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第三章〜Another end〜
深夜の密談③
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───コンコン…コン…ココン…!
深夜、シリウス様の私室の前で壁にノックをする。
隠し通路が開かれると、不機嫌そうな顔のシリウス様が立っていた。
「……ご主人様!ただいま戻りました」
「ご苦労だった。父上の落とし胤はなかったか?」
シリウス様はソファーに座ると、カップに紅茶を注いで押し出してくれる。
私はシリウス様の対面に遠慮なく座るとカップに口を付けて喉を潤す。
「ふぅ…はいっ!契約終了に関しても、予め賃金を上乗せしておいたので反発なく受け入れて貰えました。むしろあの最強の避妊薬を今後販売して欲しいという声が多かったです」
「まぁ、避妊薬なんて娼婦くらいにしか需要はないだろうだしね」
追加の報告書をテーブルに置きながらちらりとシリウス様を見る。
「……馬を預けに行った時、レオからアイリスちゃんの誘拐の件を聞きました…」
「………」
「申し訳ありません、私が領地にまで足を伸ばしていなければ…いつものように公爵邸までお送りすることが出来たのに…」
荒仕事は私の担当だった。
シリウス様がアイリスちゃんを送れない時は、いつも私がこっそりついて行って無事に帰宅する姿を確認していたのだ。
当初はシリウス様が自らアイリスちゃんを送り届ける予定だったので、私も後回しにしていた領地の片付けを済ませてしまおうと軽く考えて行動してしまった。
しかも今回は待ち伏せではなく、背後からの弓に襲われてしまったと聞いた…
「私がいれば…後ろから近づく刺客達に気づくことが出来たはずなのに…」
「…アストラスの調査と頃合いを見て領地の後片付けを頼んでおいたのは私だ。君が気にすることじゃない」
「…まぁ、それもそうですね!」
「………」
過ぎたことをいつまでもうじうじしていても仕方ない、と素直に納得したら何故かシリウス様に睨まれてしまった。
「それに!私が言ったとおり…バニッシュ卿を生かしておいて良かったでしょう?彼がペルージャン公爵邸まで襲撃を報せてくれたと聞きましたよ?」
「……はぁ、一番最初に狙われた上、発煙筒を奪われて這いずることしか出来なかったただの無能な護衛騎士じゃないか…目障りなことに変わりない」
「ふふっ、そこはご主人様の手腕で上手く手綱を握るしかないでしょう。下手に排除して騎士団長が出張ってきても厄介ですし、何より若さ故の素直さを持っているバニッシュ卿の方がご主人様も扱い安いでしょう?」
「まぁ…リュークのことはもういいよ。今回の件でアイリスの護衛騎士を外れることになってしまったからね」
おや、それは初耳だ。
「それは…護れなかった責任を取って、ですか?」
「いや、怪我のせいで利き腕が動かなくなったらしい…それが原因かは分からないが、ペルージャン公爵家での雇用解除を本人が希望したそうだ」
「………そうですか」
力だけは人一倍はあるがただそれだけ…
もし使い物にならなくなったら、黒狼の中で真っ先に切り捨てられるのは恐らく私だろう。
逆にシリウス様が絶対の信頼を寄せているのは間違いなくジョージだ。
ガリガリで平均男性より力がない上、変なところでビビりなくせに何故か罪悪感が欠落している不思議な中年男性。
シリウス様から言われたことはどんなことでも忠実にこなしてみせる黒狼のリーダーだ。
まぁほんっと~に非力なので、ちょっとした力仕事でも私を頼らざるを得ないところが玉に瑕ではあるが…
むしろよく私をこんな怪力に育てられたものだと未だに不思議ではある。
「それより…戻ったばかりで悪いが至急、モートン王国とロマ帝国の内情を調べてきて欲しい」
「…え?ロマ帝国もですか?」
モートン王国についてなら今までもよく頼まれていた。
シリウス様が言っていたとおり…
ここ数年、モートン王国はシャダーリンへ宣戦布告しようと画策していた。
かつてシリウス様の見た悪夢が、現実になろうとしている証だった。
現在、シャダーリン王家とは良好な関係を築けているものの…
アイリスちゃんがモートン王家の末裔だと知られれば、欲を出したシャダーリン王家がシリウス様の逆鱗に触れる可能性はある。
何としても…
モートン王国の宣戦布告は食い止めなければならない。
「アイリスとの婚姻のためにも…至急手柄を立てなければならなくなったんだ」
「それはまた…随分とアイリスちゃんの養父様には嫌われてしまったようですね」
「はぁ…キーファ・バロルードが暴露してくれたおかげで、アイリスとは婚姻までデートも禁止にされてしまったよ…」
悪びれる様子もなく言って退けるシリウス様には、さすがに呆れるしかない。
「可哀想なアイリスちゃん…きっとシリウス様に会えなくて寂しがっていますね?」
「それで公爵が折れてくれれば良かったが…今回はアイリスのおねだりでも無理だったんだ」
そう言いながらテーブルを指で弾き始めたシリウス様。
おそらく頭の中では、最短で爵位を上げるにはどのような方法が効率的かと考えているのだろう。
それでも私がすることは変わらない。
シリウス様が望む有益な情報を取りこぼすことなく集めるのみ。
それをどう生かすかはシリウス様が決めることだ。
情報ギルドへの前金はジョージに言って多めに準備してもらおう。
「……まぁでも、妊娠が嘘だったのは良かったと思いますよ?アイリスちゃんがお腹の膨れた新婦さんになろうもんなら王妃様も許さなかったでしょうし」
「…そうだね。少し残念ではあったけど、コンラッドが変な気を起こさないようしっかり釘は刺せたし、今回は痛み分けかな」
「ん~、一国の王太子とはいえ…既に婚約者のいるアイリスちゃんを無理やり娶るとしたら、恐らくそんなことは気にしないと思いますよ?」
「はぁ…分かってるさ。ようやく侯爵位に空席も出来たし、横やりが入る前にさっさと爵位を取りに行かないとだしね」
「ふふっ、公爵令嬢であるアイリスちゃんが伯爵夫人と呼ばれるのは締りが悪いですからね?」
「…そういうことだ。引き続き、よろしく頼むよリニィ」
「お任せください、ご主人様」
紅茶を飲み干しサッと立ち上がる。
「…かつてお声がけいただいた時はなんの冗談かと思いましたが…あの時、シリウス様を信じて良かったです!」
「………無駄口を叩く暇があったら…」
「はいっ!!直ぐに必要な情報を集めてお持ちしますね!!うふふっ!ではでは失礼致しま~す」
どうやらシリウス様の中ではあの日のことは黒歴史になっているらしい。
笑いを堪えきれず急いで隠し通路へ退散する。
「……よ~し、がんばるぞぉ!!」
深夜、シリウス様の私室の前で壁にノックをする。
隠し通路が開かれると、不機嫌そうな顔のシリウス様が立っていた。
「……ご主人様!ただいま戻りました」
「ご苦労だった。父上の落とし胤はなかったか?」
シリウス様はソファーに座ると、カップに紅茶を注いで押し出してくれる。
私はシリウス様の対面に遠慮なく座るとカップに口を付けて喉を潤す。
「ふぅ…はいっ!契約終了に関しても、予め賃金を上乗せしておいたので反発なく受け入れて貰えました。むしろあの最強の避妊薬を今後販売して欲しいという声が多かったです」
「まぁ、避妊薬なんて娼婦くらいにしか需要はないだろうだしね」
追加の報告書をテーブルに置きながらちらりとシリウス様を見る。
「……馬を預けに行った時、レオからアイリスちゃんの誘拐の件を聞きました…」
「………」
「申し訳ありません、私が領地にまで足を伸ばしていなければ…いつものように公爵邸までお送りすることが出来たのに…」
荒仕事は私の担当だった。
シリウス様がアイリスちゃんを送れない時は、いつも私がこっそりついて行って無事に帰宅する姿を確認していたのだ。
当初はシリウス様が自らアイリスちゃんを送り届ける予定だったので、私も後回しにしていた領地の片付けを済ませてしまおうと軽く考えて行動してしまった。
しかも今回は待ち伏せではなく、背後からの弓に襲われてしまったと聞いた…
「私がいれば…後ろから近づく刺客達に気づくことが出来たはずなのに…」
「…アストラスの調査と頃合いを見て領地の後片付けを頼んでおいたのは私だ。君が気にすることじゃない」
「…まぁ、それもそうですね!」
「………」
過ぎたことをいつまでもうじうじしていても仕方ない、と素直に納得したら何故かシリウス様に睨まれてしまった。
「それに!私が言ったとおり…バニッシュ卿を生かしておいて良かったでしょう?彼がペルージャン公爵邸まで襲撃を報せてくれたと聞きましたよ?」
「……はぁ、一番最初に狙われた上、発煙筒を奪われて這いずることしか出来なかったただの無能な護衛騎士じゃないか…目障りなことに変わりない」
「ふふっ、そこはご主人様の手腕で上手く手綱を握るしかないでしょう。下手に排除して騎士団長が出張ってきても厄介ですし、何より若さ故の素直さを持っているバニッシュ卿の方がご主人様も扱い安いでしょう?」
「まぁ…リュークのことはもういいよ。今回の件でアイリスの護衛騎士を外れることになってしまったからね」
おや、それは初耳だ。
「それは…護れなかった責任を取って、ですか?」
「いや、怪我のせいで利き腕が動かなくなったらしい…それが原因かは分からないが、ペルージャン公爵家での雇用解除を本人が希望したそうだ」
「………そうですか」
力だけは人一倍はあるがただそれだけ…
もし使い物にならなくなったら、黒狼の中で真っ先に切り捨てられるのは恐らく私だろう。
逆にシリウス様が絶対の信頼を寄せているのは間違いなくジョージだ。
ガリガリで平均男性より力がない上、変なところでビビりなくせに何故か罪悪感が欠落している不思議な中年男性。
シリウス様から言われたことはどんなことでも忠実にこなしてみせる黒狼のリーダーだ。
まぁほんっと~に非力なので、ちょっとした力仕事でも私を頼らざるを得ないところが玉に瑕ではあるが…
むしろよく私をこんな怪力に育てられたものだと未だに不思議ではある。
「それより…戻ったばかりで悪いが至急、モートン王国とロマ帝国の内情を調べてきて欲しい」
「…え?ロマ帝国もですか?」
モートン王国についてなら今までもよく頼まれていた。
シリウス様が言っていたとおり…
ここ数年、モートン王国はシャダーリンへ宣戦布告しようと画策していた。
かつてシリウス様の見た悪夢が、現実になろうとしている証だった。
現在、シャダーリン王家とは良好な関係を築けているものの…
アイリスちゃんがモートン王家の末裔だと知られれば、欲を出したシャダーリン王家がシリウス様の逆鱗に触れる可能性はある。
何としても…
モートン王国の宣戦布告は食い止めなければならない。
「アイリスとの婚姻のためにも…至急手柄を立てなければならなくなったんだ」
「それはまた…随分とアイリスちゃんの養父様には嫌われてしまったようですね」
「はぁ…キーファ・バロルードが暴露してくれたおかげで、アイリスとは婚姻までデートも禁止にされてしまったよ…」
悪びれる様子もなく言って退けるシリウス様には、さすがに呆れるしかない。
「可哀想なアイリスちゃん…きっとシリウス様に会えなくて寂しがっていますね?」
「それで公爵が折れてくれれば良かったが…今回はアイリスのおねだりでも無理だったんだ」
そう言いながらテーブルを指で弾き始めたシリウス様。
おそらく頭の中では、最短で爵位を上げるにはどのような方法が効率的かと考えているのだろう。
それでも私がすることは変わらない。
シリウス様が望む有益な情報を取りこぼすことなく集めるのみ。
それをどう生かすかはシリウス様が決めることだ。
情報ギルドへの前金はジョージに言って多めに準備してもらおう。
「……まぁでも、妊娠が嘘だったのは良かったと思いますよ?アイリスちゃんがお腹の膨れた新婦さんになろうもんなら王妃様も許さなかったでしょうし」
「…そうだね。少し残念ではあったけど、コンラッドが変な気を起こさないようしっかり釘は刺せたし、今回は痛み分けかな」
「ん~、一国の王太子とはいえ…既に婚約者のいるアイリスちゃんを無理やり娶るとしたら、恐らくそんなことは気にしないと思いますよ?」
「はぁ…分かってるさ。ようやく侯爵位に空席も出来たし、横やりが入る前にさっさと爵位を取りに行かないとだしね」
「ふふっ、公爵令嬢であるアイリスちゃんが伯爵夫人と呼ばれるのは締りが悪いですからね?」
「…そういうことだ。引き続き、よろしく頼むよリニィ」
「お任せください、ご主人様」
紅茶を飲み干しサッと立ち上がる。
「…かつてお声がけいただいた時はなんの冗談かと思いましたが…あの時、シリウス様を信じて良かったです!」
「………無駄口を叩く暇があったら…」
「はいっ!!直ぐに必要な情報を集めてお持ちしますね!!うふふっ!ではでは失礼致しま~す」
どうやらシリウス様の中ではあの日のことは黒歴史になっているらしい。
笑いを堪えきれず急いで隠し通路へ退散する。
「……よ~し、がんばるぞぉ!!」
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