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第一幕
第十九話 猫族のドワーフ・ルーレン
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玄関前で馬車に乗り込む用意をする。
この屋敷は丘陵にある。
屋敷の周りは大きな道に囲まれ、それを挟んだ先には富豪たちの豪華な屋敷が立ち並ぶが……よくもまぁ、こんな坂道の上にある不便な場所に住む気になるものだ。
どこの世界も馬鹿と煙と金持ちは高い場所が好きらしい。
馬車の前には俺とルーレン。あとは馬車の操り手である御者。彼は先に馬車に乗っている。
俺は周囲にちらりちらりと視線を振ってからルーレンに話しかけた。
「わたくしたちだけですか?」
「はい、そうですが。何か問題でもございますか?」
「あの、一応わたくしはゼルフォビラ家の娘ですから護衛のような方が一緒にいらっしゃるものと? 振り返ってみると、崖のある場所から帰宅した際もあなたと御者の方だけでしたわね」
「そういうことですか。護衛はこの私、ルーレンが務めさせて頂いております」
「そういえば、あの崖下でもわたくしの護衛をしていると仰っていましたわね」
狂暴そうな五匹の野犬もどきを事も無げに追い払ったルーレン。
その彼女はこう言葉を返す。
「私はドワーフですから並みの人よりも腕力に自信がありますし、それにドワーフは冶金の玄人と同時に『元々』戦士ですから」
彼女は腕まくりをして、細い腕で力こぶを作る動作を見せた。
そこに愛らしさはあれど逞しさは皆無だが、野犬と対峙した場面と厨房でのルーレンの姿を思い起こす
(大型の野犬を片手で放り投げて、重そうな生ゴミを軽々と持ち上げてたな。見た目とは違いドワーフというのはそれほどの筋力が?)
俺はルーレンが作った力こぶを揉み揉みする。
「ふむ、意外と固い。だけど、筋肉量はそこまで……」
「シオンお嬢様!?」
足から上へと体に触れて、肉体の状態を確認する。
「さわさわ~っと……う~ん、筋肉の鎧に覆われた様子もない。柔らかい」
「お、お嬢様っ。くすぐったいです!」
「え? ああ、ごめんなさい。いくら強靭なドワーフと言え、ルーレンの愛らしさから戦士というイメージがかけ離れていまして、つい」
「そ、そうですか……」
俺の一言にルーレンはがくりと頭を下げた。戦士には見えないという言葉が相当ショックだったと見える。
しかし、そこから彼女は顔を上げて、両手に力を入れた。
「わかりました。シオンお嬢様、私の力強さを証明しますね!」
そう言って、彼女は背後に止まる馬車の底――サイドシルに両手を入れて持ち上げる。
「ぐぬぬぬぬぬ!!」
「ええええ、持ち上がった!?」
とても重そうな馬車が小さな女の子の手によって斜めになる。そしてそれに驚いた御者が悲鳴を上げる。
「わ、わかりましたわルーレン。そこまでで。御者が転げ落ちてしまいますから」
「え? あ、すみません!」
慌ててルーレンは馬車から手を外す。
馬車はドシンという豪快な音を立てて地面に降り、その反動で馬車と御者が揺れている。
さらに悲鳴を重ねた御者にルーレンが平謝りを見せて、俺の方へ向き直った。
「どうですか?」
「ええ、とんでもない力持ちですね、ルーレンは」
「はい!」
自分の力を証明して、それが認められたことが嬉しいのか普段は見せない大きな声で返事をし笑顔を見せている。
そんな彼女とは裏腹に俺は恐ろしさというものを感じていた。
(体に触れたかぎり、そんな力が生み出せそうな作りじゃなかったぞ。ドワーフというのは人とは異なる筋線維でも持っているのか? 恐ろしい種族だな。こんなのが敵に回ったら厄介だ。いや、それともルーレンが特別なのか?)
「とても力持ちですが、これはルーレンだけ? それともドワーフの全てがあなたほど力持ちなのでしょうか?」
「基本的に人間よりも力を持っていますが、私は猫族のドワーフですから普通のドワーフよりも力持ちです」
「猫族のドワーフ? 何ですの、それは?」
「えっとですね、ドワーフには普通のドワーフと猫族のドワーフがいるんです。猫族のドワーフはどこか別の世界からやってきた猫の一族と交わり、猫族のドワーフとなったと言われてます」
「え、別の世界……?」
「はい。大昔は猫族の名残として猫の耳と猫の尻尾が生えていたらしいのですが、今はその名残もなくなり、このとんがった耳が猫族のドワーフとして表してるだけです」
そういって、ルーレンは尖った耳をぴくぴくと動かして見せてくる。
俺はそれに生返事を返す。
「はぁ」
「あのう、説明、わかりづらかったですか?」
「い、いえ、そういうわけじゃありませんわよ。別の世界からやってきた猫の一族というのがピンと来ないというか、興味深いというか……」
別の世界の存在。俺とは別の事情でこの『アルガルノ』という世界に訪れることもあるのだろうが?
少々惚けた様子を見せる俺に、ルーレンはちょっと悲し気な表情を見せる。
「まぁ、今では伝承みたいな話ですから信じられませんよね?」
「いえいえ、信じてないわけじゃありませんわよ。少し驚いただけで」
だって、俺自身が別の世界からやって来たという証拠だし。という言葉は出さないでおく。
その代わりに、落ち込むルーレンを元気づけるような言葉を出した。
「ともかく、ルーレンがとっても力持ちで戦士としての素質が十分だということはわかりました。頼りになりますわね」
「そうですか! ふふ、でも力だけじゃないんですよ。力持ちに加え、斧術も会得していますので護衛としては申し分ないと自負します!!」
「斧?」
と、一言漏らすと、彼女は懐から握り拳大ほどの大きさをした漆黒の水晶を取り出して、それを右手に持ち、何かを唱えた。
「具現せよ!」
すると、ルーレンの背丈と同じくらいの巨大な光の斧が現れた。
斧は緑光の靄に包まれ、靄の一部は刃の頂点で猫耳を形取り、持ち手である柄からは尻尾が生えてふよんふよんと動いている。
ルーレンはこの猫っぽい装飾の施された巨大な斧を手に持ち、少し誇らしげに胸を張るが――俺はそれどころではない!!
「このニニャーリンでシオンお嬢様をお守りします」
「えええええええ!? 何ですのそれ!? ど、どうして水晶が斧に。光の靄が包み込んで! しかも猫耳に尻尾?」
「え、ただの武装石ですが?」
「武装石?」
「あ、そういえばシオンお嬢様は記憶が……武装石とはドワーフの戦士の一般的な武器でして、生命力を武具として具現化し、行使します」
「生命力を? 寿命とか縮まらないんですの?」
「寿命を使っているわけではありませんので大丈夫です。使い過ぎると疲れちゃいますが」
「つまり、体力ということでしょうか?」
「はい。ですので、体力があればあるほど具現化できる時間が増します」
「なるほど、なんとなくわかりましたわ」
さすがは地球と異なる世界。
屋敷内でも魔石とやらの照明を見かけたが、地球では考えられないファンタジックなモノが存在している。
正直、この武装石とかいうヤツ、すっごい欲しい。
「武装石とはどこにでも売っている物なんでしょうか? それとも貴重な品で?」
「かなりの貴重品です。特にこの武装石は護衛用の特別製でして、旦那様から直接戴いたものですから。それに、ドワーフのように体力がある種族専用の武装ですので、人間の武具屋だとあまり扱われていないと思います」
「そうなんですの、残念ですわね」
「へ?」
「いえ、それ、欲しいなぁっと?」
「何故ですか?」
「え、だって、面白そう」
「面白そう……」
「それに護身のために手に入れたいと思いまして」
「護衛なら私が」
「ええ、わかっていますわ。ですが、自分の身は自分で守れる術や道具が欲しいんですのよ。ルーレンを頼りとしていますがそれとは別に、最低限、自分の身を守れる強さが欲しいのです」
「あ、それで今朝、トレーニングを?」
「ええ、そうわよ」
「そうですか……」
ルーレンは俯いて、寂しげな表情を見せた。
俺にはルーレンが必要だと先程の言葉に含めたつもりだが、それよりも自分の護衛だけでは不安を感じているのでは? という思いが勝ったのだろう。
しかし、そこから自分の感情を振り払うように顔を軽く左右に振って声を出す。
「今から町へ行きますのでその際、万屋を覗いて見てはいかがでしょうか? そのお店はちょっと変わっていて色々なものを扱ってますから。もしかしたら武装石を扱っているかもしれません」
「そのようなお店が? そうですわね、時間があれば覗いてみましょう」
「ですが、シオンお嬢様。体力がすべての武具ですので、おすすめはしませんよ」
「それは一度試してからにしてみます。あ、そうだ! ルーレンの武装石を少し貸してくださらない?」
「それこそやめておいた方が。武装石は使い続ければ使い続けるほど、持ち主の癖を覚え、その戦士専用になりますから。ドワーフの私が使い込んだ武装石をお嬢様に貸そうものならば、あっという間に体力を吸われ気を失うと思います」
「そうですか。重ね重ね残念ですわね。仕方ありません。それらも含め、町に出てから考えましょう。それでは護衛を頼みましたよ」
「はい、お任せください、シオンお嬢様。そういえば、今からどちらへ向かうのですか?」
「それはですね――ザディラ兄様の会社見学です」
この屋敷は丘陵にある。
屋敷の周りは大きな道に囲まれ、それを挟んだ先には富豪たちの豪華な屋敷が立ち並ぶが……よくもまぁ、こんな坂道の上にある不便な場所に住む気になるものだ。
どこの世界も馬鹿と煙と金持ちは高い場所が好きらしい。
馬車の前には俺とルーレン。あとは馬車の操り手である御者。彼は先に馬車に乗っている。
俺は周囲にちらりちらりと視線を振ってからルーレンに話しかけた。
「わたくしたちだけですか?」
「はい、そうですが。何か問題でもございますか?」
「あの、一応わたくしはゼルフォビラ家の娘ですから護衛のような方が一緒にいらっしゃるものと? 振り返ってみると、崖のある場所から帰宅した際もあなたと御者の方だけでしたわね」
「そういうことですか。護衛はこの私、ルーレンが務めさせて頂いております」
「そういえば、あの崖下でもわたくしの護衛をしていると仰っていましたわね」
狂暴そうな五匹の野犬もどきを事も無げに追い払ったルーレン。
その彼女はこう言葉を返す。
「私はドワーフですから並みの人よりも腕力に自信がありますし、それにドワーフは冶金の玄人と同時に『元々』戦士ですから」
彼女は腕まくりをして、細い腕で力こぶを作る動作を見せた。
そこに愛らしさはあれど逞しさは皆無だが、野犬と対峙した場面と厨房でのルーレンの姿を思い起こす
(大型の野犬を片手で放り投げて、重そうな生ゴミを軽々と持ち上げてたな。見た目とは違いドワーフというのはそれほどの筋力が?)
俺はルーレンが作った力こぶを揉み揉みする。
「ふむ、意外と固い。だけど、筋肉量はそこまで……」
「シオンお嬢様!?」
足から上へと体に触れて、肉体の状態を確認する。
「さわさわ~っと……う~ん、筋肉の鎧に覆われた様子もない。柔らかい」
「お、お嬢様っ。くすぐったいです!」
「え? ああ、ごめんなさい。いくら強靭なドワーフと言え、ルーレンの愛らしさから戦士というイメージがかけ離れていまして、つい」
「そ、そうですか……」
俺の一言にルーレンはがくりと頭を下げた。戦士には見えないという言葉が相当ショックだったと見える。
しかし、そこから彼女は顔を上げて、両手に力を入れた。
「わかりました。シオンお嬢様、私の力強さを証明しますね!」
そう言って、彼女は背後に止まる馬車の底――サイドシルに両手を入れて持ち上げる。
「ぐぬぬぬぬぬ!!」
「ええええ、持ち上がった!?」
とても重そうな馬車が小さな女の子の手によって斜めになる。そしてそれに驚いた御者が悲鳴を上げる。
「わ、わかりましたわルーレン。そこまでで。御者が転げ落ちてしまいますから」
「え? あ、すみません!」
慌ててルーレンは馬車から手を外す。
馬車はドシンという豪快な音を立てて地面に降り、その反動で馬車と御者が揺れている。
さらに悲鳴を重ねた御者にルーレンが平謝りを見せて、俺の方へ向き直った。
「どうですか?」
「ええ、とんでもない力持ちですね、ルーレンは」
「はい!」
自分の力を証明して、それが認められたことが嬉しいのか普段は見せない大きな声で返事をし笑顔を見せている。
そんな彼女とは裏腹に俺は恐ろしさというものを感じていた。
(体に触れたかぎり、そんな力が生み出せそうな作りじゃなかったぞ。ドワーフというのは人とは異なる筋線維でも持っているのか? 恐ろしい種族だな。こんなのが敵に回ったら厄介だ。いや、それともルーレンが特別なのか?)
「とても力持ちですが、これはルーレンだけ? それともドワーフの全てがあなたほど力持ちなのでしょうか?」
「基本的に人間よりも力を持っていますが、私は猫族のドワーフですから普通のドワーフよりも力持ちです」
「猫族のドワーフ? 何ですの、それは?」
「えっとですね、ドワーフには普通のドワーフと猫族のドワーフがいるんです。猫族のドワーフはどこか別の世界からやってきた猫の一族と交わり、猫族のドワーフとなったと言われてます」
「え、別の世界……?」
「はい。大昔は猫族の名残として猫の耳と猫の尻尾が生えていたらしいのですが、今はその名残もなくなり、このとんがった耳が猫族のドワーフとして表してるだけです」
そういって、ルーレンは尖った耳をぴくぴくと動かして見せてくる。
俺はそれに生返事を返す。
「はぁ」
「あのう、説明、わかりづらかったですか?」
「い、いえ、そういうわけじゃありませんわよ。別の世界からやってきた猫の一族というのがピンと来ないというか、興味深いというか……」
別の世界の存在。俺とは別の事情でこの『アルガルノ』という世界に訪れることもあるのだろうが?
少々惚けた様子を見せる俺に、ルーレンはちょっと悲し気な表情を見せる。
「まぁ、今では伝承みたいな話ですから信じられませんよね?」
「いえいえ、信じてないわけじゃありませんわよ。少し驚いただけで」
だって、俺自身が別の世界からやって来たという証拠だし。という言葉は出さないでおく。
その代わりに、落ち込むルーレンを元気づけるような言葉を出した。
「ともかく、ルーレンがとっても力持ちで戦士としての素質が十分だということはわかりました。頼りになりますわね」
「そうですか! ふふ、でも力だけじゃないんですよ。力持ちに加え、斧術も会得していますので護衛としては申し分ないと自負します!!」
「斧?」
と、一言漏らすと、彼女は懐から握り拳大ほどの大きさをした漆黒の水晶を取り出して、それを右手に持ち、何かを唱えた。
「具現せよ!」
すると、ルーレンの背丈と同じくらいの巨大な光の斧が現れた。
斧は緑光の靄に包まれ、靄の一部は刃の頂点で猫耳を形取り、持ち手である柄からは尻尾が生えてふよんふよんと動いている。
ルーレンはこの猫っぽい装飾の施された巨大な斧を手に持ち、少し誇らしげに胸を張るが――俺はそれどころではない!!
「このニニャーリンでシオンお嬢様をお守りします」
「えええええええ!? 何ですのそれ!? ど、どうして水晶が斧に。光の靄が包み込んで! しかも猫耳に尻尾?」
「え、ただの武装石ですが?」
「武装石?」
「あ、そういえばシオンお嬢様は記憶が……武装石とはドワーフの戦士の一般的な武器でして、生命力を武具として具現化し、行使します」
「生命力を? 寿命とか縮まらないんですの?」
「寿命を使っているわけではありませんので大丈夫です。使い過ぎると疲れちゃいますが」
「つまり、体力ということでしょうか?」
「はい。ですので、体力があればあるほど具現化できる時間が増します」
「なるほど、なんとなくわかりましたわ」
さすがは地球と異なる世界。
屋敷内でも魔石とやらの照明を見かけたが、地球では考えられないファンタジックなモノが存在している。
正直、この武装石とかいうヤツ、すっごい欲しい。
「武装石とはどこにでも売っている物なんでしょうか? それとも貴重な品で?」
「かなりの貴重品です。特にこの武装石は護衛用の特別製でして、旦那様から直接戴いたものですから。それに、ドワーフのように体力がある種族専用の武装ですので、人間の武具屋だとあまり扱われていないと思います」
「そうなんですの、残念ですわね」
「へ?」
「いえ、それ、欲しいなぁっと?」
「何故ですか?」
「え、だって、面白そう」
「面白そう……」
「それに護身のために手に入れたいと思いまして」
「護衛なら私が」
「ええ、わかっていますわ。ですが、自分の身は自分で守れる術や道具が欲しいんですのよ。ルーレンを頼りとしていますがそれとは別に、最低限、自分の身を守れる強さが欲しいのです」
「あ、それで今朝、トレーニングを?」
「ええ、そうわよ」
「そうですか……」
ルーレンは俯いて、寂しげな表情を見せた。
俺にはルーレンが必要だと先程の言葉に含めたつもりだが、それよりも自分の護衛だけでは不安を感じているのでは? という思いが勝ったのだろう。
しかし、そこから自分の感情を振り払うように顔を軽く左右に振って声を出す。
「今から町へ行きますのでその際、万屋を覗いて見てはいかがでしょうか? そのお店はちょっと変わっていて色々なものを扱ってますから。もしかしたら武装石を扱っているかもしれません」
「そのようなお店が? そうですわね、時間があれば覗いてみましょう」
「ですが、シオンお嬢様。体力がすべての武具ですので、おすすめはしませんよ」
「それは一度試してからにしてみます。あ、そうだ! ルーレンの武装石を少し貸してくださらない?」
「それこそやめておいた方が。武装石は使い続ければ使い続けるほど、持ち主の癖を覚え、その戦士専用になりますから。ドワーフの私が使い込んだ武装石をお嬢様に貸そうものならば、あっという間に体力を吸われ気を失うと思います」
「そうですか。重ね重ね残念ですわね。仕方ありません。それらも含め、町に出てから考えましょう。それでは護衛を頼みましたよ」
「はい、お任せください、シオンお嬢様。そういえば、今からどちらへ向かうのですか?」
「それはですね――ザディラ兄様の会社見学です」
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