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第二章
旅立ち
しおりを挟むヴォルフガインが皇城で過ごす最後の夜は、アリシアとアマリア、そしてレオンハルトの4人で、夕食の席を囲んだ。
ヴォルフガインは、幼い頃のアマリアの話をレオンハルトに聞かせ、レオンハルトも自分達の家族について、皆に語った。そして、彼がレーヴェルランドを訪れた時の様子も。
昼間の事など無かったように、和やかな時間は過ぎていき、最後にレオンハルトは部屋続きになっているバルコニーへとアリシアを誘った。
アリシアは席を立ち、レオンハルトと一緒に表に出ていく。
「お兄様、盗み聞きはどうかと思いますけど?」
小さく詠唱し、身体強化というか聴力強化を図ったヴォルフガインに、アマリアは冷たい視線を向ける。
「俺達がここにいる時点で、想定済だろう? お前は気にならないのか?」
悪怯れなく言ったヴォルフガインに、アマリアの向ける視線の温度がさらに下降した。
開き直った彼の台詞に、アマリアは言ってやる。
「私達は、お兄様達とは違いますから。レオン様は本当に私を大事にしてくれますの。プロポーズの言葉もいただきましたし、将来を誓ってもくれました」
「アイツ…………抜け目ないな」
舌打ちしそうな口調でつぶやいたヴォルフガインに、アマリアは指摘する。
「お兄様の女性に対する態度に、問題があるのでは?」
そんな彼女に少し驚いた表情を浮かべたヴォルフガインは、アマリアを見て苦笑した。
「…………言うようになったな」
「そうですね。もうすぐ皇帝になりますから」
アマリアのまっすぐな視線が、ヴォルフガインを射る。そこには、彼女の決意と覚悟が見えた。
「すまないな。大役を押し付けて。でも、お前達なら、大丈夫だ」
妹の成長に、ヴォルフガインは嬉しさと寂しさを混ぜた複雑な表情で、アマリアに伝えた。
「はい。レオン様と一緒に帝国と王国を守っていきます。お兄様もどうか息災で。アリシア様と幸せになって下さいね」
「…………ああ。ちゃんと自覚した。俺も、大丈夫だ」
どうやら妹に自分の気持はお見通しだったらしい。
レオンハルトに強制的に自覚させられた恋心だが、明日からの旅でゆっくり育てていけばいい。
ヴォルフガインが再び戦いの中で生きていくことに変わりはないが、今度は、いつかアリシアと互いの唯一になる為に……
そんな自身の幸せのために、剣を取るのも悪くないと思いながら、彼女とレオンハルトのいるバルコニーへと視線を投げた。
レオンハルトにエスコートされてバルコニーに出てきたアリシアは、月のない夜空を見上げた。
満天の星空が美しい。
明日、アリシアとヴォルフガインは皇城を去る。
そして、女王の巡礼の旅が始まる。
「3か月前二人で眺めたのは、夕陽だったね」
レオンハルトがそう切り出した。
「うん。ベルハルトの街並みがオレンジ色に染まって、綺麗だった」
「ああ。でも皇都の夕陽も綺麗だよ」
星空を見ながら、でもレオンハルトの脳裏に浮かんでいるのは、ベルハルトの王都の夕陽かも知れない。
そう思ったアリシアは、星空からレオンハルトの横顔へと視線を移す。だが彼のその表情からは、何も読み取ることが出来なかった。
「……そう。レオンは帝国に来て、良かった?」
「うん、そうだね。でも、これからはもっと良くなるよ。きっとね」
「そうだね。レオンらしい」
小さく笑ったアリシアに、レオンハルトも微笑んで、彼女を見た。
「アリシア、昼間はありがとう。アマリアも君と話せて喜んでいたよ」
「アマリア殿下は可愛い方だね。レオンと仲良さそうで、安心した」
あの戦場でのアリシアとヴォルフガインの出会いが、レオンハルトをここに連れてきてしまった。
アリシアのせいではないが、理由の一端にはなっていたから、ベルハルト王国を愛するレオンハルトがどう思っているのかは、気になっていた。
でも彼はきっと帝国民も愛し、アマリアと前向きに幸せに生きていけそうだ。
「そうだね。アマリアは、美人で、可愛くて、聡明で、優しい女の子だよ。この婚姻は政略だったけれど、彼女の夫になれるのは素直に嬉しいと思ってる」
「……レオンに惚気られた」
「ふふっ、この間の意趣返しだよ」
「まだ根に持ってる?」
「いや。こうして君と気軽に言葉を交わすのも最後かと思って……」
レオンハルトが寂しさを滲ませて微笑んだ。
「そうかもね」
女王の巡礼が始まれば、当分レーヴェルランドにも、平和になった帝国にも戻ることはない。
次にレオンハルトと会うのがいつになるのか?いや、もしかしたら、本当に最後になるのかもしれない。
「最後にどうしても、君に伝えておきたいことがあって」
レオンハルトは、アリシアに正面から向き合った。
アリシアも彼に向き直り、顔を上げてレオンハルトの琥珀の瞳を見つめる。
「アリシア。いつか君は、女王としての選択と、アリシア自身との選択で迷う時が来るかも知れない。
その時は、君自身の心に従って、君の幸せのための未来を選ぶんだ。
例え君の選んだ未来が神の意志でなかったとしても、君が選ばなかった未来に対して、責任を感じる必要は何もない。
人は強い。いつか人はちゃんと自分たちの手で問題を解決していく。
それに君は、これまでもこれからも、その手でたくさんのことを成していく。それを誇りに思っていい。
だから、いつかその時が来たら、ちゃんと君自身の幸せのための未来を選択するんだよ。
僕はいつも君の、アリシアの幸せを祈っているからね」
ゆっくりと、噛んで含めるように伝えられたレオンハルトの言葉だった。
「ありがとう、レオン。憶えておく」
アリシアの菫色の瞳がレオンハルトを見上げ、その額に浮かんだ聖石が、彼の言葉を一言も漏らすことなく記憶する。
きっとこの記憶は次代女王にも引き継がれていく。
そんな彼女にレオンハルトは綺麗に微笑んで、アリシアの前に美しい所作で跪いた。
そして彼女の両手を取り、指先に敬愛の口づけを落としたのだった。
翌朝、まだ日の出前の東の空が淡い紫色に染まる薄明の時、皇城の中庭で旅立つ二人を見送る為に、クラウスとエドウィンがやって来ていた。
「じゃあな、ヴォルフ。元気でな」
クラウスがいつもと変わらない笑顔で言い、ヴォルフガインと手を握り合わせた。
「ああ。アマリア達を頼んだ。クラウス」
「まかせとけ。女王陛下、こいつを頼みます」
クラウスはアリシアを振り返り、軽く目礼する。
「うん。ちゃんと守る」
「お前な。いつかお前より強くなるからな?」
ヴォルフガインは、アリシアの頭を軽く叩いて恨みがましく言った。彼にもプライドというものがあるのだ。
「陛下、今までありがとうございました。どうかお幸せに」
エドウィンは、若干涙目でヴォルフガインに別れを告げている。その脇からクラウスが突っ込んだ。
「…………エドウィン、お前、なんか違うぞ、それ」
「いや、ありがとうエドウィン。お前も元気でな」
苦笑したヴォルフガインが、エドウィンの肩を叩く。
「……来た」
アリシアが、地平線がわずかにオレンジ色に染まる東の空を見上げて言った。
小さな鳥のように見えたそれは、瞬く間にその姿を大きくして、皇城に向かって飛んでくる。やがて、黒い飛竜だと確認できるくらい近づくと、皇城の上をゆっくりと旋回して高度を下げた。
早朝であり、城の者たちはまだ寝静まっている頃だし、皇城の夜番には予め伝えてあるため、大きな騒ぎにはなっていないようだが、クラウスとエドウィンは、特級魔獣である飛竜を間近にして、警戒心と恐怖が隠せない。
だが、ヴォルフガインは興味深げにその様子を見ていた。
「ヴォルフ、飛び乗るよ」
アリシアの額に聖石が現れ、ヴォルフガインの左腕を掴み、地面を蹴った。
身体強化を掛けたアリシアが、高度10メートル程まで下降してきていた飛竜の背に飛び乗った。
「お前な、いきなりすぎ。でも、意外と乗り心地がいいな」
急に持ち上げられたヴォルフガインは文句を言いつつ、飛竜につけた鞍の後方に座る。そしてその乗り心地に感心した。
「スーリー行くよ」
ヴォルフガインの言葉をスルーして、アリシアが声を掛けると、飛竜は高度を上げていく。
そして最後にもう一度、皇城をぐるりと旋回した。
クラウスとエドウィンが中庭で手を振っている。
皇帝の部屋のバルコニーからは、アマリアとレオンハルトが手を振っていた。
少し離れた皇城のシンボルである塔からは、バルトロメウスとダッカードがこちらを見上げている。
皇城のあちこちで警備する兵達は、空に向かって顔を上げ、敬礼していた。
「後悔はない?ヴォルフ」
アリシアが振り返った。
「ああ。充分だ」
そう答えたヴォルフガインを確認して、アリシアは再び前を向いた。
「スーリー、ダーゼルの街まで全速力で飛ぶよ」
東の空から、ゆっくりと日が昇る。
一日の始まりの光が、皇都を明るく染め上げていく。
美しい皇都の夜明けだった。
幼い頃一度離れた皇城に、15歳で戻り、皇帝になって10年。
決して短くはない時間を、ヴォルフガインはこの地で過ごした。
今帝国は安定し、以前のような皇位争いや、他国の脅威、内乱の危機に怯えなくても良い時代となった。
「ヴォルフは、未来に名を残す名君になったね。血濡れ皇帝だけど」
感慨にふけるヴォルフガインに、アリシアが投げた言葉が心に染み渡る。最後の一言は余計だが。
「……一言多いぞ」
ヴォルフガインがその渾名通り、この手を血に染めてまで作り上げた帝国は、きっとこの先アマリアとレオンハルトが平和な国にしてくれる。
ここで退場で、充分だ。
あとはこの女と共に生きていければいい。
アリシアは乗り手が快適に過ごせるように結界魔法を使っているのだろう。
特級魔獣の飛竜をスーリーと呼び、まるで愛馬を駆るように、空の上を飛んでいく。
このレーヴェルランドの女王の、規格外の行動にも少しは慣れてきた。
ヴォルフガインは、初めて空から眺める自身が作った帝国を、しっかりと目に焼き付けるべく、視線を下げた。
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