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第三章 欲望顕現

第百話 救出からの変人博士

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「みなさーん、高級ホテル観光に行きますよー! キマイラ組は待機しますか? 忠誠を誓って同行しますか? ちなみに、王子キマイラはいらないから拒否した場合は一緒に帰ってくださいね」

「――我が祖霊にかけて生涯仕えることを、今ここで誓わせていただきたいっ!」

 狼さんの変わり身が早い。
 ラビくんを虐めたことはムカつくが、手間がかからないところは良いと思うぞ。

「私も……私も生涯仕えることを創造神様に誓わせてもらいます!」

 封印を解いたことが正解だったみたいで、熊さんからも忠誠を誓う言葉を引き出せた。

「王子キマイラくん! 敗北宣言をお願いします!」

「……断る!」

「……おい。玉だけじゃなくて、棒も失ってもいいんだな? 輪切りにするぞ?」

 ちょこっとだけ《威圧》を込め、少しだけ低い声を出したところ……。

「降参する! すみませんでした! うぅぅ……」

 と、泣いてしまった。

 泣いている王子キマイラは放置して、キマイラ予備軍の拘束を解いて服を着せる。

「今後の働き次第で解放するかもしれませんが、【神前契約】の内容を履行させていただきます。あなた方のためですからね」

「分かっております」

 返事をした熊さんしか分かっていないと思うけど、狼さんに迷いはないようで跪いたまま微動だにしない。

「闇よ、我が血を触媒に、主従の契約を交わさん《鎖縛契約》」

 術式の大きさは黒子より少し大きいくらいだが、高密度の魔力を使っているから、俺よりも魔力量が多くて術式を破壊できるレベルの術士しか解呪不能だろう。

 心臓がある左胸に刻まれている以外は奴隷らしい痣はない。
 普通は首に鎖や背中に焼き印みたいな明確な痣ができるらしく、俺のは生活する上で影響が少ないらしい。

「じゃあ行きますよー! ラビくん、おいで!」

「わふーん!」

『キュイー! でしょ!?』

『狼って思われてるのに!? その点だけはいじめっ子を評価してあげたいな! 誰かさんたちみたいに兎って言わないし!』

 俺とタマさんは黙るしかない……。

『……わふーんだもんねーー!』

『……他に言うことは?』

『…………先を急ごうか』

 胡乱げな目で上目遣いをするラビくんと目を合わせないように努め、高級ホテルの扉を押し開く。
 当たり前だけど中にも警備兵はいる。

「何やつだっ!? どうやって入った!?」

「扉を開けて」

「そういう意味ではないわっ! 敵襲っ! 敵襲っ! 侵入者を排除しろっ!」

 ――《存在察知》

「うーん……全部で十人か……」

 ささっと《威圧》で済ませるか。

『中で《威圧》使ったらダメだと思うよ!』

 行動を起こす前に大先生からのアドバイスが……。
 さすが一心同体だ。以心伝心がハンパない。

『も……もちろん……分かってるよ!』

 じゃあ魔術かな。

『……ならいいんだよ! 結界がない分、建物自体も弱くなってるからね! 気をつけてね!』

 またもや先読みされ、的確なアドバイスを贈ってきた。さすがに二度目だ。素直にお礼を言おう。……嫌な予感がするけど。

『そ……そうなんだ……。ありがとね!』

『うん!』

 結局考えている間に警備兵が全員集合しており、倒さないと先に進めない状態になっていた。

「面倒いけど……仕方がないか……」

 謎肉製調教鞭を構え、各エクストラスキルを発動する。対人戦の訓練だと思って真面目にやろうと思う。

 ――《領域》

 ――《物体転移》

 ――《必中》

 謎肉製調教鞭の攻撃範囲に設定された《領域》を作る。間合いに入った者の手を鞭で打ち、直後に《物体転移》で手元に引き寄せ、別の者の武器に当てる。
 一瞬でも手から離れた瞬間を見計らい、手元に引き寄せて投擲する。

 同時に手を打ったり武器を奪ったりした者に近づき、的確に急所を攻撃していき意識を奪う。

「狼さんと熊さんは服を脱がして拘束しておいて。すぐ終わらせるから急いでね」

「はっ!」「は、はいっ!」

 荒事においては狼さんの方が手際がいいな。熊さんも能力はありそうなのに経験が足りないみたいで、少々ビクビクしているように感じる。

『……ビクビクしてるのは、ドクターキマイラが予想を遥かに裏切るほどの強さを見せてるからだよ?』

『……ドクターキマイラって呼ばないの』

『じゃあ……キマイリー博士』

『おかしな名前をつけないの!』

 ラビくんと楽しい念話をしつつも警備兵の片付けは変わらず行われ、リムくんはお財布を集めてカーさんに手渡している。
 観光のときのお小遣いにするんだとか。
 ちょこちょこラビくんが念話で指示を出していて、金庫みたいな部屋をカーさんがぶち破っていた。

 賭けであぶく銭が入るはずなのに……。

「さぁ、拘束が終わったら解放に行きますよ」

「「はい!」」

 相当嬉しいらしく、息ピッタリで返事をしている。

 塔は五階建てくらいの大きさで、一階は警備兵の兵舎や倉庫などがあるだけ。
 二階と三階が男性用の部屋と風呂などがあって、四階と五階は女性用になっているらしい。

 二階は例の面会用の部屋もある。

「一番上から行きますか」

「「はい!」」

 彼らの大切な人は上の階にいるらしい。

 ◇

 階段は塔の真ん中に、螺旋階段のように設置されており、各階に設置されている扉から出なければ気づかれずに移動できる。
 簡単に言えば、切る前のバウムクーヘンを立てたみたいな状態だ。

 封印魔術があるからこその警備態勢で、全幅の信頼を置いていることがうかがえる。
 魔術も兵士もいない今、特に騒がれることもなく移動でき、とても助かっている。最終的にはスカウトするとしても、心構えをさせて余裕を持たせると欲を出すヤツが湧きそうで面倒だからだ。

 いきなり『イエス オア ノー』を突きつけ、よく分からぬまま契約させるに限る。
 契約書は鬼畜天使が既に用意しているらしい。

「到着でーす!」

「ようやく……」

「長かった……」

 まだ助かってないのになぁ……。

「えーと……三部屋か……」

「四部屋よー! 奥の個室は使用人がいない人用の部屋よー! 五階にある四部屋のうち二部屋が熊さん家で、一部屋が狼さん家よー!」

『じゃあ例の小部屋は?』

「犯罪者よー!」

『あれ……? 犯罪者はいないんじゃ……?』

「正確には犯罪者じゃないわよー。悪徳貴族をコロコロしちゃったから、国にとっては犯罪者なだけよー!」

『コロコロって……複数人ってことですか? だったら、もっと厳重なところに収容しろよ!』

「複数人なんて可愛い数ではないわー! 連合軍を殲滅したんだからねー! 陰険国王はその実力を利用して、脱獄者を始末するための保安装置にしたの! 殺せば殺すほど恩赦をもらえるし、彼女は戦闘狂だからねー! 国王公認で殺しができるのよ? メリットしかない!」

 え? 弱くても戦いたいのか?

『誰でもコロコロしたいサイコな人物ってことですか?』

「結界を破るような者よ? 弱いわけないじゃないー! それに彼女は性格に難があるけど、【九曜】の一人だから実力は折り紙付きよー!」

「……【九曜】って何?」

「――え? 【九曜】がどうかしましたか!?」

 あっ! 思わず声に出してしまった。

 まぁいいか。ついでに狼さんに聞こう。

「【九曜】って何?」

「えーと……【九曜】はS級冒険者の中でも選りすぐりの実力者のことを言いまして、全部で九人しかいないのです。実力行使の交代制で、常に九人になるように選定されているそうです」

「へぇー! じゃあ強いんですね!」

「強いなんてものじゃないですよ! 化け物です!」

「……この奥にいるそうですよ?」

「…………嘘……ですよね……?」

「いいえ」

 絶望の表情を浮かべてしまった。
 でも、俺も手間取りたくないから化け物は放置しようと思う。

「忘れているみたいだから言っておくけど、塔を持っていくのよ? 人間はどうするんだっけ?」

『……代わりの塔を作りますから置いていきましょう!』

「……それもそうねー!」

 おっ! 珍しく納得してくれた! 奇跡!

「皆さん! 静かに早く救助していきましょう! そして逃げます!」

「――はっ!」「わ……分かりました!」

 そこからは早かった。
 鍵束を持って牢を開け、特に説明もせず感動の対面もなく荷造りをする。まるで夜逃げみたいに。
 まぁ救助された側は泣いていたけどね。

「さぁ次の階に行きますよ!」

 ――ドンッ!

「おぉぉぉいッ! 逃げんのかっ!? 逃げんなら戦えッ!!! コラァァァァァ!!!」

「……話をつけてくるから、カーさんはラビくんを連れて先に行って。あと、契約書も一緒に!」

「はいよー」

 ラビくんたちが四階に行き、五階に誰もいなくなったことを確認する。
 誰もいないことを確認した後、扉を叩く化け物女の部屋に近づいて鉄格子越しに話し掛けた。

「すみませんね。今日は急いでいるのでお相手できないのです。なかなか可愛いので残念です」

「――はぁ!? 逃げられると思ってんのか!?」

「もちろん! 難攻不落の塔型牢獄に侵入したのですよ? チョロすぎて欠伸が出るくらいですよ」

「はっはははぁ! 面白い! 面白いよ、坊や!」

「そうですか? 褒めてくれたお礼をしないといけませんね!」

「おや? 遊んでくれるのかい?」

「えぇ。少しだけ可愛がってあげますよ。お嬢ちゃん」

「――楽しみだよッ!」

 鬼に見える見た目をした筋肉質の女性は、瞳に怪しい光を灯した。どうやら怒ってしまったようだ。
 ついでに怒りを鎮めてあげよう。

「えぇ、楽しんでください。――【玄冥】」

 被害者が出ないように出力を抑えた略式だ。《武威》の使用も控えているし、《威圧》も殺気もなしだ。

「――あがっ」

「どうしたの? お嬢ちゃん? もっと遊ぼうよ。退屈だなー。もう寝ちゃうのー? 頭を撫でたら喜ぶかなー?」

『ストーップ!!!』

 嗅ぎつけるの早すぎ……。
 リムくんに乗ってやってきたラビくんにより、【玄冥】の手による頭なでなでは中止になってしまった。……喜ぶと思ったのに。

「お嬢ちゃん。次はもっと長くたくさん遊ぼうね! バイバーイ!」

『もうっ! 余波で気絶者多数だよ!?』

「だって楽なんだもん!」

『……ぶーちゃんにチクるよ? 手抜きしてるって』

「やめて! 鯨の相手したじゃん! ねっ!? お小遣い弾むからさ!」

『お小遣いはいいの! 貸しにしておくの!』

「……いや。それは絶対にいや!」

『……何でかな? 懐は痛まないよ?』

「代わりに心と体が痛むよ!」

 絶対ドラゴンジャーキーを作らせる気だ。
 ラビくんのお願いは鬼畜天使と違って反撃の余地があるけど、ドラゴンジャーキーはダメだろう。条件付きの討伐とか……考えるだけでも地獄だ。

『あっ! みんなもう一階にいるみたいだよ! ぼくたちも早く行こう!』

「ちょっとちょっと! 有耶無耶にしないでよ!」

『――ん? 何のこと?』

 この堕天使め……。

「とにかくドラゴンジャーキーは作らないからね!」

『しょうがないなーー! 今回だけだからね!』

「ありがと!」

『うん!』

 わずかな不安を残しつつもラビくんとの交渉が終わり、無事に塔の一階に辿り着いた。

 元囚人たちは感動の再会を実感し、周囲を気にすることなく泣いている。
 俺はこの時間を使って、奴隷たちが逃亡するための時間稼ぎをすることに。

「ラビくんたちは離れていた方がいいかも」

『なんで?』

「ツルリン種族を量産しようと思って」

『……なんで?』

「塔で働いていた兵士たちがツルリン種族になった後に、皮膚疾患が主症状の疫病が流行したかもって噂を流したらどうなると思う? 元々療養施設と称していたし、兵士を塔に入れた後に封印しておけば信憑性が増すでしょ? 噂を聞きつけて確認に来るまでは時間を稼げるよ。通信魔具は俺が持ってるしね。その後は、伝染病を疑って接触禁止や渡航禁止を言い渡されるでしょ?」

『……エグい……エグいよっ!』

 まぁ決闘の目撃者に聞けば分かるから大丈夫でしょ。

「だって……キマイリー博士だからね!」

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