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第二章~Re: start~
決して離縁は致しません side セドリック
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ダリアがリーシャ達のいる屋敷に向かったという報せを聞いて、全てを投げ出して馬を走らせてきた。
馬車で三日はかかる距離だが、馬ならば一日で着く。
ダリアの方が先についてしまうにしても…余裕で間に合うものだと思っていた。
屋敷に駆け込み全ての部屋を確認するが、リーシャもイーリスも見当たらなかった。
最後の望みをかけて執務室の扉を開けると、デスクにはダリアが座っていた。
「───!!」
「随分と遅かったですね…」
「リーシャとイーリスは何処にいるんだ?…まさか追い出したのか?」
「………謝罪もなしに不躾ですね…とても、先に約束を破った方の言葉とは思えませんわね…」
「……済まなかった。頼むからリーシャとイーリスの居場所を教えてくれないか?ダリア…あの二人を解放して欲しい」
「………」
ダリアはイスから立ち上がると窓から庭を見下ろす。
「……あの二人なら地下牢に閉じ込めているわ」
「済まない、またあとで話そう…」
そう言い残し地下牢へと急いで向かう。
まだ間に合うと信じて…。
腐臭が充満する地下牢の空気に耐えきれず、ハンカチを取り出す。
…こんな所にあの二人を閉じ込めたのか?!
込み上げる怒りと吐き気に耐えながら、ハンカチで口を覆い地下牢を進んでいく。
奥に進むにつれ、臭いが酷くなる。
「……イーリス!!」
そうして地下牢の一室で、床で膝を抱えたまま座っているイーリスを見つけて思わず鉄格子を握って叫ぶ。
扉には鍵がかかっており、揺らしたところでガシャガシャと音が響くだけで開けることは出来なかった。
「チッ…!!」
そんな私を見つめながら微動だにしないイーリスに不安を覚える。
よく見ると綺麗に伸ばしていたはずの金髪が真っ白になってしまっている。
「………?」
この短い間に一体何があったというのだろうか…。
そこで、ベッドの上の不自然な膨らみに気づいた。
満遍なくシーツがかけられてはいるが、一度それに気づいてしまえば分からないはずがなかった。
「────!!」
言葉にならず膝から崩れ落ちてしまう。
リーシャの亡骸に他ならなかった。
シーツの隙間からわずかに覗かせている細い腕…よく見ると小柄だったイーリスも更にやせ細ってしまっていた。
一体いつからここに閉じ込められていたのか…。
この酷い腐臭はリーシャの遺体から出ていたのだと気づく。
唇を震わせることしか出来ない私の前で、イーリスはゆっくり足を下ろすとそのまま頭を下げる。
床におでこを擦り付けて、土下座をしていた。
「お父様、お願いします。お母様を埋葬させてください…」
「っ…───!!」
ダリアの外出の報せを受けてたったの一日だった。
報せを持って来るのに多少時間がかかったとしても、二、三日の事だろうと高を括っていた。
一秒でも早くイーリスをここから出してあげたくて、急いでダリアの元へと向かう。
ようやく気づく。
私はちっとも間に合ってなど居なかったのだ、と…。
「イーリスを、今すぐ出してやって欲しい…」
私はダリアへ土下座をして頼み込んだ。
当主であることの矜恃など、今はなんの役にも立たないことは分かりきっていた。
ダリアを説得出来なければ、このままイーリスも失うことになるのは明白だった。
「……今更…そんなことをしてもあの女は生き返りませんのよ?」
「………」
「私が五年前…あなたに懇願した時、なんと仰ったか覚えていらっしゃいますか?」
「………済まなかった…」
「覚えていらっしゃるんでしょう?もう一度、仰ってください…さぁ!!」
「───……子どもを、産めなかったそなたが悪い。一夜の過ちでも…イーリスは私の血を引いている。伯爵家の子として育てて何が悪いのだ、と…」
今更自分の言葉を悔いたところでなんの役にも立たないことは分かっている。
だが、もし…もしも、もう少しだけきちんとダリアに向き合えていたなら…このような悲劇は起きなかったのではないか、と…考えてしまう自分がいた。
「………ええ、そうです…私が悪かったのです。結婚して四年…私はあなたの子を身ごもることが出来なかったのですから…だから、私はあの女と!その娘の住む屋敷をこうして用意して差し上げたではありませんか!!」
「………」
「それがどうです?アネスティラと嫡男であるシリウスまで産まれたというのに…まだあの女と繋がっていただなんて!!」
「……済まなかった。だが…君の望んだとおりリーシャもう居ないのだ。せめて…イーリスのことは許して貰えないか?」
「………セドリック様…あの娘は本当にセドリック様の娘なのですか?」
「何故だ?今は白くなっていたが、そなたもイーリスの金髪を見たのだろう?私の金髪を受け継いでいるのだ…」
「この国に、金髪の男性が自分だけだと…?」
「………」
「直に見て分かりました。確かにアネスティラと比べると少し小柄なので同年だと言われればそう見えなくもありませんが、中身の成熟具合を見ればあの子はもっと前に産まれていたはずです…セドリック様もご存知だったのでは…?」
「………」
…気づいていた。
元々体格は小柄ではあったが、同年代の子ども達を大人のいない一座でまとめていたのがイーリスだったのだから。
まとめ役は普通ならば年長者が自然と請けおうもの。
あの年齢の子ども達がイーリスの言うことをしっかり聞いていたのは、共に過ごした年月から最年長がイーリスであることをあの子らが認識していた何よりの証だった。
「そんな嘘を見逃してまで…あの女を手に入れたかったのですか…?」
ダリアに頬を掴まれて顔を上げさせられる。
「…そうだ」
「その女は…もう死んでしまいましたよ?ふふふっ…あなたの本当の子を身ごもりましたから…この手で殺してしまいました。セドリック様、私が憎いですか?」
「───」
「…あの娘を助けたいですか?」
「何でもする。どうしたら…あの子を見逃してくれる?」
ケラケラと狂ったように笑い出すダリア。
「五年前にもお伝えしましたが、もう一度お伝えしておきますね。セドリック様、あなたとは決して離縁は致しません」
「……分かっている」
「あの娘は養女として私が伯爵家に連れて帰ります。ですが、私がする事に決して口を出さないでください」
「………それは…」
「安心してください、今回のような無体なことは致しません。余程あの娘が問題を起こさない限りは…」
「………分かった」
「それから…成人すればあの娘は伯爵家から出しますので、それまでに嫁ぎ先を見つけるなりして頂かないと、平民として町に捨てることになると思います」
「分かった、成人までに嫁ぎ先を見つけるようにしよう…」
「最後に……もう二度と、他の女に手を出すようなことはならさないでくださいね?」
「………もちろんだ」
「でなければ、怒りのあまり…あの女にそっくりな娘を殺してしまうかもしれません…」
「………」
そう言って目の前に鍵が置かれる。
怒りはあったが私は黙って鍵を拾い執務室を出る。
ふと、気になって振り向く。
閉まるドアの先で、ダリアの背中が震えているように見えた。
馬車で三日はかかる距離だが、馬ならば一日で着く。
ダリアの方が先についてしまうにしても…余裕で間に合うものだと思っていた。
屋敷に駆け込み全ての部屋を確認するが、リーシャもイーリスも見当たらなかった。
最後の望みをかけて執務室の扉を開けると、デスクにはダリアが座っていた。
「───!!」
「随分と遅かったですね…」
「リーシャとイーリスは何処にいるんだ?…まさか追い出したのか?」
「………謝罪もなしに不躾ですね…とても、先に約束を破った方の言葉とは思えませんわね…」
「……済まなかった。頼むからリーシャとイーリスの居場所を教えてくれないか?ダリア…あの二人を解放して欲しい」
「………」
ダリアはイスから立ち上がると窓から庭を見下ろす。
「……あの二人なら地下牢に閉じ込めているわ」
「済まない、またあとで話そう…」
そう言い残し地下牢へと急いで向かう。
まだ間に合うと信じて…。
腐臭が充満する地下牢の空気に耐えきれず、ハンカチを取り出す。
…こんな所にあの二人を閉じ込めたのか?!
込み上げる怒りと吐き気に耐えながら、ハンカチで口を覆い地下牢を進んでいく。
奥に進むにつれ、臭いが酷くなる。
「……イーリス!!」
そうして地下牢の一室で、床で膝を抱えたまま座っているイーリスを見つけて思わず鉄格子を握って叫ぶ。
扉には鍵がかかっており、揺らしたところでガシャガシャと音が響くだけで開けることは出来なかった。
「チッ…!!」
そんな私を見つめながら微動だにしないイーリスに不安を覚える。
よく見ると綺麗に伸ばしていたはずの金髪が真っ白になってしまっている。
「………?」
この短い間に一体何があったというのだろうか…。
そこで、ベッドの上の不自然な膨らみに気づいた。
満遍なくシーツがかけられてはいるが、一度それに気づいてしまえば分からないはずがなかった。
「────!!」
言葉にならず膝から崩れ落ちてしまう。
リーシャの亡骸に他ならなかった。
シーツの隙間からわずかに覗かせている細い腕…よく見ると小柄だったイーリスも更にやせ細ってしまっていた。
一体いつからここに閉じ込められていたのか…。
この酷い腐臭はリーシャの遺体から出ていたのだと気づく。
唇を震わせることしか出来ない私の前で、イーリスはゆっくり足を下ろすとそのまま頭を下げる。
床におでこを擦り付けて、土下座をしていた。
「お父様、お願いします。お母様を埋葬させてください…」
「っ…───!!」
ダリアの外出の報せを受けてたったの一日だった。
報せを持って来るのに多少時間がかかったとしても、二、三日の事だろうと高を括っていた。
一秒でも早くイーリスをここから出してあげたくて、急いでダリアの元へと向かう。
ようやく気づく。
私はちっとも間に合ってなど居なかったのだ、と…。
「イーリスを、今すぐ出してやって欲しい…」
私はダリアへ土下座をして頼み込んだ。
当主であることの矜恃など、今はなんの役にも立たないことは分かりきっていた。
ダリアを説得出来なければ、このままイーリスも失うことになるのは明白だった。
「……今更…そんなことをしてもあの女は生き返りませんのよ?」
「………」
「私が五年前…あなたに懇願した時、なんと仰ったか覚えていらっしゃいますか?」
「………済まなかった…」
「覚えていらっしゃるんでしょう?もう一度、仰ってください…さぁ!!」
「───……子どもを、産めなかったそなたが悪い。一夜の過ちでも…イーリスは私の血を引いている。伯爵家の子として育てて何が悪いのだ、と…」
今更自分の言葉を悔いたところでなんの役にも立たないことは分かっている。
だが、もし…もしも、もう少しだけきちんとダリアに向き合えていたなら…このような悲劇は起きなかったのではないか、と…考えてしまう自分がいた。
「………ええ、そうです…私が悪かったのです。結婚して四年…私はあなたの子を身ごもることが出来なかったのですから…だから、私はあの女と!その娘の住む屋敷をこうして用意して差し上げたではありませんか!!」
「………」
「それがどうです?アネスティラと嫡男であるシリウスまで産まれたというのに…まだあの女と繋がっていただなんて!!」
「……済まなかった。だが…君の望んだとおりリーシャもう居ないのだ。せめて…イーリスのことは許して貰えないか?」
「………セドリック様…あの娘は本当にセドリック様の娘なのですか?」
「何故だ?今は白くなっていたが、そなたもイーリスの金髪を見たのだろう?私の金髪を受け継いでいるのだ…」
「この国に、金髪の男性が自分だけだと…?」
「………」
「直に見て分かりました。確かにアネスティラと比べると少し小柄なので同年だと言われればそう見えなくもありませんが、中身の成熟具合を見ればあの子はもっと前に産まれていたはずです…セドリック様もご存知だったのでは…?」
「………」
…気づいていた。
元々体格は小柄ではあったが、同年代の子ども達を大人のいない一座でまとめていたのがイーリスだったのだから。
まとめ役は普通ならば年長者が自然と請けおうもの。
あの年齢の子ども達がイーリスの言うことをしっかり聞いていたのは、共に過ごした年月から最年長がイーリスであることをあの子らが認識していた何よりの証だった。
「そんな嘘を見逃してまで…あの女を手に入れたかったのですか…?」
ダリアに頬を掴まれて顔を上げさせられる。
「…そうだ」
「その女は…もう死んでしまいましたよ?ふふふっ…あなたの本当の子を身ごもりましたから…この手で殺してしまいました。セドリック様、私が憎いですか?」
「───」
「…あの娘を助けたいですか?」
「何でもする。どうしたら…あの子を見逃してくれる?」
ケラケラと狂ったように笑い出すダリア。
「五年前にもお伝えしましたが、もう一度お伝えしておきますね。セドリック様、あなたとは決して離縁は致しません」
「……分かっている」
「あの娘は養女として私が伯爵家に連れて帰ります。ですが、私がする事に決して口を出さないでください」
「………それは…」
「安心してください、今回のような無体なことは致しません。余程あの娘が問題を起こさない限りは…」
「………分かった」
「それから…成人すればあの娘は伯爵家から出しますので、それまでに嫁ぎ先を見つけるなりして頂かないと、平民として町に捨てることになると思います」
「分かった、成人までに嫁ぎ先を見つけるようにしよう…」
「最後に……もう二度と、他の女に手を出すようなことはならさないでくださいね?」
「………もちろんだ」
「でなければ、怒りのあまり…あの女にそっくりな娘を殺してしまうかもしれません…」
「………」
そう言って目の前に鍵が置かれる。
怒りはあったが私は黙って鍵を拾い執務室を出る。
ふと、気になって振り向く。
閉まるドアの先で、ダリアの背中が震えているように見えた。
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