ふろむ・○○○○(ヘビー)

雪野湯

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解決編

世界を巡る~はじまりの草原~

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 私の手の中に残されていた最後の手土産――異界より持ち帰った、一本の木製の杖。
 しかしながら、これが何のためにあるのか、その用途はいまだ明確ならず、私の中で答えを見出せぬままであった。


 木の杖。すなわち、木の棒。
 これは人間という種が、知恵によって産み落とした道具の原型にして象徴。
 使い方一つで、千変万化の用途へと姿を変える柔軟なる存在。

 私は瞼を閉ざし、最後に辿り着いた草原の世界における、この杖の意義を、深く、静かに模索する。
 扉の前に立ち、言葉なく思考を巡らせていたそのとき、右腕に巻き付く聡明草が、小刻みに身体を揺らし始めた。

 どうやら、私の沈黙を眠りと勘違いし、起こしにかかったらしい。

「やめろ、起きているぞ。思えば、お前が来て以来、ずっと朝は起こしてもらっていたな。もっとも、お前が…………なるほど、そうか。そういうことか!」

 私は、はたと気付く。
 聡明草はただ眠りから覚まさせようとしたのではない。
 むしろ、彼女は無言のまま、私に重要な示唆を授けてくれていたのだ。
 それは彼女が、私の部屋に置いていた、とあるものを取り込んだことにもあった

「よし、行こう。お前の世界に」

 
 辿り着いたのは、旅の始まりの世界。
 風は規則正しく、まるで時間の秒針のごとく一定の間隔で吹きすさび、草花は一様に咲き誇っているにもかかわらず、そこには奇妙なまでに活力が欠如している。

 一言で評するならば、無機質な絵画のような世界。
 その中で変化を許されているのは、空に輝く太陽の運行のみであった。

 私は静かに身を屈め、かつて身を沈めた茂みの奥へと視線を差し入れる。

「いた」

 そこには、大地に還ることを拒むかのように、堂々と佇む一塊の物体があった。
 この身が排出した、茶色の異形。それは堂々たる存在感をもって、大地に横たわっている。

 周囲には、自然界の摂理を無視したかのような芳しき香気が漂い、草花たちはその場を逃げ出したいとでも言わんばかりにざわついていた。


 私はそのうんこを見つめながら、確信を得た。

「やはりな。では、この世界が失おうとしているもの、忘れようとしているものを思い出させてやるとしよう」

 私は周囲を歩き回り、掌に収まるほどの十二個の石を拾い集める。
 それらを丹念に選び抜き、等間隔で円環を形作るように配置していく。
 やがて円の中心に立ち、木の杖を両手で掲げ、空へと高々と振り上げる。

 この瞬間、私はかのご老公より授けられた言葉を心中に思い浮かべた。

『木の杖……木の棒は人が生み出した、知恵の証。強く擦りつければ、火を生む。火を燈せば、たいまつとなる。両手でしっかりと握りしめれば、身を守る武器となる。私のような老人の最高の相棒となる』


「そしてっ!」

 私は木の杖を、円環の中心へと力強く突き刺した。

「このように地面へ刺せば……時計となる」

 それは、世界に対する呼びかけ。
 この世界に、忘れ去られようとしていたものの存在を、再び思い出させる試み。

「この世界は時間を失っていない! 忘れていない! 太陽の動きを見ろ! 木の棒に映る影の変化を見ろ! 時を刻んでいる! 時間は確かに存在する!!」

 私の言葉が空へ放たれた瞬間、天を撫でる突風が地表を駆け抜け、全土が震えるような鼓動が響き渡った。
 それは私の胸の内で鳴り響く心臓の鼓動と共鳴し、心地よき痺れが沸き上がる。

 かつては一方向にのみ吹き続けていた風が、今や四方八方より吹き荒れ、草花は自在に揺れ、無数のさざ波を形づくる。

 変化は、遂に訪れたのだ。

 聡明草が蔓を持ち上げ、私の視線の高さまで伸ばしてきた。
 その先端を、恭しくぺこりと下げてくる。


「ふふ、お前はずっと私にヒントを与え続けていたのだな。家の時計を抱き、時間を愛でていた。おかげさまで、目覚ましがなくて困ったが。まぁ、そこはお前が起こしてくれたからいいけどな……それで、お前はどうする? この世界に残るか?」

 聡明草は、私の右腕に根を下ろし、強く、しかしどこか愛おしげに締め付ける。

「そうか。では、帰ろう。私たちの世界へ」

 

 私たちは歩を進める。帰還のための扉へと。

 私は扉の前に立ち、その取手に静かに手を伸ばす。
 脳裏には、今まで巡ってきた異世界の数々が、走馬灯のように浮かび上がる。

「扉をくぐるたびに、妙な世界に飛ばされて、そこは常に何かの問題を抱えていた。それもようやく終わりか…………ん? 扉の先には、常に問題が。では、この先は……?」


 扉を見据え、私の瞳はじわりとその中心に焦点を結ぶ。
 視界に映るのは、どこにでもある、しかし明らかに手入れの行き届いていない、汚れたトイレの扉。

 何も特別なことなどないはず……。

 だが、それにもかかわらず、私の掌にはじっとりと冷たい汗が滲み、背中には凍りつくような予感が這い寄る。

 私はごくりと唾を飲み込み、その恐れを喉元に押し込めたのち、意を決してノブを回し、扉を押し開けた。

 そこは、紛れもなく――

 私たちの世界。
 当たり前の世界。

 戻ってきた、私たちの世界……。

 変化など一切存在せず、ただ劣化した芳香剤の匂いと、そこに混じるトイレ特有の空気が、私の鼻腔を刺激する。
 それは、まぎれもなく日常。
 ありふれた地球の姿に他ならなかった。

「考え、すぎか……」
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