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第一章

12-2 ゲイルの異変

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ということで、エドワードとマリアンヌが乗ってきたガルシア家の馬車に全員で乗り込む。
若干窮屈ではあるが、子どもなのでギリギリ乗れている。ここは我慢だ。

転移魔法を使うと言われ御者も最初は狼狽えていたが、平民で魔法を知らないためか、特に取り乱すこともなく…
むしろ恐縮した雰囲気で御者は固まっていた。

「………では、参ります」

魔法陣の完成とともにパッと光り、アルセウス伯爵邸の外壁の近くにいた。

「…ふふ、成功しましたわ」

珍しく嬉しそうなクローディアに、皆が優しい眼差しを向けている。

「こほん…失礼致しました」
「問題がなければ出してくれ」

恥ずかしそうに居住まいを正すクローディアに苦笑しながら、エドワードは御者に馬車を伯爵邸へ走らせるよう伝える。
転移してすぐは一瞬で景色が変わってしまったことに御者も興奮していた様だったが、すぐに落ち着いたのか程なく馬車は動き出した。

流石はガルシア侯爵家、御者も優秀な人材がそろっているようだ。

馬車の家紋を確認したオルセウス伯爵邸の門番が門を開いて馬車を迎え入れてくれる。

「………」

妙な緊張感がある。
まずは馬車からエドワードが降り、マリアンヌをエスコートする。

「お帰りなさいませ。マリアンヌ様」

次に僕が降りて、クローディアとアグニを伴って現れたものだから、オルセウス伯爵邸の執事は目を丸くしていた。
前触れもなくオーウェン家の人間が同乗していたのだから当然である。

「ただいま戻りました。ダン、ゲイルお兄様はいらっしゃるかしら?クローディア様とクライヴ様が久しぶりにお兄様に会いたいと来てくださったの」
「左様でございましたか。ゲイル様はお部屋にいらっしゃいますので、皆様は応接室でお待ちください。すぐに呼んでまいります」

高齢の執事…ダンはさすがベテランと言うべきか、一瞬で柔らかい笑みを浮かべると、突然の来訪者である僕らを快く応接室に案内してくた。



───カチャ…。

「…待たせた」

マリアンヌの侍女が紅茶やお菓子を準備し終えると、タイミング良くゲイルが現れた。

約半年ぶりだ。
さすがは成長期の男子…少し背が伸びたようだ。

マリアンヌがそっと手を払うと、侍女たちは部屋から出ていく。
主人の意を汲んでくれる優秀な侍女たちなのだろう。
だが、それ以上に…マリアンヌはきちんと貴族としての生活に馴染んでいるように見えた。

同じ転生者として、僕も見習わなくては…。

「…ゲイル」

僕が立ち上がり声をかけると、顔を歪めて拒絶の姿勢を見せるゲイル。

今まで全く交流のなかったクライヴから声かけられたのだ。
ゲイルはちらりとクローディアに視線を移すが、当の本人は紅茶を飲みながら、我関せずといった姿勢を貫いている。
その様子からも、今日も入れ替わりはことを理解したのだろう。

「っ…なんだ?クライヴ殿、貴方に気にかけてもらえるほどの交流は…私たちにはなかったと思うのだが…」
「突然申し訳ない。だが、えっと…もう…気づいていると思うが…「──何も…!」

一大決心の告白をゲイルの声に遮られ、僕は驚きに目を見開いて口を噤んでしまった。

「何も…聞きたくない。何も、言わないで欲しい。頼む…」

何故か悲痛な声を上げるゲイルに、再び心が揺れてしまう。
…だが、ここで臆しては仲直りなどもう出来なくなると思った。

「最初に、君が我が家に来た時から僕がクローディアとして君と会っていた。今まで騙していて済まなかった!」

一気に言い切り、僕は頭を下げる。

「なっ……?!」
「この3年…いや、もう4年か…ゲイル、君を騙し続けた。友人である君との時間が楽しくて、関係を壊したくなくて…ずっと言えなかった。いつか真実を知った君を傷つけることは分かりきっていたのに…」

顔を上げる勇気もなく、言い訳を並べて…
それでもこれが僕の本心だ。
ゲイルと友人でいたかったのだ。

「……ろ…」
「ゲイルの気持ちを考えれば、絶対許せないと思う。でも…僕は君との友情をなかったことにしたくないんだ。ゲイル!叶うなら、クライヴとしてこれからも…」

やっと頭を上げて視界に飛び込んで来たのは、今にも泣きそうなゲイルの顔だった。

「……めろ、やめろ!やめてくれ!!…私は…っ俺は…気づいていたんだ!」
「「………え?」」

僕らの様子をがっつり鑑賞していた外野から驚きの声が上がる。
視界の端で、マリアンヌがアグニの口を塞いでいる。
エドワードは、黙って…いや、口は出さないが視線だけはがっつりゲイルを見ている。
…凝視である。
我関せずと視線だけは逸らし続けているどこかのご令嬢とは真逆だ。

「………」
「はは…俺が気づいていないとでも…?」
「…だって、エドワードのパーティーで、ここまで似るものなのだなって…」

…ゲイルが気づいていた?一体どこで?!

「あぁ…そうだな…二人が並んでいる姿を見たのは、あの時が初めてだった…出会ったのが、何故嬢ではなかったのかと…本当に悔やんだ瞬間だったからな」

この流れはマリアンヌの予想当たってるんじゃ…?

「「………」」

外野の視線が痛い。ピシピシ肌に刺さっている。


「でも、気づいてはいたんだよな…?」
「あぁ…」

疲れきっていたゲイルの顔が、急に真剣さを帯びる。

「一体いつから?!言ってくれれば、僕だって…」
「言ってくれれば…か。知ってたさ。君が男だと…クライヴなのだと。出会ったその年のうちに…気づいていた。それでも友人であり続けたいと思い…いつの間にかお前を好きになっていた…と言ってもか?」
「「………」」

誰かの息を呑む声が聞こえた。
こればかりは誰も予想していなかっただろう。
ネットで話題になっていた予想の全てが当てはまっていると言っても過言では無い。

「その…好きというのは友人…として?」
「………お前はそうだったろうな。俺は違う。友人ではいられなかった。お前の一番でいたかった。ずっと悩んでいたのに…あの日、アグニが婚約者だと聞かされた俺の気持ちが分かるか…?」

マリアンヌは叫びたいのを我慢しているのか、自分の口を押さえている。
代わりに口を塞がれていたアグニは目を大きく見開き口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。
正直、外野の反応が悪目立ちしすぎて、話に集中出来ない。

「頼む…少しだけでいい…二人きりで話をさせてくれないか?」

恐らくゲイルも気になっていたのだろう。
むしろこの衆人環視の中でよく口に出したなと思う。

「…そうだな。ここは少し皆の目も気になるだろうから…どこで話そうか?」
「良ければ、俺の部屋に…」
「…分かった。すまないが、みんなは少しここで待っていてくれ」
「「………」」
「…分かった」

代表してエドワードが応えてくれる。
女性陣はなんと答えていいのか分からなかったのだろう。

「………っ」

微かな声に振り返ると心配そうに見つめるアグニがいた。
僕はそれに気づかなかったふりをして、ゲイルと応接室を後にした。





───パタンッ…。

「ゲイル…すまなかった、考えなしに押しかけて。言いづらいことを無理に言わせてしまった…」
「謝らないでくれ、久しぶりに顔が見れてよかった…」
「………」

ゲイルの部屋に来たはいいが…
正直なんと返していいのか考えあぐねている。

同性に…というより前世でも彼女はいなかったので、人に恋愛感情で好かれるというのは今回が初めてのことなのだ。
そんな恋愛初心者の僕に、いきなりこの案件はハードルが高すぎるのではないだろうか?

「クライヴ、俺はお前が男だと気づいていた。それでも何も言わなかったのは、お前が離れるんじゃないかと、友人としても会えなくなるのではないかと不安だったから」
「…うん」

僕と同じ理由だ…だが、言葉の持つ意味合いは大きく違うのだろう。
ゲームの時の飄々としていたゲイルからは考えられない程、目の前のゲイルは自信無さげに見えた。

「でも、それがいつの間にか独占欲に変わっていた。クライヴの特別は俺だけなんだって。こんな考えの俺がおかしいんだってことは、もうずっと分かっていた。それでも…あと少し、もう少しだけって誤魔化し続けて…あのパーティーで初めてドレスを着ていない本当のクライヴを見て、現実を突きつけられた」
「…僕が女装していたから、勘違いさせてしまったんだろ?本当にごめん」
「確かに…現実を突きつけられた。クライヴは男なんだと改めて認識させられた。なのに…俺の気持ちが変わらなかった。嬉しかった、俺の気持ちは本物なんだ、と…このままクライヴの一番の友達でいればいつかは…って!!」
「………」

…今、なんて言った?

頭では男だと分かっていたのにドレスを着ている僕が視覚的に女性だった所為で、ゲイルに勘違いさせてしまったんだと思っていた。

ドレスを着ていない僕を見て、思い直した…わけじゃない?

「…なのに、アグニとか言う女が…婚約者?」
「……ゲ、ゲイル…?」

…なんだかこの不穏な空気は覚えがある。

「あのやり取りですぐに分かった…クライヴ、お前はアグニにおどされてるだけだって。本当は望んでいないんだって。でも、怖くて踏み出せなかった…俺はお前に拒絶されたら、立ち直れないっ…だから!!アグニについて知ってる令嬢がいないか、夜会で聞き回ってお前の傍からあの女を引き離せないかって、そればかり考えるようになって…」
「え?あの噂は、アグニのことを調べていたのか?!」

とんだ誤解だった。
情報元のあいつらがややこしい言い回しするから!

なんと言うか…色々絡んだ結果、ゲイルには辛い告白をさせてしまっただけで終わったような…。
オルセウス家嫡男としての立場などの心配はあるが…
マリアンヌは言いふらすような娘じゃないと思っている。

「お前に会えば…いや、違う…それだけじゃなくて…あの夜会から…お前に会ってはいけないような気がして…でも、そう考える度に当たり前のように隣に立っていたあの女が心底気に入らなかった…」
「…え?」

…さっきから何言ってるんだ?

「クライヴを取られるかと思って、少し焦ってしまったが…なんてことはない、ただの小娘だった。それに、クライヴも俺と友人でいたいと思ってくれたから、今日は会いに来てくれたんだろう?」
「…?あぁ、そう…だな」

肩を掴まれ、ゲイルは項垂れるように顔を下げている。

僕は確かにゲイルと友人でいたい。
でも、恐らくゲイルの想いとは全く違うはずだ。
僕はゲイルの想いに応えることは出来ない…それでも彼はいいのだろうか?

「頼むよ…俺を選んでくれ、クライヴ…」
「………」

…みんなで仲良くはダメだったらしい。

「クライヴ…?何故黙っているんだ?あのドレスも、その長い髪も俺を想ってくれての事なのだろう?」
「え…いや、それは違う!ゲイル、とりあえず落ち着いて話をしよう…っっ?!」

…ぐっ、やっぱり僕がそっちの趣味だと思ってるのか?
そんなことを考えながら慌てて否定すると、肩を掴んでいたゲイルの手に力が込められた。

「…ぁ…あぁ、やっぱり…俺よりあの女を選ぶのか?クライヴ…それだけは許せない…俺は、お前だけなのに!!」

ゲイルの声から感情が抜け落ちる。
一瞬、僕を見るゲイルの瞳が濁っている気がした。



───ダンッ!!

肩を掴んでいたはずのゲイルに首を掴まれ、僕は背後のドアに押し付けられた。
尋常じゃない力で持ち上げられ、ありえない事に身体が浮いていた。

「ぅ…ぐ……ゲ、イル……っ!?」

首に全体重がかかり骨が軋む音が聞こえる。

「あぁ…ずっと…こうしたかったんだ…俺は。こうやってお前を殺したくてたまらなかった…この半年。ははっ…何を躊躇っていたんだろう?抑え込んだって、俺が辛いだけなのに…クライヴ…俺を愛してると言ってくれないか…?」

恍惚とした表情で不穏なセリフを言ってのけるゲイルは、ギリッ…と首を絞める手の力を込める。
…言ってる事がめちゃくちゃだ!
僕に好かれたいのか、僕を殺したいのかどっちだよ?!

「大丈夫、お前を殺したら…俺もすぐ死ぬから…」
「っ───?!」

殺される方だったー!!

「愛してる…クライヴ。愛してくれないなら共に逝こう…」


狂気に歪みつつも端正なゲイルの顔がゆっくりと僕に近づいていた。
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