血濡れ皇帝と最強の女王

桜野 華

文字の大きさ
9 / 54
第一章

レーヴェルランドの女王とベルハルト王国の第二王子 8

しおりを挟む
 
 セシル達を残して、リュシアンと王宮の応接室に戻ってきたアリシアは、レーヴェルランドの戦士達の滞在先について、リュシアンから説明を聞いて、ミーシャやセイレーンと一緒に場所の確認に回ってみることにした。
 王宮内の客間に女王と側近達、その他は近衛と王宮警備隊の宿舎や、王都にある官舎や宿を借り上げたりなど、6箇所ほどに分散して滞在することになる。
 それらを一通り見て回ってから王宮に戻って来る頃には、すっかり日も暮れて、月明かりが煌々と地上を照らしていた。

 軽く食事を済ませ、湯を使ったアリシアは、王宮の展望台に出てベンチに座り、ボンヤリと月と街灯りを眺めていた。
 レーヴェルランドとは随分と違った眺めに、飽きることなく人の営みを感じていると、後方から慣れた気配が近づいてくる。

「アリシア」

 穏やかな声が、彼女を呼んだ。

「……レオン」

 振り向いたアリシアに、小さく笑ったレオンハルトは、「隣、いいかな?」と律儀に断って、アリシアが頷くのを見てから、隣に腰を下ろす。

(なんていうか……育ちがいいよね。本当に王子様って感じ)

 無表情の下でアリシアがそんなことを考えていると、

「ここに居るって、ミーシャさんに聞いたんだ。あれから、宿舎を見て回ったんだって? ベルハルトの王都はどうだった?」

 と、レオンハルトがアリシアを探していたことを知る。部屋に居なくて手間かけさせたかな?と思いながら、アリシアは素直に街の感想をレオンハルトに伝えた。

「いい街だね。それに皆生き生きしてる。ベルハルト国王がいい仕事をしてる」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

「そう?」

「セシルさん……いや姉のことも、ありがとう。母にも会ったんだ。覚えてないはずなのに、姉をひと目見て、涙をこぼして抱き締めていた」

「そっか」

 あれから、家族全員で再会したらしい。
 セシルはカリーナに育てられたけど、ハーミリアのことと彼女の家族のことを知りたがっていた。特に4年前に彼女が母親になったときから。

「でも父は、姉を一人残してきたことを、ずっと後悔してたって。誰にも、母にも言えず、きっと辛かったと思う」

「……セシルは?」

「両親を見ていたら、もう良いって。幸せそうで良かったって言ってくれた」

(良かった。セシルはきっと自分で折り合いをつけられたんだ。でも……)

「……ここには、残らないんだね」

「レーヴェルランドに子供がいるって聞いたけど?」

「男の子だよ。あと1年もすれば外に出る。ここに連れてくることだって出来る」

「姉は、レーヴェルランドが自分の故郷だから、と言ってたよ。僕達と君達は、全く違う価値観や習慣、文化の中で生きている。それは簡単には、変えられない。でも、母はベルハルトを選んだ。母のこと、君はどう思ってるんだい?」

 セシルがレーヴェルランドに残ると聞いて、アリシアはほっとした。アリシアにとって、レーヴェルランドの女達は、皆家族のようなものだ。それに、レオンハルトの言うように、セシルはこの国では生き辛いだろう。
 でも、どう生きるかは、結局は個人が決めること。それは先々代女王も同じだ、とアリシアは思っている。

「私は女王であったときのハーミリアしか知らない。彼女は28歳で譲位した。それだけ。でも、今、貴方達が存在している。平和なこの国で、元女王とその家族が生きている。それは、嬉しく思う」

 先程から、レオンハルトの視線を痛いほど感じる。思わず隣を振り返ると、レオンハルトの琥珀色の瞳が、まっすぐにアリシアの瞳を捉えた。

「君は、女王として生きて、幸せ?」

 レオンハルトは知りたかった。
 アリシアは昨日、女王となったのは神の意志だと言っていた。そこに彼女の希望はない。生まれたときから女王になると決められていた。
 母は、女王として生まれたのに、父を選び女王であることを捨てた。そういう生き方もアリシアは否定しなかった。それどころか、母が幸せで嬉しいと言う。
 父も兄もそうだ。王になることが決まっていた。
 レオンハルトは、自分が2番目に生まれたからこそ、まだ選択肢が持てる。だけど、王族として生まれたことに重圧感というかこの立場に少しだけいとわしさを感じている自分も、確かにいる。
 
 アリシアは、そんなレオンハルトの問いに、迷わず応える。

「レーヴェルランドとそこに住む人たちが好き。皆が笑っていると嬉しい。私の女王の力が、皆を守って、生かしている。仕事は面倒だと思うけど、私はきっと辞めないと思う」

 アリシアの額に女王の聖石が浮かぶ。濃い紫色の中に、キラキラと光る小さな金の欠片が美しい。
 表情はあまり変わらないのに、菫色の瞳には強い光をたたえて、女王であることを誇りに思っているのだと、その瞳が語る。

(アリシア……自信を持ち、誇りを持って生きている君は、本当に綺麗だ。そして……)

「神は、ちゃんと相応しい人を、今代女王に選んだんだね」

 レオンハルトにとって、神に選ばれたアリシアはとても眩しい。

「レオンもでしょ?」

 当たり前のようにアリシアに返されて、レオンハルトは目を見開いた。

「僕?」

 思わず自分を指差して確認してしまう。
 アリシアはそれに当たり前だと頷いて、続ける。

「レオンはこの国が大好きで、国や民の為に一生懸命やれることをやってる。だから、戦争になるかもしれないけど、皆笑ってる」

「それは……国民にはまだ知らせていないから」

「全く気づいてないってことはない。でも、皆、国王やレオン達を信じてるから、悲観的でも絶望的でもない」

 そう断言したアリシアに、なんだか過大評価されてるみたいで居た堪れず、レオンハルトはグシャっと前髪を握り締めて、俯いた。

「…………こんな状態になる前に、もっと手を打っていれば良かったと、思う。何か出来なかったのか?って何度も考えた。でも、結局、君たちの手を借りる事になってしまった」

 そう、帝国からの書状が来てからずっと、自分の中の至らなさで苦しくて、更に自分達では解決できず、外国のレーヴェルランドの女性達に、尻拭いを任せてしまう申し訳無さでいっぱいだった。

「いいんだよ……」と小さく呟いたアリシアの声に、レオンハルトは顔を上げる。

「……28年前、この国の王を選んだハーミリアを、きっと神も祝福してる。だから、私達がここに来た」

「え?」

「これは運命」

「運命?」

「そう、人間の手で収めきれなくなった流れを変えるため、私達に乱世を収めてみろって……この地に戦士達が神の意志で遣わされた。だから、平和になったら、今度こそレオン達が自分達で頑張って?」

 アリシアがそう言って柔らかく微笑んだ。
 引き起こされた乱世は、ベルハルトではどうにもならなかった。だから、レーヴェルランドの女性戦士が、神の意志でこの地に来た。これは運命だから、気にするな。お前は間違っていない。今までを誇りに思い、平和になったら、また力を尽くせばいい。
 そうアリシアは言っているのだ。

 彼女は本当にズルい。
 こんな風に君が笑うなんて、知らなかった。
 こんな風に恋に堕とされるなんて、知らなかった。
 でも…………

「君は……君達は、まるで僕達とは違う世界で生きているように言うんだね。
 父と姉から自由恋愛のことも聞いた。君たちの国の成り立ちも。僕はそれを否定はしない。
 でも、酷く寂しいと思う」

(君と重ならない未来が…………とても、寂しくて悲しい)

 レオンハルトをじっと見つめていたアリシアは、そっと目を伏せた。その口元に微笑みの残滓は消えていて、小さな肯定だけが紡がれた。

「そうだね」

 (やっぱり、あっという間に玉砕だ) 

 レオンハルトの初めての恋は、自覚した瞬間に散ってしまった。苦い気持ちが込み上げてきて、表情を取り繕う事が出来ず、レオンハルトは顔を伏せる。

 やがてアリシアの立ち上がる気配がした。

「私はもう寝る。お休み、レオン。また明日」

 いつもの涼やかな声が今日の終わりを告げて、アリシアの後ろ姿が建物の中へと消えていくのを、レオンハルトはじっと見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...