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序章
私は、何者?
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自分のことを改めて話すって、結構難しい。
いつもなら、職業や出身地、趣味など紹介すれば事は済んでいたことだ。だが、それは共通の背景がある前提でのことだったのだと気付かされる。
向かい合った彼は、柔らかい表情で詩音の言葉を待っているようだった。
――『何者だ』
そう問われた時とのギャップに、少し可笑しさを憶える。
そして同時に、その言葉の意味をもう一度考える。
――私は、何者なのか。
合コンの時に武器になると思ったカードは、何一つここでは役に立ちそうにない。出す意味さえ何も感じられなかった。
詩音は考えながら、ぽつぽつと話した。
おそらくだが、文化も文明も時代も異なる国で暮らしていること、都会で秘書の仕事をしながら1人で暮らしていること、そして今日は、高い建物から落ちて、気づいたらここにいたことなど。
「ふーむ……やはりそなたが何故ここにいるのか、説明のつけようがなさそうだ。その身なりの様子からしても遠くから旅をしてきたようには見えないし、とはいえそのような衣装は我が国や近隣諸国でも見たことがないものだ」
詩音は今、ごくごく普通のOL服に身を包んでいた。
カットソーにノーカラージャケット、膝丈スカートに、歩きやすさと美脚を兼ね備えたパンプス……ストッキングが伝線していることには、今の今まで気づいていなかったが。
いっぽう目の前の彼は、浴衣のような形だが少し違う、少なくとも日本の伝統衣装ではない服装に身を包んでいた。詩音の知識では説明ができないが、高級そうな絹でできていることだけはわかった。対照的、というかちぐはぐというか、2人の衣装には何一つ共通点が見つけられなかった。
今までは詩音は特に自分の格好については意識していなかったが、自覚してみると急に場違いな恥ずかしい格好をしているような気分になってきて、足元がソワソワした。
遥星はそんな詩音の様子を気にせず、続ける。
「さっきの話だが……、妙齢の女性が1人で生活するなど、その、大丈夫なのか? それに、そなたは身分のある身であるのだろう? 他の家族などはどうしているのだ?」
「えっと、そうですね。私の住んでいる所では、若い独身女性の一人暮らしも、珍しいことではありません。危険なことが、ないわけではないですけど」
―――若い独身女性。なんか、自分で言ってて悲しくなった。
若いって言っていいのだろうか? なんとなくの雰囲気だが、ここの世界では自分のような年齢は"若い"カテゴリに入らないのではないかと、勝手に思った。
それに、さっきから少し気になっていることがあった。
目の前の、この人。
肌は月明かりの元でも分かるほどツヤツヤだし、整った顔もあどけなさが抜けきらない。
(もしかして、歳下? まさか、10代とかじゃない、よね?)
「詩音? どうした?」
覗き込まれて、我に返る。
顔をジロジロ眺めていたのがバレていないか、焦りながら話題を逸らす。
「あ、あの、私が身分がある者って、どうしてそう思うのですか? 私は、ただの庶民に過ぎませんし、家族は少し離れた地で元気に暮らしています」
「あぁ、なんでそう思ったかというとだな、秘書の仕事をしているという点と、その装飾品だ。こちらでは見たことのない貴金属のようだが」
遥星は、誰かに仕える仕事というのは教養がなければできないし、そもそも教養というのも、学問を受けさせることができる家柄でないと身に着けることすら叶わない、ということを話した。
(うーん……確かに、大学まで親のお金で出してもらって今の仕事に就いたけど、それで教養が深い人間かというと自信ないし、秘書っていってもスケジュール管理と雑用してるだけだし……なんか恥ずかしくなってきた。てかたぶん、「秘書」って仕事の定義がこの人と私では違うんじゃ。)
詩音は少し俯(うつむ)きながら、自分くらいの教育を受けている人間は少なくないこと、別に家柄があってその仕事に就いたわけではないことを答えた。
「すると、そなたの世界は、数多の人間が学問を身に着け、身分に捉われず才能によって仕事に就ける、ということなのだな。…それは、わが父の目指した方向性と近いのかもしれないな」
――父?
ちょっと引っかかったが、遥星はそのまま話を続け、装飾品を見せて欲しい、と詩音のネックレスを指差した。
ホワイトゴールドのプレートにいくつかの小さなダイヤが散りばめられたネックレス。
自分のお給料で数万円程度で買ったもので、特段高級品というわけではない。だが、ここが現代でなさそうなことを考えると、珍しい物だと認識されるのかもしれない。
詩音は、ネックレスを外し、遥星に渡して見せた。
「へぇ、すごく細かい技巧が施してあるのだな。この地は、白金か? 小さな透明の石一つ一つが精巧に切られているし、すごい腕を持った職人がいるものだな! 大きくないところにも、上品さと技術の高さが感じられ……」
思いがけずにとびきり褒められてしまい、詩音はどうしたら良いかわからなくなった。
声に出すのも失礼な気がして、心の中で反論とともに謝った。
(ホワイトゴールドはプラチナとは似てるけど断然安くて、小さい石っていうのも屑ダイヤだし、そりゃ可愛いとは思って買ったけど、一国の皇帝陛下に褒めていただくようなものではございません! なんかごめんなさい! すみません!)
「そなたの国は、とても豊かなのだな。平民でも教育を受けることができ、このような装飾品を身につけることが出来る。素晴らしいところに住んでいるのだな」
見せてくれてありがとう、と遥星が手渡したそれを、詩音は一旦机に置いた。
「あ、あの、私の話はこんなところで。
貴方の、そしてこの国の話を、聞かせていただけませんか?」
――私は、何者なのか。
――相手は、何者なのか。
目の前の、無邪気であどけないこの人のことをもう少し知りたいと、そう思った。
いつもなら、職業や出身地、趣味など紹介すれば事は済んでいたことだ。だが、それは共通の背景がある前提でのことだったのだと気付かされる。
向かい合った彼は、柔らかい表情で詩音の言葉を待っているようだった。
――『何者だ』
そう問われた時とのギャップに、少し可笑しさを憶える。
そして同時に、その言葉の意味をもう一度考える。
――私は、何者なのか。
合コンの時に武器になると思ったカードは、何一つここでは役に立ちそうにない。出す意味さえ何も感じられなかった。
詩音は考えながら、ぽつぽつと話した。
おそらくだが、文化も文明も時代も異なる国で暮らしていること、都会で秘書の仕事をしながら1人で暮らしていること、そして今日は、高い建物から落ちて、気づいたらここにいたことなど。
「ふーむ……やはりそなたが何故ここにいるのか、説明のつけようがなさそうだ。その身なりの様子からしても遠くから旅をしてきたようには見えないし、とはいえそのような衣装は我が国や近隣諸国でも見たことがないものだ」
詩音は今、ごくごく普通のOL服に身を包んでいた。
カットソーにノーカラージャケット、膝丈スカートに、歩きやすさと美脚を兼ね備えたパンプス……ストッキングが伝線していることには、今の今まで気づいていなかったが。
いっぽう目の前の彼は、浴衣のような形だが少し違う、少なくとも日本の伝統衣装ではない服装に身を包んでいた。詩音の知識では説明ができないが、高級そうな絹でできていることだけはわかった。対照的、というかちぐはぐというか、2人の衣装には何一つ共通点が見つけられなかった。
今までは詩音は特に自分の格好については意識していなかったが、自覚してみると急に場違いな恥ずかしい格好をしているような気分になってきて、足元がソワソワした。
遥星はそんな詩音の様子を気にせず、続ける。
「さっきの話だが……、妙齢の女性が1人で生活するなど、その、大丈夫なのか? それに、そなたは身分のある身であるのだろう? 他の家族などはどうしているのだ?」
「えっと、そうですね。私の住んでいる所では、若い独身女性の一人暮らしも、珍しいことではありません。危険なことが、ないわけではないですけど」
―――若い独身女性。なんか、自分で言ってて悲しくなった。
若いって言っていいのだろうか? なんとなくの雰囲気だが、ここの世界では自分のような年齢は"若い"カテゴリに入らないのではないかと、勝手に思った。
それに、さっきから少し気になっていることがあった。
目の前の、この人。
肌は月明かりの元でも分かるほどツヤツヤだし、整った顔もあどけなさが抜けきらない。
(もしかして、歳下? まさか、10代とかじゃない、よね?)
「詩音? どうした?」
覗き込まれて、我に返る。
顔をジロジロ眺めていたのがバレていないか、焦りながら話題を逸らす。
「あ、あの、私が身分がある者って、どうしてそう思うのですか? 私は、ただの庶民に過ぎませんし、家族は少し離れた地で元気に暮らしています」
「あぁ、なんでそう思ったかというとだな、秘書の仕事をしているという点と、その装飾品だ。こちらでは見たことのない貴金属のようだが」
遥星は、誰かに仕える仕事というのは教養がなければできないし、そもそも教養というのも、学問を受けさせることができる家柄でないと身に着けることすら叶わない、ということを話した。
(うーん……確かに、大学まで親のお金で出してもらって今の仕事に就いたけど、それで教養が深い人間かというと自信ないし、秘書っていってもスケジュール管理と雑用してるだけだし……なんか恥ずかしくなってきた。てかたぶん、「秘書」って仕事の定義がこの人と私では違うんじゃ。)
詩音は少し俯(うつむ)きながら、自分くらいの教育を受けている人間は少なくないこと、別に家柄があってその仕事に就いたわけではないことを答えた。
「すると、そなたの世界は、数多の人間が学問を身に着け、身分に捉われず才能によって仕事に就ける、ということなのだな。…それは、わが父の目指した方向性と近いのかもしれないな」
――父?
ちょっと引っかかったが、遥星はそのまま話を続け、装飾品を見せて欲しい、と詩音のネックレスを指差した。
ホワイトゴールドのプレートにいくつかの小さなダイヤが散りばめられたネックレス。
自分のお給料で数万円程度で買ったもので、特段高級品というわけではない。だが、ここが現代でなさそうなことを考えると、珍しい物だと認識されるのかもしれない。
詩音は、ネックレスを外し、遥星に渡して見せた。
「へぇ、すごく細かい技巧が施してあるのだな。この地は、白金か? 小さな透明の石一つ一つが精巧に切られているし、すごい腕を持った職人がいるものだな! 大きくないところにも、上品さと技術の高さが感じられ……」
思いがけずにとびきり褒められてしまい、詩音はどうしたら良いかわからなくなった。
声に出すのも失礼な気がして、心の中で反論とともに謝った。
(ホワイトゴールドはプラチナとは似てるけど断然安くて、小さい石っていうのも屑ダイヤだし、そりゃ可愛いとは思って買ったけど、一国の皇帝陛下に褒めていただくようなものではございません! なんかごめんなさい! すみません!)
「そなたの国は、とても豊かなのだな。平民でも教育を受けることができ、このような装飾品を身につけることが出来る。素晴らしいところに住んでいるのだな」
見せてくれてありがとう、と遥星が手渡したそれを、詩音は一旦机に置いた。
「あ、あの、私の話はこんなところで。
貴方の、そしてこの国の話を、聞かせていただけませんか?」
――私は、何者なのか。
――相手は、何者なのか。
目の前の、無邪気であどけないこの人のことをもう少し知りたいと、そう思った。
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