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第二章
自覚した想い
しおりを挟む晩餐会の翌日、カルディス帝国皇女とベルハルト王国第二王子の婚約は、大々的に発表された。
久々の慶事に国民の喜びは大きく、祝福の声は方々から上がっていた。
同時に、ヴォルフガインへの縁談の申し入れも山のように増えたが、数日ほど日を開けて、今度はひっそりと発表された、
「ヴォルフガイン皇帝が病を得た為、皇都を離れ静養する。皇帝の代行はアマリア皇女とレオンハルト王子が共に行う」
という内容に、縁談の嵐も収まり、今度は皇帝を心配する声と共に、帝国の今後を憂う声も聞こえてきた。
しかし、アマリア皇女とレオンハルト王子の仲睦まじい様子や、二人が堂々とした様子で国民の前に姿を現し、
「皇帝が作り上げたカルディス帝国を、今後は平和的に維持していく」
と発表し、国民達の不安を払拭した。
一方周辺諸国も、先日帝国を敗戦に追い込んだベルハルト王国と大国であるカルディス帝国が、婚姻による同盟を結び、現皇帝が実質隠居する形で皇位を妹夫婦に譲るという知らせに、これ以上この二国に戦争による干渉は得策ではないという結論に達した。
更に、帝国と王国から連名での、
「今後カルディス帝国とベルハルト王国は、強固な同盟のもと平和的な発展を望むが、これを武力で脅かす動きがあれば、いかなる手段をもってしても潰す(意訳)」
というメッセージが各国に届けられた為、今後は二国を取り巻く状況も変化していくだろう。
そんな怒涛の半月だった。
この半月の間、帝国の中枢部はもちろんのこと大忙しで、ヴォルフガイン始め、アマリアやレオンハルト、側近達も連日の激務をこなしていた。
セシルは、早々にレーヴェルランドに戻り、一連の報告とアリシアが「女王の巡礼」に出る為の準備を整えていてくれる。なぜか、レオンハルトの近衛であるリュシアンを連れて行った。
アリシアは、王国との連絡や調整の為に、何度も飛竜と自身の身体強化で、二国間を往復した。もちろんヴォルフガインには、きっちり依頼料を請求した。
そして、いよいよヴォルフガインとアリシアが皇城を出るというその日の前日。
昼食を兼ねた茶会の席で、アマリアとアリシアが向かい合っていた。
アリシアと二人きりで話がしたいという、アマリアの希望だった。
アリシアは、今日はシンプルなデイドレスを着ており、そう着飾っているわけでもない。それでも、その美しさは際立っていた。
だがアマリアも、アリシアの美貌にはだいぶ慣れて、気安く話せるようになっていた。
「アリシア様、今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」
「いや、アマリア殿下の方がずっと忙しそう。大丈夫?」
アマリアの外見は、黒髪紅瞳のキリッとした美女で、高貴で少々威圧的な印象を人に与える容貌だが、話してみると控え目で相手に対する気配りがとても上手な女性だ。
人の見た目に対してこだわりのないアリシアは、まったく頓着していないが。
「私の場合、アリシア様の忙しさとは種類が違うというか、肉体的にはたいしたことないんですけど」
「わかる。でも、表情筋は酷使してるよね。レオンもだけど」
アリシアはヴォルフガインの依頼で、方々に文書を届けたり、詳細を説明しに回ってるせいで、皇城にいる時間が殆どなかった。
一方アマリアは、今後の国の方針や政策の決定だけでなく、婚儀の準備や国民の前に姿を見せたりと、レオンハルトと一緒に目まぐるしい毎日を過ごしていた。
互いに激務であったが、やっと落ち着いた感じだ。
そのせいか、二人ともリラックスして、軽食に手を伸ばす。アリシアの好物であるサーモン料理もいくつか並んでいた。
「ふふっ……アリシア様って本当にサーモン料理がお好きなんですね。それに、話し方がちょっと独特な感じですけど、全然不快じゃなくて、むしろ温かさを感じますの。不思議」
「そう?」
きょとんと首を傾げたアリシアの表情が、年齢相応で可愛らしいわ、とアマリアは思う。
「レオン様は、アリシア様が基本的には慈愛の人だからっておっしゃっていました。とても強い人だから、皆に優しくできるのだろうと」
「わからない。そういうふうに意識したことはなくて。強いのは事実なんだけど、それは私の役割の為だから」
アマリアがレオンハルトから聞いたアリシア像は、まるで皆を愛する女神か聖女のようだと思ったけれど、アリシア本人から聞くと、なんだか機械的にそういう役割を振られたから、こなしているというふうにも聞こえる。
「役割、ですか…………レーヴェルランドの女王制って血統ではないと聞きました」
「そうだね。女王は生まれ落ちた瞬間に女王として生きることが決まっている」
「私達は違います。皇帝の地位は血統により受け継がれてきました」
「そうだね。貴女達は王になる為に、そういう教育を受けて成長するから。でも私達には、聖石がある。だから血統は必要じゃないんだ。タイミングと素質で神が選ぶ」
聖石のことも少しだけレオンハルトから教えてもらった。時々アリシアの額に現れる紫色の石は、聖石と言い、レーヴェルランドの女王の証なのだという。
「…………私は、皇帝に相応しくあれるでしょうか?」
アマリアはそれが不安だった。
自分は、ただこの皇家の血筋として生まれただけで、後継だったわけでも、為政者として育てられたわけでもない。ただ、学び、国のための政略結婚を受け入れただけだ。生まれながらに女王となるべく育ってきたアリシアや、自らの手で帝国の頂点となった兄とは、違う。
「大丈夫だよ。貴女は一人じゃない。レオンもヴォルフの側近達も貴女を支えてくれる。そういう環境をヴォルフは貴女に用意した。ある意味彼は孤独だったからね」
「お兄様が?」
「多分、ヴォルフはいつか皇帝を辞めるつもりだった。いろいろな要因で今になっただけで」
アリシアの言葉には、いろいろと思い当たることもあった。思えば、皇帝の妹だという理由だけで、側近達との話し合いに当たり前のように加わるようになっていたのも、ヴォルフガインの意向だった。
「アリシア様には、いろいろなことが視えているんですね」
「そうだね」
アリシアはあっさりと肯定した。本当に彼女は神に近い存在なのかも知れない、とアマリアは思う。
でも……
「レオン様がね、アリシア様は彼の初恋の方だったんですって」
「は?」
心底驚いたというふうに目を瞠ったアリシアに、思わずアマリアは笑ってしまう。
「ふふっ、やっぱり知らなかった。他のことはたくさん見えているのに、殿方の恋心にはとても鈍いって、これもレオン様が」
「なんの話をしているの、貴女達は。アマリア殿下、不快じゃない?」
アリシアが少しだけ頬を染めて、照れつつも困惑したようにアマリアを見た。
初めて見るアリシアのそんな様子に、アマリアの顔に自然と穏やかな笑みが浮かぶ。
「そうでもないんですよ、アリシア様だからかしら? レオン様ね、政略で結ばれた婚約だったのに、ちゃんと私にプロポーズしてくれたんですよ? アリシア様のことも話してくれた上で。
それに、本当に私を気遣ってくれて、いつも優しくしてくれるんです。時々意地悪なんですけど。
私、そんな誠実なレオン様のことが、だんだん好きになってしまいました」
「よかった。二人はお似合いだと思う」
ほっとしたようにアリシアは息をついた。
「ありがとうございます。アリシア様にそう言っていただけて、嬉しいです」
「そう」
そしてアマリアは、今の最大の懸念事項である、ヴォルフガインのことへと話題を変える。
「あと、お兄様のことなのですが」
「ヴォルフのこと?」
「はい。お兄様、いえ兄とは先の戦場で出会い、しかも剣を交えたと聞きました。アリシア様が兄を打ち負かしたとも」
「そうだね」
「今回は、強引にアリシア様を巻き込んで、女王陛下を伝言係のようにこき使って……そんな兄と一緒に旅に出ること、不快じゃありませんか?」
「えっと、どういう?」
アリシアは、アマリアの質問の意図が読めず、首を傾げる。
「あの朴念仁は、これまで女性の影が無かったというか、興味が無かったせいで、女性に対する態度とか扱いが、わかっていないんです。アリシア様が不快な思いをされていないか気掛かりで」
「いや、別に……ヴォルフに女性として扱われているわけではないし」
そう答えたアリシアに、アマリアの纏う空気が若干冷たくなった気がした。何故だ?
「…………なるほど。よくわかりました。アリシア様、
あんな兄ですが、どうか見捨てないでやってください」
「いや、見捨てるつもりはないけど」
アマリアは少し怒っているらしい。アリシアにはその理由はわからないが、自分に対してでなく、ヴォルフガインに、というのはわかる。
なので、まあいいか、と聞き流すことにした。
「ありがとうございます。あと後ほど、レオン様がアリシア様にお話があるそうです。同席はしませんが、近くに兄と控えることはお許しくださいませ」
「わかった」
茶会を終えたアマリアは、明日皇城を出る兄に対し、どうしたものか?と頭を抱える。
あれほどアリシアを探すことに執着し、強引に皇城に連れ帰り側に置いて、一緒に旅に出ると宣言し、晩餐会では、自分の色を纏わせて好みの姿に飾り立て、今も暇さえあればアリシアを構っているあの兄が、アリシアに「女性扱いされてない」と言わせる原因は何なのか?
あの朴念仁が、アリシアへの恋心を自覚していないばかりでなく、更に全くアリシアに相手にもされていないからに違いない。
だって、アリシアがレオンハルトの初恋の相手だと知った時、頬を染めた彼女の可愛らしかったことと言ったら。
アリシアは、鈍いだけで、ちゃんと恋の意味は理解しているのだ。
(お兄様、あれだけ執着するなら、その意味をちゃんと考えてくださいな。でないと後悔することになりますわよ?
美しいだけでなく、慈愛の女王様を心から求める男性は、おそらくお兄様だけではないでしょうから……)
そう、レオンハルトの言っていたように、アリシアは素っ気ないけど本当に優しい女の子だ。相手のことをよく見て、ちゃんと考えて、答えをくれる。それが、自分達の決断に力と自信を与えてくれる。
「レオン様、後はよろしくお願いしますわね」
アマリアは、今頃別室で話をしているであろう婚約者に、祈りを込めてつぶやいた。
そのレオンハルトは、ヴォルフガインと二人、昼食を挟んで、向かい合っていた。
側近の姿もなく、部屋には二人きりだ。
「レオンハルト殿、今回のこといろいろと礼を言う。アマリアのことも。お陰で憂いなく退位できる」
「本当に、いきなりの事で驚きましたよ。アマリアとの縁談は個人的に良い縁だったと感謝していますが、まさか退位を考えていたとは」
この半月で、ヴォルフガインとレオンハルトは大分互いの人となりについて理解できていた。
特に、ヴォルフガインから見たレオンハルトは、ただ穏やかで優しいだけの王子ではなく、割と強かで、笑顔で相手を自分の思う通りに動かしてしまうようなところがあり、食えない男だと、認識を新たにしていた。だが、それも為政者としては、頼もしいだけだ。
実際帝国の重鎮達は、レオンハルトを快く王配として迎えている。
そして自分も、この男にはどこか気を許しているところがある。それに、アマリアの夫となる男だ。
皇城を去る前に、少し自身のことを話しておこうと、口を開いた。
「あの戦場で、アリシアに言われたんだ。
皇帝としてこの先も生きるなら、戦いを手段にしないことだ、と。
俺は、ずっと戦いの中に身を置いてきた。皇帝だろうが一個人だろうが、今さらそれを変えられない。だったら、この国は適任者に任せればいい。別に皇帝という地位にこだわりは無かったからな」
「なるほど。貴方にとっての皇帝という地位は、僕の第二王子という立場とは違う、もっと重いものだと思っていたけど、貴方はそれを効果的に捨てることを選んだ。ある意味、引き際をわきまえた名君というわけだ」
実際、このタイミングでのヴォルフガインの退位は、帝国内外に対して、これからのこの国の在り方をわかりやすく示して見せた。例え、現皇帝が病を得たという触れ込みであっても、レオンハルトとアマリアを後継者に据え、それにより、国民の将来への不安の声を払拭して。
「そう言うと聞こえは良いが、俺には皇帝としての致命的な欠点がある。お前やアマリア程、国や民に対する愛着が無いんだ。
俺の行動理念は、親しい周囲を守る為に戦うことで、彼らが安寧に暮らせる国を作ることだった。だからこそ、侵略を繰り返しながらも、国の土台を整えることにも気を使った。
だが、俺の仕事はここまでだ。後はお前達の仕事だな」
そう言ったヴォルフガインを、静かに観察するように見つめたレオンハルトは、何気ない口調で彼に尋ねた。
「そうして貴方は今度、アリシアを守る為に戦うと言うんですね?」
「…………」
咄嗟の答えに窮したヴォルフガインに、レオンハルトは寂寥を滲ませた表情を浮かべて、目を伏せる。
「…………4ヶ月前の僕だったら、悔しくて、羨ましくて堪らなかったでしょうね。貴方が彼女の手を取り、彼女も貴方との未来を選択したことが。
例え今はそれが、レーヴェルランドの女王としての選択だとしても。
いつか彼女が人として、女性として選ぶ幸せの先に、貴方がいる可能性のあることが羨ましいと、地団駄を踏んだに違いありません」
レオンハルトのこの言葉に、反射的に湧いた強烈な不快感と歓喜に、ヴォルフガインは動揺した。
レオンハルトは瞼を上げ、じっと彼を観察するような視線を向けてくる。
その琥珀の瞳を前に、ヴォルフガインは悟った。
レオンハルトはアリシアを想っていた。
過去形で語られたそれは、ヴォルフガインに対する嫉妬だ。
そして自分は、アリシアという女を想い、彼女を理解しているレオンハルトに嫉妬すると同時に、彼女とこれからを共にする機会を得られたのが自分であることに、歓喜したのだ。
レオンハルトは、続ける。
「ですが、今は…………どうかその可能性がいつか現実になるように、彼女が貴方との幸せを戸惑いなく選べるくらい、彼女を愛して欲しいと、願っています」
ヴォルフガインが、アリシアを愛する…………彼女が女性としての幸せをいつか選べるように。
ああ、そうか。
数多の男女が、恋に落ちたり、愛情で結ばれたり、そんな当たり前の感情を、ヴォルフガインにも許されているのだ。当然、アリシアにも。
そして自覚した。
自分はアリシアに惹かれている。彼女のことを知りたい、誰よりも一番近くに自分が在りたい。いや、それも正確じゃない。自分以外の誰かが彼女の横に並ぶことを、ヴォルフは決して許せそうにない。
そして、アリシアにも同じ様に愛情を返してもらいたい。
だが悔しいことに、目の前の男は、自分よりもアリシアを知っている。
「お前は、アリシアのことをよくわかっているんだな」
恨みがましい声だったかも知れないが、今のヴォルフガインに感情のコントロールは出来なかった。
「そうですね。貴方よりはずっと理解しているつもりですよ?今は……」
レオンハルトは、穏やかな笑顔で答える。
「腹が立つな」
「そうですか。今回僕も貴方に振り回されたので、お返しですよ。ああ、それと後ほど、アリシアと二人で話をさせてください」
ヴォルフガインの怒りのこもった声にも、まったく動揺することなくそう言うレオンハルトに、アリシアに対する過去の恋情はもう無いのだろう。
だが、非常に面白くない。絶対ヴォルフガインのことをわかって、煽ってきている。
「…………お前、いい性格してるな」
「ふふっ、ありがとうございます。気になるなら、アマリアと控えていてくださって、構いませんよ?」
レオンハルトは、ヴォルフガインの睨みつける視線をいつもの笑顔で受け流すと、食べ終えた昼食の席を立ち、部屋を後にしたのだった。
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