光の方を向いて

白石 幸知

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第43話 叶った先に、ある未来

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 翌日。夏らしく澄み渡る青空が広がる一日だった。久々に朝の時間帯に起きて、ちゃんとした朝ご飯を食べて。休みの日だから優雅にお昼からお風呂に浸かったりまでして。今までの生活がなんだったんだってくらい、まともな時間を過ごしている。

 ただまあ、まともな時間を過ごすのと、それに際して意識がきちんとあるのに関連はないようで、僕は一日中脈がはやく打っているような気になり、何をしても手がつかないというか。要するに、緊張していたんだ。
 時間の流れはとてもゆっくりと感じられて、三十分に一度は時計を見てまだこんな時間かと思ってしまう。約束の七時まで、あと三時間。待ち合わせの四葉公園は家のすぐ近くにあるので、ほんとに間際になって出ても間に合う。天気予報で、今日は夜も気温が下がらない暑い日になるでしょうと言っていたから、ギリギリまで扇風機の回った家の中で涼んでいたかった。

 部屋のベッドで寝転がりながらめくる小説は、読んでも文字が頭のなかを滑ってしまい、ちっとも内容が頭に入らない。
「……ああ、もう止めよう、なんか勿体ない」
 これでは本にも申し訳ないと思い、僕は栞を挟んで枕元に本を置き、うっすらと目を薄める。

 何も集中できないなら、こうして時間を潰すしかない、のかな。
 結局、半分寝る、という手段を以て僕は約束までの時間を使うことにした。扇風機の風が心地よく、カーテンに遮光された部屋で僕は少しして微睡みの世界へと身を投げて行った。

 一応、約束の三十分前にアラームをかけていたのが功を奏した。そのまま数時間眠っていた僕は、午後の六時半に起き上がって着替えを済ませた。
 ……昨日、なんか部屋着そのままで大事な話をしちゃったから、今日はきちんとしていこう。前もってアイロンがけまで済ませて置いた真っ白いワイシャツに、薄い茶色のズボンを合わせる。……私服のセンスなんて無いに等しいようなものだからこれが限界だ。そもそも、基本インドアだから外出することなんて学校以外なかなか……。

 ポケットにスマホと財布をしまって、いい時間になったので僕は家を出た。
「うっ……」
 天気予報の言う通り、夜になってもまだ暑い、そんな空気だった。
 僕はペタペタと歩いて、待ち合わせ場所の四葉公園へと向かっていった。

 夜の公園は、さすがに遊んでいる子供もいなくて、近くの南郷通を行き交う車の走行音しか聞こえない。そんななか、僕は一人木のベンチに座り、及川さんが来るのを待った。
 待ち合わせの五分前に、聞きなれない履物の音がしてきて僕は顔を上げた。

「お、及川さん……?」
「ご、ごめんね陽平君……。ちょっと、時間がかかっちゃって……」
 そう申し訳なさそうな顔をする彼女は、浴衣を身に纏っていた。

 ピンクを基調とした、花柄の可愛らしい浴衣に、いつもセミロングの黒髪が目もとを少し隠しているけど、今日はそれを後ろでお団子にして結んでいて顔がよく見える。
「っ……ど、どうしたの……いや……えっと……」
 想定外の姿に、僕は何も言えなくなる。

「私はいいって言ったんだけど……茜と絵見が着るまで陽平のもとには行かせないって言うから……。茜のいとこさんのお下がりみたいなんだけどね。今年、茜は着ないって言うから、貸して……くれたんだ」
「そ、そうなんだ……」
「ど、どうかな……、変じゃ、ない……?」
「いっ、いや全然。そんなことないし寧ろ可愛いっていうか……あっ……」

 つい早口で思わず可愛いと言ってしまった。いや、本心なんだけどね。
「そんな、照れないでよ、陽平君……。私の方まで恥ずかしくなっちゃうよ」
「ご、ごめん……」
「それじゃあさ。いこっか。陽平君」

 及川さんは、緩やかに瞳を細めて、僕の顔の前に手を差し出しそう言った。
「……手、繋ご?」
 ……破壊力があり過ぎて、大変なんですけど……。
 結局のところ、手を繋いで僕と及川さんは公園から徒歩二十分くらいのところにある豊平川へと並んで歩き出した。

 豊平川も横断する南郷通は、チラホラと花火を見に行く人の姿が見られた。そのなかには男女二人でいる人もいて……。
「わ、私たちも付き合っている二人みたいに見られているのかな……陽平君」
 そして、同じ景色を見て、ほぼ同じ趣味を持っている及川さんは、僕と同じ感想を抱いてしまったようだ。

「……そ、そうなんじゃ、ないのかな……」
 いつもより鮮明に見える及川さんの顔を直視することができない時間が続くまま、僕は小さな声で答える。
「そこはもう少し自信持って答えてくれたほうが、ポイント高いと思うんだけどな……」
「ぼ、僕にはこれが限界です……」
 友達はできても、根っこのこういう部分はなかなか変わらない。ましてや、昔の僕を知っている及川さん相手だと。

 やがて、川のせせらぎが聞こえてくるようになり、人のざわめきも徐々に大きくなってきた。川にかかる水穂大橋から覗く堤防には、人の姿がまばらに映る。けど、まだここだとビルの影になって花火は見えないので、もう少し打ち上げ場所に近づかないといけない。

 ライトグリーンの水穂大橋を渡り、川沿いをひたすら西に進んで、ひとつ隣の一条大橋まで進む。ここまで行くと、きちんと夜空に浮かぶ花火を見ることができる。ここまで来ると、札幌市の中心部にも近づくので、一層人の数は多くなる。普段はこんなに川沿いが賑わうことはないのだけれど、夏の花火大会のときはその比じゃないくらい、人で溢れかえるんだ。

「どの辺で見ようか、陽平君」
「そうだね……僕は別にここでも全然いいけど、及川さんは?」
「私も、ここでいっかな。それにそろそろ打ち上げ時間だし。じゃあ、私ビニールシート持ってきたからさ、堤防に座って見ようよ」
 及川さんは手提げのカバンから二人が入るには十分な大きさのビニールシートを出して、草むらの上に敷く。

「あ、ありがと……ごめん、僕そこまで気が回ってなかった」
「ううん。全然。それよりさ……」
 彼女が敷いてくれたシートに腰を下ろした僕だったけど、隣に座る及川さんが耳元でそっと、

「もう少し、詰めて座ってくれても、いいと思うんだけどな……」
 僕に囁く。
「えっ、いやっ、そ、それはっ、その……」
 僕がドギマギしているその瞬間。どこからかこんな声がした。
「上がるぞ!」

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