殺し屋令嬢の伯爵家乗っ取り計画~殺し屋は令嬢に転生するも言葉遣いがわからない~

雪野湯

文字の大きさ
49 / 100
第二幕

第二幕・第1話 ルーレンの背後にいる者

しおりを挟む
――シオン自室


 アズールが亡くなり、ひと月が経った。
 春の日差しが夏の日差しへと移り変わる季節。
 相変わらず屋敷内には沈痛な空気が漂っていたが、それでも事件直後よりは軽いものとなっていた。

 アズールの母であるダリアだけは今もまだ塞ぎ込んだまま。
 妹のライラの方は平静さを取り戻して、アズールを失う以前の日常を過ごしている。もっとも、あいつは兄の死など露ほどにも気にしていないからだろうが……しかし、母ダリアの塞ぎようを見て、それには気を病んでいる様子。

 
 次兄ザディラについてだが、こいつはゼルフォビラの領地の北端にあるキール村というとても小さな村へ、新たな林業開拓を行うという名目で追い出された。
 二度と、この街へ、ゼルフォビラ家に戻ってくることはないだろう。


 で、俺だが……毎日毎日個人授業とお嬢様修行。具体的に言えば、お作法や楽器の練習など。
 二日に一度は半透明な魔石が埋め込まれた洒落たバイオリンっぽい楽器を習わされているわけだが、弾けるわけがない。
 せめてギターならいけるんだが……。
 
 そんな糞くだらない毎日を送りながら、その合間に体を鍛えている。
 鍛え始めて一か月――想定よりも体力と筋力がついた。やはり、こちらの世界の人間は地球人よりも体力が付きやすく、丈夫と見える。

 今では元傭兵であったマギーを相手に手合わせを願いできるほどだ。もちろん、実力差はあるが。


 ルーレンはマギーと訓練をしている俺の姿に不満を抱いているようで、声にこそ出さないが、その心の声を渋い顔として漏らしていた。
 彼女にとってシオンは理想のお嬢様であり、決して戦いへ赴くような女性ではないため、そのような顔をしているのだろう。

 しかし、彼女の希望には添えない。誰が敵で味方になるかわからない状況では、身を守るためのすべが必要だからな。
 俺は多様なフリルがあり、きめ細やかな刺繍が施された青いドレスの袖を捲り、青色が溶け込む黒真珠の瞳に自身の腕を映す。
 白く細い腕のままだが、皮膚の下では着実に筋肉が育ちつつある。
 
「ドワーフのルーレンだけじゃなく、こちらの世界の生命体は人間であっても筋線維の密度が濃いのか? この細腕でもおっさんだった頃の俺並みの力がある。それとも、地球人が脆弱なのかねぇ」


 袖を戻して、意識をひと月前に起きた事件へ向ける。
 あの事件は謎だらけで、どこから手を付けていいのかわからないが、とりあえず最も分かりやすい疑問から注目してみよう。
 それは、ルーレンがマギーを犠牲にしようとしながら救ったこと。


 なぜそのようなことをしたのか?

 これについてはルーレンがマギーを巻き込みたくなかったと考えると、案外単純に事が見えてくる。
 つまり、ルーレンには協力者がいて、彼女の単独犯行ではないという推理。


 あの日、俺から指示を受けたルーレンはメイド長に許可を得てから書類を返しに行きますと言って、その後、中庭に現れるまで結構な時間があった。
 俺は、あの時間をルーレンが書類を覗き見て、俺の意図を考えて、犯行を組み立てるまでの時間に使ったのだろうと思った。<第一幕・34話・35話・46話>

 だが、この考えとは別に、あの時点で俺がやりたいことを見破ったルーレンは、誰かに相談しに行ったのではないかという推測を新たに打ち立てた。
 

 それで、そいつがマギーを犯人に仕立て上げて、アズールの殺害を画策。
 だが、マギーを友人と慕うルーレンは、マギーを犠牲にすることができなくて、その画策に手を加えた。
 運が良ければマギーを救える手を……。

 問題はその相談相手だが……これが見当もつかない。
 なにせ、屋敷内にいた人間全てがその対象になるからだ。
 メイド長? 料理長? セルガ? ダリア? ライラ? 医師マーシャル? 家庭教師イバンナ? マギー当本人?

 俺は窓辺にある勉強机に座り、溜め息を漏らす。
「はぁ、推理小説みたいに容疑者が明示されてたら楽なんだが、現実はそうはいかんね。それでも、あの時の時間とルーレンの足跡と当時屋敷内にいたメンバーを調査すれば数は絞れるが……………………めんどくせ~」

 そもそも俺は探偵じゃない。
 そんなお遊びは、薬物依存なパイプ野郎や子供を扱き使う男や高校生なちびっこやどこぞ名探偵の孫にでもやらせておけばいい。


「組織にいた頃は、こういったことは情報分析官の役目だったからなぁ。そういや、あいつらのミスのせいで仕事のあと、戦場のど真ん中で孤立させられて傭兵の真似事をする羽目になったっけ? さすがにあんときゃ死ぬかと思った、っと、話が脱線しちまったな」


 話を事件に戻す。
 ルーレンの行動。こいつの行動には矛盾がある。それは敢えて俺に犯行を気付かせようと行動している節があること。その理由は不明。
 また、アズールの一件以外にもシオンの殺害を試みた痕跡を俺へ渡している。
 これらについて考えられることは、自分が犯人であることに気づてい欲しい。つまり、犯行を止めて欲しいとなるがそれで当たっているのだろうか? 
 それとも、こちらの知力を計るためにヒントを与えているのか? 何のために?

 ルーレンは何かしらを画策しており、それにおける相棒を探しているとか――――ここまでくると推理でも何でもなく妄想の域に掛かる憶測だな。
 
 これとはまた別に、まだ謎はある。それは、犯人を知っているはずなのに動かないセルガ。
 息子を殺され、犯人がルーレンと気づいていながら、なぜ彼は動かない?
 後継者争いを見守るだけというルールを頑なに守る理由はなんだ?
 セルガの本心が見えない……。
 このように謎に塗れたゼルフォビラ家だが、謎に挑む前にやるべきことがある。


 それはシオンの復讐の依頼――ではなく、逃げ道の確保だ。

「一応、命の救ってもらった恩があるから依頼は完遂したいが、それも命あっての物種。優先順位はトップじゃない。悪いが、まずは身の安全の確保が先だ」
 俺は今後の行動指針を立てていく。

1.安全の確保
2.シオンの復讐依頼の調査・完遂
3.ゼルフォビラ家の謎を追う
4、2と3は連動しているので入れ替わる可能性あり


「こんなところか。現状、何が起こっているかはわからない。今は下手に動くより様子見だな。ルーレンの動向もゆっくりと観察したいし」

 ルーレン――あれだけの演技力と頭のキレを持つ少女。それほどの少女のことだ。この俺に疑念を抱いている可能性は高い。
 その疑念とは、記憶喪失。

 さすがに異世界の人間の魂が宿ってますなんて発想は突拍子もないため、想像もしていないだろうが……それでも記憶喪失にしてはどこかおかしいと感じているかもしれない。
 もし、本物のシオンじゃないと知ったら…………相手は恨みあれど、少年の命を躊躇ためらいなく奪える存在。シオンに対する忠誠心の厚さによっては何をしてくるかわからない恐怖がある。


 また、犯行を気付かせようとしている節はあるが、実際に俺が気づいていると知った場合、どのような行動に出るか全く予測が付かない。
 最悪、口封じをしてくる可能性もある。
 正直、あいつのシオンに対する思いの居場所がわからないので行動予測が立てにくい。

 かなり高い確率でルーレンはシオンを殺害しようと試みたはずだが。
 しかし今は、俺に尽くす素振りを見せている。
 あいつは何を考えているのやら……。

 仮に、敵に回した場合、相手は人間よりも強いドワーフ。それも戦士。
 今の俺では逆立ちしても勝てそうにない。

 さらにルーレンの背後に潜んでいるかもしれない存在。
 短時間であれだけの犯行を構築する天才。その天才に加え、犯行の軸をずらさずに即座にマギーを救える道を産み出したルーレン。

 二人の天才が相手では凡人である俺は慎重を重ねる以外他はない。

「やっぱり逃げ道の確保が最優先だな。うまい具合に金を奪って逃げられる場所を探しておかないと」


――コンコン

 響くノック音。
 俺はシオンの仮面をかぶる。

「どなたでしょうか?」
「シオンお嬢様、ルーレンです」
「そうですか、お入りなさい」

 俺の返事を受けて、黒のワンピースに白のエプロンを着用したクラシカルなメイド姿のルーレンが扉を開けて一礼すると部屋の中へ入ってきた。
 彼女は急いでいたのだろうか?
 140cmもないだろうちっちゃなルーレンは褐色の肌の上からでも分かるくらい頬を紅潮させて息を切らしている。
 一度、彼女は呼吸を整える。
 上下に揺れていた癖っ毛で長めの黒髪が落ち着いてきたところで、黄金の瞳をこちらへ向けて伝言を伝えてきた。


「ふ~……シオンお嬢様、セルガ様が執務室へお呼びです」
「お父様が? 一体どのような御用で?」
 ルーレンは尖がった耳をぴくぴく動かしながら答えを返す。
「私はただ、お嬢様を急ぎお呼びするようにと命じられただけなので内容までは……」
「そうですか、わかりましたわ。お父様の執務室へ向かいましょう」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ
ファンタジー
「わたしはもうまもなく死ぬ」 静まり返った老人ホームの一室で、老人は青年にそう告げた。励まそうとする青年に老人はさらに告げる。「いや正確に言い直そう。わたしは転生するのだ」 異世界に突如として転生したその男は、海洋国家ヴァレンティン共和国の超名門、シュナイダー家に生を受け、ガイウス・シュナイダーとして転生を果たす。だがそんなガイウスには前世の知識はあるものの、記憶がなかった。混乱するガイウス。だが月日が経つにつれ、次第にそんな環境にも慣れ、すくすくと成長する。そんな時、ガイウスは魔法と出会う。見よう見まねで魔法を繰り出すガイウス。すると、あろうことかとんでもない威力の魔法が―― 数えきれないほど転生をし続けた伝説の大魔導師の最後の転生物語をどうぞお楽しみください! こちらは『小説家になろう』で千五百万PⅤを獲得した作品を各所変更し、再構成して投稿しております。 また『1×∞(ワンバイエイト)経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!』という作品が、アルファポリス社より刊行されています。既刊第四巻まで発売中です。またコミカライズもされており、こちらは第二巻まで発売しています。あわせてよろしくお願いいたします!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

処理中です...