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第四章
ヴォルフが感じた違和感
しおりを挟むアリシアが北部から去って、約半月。
ヴォルフのもとに、アリシアの妹であるリーリアが訪ねてきた。
ヴォルフにとっては、久しぶりに会うリーリアだが、最後に会ってから3年が経っているにもかかわらず、相変わらず子供っぽさを残しているように感じるのは、ヴォルフ自身も年齢を重ねたせいだろうか。
アリシアの、ひいてはヴォルフの義理の妹になる予定の(だと勝手に決めている)リーリアに、身内に話しかける気分で彼は尋ねた。
「アイツはどうしてる?」
「姉様は、今レーヴェルランドの民の為に、女王として動いているからしばらくこっちへは戻れない、と伝えて欲しいって」
リーリアは答えつつ、アリシアの現状を知っているだけに、こっそりと思うところもある。
(ヴォルフさんに、姉様がガジャ国王のハレムにいることは、今は絶対にバレないようにしないと。セフィロスさんとの駆け落ち設定もヤバイよね)
ヴォルフに対するリーリアの様子は、少々他人行儀だ。かつての遠慮のない物言いは、なりを潜めている。何か隠しているような、そんな雰囲気にヴォルフは内心首を傾げた。
「……どれくらいかかるんだ?」
「それはまだわからない」
彼の問いに、どことなく言葉を選びながら答えている印象がある。
「こっちの依頼は片がついた。アリシアは南部だな?」
「そうだね」
「わかった。俺も向かう」
そう言ったヴォルフに、リーリアはしばし戸惑うように視線を彷徨わせて、答えた。
「え? あの……契約を忘れたか?と」
「何?」
思わず尋ね返したヴォルフに、リーリアは目を伏せて静かに答えた。
「必要に応じて互いに単独行動を認めること。女王としての生き方を認めること」
約3年前に、ヴォルフが女王の巡礼への同行をアリシアに求めた時に交わした約束だった。
一言一句違えずに、アリシアの言葉を擦ったリーリアに、今まさにアリシアと意思疎通出来ている彼女を少し羨ましく感じながら、ヴォルフは腕を組みその意味を考える。
「…………女王として、か」
アリシアは来るな、とは言わなかった。代わりに告げられたのは、かつての約束。
互いに別々に動きながら、女王であるアリシアの為にやれることを探せ、とそう言っているのか?
ヴォルフの半身としての立場が、試されているような気がした。
「また何かあれば、連絡を届ける。私はもう行くね」
しばらくヴォルフの様子を覗っていたリーリアだが、そう言うと踵を返した。
「待て、リーリア」
ヴォルフは顔を上げて、彼女を呼び止める。
聞いておきたい事があった。
「アリシアは……レーヴェルランドの民は、神の祝福を受けていると言ってたな」
「そうだね」
「お前達は、神に祈ったりしないのか?」
帝国にも北部にも宗教は存在し、神を信じる者は教会で神に祈りを捧げている。祀られている神はそれぞれ異なる名で呼ばれているが、もとを正せば同一神に行き着くらしい。
ヴォルフは信仰を持たないので、詳細を知らないし、これまで気にもしてこなかったが、アリシアは時々神のことを口にしつつも教会に行ったり、祈ったりはしていない。その事に、ヴォルフは今更ながら違和感を覚えた。
「祈る? 神に? 何故? 私達が祈るのは、死者の冥福や誰かの幸福かな」
ヴォルフの疑問にリーリアは目を瞬かせて、意味がわからないといった様子で答えた。
ヴォルフもリーリアと同様の表情を浮かべる。
「神を信じているんじゃないのか?」
あれだけ神の祝福と言っておきながら、この反応? というヴォルフの意を汲み取ったのか、リーリアはヴォルフに向き直り、はっきりと言葉にした。
「信じるも何も、神は☓△□でしょ」
「え? 今、なんて?」
一部分だけがヴォルフには聞き取れず、思わず尋ね返す。
「神は☓△□、だから私達がいる」
駄目だ、聞き取れない。どういう原理なのかわからないが、これ以上はここでやり取りしても無駄だろう、とヴォルフは切り替えた。
「………………アリシアに伝えてくれ。俺も調べたいことが出来たから、ここを離れる。俺が必要なときは迷わず呼べ、と」
その言葉に、リーリアはどこか安堵したような表情を浮かべ、今度こそ背を向けて去って行った。
後ろ姿はアリシアに似ているな……と思いながら、その背をボンヤリ見ていたヴォルフだが、先程のやり取りを振り返ると、違和感と疑問が、更に大きくなる。
アリシアと出会い、半身として共に行動して約3年。ヴォルフは、少しずつレーヴェルランドのことを知っていった。そして、強くもなった。
アリシアと魔力を混じり合わせたことで、左胸に現れたスミレの痣は、魔法の多重行使を可能にし、アリシアを相手に毎日鍛錬を重ねた結果、今では彼女を相手に9割の勝率だ。最初はかなりコテンパンにやられたものだが、今では魔力操作も上達して、随分と効率的に魔法も使えるようになった。1対1の対人戦では、彼女よりも上だ。対魔獣戦だと、膨大な魔力を持ち、質量で押せるアリシアに遠く及ばないが。
「ヴォルフは、人間離れしているよ。もともと魔法の素養も高かったし、剣の腕も良かったから、あっという間に追い抜かれちゃったね。セフィロスといい勝負なんじゃない?」
「女王の騎士として、やっと合格点をもらえたな。これでお前を守ってやれる」
ヴォルフはアリシアの傍で、この先一生彼女を守り、愛し、共に過ごしていくつもりだ。
彼女と運命的な出会いをし、一瞬で囚われ、やがて恋に堕ちて、唯一人の女性として愛するようになり、アリシアからも拙いながらも一途な愛情を向けられ、ヴォルフは幸せだった。
通常は無表情のアリシアが、ヴォルフの前でだけは感情をそのまま乗せて素のままで笑う。美しいと言われるアリシアが、年相応に可愛らしく振る舞うのも、彼の前だけだ。菫色の瞳がヴォルフを映してフワリと笑うのが、ヴォルフはとても好きだった。
アリシアと二人冒険者として生きてきたこの3年は、それまで殺伐とした人生を送ってきたヴォルフにとって、例え戦いの中にあろうとも、日々幸福と癒しを感じることの出来た3年だったのだ。
だが、アリシアは一人の女性である前にレーヴェルランドの女王であり、皇位を捨てたヴォルフとの立場は異なる。それでも、ヴォルフは女王であるアリシアも変わらず愛しているし、彼女をちゃんと理解したいと思っているのだ。
だから、知らなければならない。
レーヴェルランドの女王が、どういう意味を持つのか。
レーヴェルランドの民達にとって、神や女王は何なのか。
ヴォルフは旅支度を整えると、すっかり馴染みになった北部の冒険者ギルドを訪ねる。
この3年間「紫紅」は、北部地域での依頼を熟しつつ、地道に各地域を訪ね歩きながら、そこの長達に相互扶助について説き、議会制度の仕組みを作り上げていた。
ここ最近になってようやく、北部の小さな国々は、各地から選出された議員により運営される北部連合議会により、互いに争うことなく助け合うことで、平穏になりつつあったのだ。魔獣被害に苦しんでいた地域には、レーヴェルランドからの戦士達も冒険者として何人か派遣されている。
政策決定には、ヴォルフの経験とアリシアの女王達の記憶が、彼らを随分と助けていた。そろそろ、北部は自立して発展していけるだろう。
「しばらく、俺達はここを留守にする。落ち着いたら一度戻ってはくるだろうが、何かあったら、大陸中央のダーゼルの街の冒険者ギルドに連絡してくれ」
冒険者ギルドには、それぞれ通信用の魔道具が設置されている。ダーゼルのギルド長はレーヴェルランドの人間だから、問題が起きれば少なくともアリシアには連絡が行くだろう。
ヴォルフは街を出て、南へと向かいながら、魔力を乗せスーリーを呼ぶ。アリシアの飛竜はヴォルフにも懐いて、彼の願いも聞いてくれていた。レーヴェルランドにいるスーリーにヴォルフが合流できるのはしばらくかかるだろうが、この先の道中を思うと、来てくれるのはありがたい。
ヴォルフはスーリーとの合流地を目指して、身体強化を掛けて街道を駆けぬけた。
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