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第五章 知を司る者
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崖上の影はミコンたちを見下ろす。
影の瞳に見つめられるミコンたちは地面に屈み、その地面をノートとして授業を受けていた。
ミコンとエルマは愚痴をこぼし、レリー先生たちは呆れを纏う。
「地面に木の枝で文字を書くって、いつの時代ですか!?」
「ホントだよ。腰痛いし!」
「まったく、文句の多い生徒ですねぇ」
「筆記類は大して用意してなかったからな。諦めろ」
「はぁ、こんなことなら、もう少し遅く着いた方が良かったかもしれませんね」
そう言いながら、ミコンはラナへ視線を送る。
彼女は癒しの術が得意とされる先生からレクチャーを受けている様子。
視線をレンへ移す。
レンは熊の巨体に狼の顔を三つ載せた合成獣を相手に戦闘訓練を行っている。
その動きは風に流れる花びらのように優雅なもの……。
「は~、凄いですねぇ。レンちゃんは」
「ああ、同じ武術科だけどレンはその中でも頭一つ、いや二つ三つ抜けてるからなぁ」
「はいはい、二人とも授業に集中」
「そんなに戦闘訓練に参加したいなら後でさせてやるからな」
「いえいえ、遠慮します! なんで追加授業プラス戦闘訓練なんか」
「それなら戦闘訓練だけにしてくれよ~」
二人は頭をぼりぼり掻きながら、地面に目を落とし先生から出された問題に頭を捻る。
「え~っと、水の属性のレスルが風の属性に変化する公式は~~~~、なんで水が風に、っと私の村の常識は忘れて現代魔法の常識を~っと」
ミコンが悩ます問題にエルマが首を伸ばす。
「え、こんな初歩問題で詰まってんのかよ? お前、魔導生だろ」
「うるさいですね。古代魔法と現代魔法じゃ全然概念が違うからその切り替えに時間が掛かるんですよ」
「だとしてもよ、時間が掛かるほどか? 単純に言えば水属性、転じて木属性。転じて風属性だろ。だから、公式はrG+c=rU+rA-rCに当てはめるだけでいいじゃん」
「わかってますよ、それは。ただ、つい、疑問が前に出て、というか、私の村から見れば非常識というか」
「はぁ?」
「それよりも、エルマこそ、なんでそんな簡単な問題に悩んでるんですか?」
次はミコンがエルマの問題に首を伸ばす。
「エルマが書いている図は防衛線における初期戦闘配置の図ですよね。こちら側に多少の余力があるから部隊を二つに分けて、一部を森へ配置しておけば掎角の勢 が取れるじゃないですか」
「ええ~、防衛拠点を背後に置いて部隊を前面に展開した方がよくないか? 俺なら突貫で蹴散らせるぜ」
「自分の能力だけで考えてどうするんですか? それにエルマの方法だと成功しても被害が大きくなりますし」
二人の会話を聞いて、レリー先生は頭を抑える。
「はぁ、あなたたちは入るクラスを間違ってしまったようですね」
「そのようだな。どうですか、交換します?」
「先生たち、やめてくださいよ! 魔法使いになりたいのに」
「そうだよ! 親父や兄貴みたいな槍使いになりたいのに、ん?」
ぽつりと、エルマの頬に水滴が当たる。
彼女は空を見上げ、黒い靄がかった雲を緑の瞳に映す。
「雨?」
その呟きに応えるかのように、空から雨がぽたりぽたりと零れ始めた。
レリー先生は小さくため息を漏らす。
「もう少し持つと思っていましたが、思ったより早く天候が崩れそうですね。あまりひどい降りになると課外授業の中止も考えないと」
これにミコンが頬を膨らませた。
「ええ~、そうなると今回の点数どうなるんですか?」
「安心しなさい。それはそれでちゃんと評価してあげますから」
「やった。あと、先生」
「なんですか?」
「雨が降っちゃうと、地面にノート取れないんですけど?」
「そうね。仕方ありません、臨時授業はここまでで」
「やった! へい、エルマ!」
「おう!」
二人はパチンっと片手を上げて手のひらをぶつけ合う。
この姿にレリーたちは頭を左右に振った。
「この二人は……」
「まったく、お調子者たちが……」
と、このような楽し気な授業を行っている姿を崖上の影は見つめ、小さく言葉を発する。
「スタート」
この言葉と同時に、レンの声が驚きに跳ねた。
「なっ!?」
戦闘訓練の相手だった合成獣が突然咆哮し、全身に赤黒い気を纏い、巨大な拳をレンへぶつけてきた。
彼女は辛うじて剣で拳を防ぐが、大きく後方へ吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
しかし、大地に両足の線を刻みながらも踏み留まった。
「急に力と速度が上がった?」
異変に気付いたミコンがレンの名を呼ぶ。
「レンちゃん!? 怪我は!?」
「大丈夫だ――ミコン、後ろだ!!」
「へ?」
彼女は後ろを振り返る。
巨大な石造りのゴーレムが同じく石で造られた拳をミコンへ放っていた。
「くっ!」
ミコンは急ぎ、両手をクロスさせつつ後ろへ飛び退こうとしたが、間に合わない。
しかし――!!
「重激! 拍氷! 尖風!」
レリー先生の声が響く。
彼女は重力操作魔法を使いゴーレムの動きを縫い留めて、さらに氷の魔法で凍りつかせて、風の魔法で粉々に砕いた。
その魔法の連携にミコンは言葉を落とすように漏らす。
「先生、すご……」
「ふふふ、これでもアトリア学園の魔導担当教師ですからね。しかし、一体何が?」
レリー先生は辺りを見回す。
試験用に準備していた数十体のゴーレムや合成獣たちが赤黒い気と殺気を纏い、こちらを睨みつけている。
「暴走。いえ、何者かが意図的に? 目的は?」
「レリー、それは後だ! 生徒を守るぞ! お前らはこの広場から出て行け! ここは私たちが処理する!」
これにレンが声をぶつける。
「私も戦えます!」
「馬鹿を言え! レン、お前の腕前は認めるが生徒なんだ! ここは教師に任せておけ! 今は避難しろ!」
「しかし――」
納得できず食い下がろうとするレン。そんな彼女をミコンが説き伏せる。
「レンちゃん! ここは先生方に任せましょう! まずはラナちゃんを守らないと!」
「ミコン……ああ、そうだね」
レンは合成獣から大きく飛び退き、ラナの傍に立つ。
「私の傍から離れないでね」
「ありなん、レンさん」
「レンちゃん!」
「レン!」
ミコンとエルマも二人の近くに集まり、彼女たち四人へレリー先生が指示を飛ばす。
「今すぐここから離れなさい! 他の生徒に授業は中止だと伝えて!」
「はい!」
ミコンの返事――同時に広がる爆発と悲鳴
――きゃあぁあああああ!!――
「な、なんですか?」
ミコンは出入り口となる方向へ顔を向けた。
その先に続く道から爆炎が上がっている。
さらに聞き覚えのある声も届く。
――失せなさい! 豪炎!!――
「今のは……ネティアの声!?」
ここで、レリーの言葉が弾け飛ぶ。
「なんてこと! ゴール手前に配置していた合成獣が暴走しているのね!!」
「そんな……え? ちょちょちょちょ、待ってください。今、ゴール手前の合成獣と言いました、先生?」
「ええ、言いましたよ」
「え、嘘でしょ。私たちが到着して、まだ三十分くらいしか経ってないのに、ネティアはゴール近くまで。いくら私たちより先に出たとはいえ、早すぎませんか!?」
呆然とするミコン。
その姿にレンが激しく呼びかける。
「ミコン、授業のことは後回しだ! 今はネティアを!」
「え、ええ、そうですね! レリー先生、私たちはネティアの助けに向かいます!」
先生に言葉を渡し、ミコンはすぐさま出入口へ駆けていく。
その後にレン・ラナ・エルマも続く。
レリーは彼らの背中を声で掴もうとするが――
「あなたたち、待ちなさい!」
「待ちません! 先生方はここの処理で手一杯でしょう。ネティアとは色々ありますが、同じ学園の生徒なんです。だから私たちが行かないと!」
「――っ、わかりました。だたし、逃げの選択が先ですよ!」
「わかってます!」
ミコンは降りしきる雨の中、視界を邪魔する雨を拭い、走る。
彼女へエルマが声を掛けてくる。
「あんま詳しくないけど、たしかミコンとネティアってあんまり仲が」
「ええ。ですが! 同じ学園に通う生徒。その窮地を見過ごすことはできません!!」
ミコンの同級生を想う気持ちに、ラナとエルマは小さく声を漏らすが……レンだけはミコンの本質を見抜いていた。
「ミコン……」
「ミコン……」
「ミコン…………で、本当のところは?」
「ニャフフフフフ、ここでネティアに恩を売っておけば、しばらくの間はデカい顔できないでしょう。大っ嫌いな私に救われて、寝る前にそれを思い出して身悶えするがいい! ニャーはっはっはっ!!」
「ミコン……」
「ミコン……」
ラナとエルマは最初に漏らした全く別のトーンでミコンの名前を呟いた。
影の瞳に見つめられるミコンたちは地面に屈み、その地面をノートとして授業を受けていた。
ミコンとエルマは愚痴をこぼし、レリー先生たちは呆れを纏う。
「地面に木の枝で文字を書くって、いつの時代ですか!?」
「ホントだよ。腰痛いし!」
「まったく、文句の多い生徒ですねぇ」
「筆記類は大して用意してなかったからな。諦めろ」
「はぁ、こんなことなら、もう少し遅く着いた方が良かったかもしれませんね」
そう言いながら、ミコンはラナへ視線を送る。
彼女は癒しの術が得意とされる先生からレクチャーを受けている様子。
視線をレンへ移す。
レンは熊の巨体に狼の顔を三つ載せた合成獣を相手に戦闘訓練を行っている。
その動きは風に流れる花びらのように優雅なもの……。
「は~、凄いですねぇ。レンちゃんは」
「ああ、同じ武術科だけどレンはその中でも頭一つ、いや二つ三つ抜けてるからなぁ」
「はいはい、二人とも授業に集中」
「そんなに戦闘訓練に参加したいなら後でさせてやるからな」
「いえいえ、遠慮します! なんで追加授業プラス戦闘訓練なんか」
「それなら戦闘訓練だけにしてくれよ~」
二人は頭をぼりぼり掻きながら、地面に目を落とし先生から出された問題に頭を捻る。
「え~っと、水の属性のレスルが風の属性に変化する公式は~~~~、なんで水が風に、っと私の村の常識は忘れて現代魔法の常識を~っと」
ミコンが悩ます問題にエルマが首を伸ばす。
「え、こんな初歩問題で詰まってんのかよ? お前、魔導生だろ」
「うるさいですね。古代魔法と現代魔法じゃ全然概念が違うからその切り替えに時間が掛かるんですよ」
「だとしてもよ、時間が掛かるほどか? 単純に言えば水属性、転じて木属性。転じて風属性だろ。だから、公式はrG+c=rU+rA-rCに当てはめるだけでいいじゃん」
「わかってますよ、それは。ただ、つい、疑問が前に出て、というか、私の村から見れば非常識というか」
「はぁ?」
「それよりも、エルマこそ、なんでそんな簡単な問題に悩んでるんですか?」
次はミコンがエルマの問題に首を伸ばす。
「エルマが書いている図は防衛線における初期戦闘配置の図ですよね。こちら側に多少の余力があるから部隊を二つに分けて、一部を森へ配置しておけば掎角の勢 が取れるじゃないですか」
「ええ~、防衛拠点を背後に置いて部隊を前面に展開した方がよくないか? 俺なら突貫で蹴散らせるぜ」
「自分の能力だけで考えてどうするんですか? それにエルマの方法だと成功しても被害が大きくなりますし」
二人の会話を聞いて、レリー先生は頭を抑える。
「はぁ、あなたたちは入るクラスを間違ってしまったようですね」
「そのようだな。どうですか、交換します?」
「先生たち、やめてくださいよ! 魔法使いになりたいのに」
「そうだよ! 親父や兄貴みたいな槍使いになりたいのに、ん?」
ぽつりと、エルマの頬に水滴が当たる。
彼女は空を見上げ、黒い靄がかった雲を緑の瞳に映す。
「雨?」
その呟きに応えるかのように、空から雨がぽたりぽたりと零れ始めた。
レリー先生は小さくため息を漏らす。
「もう少し持つと思っていましたが、思ったより早く天候が崩れそうですね。あまりひどい降りになると課外授業の中止も考えないと」
これにミコンが頬を膨らませた。
「ええ~、そうなると今回の点数どうなるんですか?」
「安心しなさい。それはそれでちゃんと評価してあげますから」
「やった。あと、先生」
「なんですか?」
「雨が降っちゃうと、地面にノート取れないんですけど?」
「そうね。仕方ありません、臨時授業はここまでで」
「やった! へい、エルマ!」
「おう!」
二人はパチンっと片手を上げて手のひらをぶつけ合う。
この姿にレリーたちは頭を左右に振った。
「この二人は……」
「まったく、お調子者たちが……」
と、このような楽し気な授業を行っている姿を崖上の影は見つめ、小さく言葉を発する。
「スタート」
この言葉と同時に、レンの声が驚きに跳ねた。
「なっ!?」
戦闘訓練の相手だった合成獣が突然咆哮し、全身に赤黒い気を纏い、巨大な拳をレンへぶつけてきた。
彼女は辛うじて剣で拳を防ぐが、大きく後方へ吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
しかし、大地に両足の線を刻みながらも踏み留まった。
「急に力と速度が上がった?」
異変に気付いたミコンがレンの名を呼ぶ。
「レンちゃん!? 怪我は!?」
「大丈夫だ――ミコン、後ろだ!!」
「へ?」
彼女は後ろを振り返る。
巨大な石造りのゴーレムが同じく石で造られた拳をミコンへ放っていた。
「くっ!」
ミコンは急ぎ、両手をクロスさせつつ後ろへ飛び退こうとしたが、間に合わない。
しかし――!!
「重激! 拍氷! 尖風!」
レリー先生の声が響く。
彼女は重力操作魔法を使いゴーレムの動きを縫い留めて、さらに氷の魔法で凍りつかせて、風の魔法で粉々に砕いた。
その魔法の連携にミコンは言葉を落とすように漏らす。
「先生、すご……」
「ふふふ、これでもアトリア学園の魔導担当教師ですからね。しかし、一体何が?」
レリー先生は辺りを見回す。
試験用に準備していた数十体のゴーレムや合成獣たちが赤黒い気と殺気を纏い、こちらを睨みつけている。
「暴走。いえ、何者かが意図的に? 目的は?」
「レリー、それは後だ! 生徒を守るぞ! お前らはこの広場から出て行け! ここは私たちが処理する!」
これにレンが声をぶつける。
「私も戦えます!」
「馬鹿を言え! レン、お前の腕前は認めるが生徒なんだ! ここは教師に任せておけ! 今は避難しろ!」
「しかし――」
納得できず食い下がろうとするレン。そんな彼女をミコンが説き伏せる。
「レンちゃん! ここは先生方に任せましょう! まずはラナちゃんを守らないと!」
「ミコン……ああ、そうだね」
レンは合成獣から大きく飛び退き、ラナの傍に立つ。
「私の傍から離れないでね」
「ありなん、レンさん」
「レンちゃん!」
「レン!」
ミコンとエルマも二人の近くに集まり、彼女たち四人へレリー先生が指示を飛ばす。
「今すぐここから離れなさい! 他の生徒に授業は中止だと伝えて!」
「はい!」
ミコンの返事――同時に広がる爆発と悲鳴
――きゃあぁあああああ!!――
「な、なんですか?」
ミコンは出入り口となる方向へ顔を向けた。
その先に続く道から爆炎が上がっている。
さらに聞き覚えのある声も届く。
――失せなさい! 豪炎!!――
「今のは……ネティアの声!?」
ここで、レリーの言葉が弾け飛ぶ。
「なんてこと! ゴール手前に配置していた合成獣が暴走しているのね!!」
「そんな……え? ちょちょちょちょ、待ってください。今、ゴール手前の合成獣と言いました、先生?」
「ええ、言いましたよ」
「え、嘘でしょ。私たちが到着して、まだ三十分くらいしか経ってないのに、ネティアはゴール近くまで。いくら私たちより先に出たとはいえ、早すぎませんか!?」
呆然とするミコン。
その姿にレンが激しく呼びかける。
「ミコン、授業のことは後回しだ! 今はネティアを!」
「え、ええ、そうですね! レリー先生、私たちはネティアの助けに向かいます!」
先生に言葉を渡し、ミコンはすぐさま出入口へ駆けていく。
その後にレン・ラナ・エルマも続く。
レリーは彼らの背中を声で掴もうとするが――
「あなたたち、待ちなさい!」
「待ちません! 先生方はここの処理で手一杯でしょう。ネティアとは色々ありますが、同じ学園の生徒なんです。だから私たちが行かないと!」
「――っ、わかりました。だたし、逃げの選択が先ですよ!」
「わかってます!」
ミコンは降りしきる雨の中、視界を邪魔する雨を拭い、走る。
彼女へエルマが声を掛けてくる。
「あんま詳しくないけど、たしかミコンとネティアってあんまり仲が」
「ええ。ですが! 同じ学園に通う生徒。その窮地を見過ごすことはできません!!」
ミコンの同級生を想う気持ちに、ラナとエルマは小さく声を漏らすが……レンだけはミコンの本質を見抜いていた。
「ミコン……」
「ミコン……」
「ミコン…………で、本当のところは?」
「ニャフフフフフ、ここでネティアに恩を売っておけば、しばらくの間はデカい顔できないでしょう。大っ嫌いな私に救われて、寝る前にそれを思い出して身悶えするがいい! ニャーはっはっはっ!!」
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