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第一章
義母・皇太后
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鈴と蘭に付いてきてもらい、まず廊下続きの中央の部屋――怜皇太后の部屋へ向かう。
詩音はごくりと唾を飲み込み、ノックをしようとして、ふと手を止めた。
(こちらの世界でも、呼ぶ時はノックでいいのだろうか? 確かさっき大臣と喬さんが来た時は、外から声をかけていたような)
「鈴、蘭。ごめんね、部屋を訪ねる時って、まずどうすればいいのかな?」
鈴と蘭が言うには、詩音の予想通り外から呼べば良いということだった。「私たちが言います」と二人が申し出てくれたので、それに従う。
「「皇太后陛下、失礼します。本日より後宮に入りました主人が、ご挨拶に参りました」」
少ししてから、扉が半分ほど開き、鈴と蘭より少し年上くらいの少女が顔を覗かせた。
「はい」
その表情からは、何も読み取れなかった。
「はじめまして。本日より皇帝陛下の正室として隣の部屋に入ることになった橘 詩音と申します。皇太后陛下にご挨拶させていただきたく参りましたが、ご在室でしょうか?」
ノックの件では躓いたが、ここでちゃんと言葉が出てきて安心した。こういう時に怯むことなくスラスラと言葉が出る自分を、褒めたかった。たぶん学生時代の自分がここにいたら、どもってしまって言葉も出なかったのではないだろうか。
少女は一旦奥に引いてもう一度ドアの傍に戻ってきたあと、「どうぞ」と入室を促した。
「失礼いたします」
詩音は扉から一歩前に入り、大臣が部屋を去る時にやっていたような、袖に隠した両手を前に持ち上げて頭を少し下げる礼をする。
(っていうか、この礼の仕方で合ってるのかな? 男性と女性で作法違ったりとかあるかも……)
詩音が冷や汗をかき始めたところで、「顔を上げてください」と声が聞こえた。
腕をおろし恐る恐る見上げると、部屋の中央に背筋をピンと張った女性が立っていた。
女性らしく柔らかいが色味が少なく洗練された衣装に、同じく柔らかい表情なのになぜか怖い、美しい顔がこちらを見つめていた。
空気が、ぴんと張り詰める。
別に何もないのに、息がしにくい。空気圧で身体の周囲から押されているような、なんともいえない緊張感が漂う。
このような空気を、詩音は仕事では幾度となく経験している。
企業のトップの、いわゆる「偉い人」と会うと、大体これがついてまわるのだ。その人が、いかに優しそうな雰囲気を出していても、得も言われぬ威厳というものがある。
この圧倒的な雰囲気、さすが皇太后の立場にある人だ。
そして、こういう相手との対峙の仕方も、大体は心得ているということは、詩音を安心させた。
(こういう相手には、バカっぽく見られたらおしまい。そして、生意気でもダメ。礼節は保ちながら、少し砕けつつ――)
「改めまして、橘 詩音と申します。本日より、皇帝陛下の正室として招き入れていただけることになりましたので、ご挨拶に伺いました。以後、どうぞよろしくお願いいたします」
にっこり微笑んで言い切ったところで、手ぶらなことに気が付いた。
笑顔のまま固まり、冷や汗だけが垂れてくる。
(こういう場では、て、手土産……そ、そう!最中とかさ!あ、それは日本か…さっき食べた月餅とか?なんか必要なんじゃなかったかな―――あぁ、何も持ってきてない、ていうか考えも及ばなかった……)
直前まで、「こういうの慣れてるしフフン」とか思っていた自分を殴りたい。
「も、申し訳ございません! 実はこのお話、本日急に決まったことで私自身準備がままならず、何もご用意できていないのですが……!」
詩音が焦ってそう言うと、皇太后は「よい、よい」と言ってくれた。
「構いませんよ、それは存じています。まったく遥ったら、あれだけ結婚したくないと言っていたのにこんなに急に――私もさっき大臣から話を聞いたところで、驚いていますのよ」
「お心遣い、痛み入ります」
「何か分からないことや困ったことがあったら、私に言ってくださいね、詩音さん」
「……ありがとうございます。 大臣の方からお話があったかと思いますが、私は、その、貴族ではありません。ですので、礼儀作法などご教授いただけましたら嬉しいです」
「そうね、気づいたら指摘させて貰うわね」
それから、怜皇太后の部屋を出た詩音は、少し歩いてから、へなへなとその場にへたりこんだ。
鈴と蘭が両側から心配そうにのぞき込む。
「はあ~~~~~……緊張したあ~~~」
挨拶に行くまでは、余裕だと思っていた。
いざ、目の前にしてみると、時間にしてはたった数分だったと思うが、数時間くらい洗濯機で脱水されてたような気分だった。
「皇太后さまはお優しい方ですから、大丈夫ですよ!」
鈴が励ましてくれる。
「そうです、蜃夫人たちの方が、ちょっと......」
「え?」
蘭の発言に詩音が首を傾げると、はっと口を噤んだ。
そう、次はお兄さんの奥様方へ挨拶に行かなくては。
不穏な発言が気になるところだが、気を取り直して詩音は立ち上がった。
詩音はごくりと唾を飲み込み、ノックをしようとして、ふと手を止めた。
(こちらの世界でも、呼ぶ時はノックでいいのだろうか? 確かさっき大臣と喬さんが来た時は、外から声をかけていたような)
「鈴、蘭。ごめんね、部屋を訪ねる時って、まずどうすればいいのかな?」
鈴と蘭が言うには、詩音の予想通り外から呼べば良いということだった。「私たちが言います」と二人が申し出てくれたので、それに従う。
「「皇太后陛下、失礼します。本日より後宮に入りました主人が、ご挨拶に参りました」」
少ししてから、扉が半分ほど開き、鈴と蘭より少し年上くらいの少女が顔を覗かせた。
「はい」
その表情からは、何も読み取れなかった。
「はじめまして。本日より皇帝陛下の正室として隣の部屋に入ることになった橘 詩音と申します。皇太后陛下にご挨拶させていただきたく参りましたが、ご在室でしょうか?」
ノックの件では躓いたが、ここでちゃんと言葉が出てきて安心した。こういう時に怯むことなくスラスラと言葉が出る自分を、褒めたかった。たぶん学生時代の自分がここにいたら、どもってしまって言葉も出なかったのではないだろうか。
少女は一旦奥に引いてもう一度ドアの傍に戻ってきたあと、「どうぞ」と入室を促した。
「失礼いたします」
詩音は扉から一歩前に入り、大臣が部屋を去る時にやっていたような、袖に隠した両手を前に持ち上げて頭を少し下げる礼をする。
(っていうか、この礼の仕方で合ってるのかな? 男性と女性で作法違ったりとかあるかも……)
詩音が冷や汗をかき始めたところで、「顔を上げてください」と声が聞こえた。
腕をおろし恐る恐る見上げると、部屋の中央に背筋をピンと張った女性が立っていた。
女性らしく柔らかいが色味が少なく洗練された衣装に、同じく柔らかい表情なのになぜか怖い、美しい顔がこちらを見つめていた。
空気が、ぴんと張り詰める。
別に何もないのに、息がしにくい。空気圧で身体の周囲から押されているような、なんともいえない緊張感が漂う。
このような空気を、詩音は仕事では幾度となく経験している。
企業のトップの、いわゆる「偉い人」と会うと、大体これがついてまわるのだ。その人が、いかに優しそうな雰囲気を出していても、得も言われぬ威厳というものがある。
この圧倒的な雰囲気、さすが皇太后の立場にある人だ。
そして、こういう相手との対峙の仕方も、大体は心得ているということは、詩音を安心させた。
(こういう相手には、バカっぽく見られたらおしまい。そして、生意気でもダメ。礼節は保ちながら、少し砕けつつ――)
「改めまして、橘 詩音と申します。本日より、皇帝陛下の正室として招き入れていただけることになりましたので、ご挨拶に伺いました。以後、どうぞよろしくお願いいたします」
にっこり微笑んで言い切ったところで、手ぶらなことに気が付いた。
笑顔のまま固まり、冷や汗だけが垂れてくる。
(こういう場では、て、手土産……そ、そう!最中とかさ!あ、それは日本か…さっき食べた月餅とか?なんか必要なんじゃなかったかな―――あぁ、何も持ってきてない、ていうか考えも及ばなかった……)
直前まで、「こういうの慣れてるしフフン」とか思っていた自分を殴りたい。
「も、申し訳ございません! 実はこのお話、本日急に決まったことで私自身準備がままならず、何もご用意できていないのですが……!」
詩音が焦ってそう言うと、皇太后は「よい、よい」と言ってくれた。
「構いませんよ、それは存じています。まったく遥ったら、あれだけ結婚したくないと言っていたのにこんなに急に――私もさっき大臣から話を聞いたところで、驚いていますのよ」
「お心遣い、痛み入ります」
「何か分からないことや困ったことがあったら、私に言ってくださいね、詩音さん」
「……ありがとうございます。 大臣の方からお話があったかと思いますが、私は、その、貴族ではありません。ですので、礼儀作法などご教授いただけましたら嬉しいです」
「そうね、気づいたら指摘させて貰うわね」
それから、怜皇太后の部屋を出た詩音は、少し歩いてから、へなへなとその場にへたりこんだ。
鈴と蘭が両側から心配そうにのぞき込む。
「はあ~~~~~……緊張したあ~~~」
挨拶に行くまでは、余裕だと思っていた。
いざ、目の前にしてみると、時間にしてはたった数分だったと思うが、数時間くらい洗濯機で脱水されてたような気分だった。
「皇太后さまはお優しい方ですから、大丈夫ですよ!」
鈴が励ましてくれる。
「そうです、蜃夫人たちの方が、ちょっと......」
「え?」
蘭の発言に詩音が首を傾げると、はっと口を噤んだ。
そう、次はお兄さんの奥様方へ挨拶に行かなくては。
不穏な発言が気になるところだが、気を取り直して詩音は立ち上がった。
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