元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~

雪野湯

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第二章 子どもたちの目指す道

第18話 幸福な歳月に霞む勇者の背

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 アルダダスから問われた双子の存在と、それにまつわる切り札について、俺は思索を巡らせる。

(おそらく、アルダダスは双子の存在を、ほぼ確信に近い形で捉えている。それはこちら側の情報を、すでに把握していることを証拠として。俺への問いは、詰めのための確認……と言ったところか。ならば、もはや隠し立てする必要もないな)

「ああ、存在する」
「やはり、そうか」

「ただ、ガルボグは双子の存在が世界を救う鍵になるというふみを寄越しただけで、その具体的な内容はしるしていなかったが」
「いや、十分だ。あの魔王ガルボグが備え、切り札としてのこした存在が確かならば、その情報だけでも値千金。あとは双子の子どもと出会い、助力を仰ぐのみ。鍵となる何かは、その子たちが知っているかもしれないからな」

「…………う~ん」

「なんだ、その間と返事は?」
「なんでもないさ」


 それについてアスティは知らないよなぁ~という思いが声に出てしまった。しかし、アルダダスの推測通り、妹のプリムラが何かを知っている可能性は否定できない。

 
 アルダダスは奇妙な返事をした俺に一瞬訝し気な表情を見せたものの、気を取り直して話を継いだ。
「お前は双子について何も知らないのか? こちらでも行方不明であることは把握しているが……その実は、最東端にてかくまっている、ということも?」

「残念ながら把握していない。というか、俺がこの話を耳にしたのは、レナンセラ村を旅立つ前日の深夜だったからな」
「それは本当なのか?」

「ああ。おまけに村長のリンデン自身もその行方を知らないようで、旅のついでに彼から双子のことを探してほしいと頼まれたくらいだ」
「詳細を知らされてなかったと? つまりお前は、リンデンから信用を得ていなかったということか」
「そうらしい」

「ふふ、年を重ねても、相変わらず権を握る者からは信用されない体質のようだ。民衆からは好まれるくせに」
「うっさいな。いちいち過去を持ち出すなよ」
「今の話でもあるんだが?」
「だから黙れって」


 アルダダスの言葉を言葉で蹴っ飛ばすが、まさにその通りで反論できない。

 アルフレッドクルーンシールドの一件も含め、リンデンは最後の最後まで、俺への警戒を緩めていなかった。
 それは彼が責任ある立場だったという理由もあろうが、俺そのものが責任者から警戒心を抱かれやすい性質というせいもあるだろう。

 
 とはいえ、俺はもう四十五だ。今さら自分は変えられないし、変える気もない。

 俺は会話を終わりへとさそうように、小さく声を弾いてから言葉を紡ぐ。
「は……ともかく、ある程度の状況はわかった。あんたらは敵に対抗するため策を講じているが、勇者クルスの動きを止めることもできないくらいに、抵抗がままならないってことが」
「ああ、残念ながらな。だからこそ、ガルボグが切り札としてのこした村と連絡を取りたいと願っている」

「俺はそのための窓口ってわけか」
「不満か?」
「いや、正直、この件について俺自身が十分に把握できているわけじゃない。だから、把握できている人物がお前と会った方が、より深い話ができるだろう」

「では……」

「橋渡しはしておく。ただし、俺に決定権はないので、その行方まではわからないぞ」
「それで十分だ。こちらも厳しい状況だからな。味方が増える可能性がわずかでもあるならば、藁にでも縋りたい思いだ」


 そう唱える彼は、年齢にそぐわぬ幼い手をきゅっと小さく握りしめた。
 あれは彼の心そのもの……相当追い詰められていると見える。

 その彼は軽く首を振り、話題を切り替えた。
「ジルドラン、お前はどうするんだ? このまま最東端の者たちに協力を?」
「俺は娘の母親探しに忙しいので、今は傍観者だな」
「母親探し?」
「アスティの母親が生きている可能性があるんだ。だから、この橋渡しが終えたら魔族領域に向かい、母親の行方を追うつもりだ」


 これを聞いた彼は、大きなまんまる瞳をさらに大きく円を描くように丸くする。
「……世界がこのような状況なのに……お前は……」
「今の俺は世界のどうのこうのよりも、娘のことが大事なんだよ。もちろん、侵略者に好き勝手されても困るから、時が来れば俺も関わるつもりだが……それまでは娘の母親探しに集中したいんでな」


 そう言って、軽く肩を竦めてみせると、アルダダスは静かに額に指先を当て、深い呼気とともに言葉を零した。
「……変わっていないと思っていたが、大きく変わったんだな、お前は」
「そうか?」
「ああ、勇者だった頃のお前ならば、真っ先に飛び出していたはず。それが今は……娘一人のために、か……フフ、子を持つと人は変わるか」

「あんたははじめ、大勢が力ある俺の行動に、大きな不満を抱くだろうな」
「そうだな。だが、お前の人生だ。口出しはしないさ。それに、最後まで傍観者を気取るつもりはないのだろう? ならば、それでいい」
「そりゃな。娘を大事にしすぎて世界が終わってしまったじゃ、本末転倒もいいところだし」


 俺は木に立て掛けていたヴィナスキリマを取り、腰元へと差し込んだ。
「それじゃ、この件を代表に伝えておく。そちらへの連絡手段は?」
「お前は今、どこに滞在している?」
「デルビヨだ。だけど、そこに長く滞在する気はないぞ」

「居場所さえ絞れれば十分だ。私の使いはいつもの伝書鳩を使う。それを送るから、以後は自由に使ってくれ」
「あのポッポはまだ生きてるのか? 相当よぼよぼだっただろ?」
「今は四代目だ」
「ああ、なるほど。じゃ、鳩を待ってる」
 

 俺は手を挙げて、去ろうとする。
 だが、その背に、彼の声が追いすがる。それはどこか、既聴きちょうの響きをはらんだ呼び止めだった。

「待ってくれ、ジルドラン。一つ、頼みごとがある!」
「ん? なんか、リンデン村長のときもこんな感じのやり取りがあったような……?」

「ジルドラン、魔族領域へ向かうつもりならば、ガルボグのご子息ガーデ殿との橋渡しを頼みたい」
「ガーデと言えば、現在カルミア相手に頑張ってる息子のことだよな」
「ああ、その通りだ。彼が抵抗の意志を示しているということは、異界の侵略者についても、何らかの情報を有している可能性が高い。ゆえに、協力を願いたい」

「言っとくが、ガーデに対する伝手なんかないぞ」
「それでも、人間族領域から離れられない私よりは、お前の方が彼と接触できる可能性は遥かに高い」
「高いかねぇ~? にしても、人間族と魔族が協力か。妙な形でガルボグの夢が叶いつつあるな。わかった、会えたらな」

「ああ、頼んだぞ、ジルドラン」


 俺は彼の声にテキトーに手を振って立ち去ろうとした。
 しかし、小さな疑問を思い出してしまっため、またもや帰路への歩みが止まる。
「おっと、忘れてた。これは確認なんだが、宰相であるあんたが王都から離れているのは、陛下やクルスといった侵略者に取り込まれた連中から距離を置くためか?」

「その意味合いは確かに大きいが……」

 彼は途中で言葉を降ろし、両手をやや広げ、自身の姿全体を見せつけてくる。
「この通り、子どものような外見では何かと不便が多くてな。だから王都の政務と軍務は、副宰相にあたる宰務卿さいむきょうペオニアに委ねてある」
「ああ、そういう面もあるのか。あんたは昔から見た目で舐められてたからなぁ」

「その筆頭がお前だったんだけどな。初対面で『ちっちゃ! しょぼ!』と言われたのは今でも忘れてないぞ」
「それは悪かったって何度も言ってるだろ! 見た目で判断したことを反省したし、今ではあんたのことを心より尊敬してますよ!」

「今の言いようからして、まったくもって尊敬されている感はないが……まぁともかく、この姿ではいろいろと不都合のため、私自身は王都から南百キロ地点にある『ローゼンベェイル』に根を下ろしている」


「第二の王都と呼ばれるあの街か。バランス感覚に長けたあんたらしい選択だな」
「そのバランスだけでは、この難局を乗り越えられないのが厄介だが……質問は、以上か?」

「ああ、とりあえずはな。正直、尋ねたいことはいくらでもあるが、そうしていたら時間がいくらあっても足りない。それに何より、そんなに娘と友人の子どもたちを放っておけん。かなり待たせているから、土産の一つくらい買って帰らないと機嫌を損ねそうだ」

「……バカ親」
「せめて親バカって言え! それじゃあな」


 俺は早足に丘を下りはじめた。
 歩を進めながら、頭の中にはアスティたちの顔が浮かぶ。
(離れて五日、休みを少なめに走れば三日もかからず帰れるか? 途中の村か町で、土産の一つくらい買う時間も作り出せるな。さて、何を買って帰ろうか)

 旅路の段取りを思案しつつ、俺は風を切って丘を駆け下りた。


――小高い丘に、だた一人残された宰相アルダダスは、勇者から親バカへと変貌したジルドランを見送っていた。
「ふふ、思った以上に子煩悩なんだな、あいつは」
 小さく呟くその声には、どこかほろ苦さが帯びる。
「だがな、ジルドラン。それは過ぎると毒になるぞ。お前がただの庶民であるならば、娘に傾注することも許されよう。だが、違う。力ある存在。力を持つ者の子は、突き放し、見守る程度でよい。あえて過酷と競争に晒さねば、勝ち抜いていけないからな」


 そう、言葉を漏らす彼の傍に、数体の影が音もなく姿を現す。
 その一つが、慇懃なる声音で語りかけた。

「そろそろ、戻りましょう。宰相閣下」

 だがアルダダスは、この声に即答せず、ただ遠くを見つめ、低く寂しげな声を洩らす。
「……この十五年間、ジルドランはとても幸せな時間を過ごしたようだ。残念なことに……」
「残念、でございますか?」

「ジルドランは……君たちの存在に気づかなかった」
「それは、私たちが気配を断ち、警戒も敵意も断っていたからでしょう」
「勇者時代のジルドランでも気づかなかったと思うか?」
「それは……」


 返答に窮する影をよそに、アルダダスはなおも虚空を見据える。
「幸福な十五年だったのだろうな。だが、それが、戦士としての勘を錆びつかせてしまったようだ。早々とその勘を取り戻してほしいが……」

 ふと、彼の脳裏に、娘の名を褒められ、嬉しげに顔を綻ばせていたジルドランの姿が浮かぶ。
「その期待は薄いやもしれ――いや……彼の強さの源泉を見据えれば、或いは更なる高みへと……」
「閣下、いかがなさいました?」
「……何でもない。戻るとしよう」

 そう答えを返し、アルダダスは胸中に生まれかけた楽観的な予測に対し、小さく首を振ることで否定し、底へと封じた。
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