血濡れ皇帝と最強の女王

桜野 華

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第三章

深夜の襲撃

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「この依頼、Cランクの冒険者にはお勧めしていないんです。一応出現魔獣レベルは中級から低級なんですけど、どうも様子がおかしいんですよね。
 ギルドの調査では問題ないのに、実際C級パーティーが出ると、トラブルが起きている。報酬が良いので希望パーティーも多いのですが、ギルドは推奨していません。依頼の張り出しを禁止するわけにはいかないので、受付での注意喚起がギリギリで」

 ギルドは依頼内容と受ける冒険者のランクが釣り合っているかの調査はするが、それが適正であれば、基本的に依頼を張り出さないとか受け付けないということは出来ない。公平性に欠けるからだ。受付での注意喚起も規約スレスレの行為だろう。
 続くイリーナの言葉は、声を潜めて伝えられた。

「でも、「紫紅」が受けてくれるなら安心です。ついでに調査もしてもらえれば、ギルドからお礼をさせていただきますよ?」

 アリシアとヴォルフは顔を見合わせ互いの意志を確認する。

「わかった、その依頼受けよう。手続きを頼む」

「かしこまりました。どうぞお気をつけて」

 イリーナは声量を戻して、にこやかに言った。




 アリシアとヴォルフは、昼過ぎにはギルドを出て、身体強化を掛けて街道を駆け抜け、夕刻には依頼先のツェッタ山の中腹にある鉱山町に到着した。町に入る前に、アリシアは目から下を布で覆い、ローブのフードを深く被る。ヴォルフも念の為、色を変えた変装の上に更に左目とその周囲を黒い布で覆い、隻眼を装った。

 夕刻の鉱山町は、どことなく憂鬱な雰囲気を醸し出し、飲み屋にたむろする鉱夫達や、娼婦の客引き、目つきの悪い傭兵か冒険者崩れがうろついており、通りにまともな女子供はまず見かけない。
 店の裏側で何やら汚れ仕事をしている痩せた少年、小路の片隅で蹲っている塊は、幼い子供だろうか?
 そんな町中をヴォルフとアリシアは無言で歩いて行く。
 通りを歩く町人達は、見慣れない男女二人を振り返ったり、あからさまに眺めたりしている。堂々とした足運び、しかも小綺麗で持ち物も質が良いものだとわかる。男の方は隻眼だが、バランスのとれた体躯、女は目元しか見えないが若そうな感じだ。
 そんな無遠慮に投げつけられる視線を無視して、二人は一軒の宿の扉をくぐった。

「さて、ここがこの辺りではマトモそうな宿だが」

「任せる。どこもあまり変わらなそうだね。確かに建物はここがマシかな?」

 ヴォルフの言葉に、ぐるりと一通り眺めたアリシアが答えた。
 ヴォルフは頷くと、カウンターにいた男に声を掛ける。

「……おい、今晩泊まりたい。部屋はあるか?」

「へい、旦那。一部屋でよろしいですかい?」

「ああ、一番いい部屋はいくらだ?」

「素泊まりで、一晩銀貨8枚ですな」

 男がニヤリと笑って答えた。
 ヴォルフはそれに表情を変えることなく続ける。

「ずいぶんと吹っ掛けるな。部屋に浴室は付いているか?」

「へい。うちで一番いい部屋ですから」

「わかった。とりあえず一晩頼む」

 そう言って、銀貨8枚を男の前に置いた。
 この程度の宿なら、皇都ですら銀貨5枚というところだ。こんな田舎町なら精々2枚だろう。
 だが二人は、敢えてそれを指摘しない。
 黙って鍵を受け取り、2階建ての上階、階段を上がってすぐの部屋へと進んでいく。

 部屋は、建物二階の中心にあり、バルコニーが付いていて、通りを下に眺めることができる。部屋の広さはそこそこあって、大きなベッドが1台とソファーとテーブルも備えてあった。小さいながら浴室やトイレも付いている。
 確かに見かけはいい部屋だが、バルコニー側も廊下側も簡素な鍵一つしか付いていない。隣室との壁も薄そうだ。

「なんだか、防音も防犯も不安だね。雨風は凌げるけど。とりあえず結界かけるよ?」

 アリシアがそう言って、室内を覆うように結界を張った。

「助かる。ま、明日の親父の顔が見ものだな」

 あの様子は、いかにも何か仕掛けてきそうな感じだった。おそらく、銀貨8枚は諸々の修繕費用も込だろう。

「思った以上に治安悪いよね。帝国北部の田舎はこんなもの?」

 アリシアがローブを脱ぎ、口元の布や額のバンダナを外しながら、言った。
 ヴォルフも外套や目元の布を外しながら答える。

「いや。俺がこっちにいた頃はまだマシだったな。いくら鉱山町とはいえど、ちょっと歩いただけでも雰囲気悪かったし。お前、出来るだけ顔隠しとけよ?」

「これくらい怪しければ、ある意味こっちが暴れても問題なさそうだけど」

「おいおい、意外と過激だな」

 ヴォルフの台詞をスルーして、ちょっとお湯使ってくる、と浴室にアリシアが消えていく。ヴォルフは軽く溜息をついて、用意していた携帯食をかじった。
 とてもじゃないが宿の食事は怪しくて食べる気になれない。
 やがて髪を拭きながら、膝丈のシャツワンピースを着たアリシアが浴室から出てきた。足元はスリッパだ。
 彼女の腕にピタリと嵌められている腕輪は、ストレージ機能の付いた魔道具で、旅に必要な物や大きな荷物まで収納できるようになっているらしい。
 ヴォルフもまた、ウエストポーチ仕様で同じ様な魔道具を持っている。
 アリシアは、すっかり寛いだ格好で出てきたが、自分で張った結界に自信もあるのだろう。ソファーに腰掛けると、彼女も果物と飲み物を取り出して、食べ始めた。
 ヴォルフも交代で湯を浴びに行く。
 アリシアはもちろん、ヴォルフもそれなりに生活魔法も使いこなすので、身の回りのことは不自由しなかった。

「なんていうか……視線がね、本当に鬱陶しい」

 ヴォルフが浴室から出てくると、アリシアがバルコニーへと続く大きな窓際に立ち、薄いカーテン越しに外を眺めていた。日が落ちた後の外はすっかり暗くなり、部屋の明かりも落としてはあるものの、外の様子ははっきりしない。それでも、どういうわけか感じるこちらを探るような気配。アリシアは、二重になっている厚めのカーテンを閉めた。

「ああ、何かありますって言ってるようなモノだな。まあいい、今日はもう休んで、明日は早めに出るぞ」

 ヴォルフはアリシアの頭を一撫ですると、安心させるように頭頂部に唇を落とす。
 ヴォルフはシャツとズボンという格好に武器も手元に置いてあり、すぐにでも動ける格好だった。
 夜間の襲撃を想定しているのだろう。
 アリシアは自分の格好を見下ろしたが、まあ、来てからでいいか、とそのままベッドに横になった。

「わかった。あ、ベットの中央にも魔法で壁作ってあるけど、可視化しとこうか?」

「いつの間に、ってか、別にとって食うわけじゃないから、そこまでしなくても」

「お互いの良眠のための必要措置ってことで」

「ククッ……つれない奴」

 喉の奥で小さく笑ったヴォルフも、ベッドに横になり目を閉じた。




「クソッ!一体どうなっていやがる……うわっ」

 深夜を過ぎた頃、宿の親父の手引きで旅人の部屋の前に来た男達は、開かないドアの鍵にイライラしながら悪態をつき、いよいよドアを壊してやろうかというところで、中からいきなりドアが開かれた。鍵を開けようとしていた男が部屋に引きずり込まれ、そばにいた二人の男がそれに続いて、短い剣を片手に部屋になだれ込む。

「深夜にご苦労なことだな」

 だがその二人の視線の先に、呆れたような男の声と共にスッと大剣の刃先が現れた。
 扉の横には銀髪蒼眼で片目を覆った男が、片腕で最初の男を抑え込み、反対の手で大剣を握って立っている。

「ヒイッ」

 男達は首元に剣を当てられ、武器を手放し両手を上げた。

「アリシアそっちはどうだ?」

「クソッ」

 バルコニー側では、双剣を持つ淡い金髪の女が、三人の男達の首元の周辺に氷の刃を浮かばせて立っていた。額にバンダナを巻いてはいるが、表情のないその顔は人とは思えぬほど整っていて美しい。
 その美貌が、男達の興味と恐怖を誘った。

「これで全部だね」

 6人の男達が部屋の中央に集められ、周囲をアリシアが創り出した無数の氷の刃で囲んでいる。

「さあ、目的を大人しく吐いてもらおうか?」

 ヴォルフが男達の前に立ち、威圧的に言う。が、その瞬間、一人の男が大声を上げようと息を吸い込んだ。
 しかし声を上げることはかなわず、その喉を不可視の力が締め上げる。

「グッ」

 顔色を無くしていく男に、アリシアが冷たく言った。

「……無駄。防音結界も張ってあるしね。深夜だからね。他のお客さんに迷惑でしょ? いるかどうかわからないけど」

 そう言って、締め上げた喉を解放したアリシアは、ゴホゴホと咳き込む男を無表情に眺める。

「無詠唱での、魔法の多重行使だと?一体何者だ?」

 別の男が、アリシアを睨みつけながら問う。
 だが、二人はそれには当然答えない。ヴォルフがもう一度言う。

「聞いているのはこっちだ。お前達は何者で、目的は何だ?」

「は?言うと思ってんのか?」

 男は馬鹿にしたように唾を吐く。
 アリシアの視線がさらに冷たくなった。

「そう。じゃあ、言いたくなるようにするかな?」

 パチンと、彼女が指を鳴らす。と同時に氷の刃は消えて、男達は奈落に落とされた。

「う、うわあ!助けてくれぇ!」「ヒッ」「ギャア!あ、足がぁ!」

 目の前でいきなり恐慌状態に陥った男達に、ヴォルフは首を傾げる。

「何したんだ?お前」

「う~ん、部屋が汚れるのも壊れるのも面倒だから、幻覚を見せてみたんだけど、そろそろ喋りたくなったかな?」

 何の幻覚を見せられているのかヴォルフは訝しんだが、目の前の男達の様子は段々と悲惨な状況になり、中には失禁するものまでいた。
 あ、部屋汚れちゃった、と小声でアリシアがボヤく。

「た、頼む。助けてくれ!なんでも話す!だから、もうやめてくれ!」

 そう言って必死に懇願した男に、ヴォルフは尋ねた。

「お前たちの正体と雇い主は?」

 パチンともう一度アリシアは指を鳴らす。
 男達は我に返り、ボンヤリと定まらない視線をゆっくりとヴォルフに向けた。そして、ノロノロと話し出す。

「……俺達はディング様に雇われた傭兵だ」

「ディング?」

「この鉱山町を牛耳っている方だ。領主よりも偉い」

「ほう。で、お前達がここに来たのはなぜだ」

「宿の親父が、金になりそうな夫婦が来たからって。金も持っていそうだし、持ち物も良さそうで、男も女も高値で売れそうだって聞いた。ディング様は、ギルドに目をつけられない範囲で、好きにして良いと」

 男達の視線がアリシアを見た。それを追ったヴォルフが嫌そうな顔でアリシアを振り返る。彼女は、薄いシャツワンピースに膝から下は素足にスリッパのままだった。

「これ羽織っとけ」

 と、ヴォルフは自分の外套をアリシアに投げた。

「は?今更。別に減るもんじゃなし」

 アリシアがきょとんとした顔で目を見開いたが、ヴォルフは苦虫を噛み潰したような顔で睨みつける。

「俺が不快だ。そのディングとやらはどこにいる?」

「これはディング様の命令じゃない。俺達が勝手に……」

 男達の表情に、ディングという男への恐怖心も垣間見える。

「成る程。しかしお前達の雇い主だ。許可は出したんなら、責任は取ってもらわないとな」

 ヴォルフの口角が上がり、視線が鋭くなる。何やら不穏な気配を漂わせる彼に、侵入者達の背筋は冷たくなったのだった。
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