17 / 52
第15話 その前提を信じて
しおりを挟む
「んんっ……美味しい……」
届いたメニューを口にして一言。まずそんな声を漏らす。
こんがり黄金色に焼きあがったデニッシュはふんわり口の中に入ると溶けてしまいそうな口当たりで、その温かさと対比するように甘く冷たいアイスクリームが味覚に追い打ちをかけてくる。とどめは蜂蜜。
「なんか放課後にこうして友達と甘いもの食べるって、高校生っぽくていいね」
「…………」
「は、遥香……?」
「あ、す、すいませんっ……そうですね、いいですよね」
私に声を掛けられて我に返ったのか、遥香は口元を手で隠して慌てて私に同調する。
「高校生っぽい……か……」
そして、意味ありげな一言を呟く。
何か、あるのかなあ……。少し気になるけど。でも、それよりも私は聞かないといけないことがある。
デニッシュが残り半分より少なくなった頃に、私は切り出した。
「あ、あのさ遥香。ひとつ聞きたいことがあるんだけどさ……」
「何ですか?」
彼女は一緒に頼んだホットコーヒーを口に含み、私の言葉を待つ。
「……陽平の、こと、なんだけどさ」
私が彼の名前を口にした瞬間、カップを持つ遥香の右手が揺れた。
「……た、高崎君……ですか?」
揺れた右手を伝って、コーヒーが揺れてカップから零れそうになる。「わわっ」と彼女は慌てて白いカップをテーブルに置く。
「うん、陽平のこと」
「そ、そんな、私に高崎君のこと聞くなんて……むしろ私が」
「ねえ、どうして、陽平のこと、避けているの?」
それを聞くと同時に。遥香の目線はどんどん下に向いていった。
「……そう、見えましたか? 茜には」
膝の上でギュッと握った両手を見つめ、彼女は言葉を小さく落とす。
「うん。そう、見えた」
「……そう、なんだ……」
「ねえ、どうして。宿泊研修であのことが起きるまでは、全然そんなことなかったのに」
「……なんで、なんでしょうね……私も、よくわかりません……」
「え……?」
「私自身……よくわからないんです……」
店内の静かな雰囲気に似合うくらい、小さく掠れた声だったんだ。
「私……中学まであまり友達がいなくて……別にいじめられているとか、そういうわけではなかったんですけど……だから、こういうふうに誰かと寄り道したりだとか、学校のイベントとかで誰かと一緒になって何かをするって、したことがない経験で……誰かに優しくされるのも、今まで受けたことがなくて……」
失礼かもしれないけど、意外だとは思わない過去だった。彼女の入学式の様子を見れば、こういう時間を過ごしていたと言われても納得はいく。
「……あの日、高崎君は自分のことを顧みずに私に上着を貸してくれました。……そのおかげで私は大したことはなかったんですけど……その代わり高崎君が……研修を抜けるようなことになっちゃって……どこか、申し訳なくて……私のせいで、高崎君に迷惑をかけたって思いが……あって……多分、それが、知らず知らずのうちに、私が高崎君を避けていることに繋がっているんじゃないかって……思うんです……これ以上、迷惑をかけたくないので……」
「別に、陽平は気にしてなんかないと思うけど」
「かも、しれませんね。彼……色んな人に優しくしてますから……私に対してのそれもきっと高崎君にとっては自然なことなのかもしれません。……でも。……だとしても。どこか、怖くて……」
「怖い?」
「高崎君に優しくされるのが、怖いんです」
余韻を残すように、ゆっくりと。遥香は一言一句伝えようと噛み締めるように私に話をしていく。
そんなこと、思う人もいるんだ。って。
優しくされるのが、怖い。
……それを聞いて、私が抱いていた違和感の正体が何なのかつかめたような気がした。
逆に陽平も、遥香に対して自然にはいたけど、関わりを強く持とうとはしていなかったな。彼はその場限りだけではなく、後のフォローまで気に掛けることができる人だ。中学の体育祭で怪我した男子を保健室に連れて行った後に、その男子の代わりに種目に出る人を探していたし、怪我した男子を責めないような空気感に誘導していた。学校祭の前日準備のときにある女子生徒が必要な道具を持ってくるのを忘れてしまいクラスからひんしゅくを買いかけたときも、彼は替わりの手段を用意して準備がだめになるのを防いだし、その女子生徒へのフォローも欠かさず行いクラスで浮いてしまうのを阻止した。
そんな彼だからこそ。
宿泊研修である意味事件を起こしてしまった遥香に対して陽平が具体的なフォローを何一つ入れていないことが、きっと私には引っかかっていたんだ。実際、その役回りは恵一がしていた。もちろん、研修途中で抜けないといけなくなった、だからすぐにフォローを入れることはできなかった、っていうのはわかる。でも、陽平なら後日でもそういうことは抜け目なく行う人のはず。
誰にでも優しい陽平が、遥香に対してだけ、少し違う対応をした。それが、心のどこかに引っ掛かっていたんだ。
「……また、彼に迷惑をかけるのが、怖いんです……」
「別に……そこまでに気に病むことはないと思うよ、私は」
だから、私はそんなことを言ったんだ。
陽平は彼女を作る気がない。なら別に他の女の子と仲良くさせても、何も起こらない。私は、彼の隣にいられれば、それでいいのだから。
「陽平はそうそう誰かを恨んだりとか怒ったりとかはしないし、わざと何かしたとかじゃない限り、陽平は大抵許してくれる」
「で、でも……」
「大丈夫だよ。別に陽平は過去のことなんかなんとも思っていない。普通に話しかければ仲良くなれる」
「……なんとも、思ってない」
遥香は、私の発した言葉を繰り返す。
「……そう、だよね……だって、高崎君は……」
ほんの一メートル先に座る彼女のひとりごとは、それ以上は聞こえなかった。
届いたメニューを口にして一言。まずそんな声を漏らす。
こんがり黄金色に焼きあがったデニッシュはふんわり口の中に入ると溶けてしまいそうな口当たりで、その温かさと対比するように甘く冷たいアイスクリームが味覚に追い打ちをかけてくる。とどめは蜂蜜。
「なんか放課後にこうして友達と甘いもの食べるって、高校生っぽくていいね」
「…………」
「は、遥香……?」
「あ、す、すいませんっ……そうですね、いいですよね」
私に声を掛けられて我に返ったのか、遥香は口元を手で隠して慌てて私に同調する。
「高校生っぽい……か……」
そして、意味ありげな一言を呟く。
何か、あるのかなあ……。少し気になるけど。でも、それよりも私は聞かないといけないことがある。
デニッシュが残り半分より少なくなった頃に、私は切り出した。
「あ、あのさ遥香。ひとつ聞きたいことがあるんだけどさ……」
「何ですか?」
彼女は一緒に頼んだホットコーヒーを口に含み、私の言葉を待つ。
「……陽平の、こと、なんだけどさ」
私が彼の名前を口にした瞬間、カップを持つ遥香の右手が揺れた。
「……た、高崎君……ですか?」
揺れた右手を伝って、コーヒーが揺れてカップから零れそうになる。「わわっ」と彼女は慌てて白いカップをテーブルに置く。
「うん、陽平のこと」
「そ、そんな、私に高崎君のこと聞くなんて……むしろ私が」
「ねえ、どうして、陽平のこと、避けているの?」
それを聞くと同時に。遥香の目線はどんどん下に向いていった。
「……そう、見えましたか? 茜には」
膝の上でギュッと握った両手を見つめ、彼女は言葉を小さく落とす。
「うん。そう、見えた」
「……そう、なんだ……」
「ねえ、どうして。宿泊研修であのことが起きるまでは、全然そんなことなかったのに」
「……なんで、なんでしょうね……私も、よくわかりません……」
「え……?」
「私自身……よくわからないんです……」
店内の静かな雰囲気に似合うくらい、小さく掠れた声だったんだ。
「私……中学まであまり友達がいなくて……別にいじめられているとか、そういうわけではなかったんですけど……だから、こういうふうに誰かと寄り道したりだとか、学校のイベントとかで誰かと一緒になって何かをするって、したことがない経験で……誰かに優しくされるのも、今まで受けたことがなくて……」
失礼かもしれないけど、意外だとは思わない過去だった。彼女の入学式の様子を見れば、こういう時間を過ごしていたと言われても納得はいく。
「……あの日、高崎君は自分のことを顧みずに私に上着を貸してくれました。……そのおかげで私は大したことはなかったんですけど……その代わり高崎君が……研修を抜けるようなことになっちゃって……どこか、申し訳なくて……私のせいで、高崎君に迷惑をかけたって思いが……あって……多分、それが、知らず知らずのうちに、私が高崎君を避けていることに繋がっているんじゃないかって……思うんです……これ以上、迷惑をかけたくないので……」
「別に、陽平は気にしてなんかないと思うけど」
「かも、しれませんね。彼……色んな人に優しくしてますから……私に対してのそれもきっと高崎君にとっては自然なことなのかもしれません。……でも。……だとしても。どこか、怖くて……」
「怖い?」
「高崎君に優しくされるのが、怖いんです」
余韻を残すように、ゆっくりと。遥香は一言一句伝えようと噛み締めるように私に話をしていく。
そんなこと、思う人もいるんだ。って。
優しくされるのが、怖い。
……それを聞いて、私が抱いていた違和感の正体が何なのかつかめたような気がした。
逆に陽平も、遥香に対して自然にはいたけど、関わりを強く持とうとはしていなかったな。彼はその場限りだけではなく、後のフォローまで気に掛けることができる人だ。中学の体育祭で怪我した男子を保健室に連れて行った後に、その男子の代わりに種目に出る人を探していたし、怪我した男子を責めないような空気感に誘導していた。学校祭の前日準備のときにある女子生徒が必要な道具を持ってくるのを忘れてしまいクラスからひんしゅくを買いかけたときも、彼は替わりの手段を用意して準備がだめになるのを防いだし、その女子生徒へのフォローも欠かさず行いクラスで浮いてしまうのを阻止した。
そんな彼だからこそ。
宿泊研修である意味事件を起こしてしまった遥香に対して陽平が具体的なフォローを何一つ入れていないことが、きっと私には引っかかっていたんだ。実際、その役回りは恵一がしていた。もちろん、研修途中で抜けないといけなくなった、だからすぐにフォローを入れることはできなかった、っていうのはわかる。でも、陽平なら後日でもそういうことは抜け目なく行う人のはず。
誰にでも優しい陽平が、遥香に対してだけ、少し違う対応をした。それが、心のどこかに引っ掛かっていたんだ。
「……また、彼に迷惑をかけるのが、怖いんです……」
「別に……そこまでに気に病むことはないと思うよ、私は」
だから、私はそんなことを言ったんだ。
陽平は彼女を作る気がない。なら別に他の女の子と仲良くさせても、何も起こらない。私は、彼の隣にいられれば、それでいいのだから。
「陽平はそうそう誰かを恨んだりとか怒ったりとかはしないし、わざと何かしたとかじゃない限り、陽平は大抵許してくれる」
「で、でも……」
「大丈夫だよ。別に陽平は過去のことなんかなんとも思っていない。普通に話しかければ仲良くなれる」
「……なんとも、思ってない」
遥香は、私の発した言葉を繰り返す。
「……そう、だよね……だって、高崎君は……」
ほんの一メートル先に座る彼女のひとりごとは、それ以上は聞こえなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる