元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~

雪野湯

文字の大きさ
94 / 100
第二章 子どもたちの目指す道

第51話 落暉

しおりを挟む
 屋敷の大広間に、娘のすすり泣きだけが淡く響いていた。
 誰もが声を出せない雰囲気の中で、近くに座っていたエルダーが、おずおずと手を挙げる。

「その……いったん休憩を挟みませんか? 今日は深夜からずっと慌ただしくて……皆さん、頭の整理もついていないでしょうし」

 誰も返事はしなかったが、異を唱える者もいない。自然と、その提案が受け入れられた。
 
 俺はそろりと顔を上げた。
 フローラが涙に暮れるアスティの肩を抱き、必死になだめている。

「ひっぐひっぐ、なんでよ? どうして、怒られなきゃならないの? 私はただ、私はただ……」
「うんうん、わかってる。あーちゃんは悪くない。とりあえず、ここから出て外の空気を吸おう、ね?」
 
 フローラは一瞬だけ俺を見た。
 その視線は、幼いころのものと変わらぬはずなのに……底知れぬ怒りが混じっていた。
 俺は感情を抑えられなかった己を恥じ、視線を逸らす。

 そんな中、アデルが二人を見つめてぽつりと呟く。
「……はぁ、アスティもか」


 それから、落ち着いた声で話しかける。

「アスティ、平気か?」
「……ぐすん、わかんない」
「アスティは、勇者になりたいんだ?」
「そうだけど、お父さんが、すごく怒って……」
「……そうか」
 アデルは湯呑みを手に取り、残ったお茶を飲み干すと、淡々と続けた。

「もし勇者になるつもりなら、フローラが頑張らないとな」

 この言葉にフローラは小さな疑問の音を立てる。
「え?」
「え、じゃねぇよ。アスティは魔族なんだぜ。今日、外の世界のことを知ったばかりだけどさ。このままだと、人間族の勇者になるなんて厳しいだろ」
「ええ、おそらく……」
「じゃあ魔族で勇者かっていうと、それも変だし。そもそも王族なんだから魔王になれよって話だろ」
「そう、かも……」

 アデルは空になった湯呑みを机に置き、はっきりと言った。
「だったら、フローラの創る国で勇者になるしかないだろ」
「あ、たしかに……」


 アスティは涙を何度もぬぐい、腫れた目でアデルを見つめる。
「そっか、私はこのままだと勇者にはなれないんだ……」
「ああ、そういうことだ。ってことで、アスティもフローラの国づくりに協力しないとな」

 アデルは立ち上がり、軽く手を振った。
「……まぁ、少しは落ち着いたみたいだし、あとはフローラに任せるよ」
「待ちなさいよ、アデル。さっきもあーちゃんが言ってたけど……なんか変だよ」
「変か……俺にはわからねぇんだよ。ただ……」


 アデルは二人をじっと見つめ、眉をわずかに歪める。
「今のままじゃ、俺は……いや、いい。自分で考えることだ。……じゃあな」
 そういって、ぶっきらぼうに片手を上げ、広間を後にした。

 彼の様子が変なのは明らかだ。それはこの会議が始まってからずっと。
 何か理由があるのだろうか?
 すると、隣に座るガイウスがか細く声を漏らす。

「なるほどの、そういうことか」
 
 彼には、アデルの様子がおかしい理由がわかったのだろうか?


 フローラは出ていくアデルの背中に言葉をぶつけている。
「ちょっと、アデル! もう! ……あーちゃん、わたしたちもいったん外に出よう」
「……うん」

 アスティは怯えるように俺を見た。
 その視線を受け止められず、俺は顔を背ける。
 アスティはしゅんと肩を落とし、フローラと共に広間を出て行った。

 俺は頭を抱え、短慮だった自分を呪うように奥歯を噛み締めた。
 ガイウスはエルダーに指示を飛ばし、それから俺を見据える。
「エルダー、アスティとフローラの様子を見ておいてやってくれ。二人きりで問題ないなら、無理に付き添う必要はない」
「はい、ガイウス様」

 エルダーが出て行くのを見届けると、ガイウスは低く告げた。
 
「それでだ……ジルドラン、話がある。顔を貸せ」



――――メディウス屋敷・執務室


 今は亡き領主メディウスの執務室を借り、俺とガイウスはそこに足を踏み入れた。
 主がいないというのに、一粒の塵すら落ちていない机。
 それだけで、メディウスと仕えていた者たちの間にあった信頼と敬意が感じ取れる。
 
 俺は机に指先を置き、爪を立てるようにしてから拳を握った。
 背後でガイウスが声をかけようとするが、それを遮って言葉を吐く。

「ジル――」
「二度だぞ……」
「ジルドラン?」
「ちがう、三度だ。旅に出て、まだひと月も経っていないというのに、俺はあの子たちの命を三度も危険にさらしているんだ!」

 拳で机を叩きつけ、横を向いて絞り出す。

「クルスと出会った。あいつは異界の侵略者に心を侵され、俺を殺そうとした」
「なんと、そのようなことが……」
「あの時、子どもたちには待ってろと言ったのに、あの子たちは来てしまった。俺は、俺は……その気配に気づかなかったんだぞ!!」

 さらに机を叩き、言葉を続ける。
「あの時はクルスとの戦いに集中するあまり、周囲への警戒を怠ってしまったからだと思っていた。だがな、現役時代の俺なら気づかないわけがない! そうだろ、ガイウス!?」
「……ああ、昔のお前ならば、見落としはすまい」

「このデルビヨに訪れたときもそうだ……町の連中が口々に盗賊の噂を話し、代々凡庸と呼ばれるメディウスが自ら討伐に出たと言っていた。住民たちの表情は不安に曇っていた。これだけの情報を得ながら、俺はのんきにこう思っていた。立派な領主だ。城壁もしっかりあるし大丈夫だろ、とな!」


 俺は自身の頭を押さえ、激しく首を振る。
「なぜだ? なぜあの時、俺は気づかなかった? 最悪の状況を想定すれば、子どもたちをこの町に残していくなんていう選択肢はないはずだ。それなのに――昔の俺ならすぐに察し、こんな選択肢を選ぶはずがない!」
「……ああ、確かにな」
「そうだろう。もし、俺がここに残っていれば、盗賊とのいくさなんて存在しなかった! 子どもたちの命を危険にさらすこともなかった!! 極めつけは――」


 押さえていた頭から手を外し、わなわなと震える両手を見下ろした。
「アスティだ……娘が追い詰められているのに、この場から立ち去ることばかりを考えていた。娘を守るための選択肢として、それが最良か? あの時、フローラに正体を明かされるより前に、娘のために俺は名乗り出るべきだったのでは? いや、しかし――――」

 俺はその選択肢を選べない理由を前に、最良であるはずの選択肢が霞んで見える。
「正体を明かせば、王国が俺の所在を知ることになる。そうなると厄介。いや、最優先事項は子どもたちの安全確保。だが、正体を明かせば結局……ああああ!!」

 苛立ちを足に込め、執務机を蹴り上げる。
 鈍い音が響き、空気が震えた。
 そして、ガイウスに向かってやり場のない感情をぶつける。

「俺は……こんなにも鈍ったのか!? 衰えは身体だけだと思っていた! だが、違う……旅に必要な状況判断、あの頃なら当たり前にできていた危機の察知――それら全部、錆びついてやがる!! このままでは、このままでは――――」

 肩が震える。
 俺は拳を握り締め、声を絞り出した。


――どこかの時点で、子どもたちを失うことになる――

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...