめた。
(アプフェルだ。どうして、地球に? それにこの服装は……)

 アプフェルは緑色の武道家のような衣服を纏っていた。
(たしか、この服を着ていたのって、リーベンにいた間だけだよな。じゃあ、その頃のアプフェル?)

 無言でじっと観察を続ける。
 その目に怯えた様子で、アプフェルが話しかけてきた。
「あなたは、誰ですか? どうして、私の名前を?」
「それは、じゃないっ、えと、アクタの言葉言葉っと」

 
 笠鷺は記憶に残るアクタの言語を思い出す。
 そして、たどたどしくもアプフェルへ言葉を返した。


「俺は、笠鷺燎かささぎりょう。君のいたアクタのことをよく知っている」



 笠鷺はアプフェルから事情を聞いていく。
 彼女によると、亜空間転送魔法を行っている最中に亜空間へ落ちてしまったと。
 
 その話から笠鷺は、ティラを救い王都から脱出したときの場面を思い出す。
(そうか、あのときの……アプフェルが無に落ちた時か)

 アプフェルは無に呑まれ、意識が消え去ろうとしていたらしい。
 しかしそこに、坊主頭の不思議な少年が現れ、気がつけば、ここにいた。

 笠鷺にはその不思議な少年に心当たりがあった。
(お地蔵様か……お地蔵様がアプフェルを救ってくれたんだ)

 
 アプフェルは見たこともない世界に戸惑い、彷徨い、何とか自分の世界に戻ろうとしたようだ。
 だが、誰に話しかけようとも言葉は全く通じない。
 時折、話しかけてくる人もよくわからないことを言って、カシャっと音の出る何かを向けてきたらしい。
 その行為に怯え、彼女は人込みから離れ、なるべく人気ひとけのない場所を彷徨い、ついには途方に暮れて、ここにしゃがみ込んでしまった。

 アプフェルにはいまだ怯えが残り、地面に座り込んでいる。
 彼女の姿を見つめ、笠鷺は自分の役目に気づく。

「はは、そうか、そういうことか。俺はこのために力を蓄えていたんだ」
「え? あの、どうしたんですか?」
 恐る恐るアプフェルは笠鷺を見上げる。
 笠鷺はとても優し気な笑みを見せて、彼女に手を差し伸べた。

「アプフェル、安心しろ。俺が君をアクタへ帰してやる」


 
 笠鷺はアプフェルを自宅へ案内した。
 現在、笠鷺はアパートでの一人暮らし、何の気兼ねもない。

 そこで自己紹介も含め互いに詳しい話をする。
 笠鷺から話を聞いたアプフェルは声に驚きを乗せた。

「それじゃ、りょうが私の名前を知っているのは、未来の存在だからということですか?」
「だいたいそんな感じ。そして、この出会いが、これから先に起こることに大きく影響を与える」
「それは一体?」
「それについてはあまり詳しく話さない方がいいだろうな。俺の知っている君は詳しくは知らなかったようだし。大きな流れだけを知っている。そんな感じだった」


 笠鷺はアプフェルに必要最低限の情報を渡す。
 これから戦争が起きる。
 それらを乗り越えることができたが、ヤツハがおかしくなってしまう。
 そのせいで、みんなは辛い時を過ごすことになるが、幼い笠鷺がアプフェルの前に現れて、何とかみんなを救ってやれる。

 それまで、アプフェルはみんなが道を誤らないように引っ張っていってほしい。
 しばらくすると、おかしくなってしまったヤツハにフォレが立ち向かう。
 その時がみんなで手を取り合い立ち上がる時。

 その後、笠鷺はヤツハに敗れる。
 だが、その時、誰一人欠けることなくその場に立っていれば、それこそが勝利の証。


 
 説明を終えて、謝罪を交えながら笠鷺は声を出す。
「悪いな。あまり詳しく話すと未来が変わってしまうかもしれないんだ」
「いえ、大丈夫です。これから起こることを知りすぎると、未来に干渉することなり、危険なことはわかりますから」
「そうか。理解してくれて、ありがとう。さすがは国立学士館の魔導生だな」
「そんなことまで?」
「あ……まぁな。胡散臭く感じる?」
「い、いえ。ふふ、何故かあなたのことは信用できるような気がします。どこか、懐かしい感じがして」

 アプフェルは瞳の中に大切な友を見つめるような光を灯す。
 その光に、笠鷺もまた懐かしさを覚え、顔が綻んだ。

「それじゃ、大体のことは話したし、明日朝一番にアクタへ繋がる門へ向かおう」
「はい」
「それじゃ……」

 笠鷺は窓へ目を向ける。
 空には黄昏の色が広がっている。

「ご飯でも食べる? と言っても、冷凍食品しかないけど」


 笠鷺は冷蔵庫から適当な冷凍食品を取り出して、それらをレンジで温めた。
 その様子をアプフェルは観察しながら、驚きを交え言葉に出す。

「不思議。魔力を感じないのに、こんなことができるなんて。まるでマヨマヨの技術みたい」
「え? あ、そっか。アプフェルはマヨマヨについて知らないんだっけ?」
「ん、それは?」
「えっとな……いや、話さない方がいいか……たぶん、しばらくしたらアプフェルもマヨマヨについてわかるようになるんじゃないのかなぁ?」

 アプフェルは五星ごせい将軍という立場に納まる。
 その時にはアクタの深い内情を知らされているのではないかと、笠鷺は考えていた。


「ま、これから先、色んなことがわかるようになるから、気にしないで」
「気になりますよ。いくら未来のことを詳しく知ってはいけないとわかっていても」
「すまんすまん、余計なことを口走ったみたいだ。とりあえず食事でもして忘れてくれ」

 そう言いながら、グラタンとチャーハンをテーブルの上に並べる。
「栄養のバランスは偏ってるけど、冷蔵庫にそれしかなかったから我慢してくれ」
「いえ、そんな。ありがたく頂きます」

 アプフェルはスプーンを手に取り、こわごわとグラタンを口に運ぶ。
 見た目は食べ物だとわかっていても、まったく知らない方法で料理が作られたことに警戒感があるようだ。
 しかし、グラタンを口に含むと……。


「すごい。料理だ。凍った食品を箱に入れただけなのに……」
「ふふ、地球の叡智だ。存分に味わいたまえ」


 食後、笠鷺はPCを見せたり、新開発された投影型の携帯を見せたりと、アプフェルをからかい、就寝につく。

 ベッドにはアプフェルを休ませ、自分はソファに……。
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