【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

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第二章~Re: start~

あなたにお願いしようと思って

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「…今日、礼儀作法の先生から褒められたのよ」

久しぶりにダリアから呼び出されていた。
ついさっきまで、シリウスに頼まれて書庫で一緒に本を探すという楽しい時間を過ごしたはずなのに、既にテンションは急降下してしまっている。

「礼儀作法の授業は修了にしても問題ないのですって…?」
「……はい、一生懸命頑張ったのでとても嬉しいです」

嫌な予感に若干顔が強ばってしまう。
たしかアネスティラの礼儀作法の授業は過去と現在含めて進捗具合が良くなかったはず。
どうやら、目立ちすぎたようだった。

「私ね、あなたを平民育ちだと先生に伝えてあったの…それなのにアネスティラよりも成績が良いだなんて…どれほど恥ずかしかったか、あなたに分かるかしら?」
「……配慮が足らず、申し訳ありませんでした」
「その言葉使い…気に入らないわね」
「申し訳ありません…」
「あなたはすぐ謝ってくるけれど本当に理解しているのかしら?」
「今後は、アネスティラお嬢様の進捗に合わせて…」
「はぁ…そうじゃないでしょう?」
「………」
「あの子が恥をかくことがないようアネスティラのレベルを上げれば済む話でしょう?」

それが出来るなら過去のあなたはあんなに苦労することは無かったはすです。
…とは言えず、曖昧に笑って濁してしまう。

「これから手を抜いたところで意味は無いわよ。アネスティラの成績が悪いければその責任はあなたにとってもらうことになるから…しっかり覚悟しておいてちょうだい」
「……かしこまりました」

とりあえず今日のところは懲罰を免れられそうだと安堵してしまう。

「………せっかく来たのだから、あなたもお茶を飲んでいきなさい」
「有り難いお申し出なのですが、これからアネスティラお嬢様のところへ伺って早速授業の準備に取り掛かりたいと…」
「礼儀作法の先生から、そんな対応を学んだのかしら…?」
「……失礼致しました」
「席に着きなさい」

仕方なくダリアの対面に腰を下ろす。

ティーポットからカップにそのまま紅茶が注がれる。
砂糖もミルクも混ぜられることなく私の前にティーカップが置かれたことで覚悟を決めて紅茶を飲む。

その様子をじっと見つめるダリア。

「……作法はあの女が教えたの?」
「はい、お母様に教えて頂きました…」

私に家庭教師がついていなかったことは少し調べれば分かる情報だ。
回帰前に学んだことを嘘をついてまで誤魔化す必要はない。
むしろこれはお母様への評価を変えるチャンスだった。

「そう、素晴らしいことだわ…」
「……恐縮です」
「アネスティラはね…コンラッド王子殿下に憧れているのよ。あなたはコンラッド王子を知っていたかしら…」
「いえ、私は王族の方とお会いしたことはありませんので…」
「そうね…そうだったわね。それで、仮にアネスティラが王子妃となることが出来た場合の話なのだけれど…」
「………はい」

不敬とも捉えられかねない話題に返事に詰まってしまう。

「きっと伯爵家からの王子妃は色々と問題も多いと思うの」
「………」
「よく…歴史でも聞くでしょう?暗殺だとか、毒殺だとか…」
「………」
「これからは、アネスティラの毒味役もあなたにお願いしようと思って…まぁ、予行演習だと思ってやってみてくれないかしら?」
「………かしこまりました」
「まぁ!とっても嬉しいわ。もちろん伯爵家の食事に毒が入ることなんて有り得ないから心配しないでちょうだい。アネスティラが毒味の後に手をつけることを覚えて貰うためのものだから…あまり気負わないで、ね?」

まさかこんな形で回帰前と同じように嫌がらせを受けることになるとは…。
妖しく光るダリアの瞳を見つめながらにっこり微笑んでみせる。

「…はい、誠心誠意勤めさせて頂きます」



それからは確実にアネスティラの口に入らない過程でのみ、私は毒を飲まされることになった。

例えば、アネスティラに出される飲食物に混ぜ物は当然入っていないが、毒味の際に私が使用するカップ自体に遅効性の毒でも塗られてあるのか私は度々体調崩すことになった。
それでも私が騒ぎを起こすことは無かった。

それが癪に触ったのかダリアの凶行は徐々にエスカレートしていった。

まさにあのマナー教育のお茶会に近いものだった。
ダリアの私室に呼び出され目の前で直接毒が盛られたお茶を飲みきるまで帰して貰えなかったり、セドリックの帰りが遅くなった時は帰宅するまで私に鞭を振るった。

「……どうしてセドリックには私の思いが伝わらないのかしら…」
「………」
「あなたもこんなに辛い思いはしたくないでしょう?」

グイッと髪を掴まれ、顔を上げさせられる。
鞭打ちの痛みで意識が飛びかけていた私は、薄らと目を開けると目の前にあるダリアの顔を見つめる。

「………」

絶対に命乞いはしたくなかった。
ダリアにだけは…。
だから、どんなに酷い扱いをされようとも、私はダリアから視線を外すことはしなかった。

「───」

ダリアの瞳に怯えの色が映り、私の髪を掴んでいた手が離された拍子に床へと崩れ落ちる。
そんな私から何故か距離を取るように後ずさりをするダリア。

「……?」
「…今日はもう戻っていいわ」
「……かしこまりました、失礼致します」

お仕着せを身につけてよろよろと立ち上がると一礼をして退室する。
なんとか意識を保って部屋まで戻るとずるずると床に座り込んでしまう。

やり直そうとダリアは変わらない。
その事実が嬉しくて…辛かった。
お仕着せはそのまま床に脱ぎ捨てると、清潔な綿の寝間着を羽織ってベッドへ倒れ込む。

「っ………」

使用人になったことで、回帰前のように薬を常備することも難しくなってしまった。
私は気を失うように眠りにつき、焼けるような背中の痛みをやり過ごす。
この痛みが私の復讐心をゆっくり育てていくのだと信じて…。



しかし、程なく私がダリアの癇癪に付き合わされているという噂が流れたのか、いつからか使用人達は明らかに私を憐れんでくれるようになった。
さらには部屋の前に軟膏を置いてくれていたり、甘いお菓子を置いてくれていることもあった。

特に助かったのは、時間が空く度にキッチンのお手伝いを頼まれるようになったことだった。
下準備の手伝いの合間に料理を教わる傍ら、料理長のロアンはお礼と称して余り物や賄いなどをちょこちょこ私に食べさせてくれた。
安心安全で出来上がったばかりの美味しい料理を食べることが出来たおかげで、回帰前のように目に見えて私がやつれるようなことはなかったのだった。
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