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第三章
夫婦のフリ
しおりを挟むアイクが仲間たちと話す様子を見ながら、ヴォルフは小声で詠唱し、二人の周囲に不可視の防音結界を張る。
そして、アリシアの耳元に唇を寄せて、囁いた。
「この先、トラブル防止で、お前と俺は夫婦ってことな」
(防音結界張ったのになんで?)とアリシアは思ったが、唇を読まれるのを警戒しているのかも?と思いついて、重ねて認識阻害魔法をかける。
それから、ヴォルフに尋ねた。
「夫婦……なんで?」
ヴォルフもアリシアが魔法を使ったのに気がついて、元の位置に体を戻す。
そして、呆れたようにアリシアを見た。
「お前な、自分の容姿についての自覚はあるよな? お前だけじゃない、俺もそれなりだ。お陰でこれまで、どれだけ鬱陶しい思いをしてきたか……」
「鬱陶しい?」
「見合い攻撃やら、会合先で女を差し出されたり。変装して街に降りてみれば、女に言い寄られたり」
「……」
皇帝に取り入る為に、周囲も手段を選ばなかったらしい。きっと据え膳に手を付けることもあったんじゃないかな?とアリシアは思ったが、口には出さない。
まあ確かに、ヴォルフは女性好みの容姿ではあると思う。アリシアはあまりそういう意味で気にしたことはないが、武人としては、良く鍛えたバランスの良い体躯は好みだ。
ぼーっとそんなことを考えていたら、ヴォルフが続けた。
「お前は、レーヴェルランドに引き籠もっていたらしいが、ベルハルトや他の街で覚えがないか?」
「多少は」
アリシアは、見合い攻撃も、男を差し出されたこともないが、街なかや食堂で男に絡まれたことはある。
最たる例は、目の前のこの人物だ。と言っても、彼の場合はアリシアの容姿に惹かれて、といった類ではないが。
「これから行く大陸の旅で、お前は女王でもないし、俺は皇帝でもない。ただの冒険者だ。男女のそういう欲に遠慮はなくなるし、それが気に食わないからといって過度な反撃は、こっちが犯罪者になる可能性もある。
だが、夫婦なら話は別だ。その関係性は相手にとって防波堤にはなるし、互いの伴侶にちょっかいをかけたと多少の反撃も許される」
「ヴォルフって、皇帝だった割には、市井のことよく知ってる」
「お前が箱入りなだけだろ? まったくいくら強いからって、何かあれば力と魔法で捻じ伏せるような世間知らずが、よく一人で旅に出ようと思ったな?」
「そんなことしないけど」
アリシアは反論したが、ヴォルフに胡乱げに睨まれた。
皇都では、魔法でちょっと誤魔化したことはあったけど騒ぎになるようなことは何もしなかったよね?と思いつつ、そういえばヴォルフには試してみる?的なことは言ったかも……と思い当たったアリシアは、軽く咳払いをして続けた。
「一応、歴代女王の記憶は持ってるから、困ったときは聖石と思ったけど、でも、男性の旅の同行者がいた女王達も、同じ様にしてたらしいね」
「聖石の記憶ね……まあ、そういうわけだから、人前での多少のスキンシップは許せ」
ああ、そういうこと。
先程のアレについての理由づけだったわけね、とアリシアは納得した。
そもそもヴォルフは、結構アリシアに遠慮なく触れてくる。そこに感じるのは愛玩動物を構うようなもので、悪意や邪なモノは感じなかったから、特に嫌な気はしなかった。これからは他人の前で、男女の色事を匂わせるように触れる、という宣言なのだろう。
先程のアレも、アリシアは別に嫌ではなかった。
そもそも……何故かヴォルフには、アリシアに危害を加えたり、嫌なことはしないだろうという信頼感がある。
それに、大陸の未来のためとは言え、一緒に旅することにしたのも、彼だからだ。
アリシアは、彼の前では素のままで振る舞うことが許されている気がしている。多分二度目に会った時の遠慮のないやり取りや、いきなり彼の事情に巻き込まれることになったアレコレが、普通はあるはずの他人との間にある壁のようなものを、壊してしまったのだと思う。
「わかった。ヴォルフに触れられるのは別に嫌じゃないし、大丈夫。夫婦のフリも、多分問題ない」
何やらしばらく考えて答えたアリシアの台詞に、ヴォルフは思わず聞き返したくなるのを耐えた。
触れられるのが嫌じゃないって、どこまで許されているんだ?とか、夫婦のフリなら宿は一部屋でいいのか?とか。
だが、結局は
「…………そうか」
と了承だけを返す。
アリシアと念願の再会を果たし、二人で旅に出ることになり、彼女へのやや重い恋心を自覚したヴォルフは、本当ならアリシアをすぐにでも抱いてしまいたいし、自分だけの女だと彼女自身にも周囲にも知らしめたい。
だが、本気で惚れ込んでいる女にそれは出来ないし、したくない。
今のアリシアにとってヴォルフは、他の男達よりも親しい旅仲間に過ぎない。その彼女と身体だけの関係を結んだとしても、きっと満足は出来ないし、理不尽な不満を抱いてしまいそうだった。
アリシアを大事にしたいと思うし、アリシアにヴォルフ自身を求められたい、と思う。
だから、少しずつアリシアとの距離を縮めて、ヴォルフの想いを伝えて、彼女にも同じ気持ちを返してもらえるよう、ジワジワと囲い込んでしまおう。
まるで狩りをしているようだな、とヴォルフは獰猛に笑い、とりあえず今晩から宿は同室だな、と遠慮はせずに勝手に決めた。
食事と内緒話を終えたヴォルフは、防音結界を消して席を立った。
「じゃあ、依頼表でも見ていくか?」
視線で依頼用掲示板を示す。
「そうだね」
アリシアも認識阻害魔法を消して立ち上がり、二人で掲示板の前まで歩いて行く。なんとなく周囲からの視線を感じるが、気にしても仕方がないのでスルーした。
「まずは魔鉱石関連かな?」
「ああ。魔鉱石についてはどの程度知ってる?」
ヴォルフがアリシアを横目で流し見る。
アリシアは軽く肩をすくめて小声で答えた。
「ダーゼル産の魔鉱石は、実はうちから卸してるんだ。レーヴェルランド周辺にいい採掘場がある」
魔鉱石は魔道具に欠かせない鉱石で、魔力の貯留量と伝導の良さで等級が分けられている。
レーヴェルランドは表には出ていないが、最高級の魔鉱石の産地だ。
「そうだったのか。じゃあ、採掘現場なんかも見たことがあるのか?」
「もちろん。魔獣の駆除はよく行ってたよ。今回も直接現場を見てみるのが手っ取り早いよね。コレとコレなんかどう?」
アリシアは、いくつか依頼表を指差す。
魔鉱石の採掘場近くには、魔獣が寄ってくる。
魔獣が好む生息地にはいくつかパターンがあるが、魔鉱石の産出地はその一つだ。
鉱山から出る魔鉱石の質によって、魔獣のレベルも変わってくるのが一般的だった。
「そうだな。だが、依頼可能なパーティーランクCってある。ランクの割に報酬は結構良いな。たいした魔獣は出ないのか、訳ありなのか」
「ランクって、魔獣討伐可能な冒険者のランクのことだよね?魔鉱石採掘近くの魔獣ってこのレベル?」
魔獣にもレベルがある。
特級・上級上位・上級下位・中級・低級といった感じで、その強さや討伐規模などで分けられているのだ。
「ダーゼル、いやレーヴェルランド辺りはどのくらいなんだ?」
「フェンリルとか、地竜とか、グリフォンとか………」
「主に上位の上級魔獣だな。さすが最高級の魔鉱石産地」
「帝国産は多少質は落ちるけど、周囲に出てくるのはさすがに上級の下位から中級レベルだよね?」
「となるとパーティーランクはB位が妥当か? そういえば、事故も犠牲者も多いと言っていたな?」
「でも、ギルドはそういう調査やってるよね?」
依頼がパーティーランクに合っているか?の調査はギルドの基本である。出現魔獣の種類と数は、おおよそ把握しているはずだ。
「当然だな。ザカリーはまともなギルド長に見えるしな」
「う~ん。イリーナに聞いてみて、実際行ってみようか?」
「それが良さそうだ」
二人は報酬の一番良い依頼表を手に、イリーナのところへ向かったのだった。
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