殺し屋令嬢の伯爵家乗っ取り計画~殺し屋は令嬢に転生するも言葉遣いがわからない~

雪野湯

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幕間

ルーレン

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 私は人間よりも強い。
 だけど、恐怖に屈してしまい、同胞を数字に置き換えて裏切ったのです……。

――裏切りの日々は続きます。
 それは永遠に続く後悔の日々だと思っていました。
 でも、その日々が唐突に終わりを迎えます。
 私の目の前に、恐怖を赤く塗りつぶす男が現れたのです。
 彼の名は、セルガ=カオス=ゼルフォビラ。


 私は彼に殺されるのだろうと覚悟しました。
 ですが――――。


 私は彼の娘である、シオン=ポリトス=ゼルフォビラの護衛兼メイドとして雇われることになったのです。


――シオン様との出会い。
 とても美しく、優しい女性。今まで見てきた醜い貴族とは対照的な存在。
 それはもう、物語に出てくるお姫様ような……。
 同時に不遇な人であり、心に大きな傷を負っていました。

 シオン様は私にこう仰って下さった。
「あ、あの、私と友達になってくれない、かな?」

 畏れ多いと思いました。それに、私には役目があります。だから断ろうとしました。
 でも、小刻みに震える彼女の姿を見て、私は断れなかった。

――
 屋敷の人々はドワーフの私を見下し、扱き使う。
 それでも、楽しかった。シオン様と友達になれたことが、本当にうれしかった。
 辛くとも、楽しい日々が続く。

――
 スティラ様がお亡くなりになり、ついに運命の歯車が不快な軋みを奏でながら回り始めます。
 人の心を宿したままのダリア様の激情が、スティラ様を失ったシオン様へと向かいます。
 シオン様はそれに耐えられず、壊れていきます。

 ある日のこと、感情の制御を失ったシオン様は私の頬をった。
 すぐにシオン様は我に返り、私に謝ります。涙を流しながら、何度も何度も謝ります。
 だけど、この日を境に、シオン様は私をつようになりました。

―― 
 大切な友達。一番の友達。唯一の友達。
 友達が涙を流し、やり場のない怒りと悲しみに苦しんでいる。
 だから、その思いを受け止めたかった。
 シオン様が私を鞭で打つ。でも、私はドワーフ。人間よりも丈夫だから、シオン様の力では私に傷を負わせることはできない。

 それでも……目に見えない心の傷は刻まれていく。


 友達と言ってくれた。それなのに私をつ。どうして?
 それはわかっています。シオン様の心が繊細で、耐えられなかったからです。
 だから、我慢する。我慢する。我慢する――――そう、理解ではなく、私は我慢をしていました。
 その我慢という思いが心を埋め尽くし、ついに外へと溢れ出してしまいます。

 我慢は怒りと恐怖と悲しみとなって、この日々を終わらせたいと考えるようになってしまったのです。
 セルガ様から与えられた役目を放棄して……。
 

 そして、あの日が訪れてしまう。
 
――
 シオン様が珍しく外出をしたいと仰いました。
 その時、私の頭に恐ろしい考えが過ぎってしまったのです。
 外出は御者ぎょしゃの方と私とシオン様だけ……御者の方は馬車から離れることはありません。

 悲しみから解放されたいと心がうずき、震える手がペンを執ります。ペン先は文字を描き、シオン様の日記帳に刻んでしまった。

 もう、逃げ場はありません。
 私は一歩、踏み外してしまったのだから……。
 いえ、同胞を犠牲にしながら生き永らえていた時から、私は足を踏み外しています。
 そう、私は元々、誰かの友達になることも許されず、幸せになる資格もない存在。
 そうだ、屑は屑らしく生きればいい! 他者の命を奪ってでも!!


――
 外出先で、シオン様は遠くの風景を見ようと崖近くに立ちます。
 これ以上の機会はありません。
 そう思い、私は両手を前へ突き出し、そろりそろりと近づいていく。

 でも――


――あ、あの、私と友達になってくれない、かな?――


 シオン様の声が心に響く。
 屋敷内で孤立していた彼女は私に救いを求めて、私はそれを受け入れた。
 共に過ごす時間は本当に楽しいものでした。

 そこに偽りなどありません。


 シオン様が変わってしまったのは彼女のせいではないのです。
 そうだというのに、私は恐怖と悲しみからのがれたくて裏切ろうとしてます。


 己の浅ましさに気づき、私は両手を降ろして、真っ白なエプロンが皺くちゃになるくらい強く握り締めました。
 すると、シオン様はこちらへ振り返る。

 そして――


「どうしたの、ルーレン? 私の背中を押さないの?」



――――――――――

「はっ!? はぁはぁはぁはぁ」

 私はあてがわれた狭い使用人室に備え付けられているベッドから飛び上がり、体全身に汗を張り付かせていました。
 過去の記憶。罪。そして、今も続く贖罪。

 ベッドから降りて、部屋の隅にある床を捲り上げる。
 そこにあるのは、シオン様からお預かりした魔道具――宇宙そらの星々の姿が刻まれた魂結たまゆいのメダリオン。

 魂と魂を結び付ける一対のメダリオンの内の一つ。


 メダリオンを両手で覆うように握り締めます。

「シオン様は全てを存じていた。だからこそ、心を失った。そう、実の母であるスティラ様さえもまた……」
 私はセルガ様の書斎がある方角へ顔を向ける。

「セルガ様は動けない。傍観者であることが絶対のルール。それを破れば、ゼルフォビラの御子息たちの存在は消失してしまう。さらに、世界は……」

 瞳を書斎から逸らして、自分の弱い心をぐっと掴む。
「それなのに、セルガ様の駒であった私は裏切り、一時とはいえ世界に心を奪われ、あるじを変えて、嘘と真実を織り交ぜた虚飾をあの方へお渡して巻き込み、あの方に指示を促せてアズール様を……」

 メダリオンを見つめ、一粒の涙を零す、
「だけど、だけど……マギーさんはぎりぎり救えた。でも、救う代償は大きかった……マギーさんもまたセルガ様の駒。本人にその役目を伝えられていないけど、マギーさんなら心の弱い私よりもきっとセルガ様の助けとなるはず」


 私は卑怯にまみれた薄汚い涙をぬぐい、一つの心に縋る。

「もう、私にはシオン様しかいない。もう二度と、友達を裏切ったりしない。この命をシオン様に捧げて、シオン様のために使う。歩む道がたとえ、血と罪にまみれたものであろうとも……だから、今のシオンお嬢様のために、私は全てを捧げる。いつか、再び出会えるであろう、シオン様のために」
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