無能と呼ばれる二世皇帝の妻になったら、毎日暗殺を仕掛けられて大変です【改訂版】

佐伯 鮪

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第四章

考察

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 あの時、暗殺者は二人いた。

 あの女と、庭から矢を放ってきた何者か。

 使われた矢は城内の武器庫のものであったし、そもそも皇帝の部屋へ通じる庭へ侵入できたことを考えると、内部の者という線が濃厚だった。その後、怪しまれないよう人員の出入りは制限し、あれから入職者も退職者もいない。

 この数か月、自分に注目が集まらないように、そしてあえて隙だらけになるように過ごしていた。生来の性格もあったし、兄が目立つ存在であったからか、そのことが不審がられずに済んだことは幸いだった。
 遥星の暗殺を目的としていたならば、もう一度仕掛けてくるはずだった。だが、一向に遥星に対しての動きはなかった。

 捜索を諦めかけていた時、突如として詩音が現れた。
 まさに、天の采配だと思った。

 あの場にいて矢に討たれたはずの彼女がいれば、何か新しい手掛かりがつかめるかもしれないと、どうにかして彼女を繋ぎとめた。

 そして、ことは彼女の周りで動き始めた。

 だが、その動きに疑問があった。
 遥星に対する動きは相変わらずなく、詩音だけを対象にしたものであったこと。
 また、初回を除いては、彼女を殺そうとするほどのものではなく、あくまで「脅し」程度の動きでしかないということ。

 霊廟でわざと転ばせたり、婚礼衣装に剃刀を仕込むなど、ちまちましたことばかり起きていた。
 仮にあの日の目撃者である彼女を消そうとするならば、他にもいくらでもやりようはあったはずだ。

 そして、昨晩――婚儀の夜。

 結果として、何も起きなかった。

 あの時と同じ状況になれば、もう一度来るかもしれないとひっそりと警備を強化して一晩中警戒していた。さすがに詩音と連れ立って外に出る、という完全な再現までは躊躇われ、彼女は寝かせておくことにしたのだが。

 警備が厳重なのがバレていて、避けられたか。
 何か思惑があるのか。
 皇帝の暗殺を謀ることはやめにしたのか。
 詩音への攻撃は、本当に単に後宮の人間がただの嫌がらせで行っているのか。


 そろそろ別の動きを誘発すべく、こちらの行動を変えてみる必要があるか、などと考えながら、遥星は眠気覚ましのお茶を淹れた。

 ---


 婚儀のあった翌朝、佑星は後宮へと戻る詩音を見かけた。彼女が帰るということは、弟は今は一人だということだろう。初夜の話でも聞いてやるか、と彼の部屋へ立ち寄ってみることにした。


よう~、入るぞ~」

 返事を待たずに、勝手に扉を開けて入る。
 遥星は、一人優雅にお茶を啜っていた。

「あぁ、兄上、おはよう。ちょうど良かった、話したいことがあったんだ」

 弟の顔を見ると、目の下にクマが滲んでいる。

「まったく寝てねーの?  ふーん、で、どうだった?」

 弟の門出をからかい半分に祝ってやろうと、向かいに腰掛けながら、佑星はにやにやしながら尋ねた。

「それが、何もなかったよ」

「はー? いやいやいやいや、おかしいだろ」

「昨晩は来る可能性が高いと思って、密かに警備も強化してたんだけど。それがバレてたかな? だとすると.....」

「ん? まて、何の話?」


 遥星は、昨晩は暗殺者を警戒して、あわよくば捕えるつもりで一晩中待機していたこと話した。
 それを聞いた佑星は、盛大に溜息をついた。

「その間、詩音ちゃんは何してたの?」

「え?  寝てたはずだけど」

――やれやれ。
 とはまさに、こういう時に使うべき台詞だろう。

「お前は寝てろ、俺は起きてるから、って?
 それで、『はいわかりました』ってなったわけ?」

「えっと」

 遥星は、昨夜のことを思い出した。
 詩音の方から手を重ねてきたこと、そのことで理性がなくなってしまうような恐怖を憶え手を振り払ったこと、そのあとすぐ詩音は自分から寝てしまったことを、正直に兄に話した。


「はー――――、お前、これだからど、あ、いや。それに、それは結構マズいんじゃないかと思うぞ」

「でも、それどころじゃ」

「女ってのはなー、いつ爆発するかわかんねぇ恐ろしい生き物だ。こっちが他のことで重要な時に限って、何故か最悪のタイミングで爆弾をぶっ込んできたりするんだよ」

「.....詩音は、そんな女性じゃ」


 そこまで言いかけて、ふと考える。
 じゃあ、どんな女性だというのだろう。

 はじめは、しっかり物事を考えていて弁も立つ強い女性だと思った。かと思えば、泣き言を吐いてみたり、あっさり立ち直ったり、控えめで大人しいかと思ったら、急に怒り出したり、甘えてみたり。
 兄と違って女慣れしていない遥星にとって、まさに未知の生き物との遭遇で、顔にこそ出さないものの、毎回どうして良いかわからなかった。

 初めて会った時は大人っぽい女性だと思ったが、妻になってからというもの、何故かだんだん子供っぽくなってきたような気もする。
 そう思っていたのに。


 昨夜のことは、何だったのだろう。
 何故彼女は、あんなことをしてきたのだろう。


 彼女に触れたのは、別に初めてではない。これまでだって何回か、自分から触れることはあった。

 だが、向こうから触れられたのは初めてだった。
 そしてそれは、今までとは全く違った意味を遥星に感じさせた。

 
 ――支配される。

 あの瞳に、肌に、唇に、指に、自分が吸い取られてしまう。
 そんな恐怖に似た感情が、あの瞬間に駆け巡った。

 "女に溺れるな"と、父は言った。
 直感的に、「溺れる」と思った。

 歴史的に見ても、皇帝が女に溺れて国が滅びた事例も少なからずあるし、何より父自身がそのせいで奇襲をかけられ、本来この皇帝の座についているはずだった息子――遥星にとっては異母兄――を失うという大損害を被っている。

 先人達が口を酸っぱくしてそう言うのは、"女"がそういう存在だからに他ならないのではないか。
 そんな魔物のような存在なのに、どうして男はそこから逃れることをしないのだろうか。


 遥星が思っていることを話すと、兄は声を上げて笑い出した。

「あー、頭で考えようとすんの、ほんとお前の悪い癖だよな~! こればっかりは、習うより慣れよとしか言えねーな。誰だって、泳げなきゃ水は怖いままだろー?」

 兄は昔から、理屈でなく実践でいつも最短距離で本質に到達してしまう。思案に思案を重ねる遥星には、いつまで経っても真似できない芸当だ。

「お前に通じやすいようにその質問に答えるとだな、女は男を惑わす存在ではあるけど、うまくいけばこれ以上ない活力を与えてくれる存在だからだ。一度味を知ったら、他のものでは代替が利かない。
 あとな、俺が言うのもなんだけど、そんなに"女"で一般化しようとするな。女っていう別の生き物だが、同じ人間でもあるし、橘 詩音っていう個体でもある。そこを見失うと痛い目に遭うぜ~」

 実際に"痛い目"に遭ったのだろう、その言葉は実感の籠ったものだった。


「まーだから、それについては深く考えるな。素直に感じたように行動すればいい。やばかったら俺が忠告するからさ。
 それより、さっきの話じゃ、そろそろ暗殺者の捜査の方針の転換も必要だろ。そっちをどうするか、考えようぜ」

「うん、そうだな。あ、例の件はどうなってる?」

「あぁ悪い、もう少し待ってくれ。だが、面白いことがわかるかもしれない」
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