【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

文字の大きさ
上 下
141 / 167
第三章〜Another end〜

深夜の密談② 『新年SS~お忍びデート~』後の一幕

しおりを挟む
「……ん?」
「こんな時間まで仕込みですか?」
「…なんだ、お前か…そっちこそ珍しいな」

───ダンッ!!

珍客の顔を確認しながらも手に持っていた骨切り包丁を振り下ろす。
日付はとうに変わっている時刻だ。

昔からご主人様の手足となって朝から晩まで働き通しのイメージしかないが、さすがにこんな時間に厨房へ来たのは初めてだった。
相変わらずご主人様の無茶ぶりに振り回されているのだろう。
元々細いイメージではあったが、マクレーガン家の執事長になってからはさらにやつれてしまい…
確か年齢だけで見れば俺と二つしか変わらなかったはずだが、今では寝たきりの老人の如く骨と皮だけになっている。

「…おかしいな。俺の認識では三食しっかり食ってるはずなんだが、全然肉がついてないのは何故なんだ?夜食でも作るか?」
「いえ、これは単に体質的な問題でしょう。夜食には惹かれますが、今日はペットの餌を代わりに運んで来て欲しいと頼まれまして…それを持ってこれから地下に潜らなければならないんです」
「ほう…?あいつが来れないなんて珍しいな。リニィも帰ってきたばかりで忙しいだろうし…だが、その細腕では二往復でも足らないな。俺もこれで上がりだから一緒に行くか?」
「そうしていただけると助かります…正直もう眠たくて…」
「ははっ、そうだろうな~」

最後の足を切り落として、用意した鹿肉を桶へ二つに分けて入れる。
多めに入ってる桶を持ち上げると、もうひとつを持ってへっぴり腰で歩き出した《黒狼のリーダー》の斜め後ろをついて行く。
糸目のせいで日頃から笑顔しか見たことがないが…
変わり映えしない表情にもかかわらず、心底疲れているのだけは分かった。

「うう…やはり、重いですな…」
「そんな持ち方じゃ腰を痛めるぞ?」

そもそもひょろひょろなこの男には無理でも、俺ならば一人でも難なく運べる量だ。
…が、正直俺はご主人様がどこでどんなペットを飼っているのか聞かされていなかった。

元々、小さな肉の切れ端を分けて欲しいと言ってきたのはリニィだった。
最初は切り落とし程度の肉を皿に乗せて持っていっていたのが…
ほどなくして肉の量も質も桁違いに上がり、一体どんな肉食獣を飼っているのかと興味本位で聞いてみたのだがリニィは答えてくれなかった。

そんな会話から一ヶ月…
今リニィは任務で邸宅を離れているため新入りが世話を引き継いでいたはずなのだが、餌の運搬係としてこの男にお鉢が回ってきたのだろう。

食料庫の奥に造られた隠し通路から地下に潜ってしばらく…

「はぁ…ここはまた随分と入り組んでいるんだな…俺の頭ではとても覚えられそうにないぞ…?」
「はは…何度も往復をしている私でもたまに迷子になるくらいですから…全ての道を正確に把握しているのはご主人様とリニィくらいでしょう」

おーおー、リニィ様々だな。
しかし…よくこの短期間でここまで掘り進めたものだな。
相変わらずご主人様には意味のわからない人脈があるらしい。

「へぇ、そうは言ってもリニィが邸を離れている間はが世話をしてたんだから、ここまで毎日通ってるんだろう?」
「……まぁ、彼は必要最低限のルートのみ把握しているようですが…賢い子です」
「そりゃあ頼もしいこって…」
「ええ、同感です」

新入りで後輩であるはずのあいつの方が余程ご主人様の信頼を得ているらしい。

「はぁ…自信なくすなぁ…」
「はは、あなたは一度ご主人様の信頼を裏切った過去がありますからね…仕方のない部分はあります。それでも、この邸の命を預かっていることには変わりありません…そこは自信を持っていいかと」
「……まぁそれが俺の本職だしなぁ…」

仕方なく納得することにする。
そもそもこいつが言ってることも間違いではない。

《黒狼》のメンバーと言っても、邸宅を離れられない俺は邸宅内の監視が主な仕事で、使用人達の言動や気づいた違和感をご主人様やリニィに報告する程度だった。
それを元にご主人様がスパイを洗い出したり、稀に《黒狼》として見込があると判断された場合は、こいつがご主人様の代わりに勧誘することもある。

それももうだいぶ片付いてしまったため、今ではご主人様やリニィの指示が無ければ俺の仕事なんてないも同じだ。
指示にしてもリニィを経由することの方が多く、ご主人様が具体的に何を求めいるのかは分かっていなかった俺は、こいつやリニィも知らなかったアイリスの居場所を一年も黙っていた。
発覚した時、初めてご主人様の怒りを向けられたが…
あのまま首を切り落とされなかっただけまだマシと思うしかないだろう。

「……おや?先客がいますね…」
「先客…?」

《黒狼》のメンバー以外に来客などありえないというのに…
こいつは何を言ってるんだ?と横から顔を覗かせて目的地である部屋の中を見回す。

俺らの目の前にある部屋…と言っても、どデカい洞穴のような場所で、剥き出しの土壁と室内の三分の二は頑丈な鉄格子で入れないようになっている。
室内は全体的に薄暗く、鉄格子の手前に松明が二つほどあるくらいだった。

そんな中、スラッとした一人の男が鉄格子の前に立っていた。

「んん?」
「ご主人様ですよ?」
「げっ…!お、俺戻るわ、あとは頼んだ!」
「え?ここまで来て何言ってるんですか?」

やばい…
リニィすら教えてくれなかったのだ。
勝手にここに来たことがご主人様にバレたらマジでヤバい。

「ん…?お前達も来たのか」

回れ右をする前に声をかけられてしまう。

もうバレたー!
……あれ?なんか問題なさげか…?

「お騒がせして申し訳ありません。ご主人様がいらっしゃるとは知りませんでして…」
「あぁ、に新しい餌を持ってきたんだ」

ん?俺が用意した鹿肉ではなく…?

「あ、自分はこいつが重くて一人では運べないって言うからただ手伝いで肉を運んできただけなんで……って、え?それ…なんですか?」
「ん?これか?新しい餌だが?」
「「………」」

にこやかに持ち上げて見せてくれたはいいが…

(…う~ん、困りましたねぇ…)
(あれ、人の腕に見えるんだが…さすがに違うよな?)
(いやはや、ご主人様の悪い癖が再発したようですねぇ…)
(は?悪い癖?人の腕が?……まさか、あいつまたなにかやらかして腕を切り落とされたのか?!)

「……聞こえてるぞ、そこ…」
「「………」」

ご主人様に指摘されて、そろそろと部屋の中へ入る。
部屋の奥には噂の新入りもいた。
顔色が悪く見えるものの、両腕は健在なようで安堵する。

ん?…ってことは、あれは誰の腕なんだ?

「…気に入ってくれるといいんだが…年寄りの肉だからあまり旨味はないかもしれないな…」

ご主人様がなんてことないかのように、持っていた腕をポイッと檻の中へ投げ込んでしまう。
その動きに釣られて檻の中へ視線を移すと、想像以上に大きな影が二つ転がっていた。
ご主人様から投げ込まれた腕に気づいた一匹が空中でパクリと咥えてしまう。

血の匂いで餌の時間だと気づいたのか…
もう一匹も顔を上げて小さな肉塊を奪い合う。
巨大な肉食獣が本気で捕食する姿に度肝を抜かれてしまい、思わず声を上げそうになる。

「っ────!!」

そんな口を必死に押さえて叫び声をなんとか飲み込むと、新入りのあいつは顔を真っ青にしながら檻の中を凝視していた。
…が、耐えられなかったのか壁に向かって蹲ってしまう。

「───おぇっ…!!」
「はは…この程度で吐いていてどうするんだ?」
「……す、すみません…!」
「もう少ししたら散歩がてらこいつらを連れて狩りに行くつもりだ」
「……狩り、ですか?」

ここで、何を?と聞き返さなかったことは後で褒めてやるべきだろう。

しかし、可哀想に…
生肉を扱っている俺と違って、あいつは動物を慈しむタイプだしなぁ。
むしろ隣の男は相変わらず貼り付けられたような笑顔で平然とし過ぎて逆に不気味ではあるが…
元より場数が違うのだろう。

「ああ、そうだ。お前にも来てもらうことになるからそのつもりでいるように。ロアン、今日はお前が代わりにその鹿肉を与えておいてくれ…」
「あ、はい…」
「ふむ…しかし、今後 《グリ》と《グラ》が更に成長するようなら、さすがにここでは育てられないな」
「最適な飼育場を探しておきます。どの道陞爵を目指されているのでしたら侯爵家に相応しい引越し先も必要ですし…」
「あぁ、そうだな。食いつきには問題なさそうだが、体調に変化が現れるようなら時間は気にせず知らせてくれ」
「は、はい!もちろんすぐに報告致しますっ!」
「…今後、アイリスに下心を持って近づくようなやつは、この方法で片付けようと思っているのだがどうだろうか?」
「「「………」」」

新入りの顔色がさらに悪くなる。
事情をある程度知っている身としてはどんな顔をするべきか…
だが、ご主人様の性格をよく理解しているはずの《黒狼のリーダー》が何も言わないのだ。
ここは俺も、この男に倣って大人しく黙っているべきだろう。

「ふっ、所詮人間も食物連鎖の一部に過ぎないと思い知らされるようだな。残った骨は細かく砕いたら外にばら蒔いておこう。良い養分になってくれるはずだ。お前もそう思うだろう?ジョージ」
「ええ、ご主人様のおっしゃる通りです」

ジョージの返答にご主人様は満足気に微笑んでいる。

「ふむ…吐いたせいか顔色が悪いな。やはり今日の餌やりはジョージ達に任せてお前はもう帰って休むといい」
「ぁ…ありがとうございます…二度とアイリス様に近づきません…本当に、本当です…!」
「…そうか?それは残念だ。今日はアイリスと出かけたから仕事も残っているし、ここは任せて僕ももう戻ることにしよう」

若干楽しそうなご主人様の声につい顔を顰めていると…

「あぁ…ロアン、今後ともよろしく頼むよ?」
「……あ、はい…」

すれ違いざまに肩を軽く叩かれてしまう。
ご機嫌な様子で帰っていくご主人様を見送り、ジョージと顔を見合わせてため息を吐く。

「……さっさとこれ片付けて帰ろう…」
「ええ、そうですね…ちょっと怖いですけど…」
「平然としてるから余裕なのかと思ったぞ」
「いえ…ご主人様の手前みっともない姿は見せられませんから…荒事はリニィの担当ですし、あの鉤爪に触れた瞬間、私の細腕なんて粉々になってしまうのでしょうね…」
「そうは言ってもお前、さっきあいつを見捨てようとしてただろ?」
「あなたはご主人様の恐ろしさを知らないからそんなに平然としていられるんですよ。ご主人様もあなたのことはかなり気に入っていらっしゃるようですし…仮にアイリス様の居所を黙っていたのが私だったら、恐らく平然と斬られていますね。万に一つご主人様が赦してくださっても、リニィから頸を折られていたかもしれません…」
「え?そ、そうなのか?へへ…まぁ、ご主人様のように投げいれれば食ってくれるだろ。さっさと終わらせて帰ろうぜ」

鹿肉の塊を檻へ投げ入れると、一瞬目を見合せたあと…
お互いを牽制し合いながら本気の奪い合いへと発展していく。

「……さすがに迫力が違いますね」
「そうだな…」

しかし、ケガをさせたりしたらどやされそうだな…

元より希少な生き物だ。
餌の取り合いで二匹がケガをすることがないように…と、さっさと肉を放り投げていく。

「なんというか…見た目はともかく、見慣れてしまえばやはりただの獣だな?」

檻の中にいるんだし、この見た目でご主人様からはペットと呼ばれているのだ。
…まぁ、大丈夫だろう。

「はぁ…やはり餌やりは肉のプロであるロアンにお任せしますよ。そっちの頭頂部に赤い毛が混じってる方が《グラ》です。《グリ》は希少なメスなので、もし妊娠するようなことがあれば扱いには気をつけてください。では、私はこれで…レオをよろしくお願いしますね」
「は?おい、逃げるなっ!俺が帰れなくなる!」

結局その日は、ジョージと大騒ぎしながらなんとか餌やりを済ませ…
今にも死にそうな顔をしていた《新入りの黒狼》を二人で担いで帰ったのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

恋愛 / 完結 24h.ポイント:738pt お気に入り:19

乙女ゲーム関連 短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,363pt お気に入り:156

最上級超能力者~明寿~【完結】 ☆主人公総攻め

BL / 完結 24h.ポイント:788pt お気に入り:375

あまり貞操観念ないけど別に良いよね?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,711pt お気に入り:2

もう、あなたを愛することはないでしょう

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:901pt お気に入り:4,141

『別れても好きな人』 

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:2,953pt お気に入り:9

侵食

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:0

婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:11,438pt お気に入り:9,135

処理中です...