暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一

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第七章 氷雪の試練と友情

第百四十二話 悪徳商法

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「カルラ、父ちゃん帰って来たぞ! 抱っこさせてくれ!」

『いいよ! ーーあれ? 体が動かないの』

 ボムが両手を伸ばし受け入れ態勢を取るも、いつもボムが俺にやるカルラを渡さない攻撃を行うプルーム様。ボムも気づいたようで、無言でプルーム様を見つめている。

 そしてそんなことをしているときに異変が起こった。俺とボム、もちろんボムのお腹についたポケットに入ったソモルン、そして狼コンビとその他とを分ける透明な氷でできたような壁が現れたのだ。

「え? 何これ?」

 思わず口から飛び出してしまったが、それも仕方がないと思えるくらい不思議だった。というのも意図的な分け方で、蛇行していた壁が強制的に分けるように次第に真っ直ぐになっていったからだ。どう考えてもおかしい状況である。

「ラース! 壊せ!」

 手に【地界】を握ったボムが俺に檄を飛ばしながら、斧を振り下ろした。さすが管理神の素材で作った武器であり、一撃で氷の壁に亀裂を入れた。

 ーー幻想魔術《幻想獣・溶岩竜》ーー

 ーー竜闘術《竜撃拳》ーー

 その亀裂に向かって溶岩竜の正拳を連続で叩き込んだ。最後の一発で壁を破壊できた瞬間、俺たちの足場が消え滑り台のようになっていた。気づいたときには既に遅く、下に向かって滑り落ちていくところであった。

「カルラァァァァァ!!!」

『兄ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!』

 お互いが手を伸ばすも触れあうこともなく、強制的に引き離されて行くのだった。そして今回もまた、カルラと一緒にダンジョンを攻略することは叶わないのだと知る。


 ◇


「それでここどこ?」

 あのあとカルラと冒険できないことを知った各々が、絶望の表情を浮かべながら暗闇に向かって滑り落ちていったのだが、終着地点についてふと思ったのだ。

「地下だろ……」

 ボムも悲しみからテンションが低く、ぼっそりと答えるだけだった。

『もしもしデブよーおデブさんー♪』

「は?」

 どこかから聞いたことがあるリズムで歌詞が違う歌が聞こえてきた。周囲には誰もおらず、気配も全く感じないのだ。それにおそらくボムに対する悪口であり、セルたちは俺が言ったと思って視線を向けている。

「俺じゃないからな!」

『ハロー! エブリワーン! ワタクシ案内人のボディモンでーすよ! あなたたちはここ【肉の試練】を通ってもらいまーすよ!』

 なんだコイツ? いきなり目の前に現れたと思ったら、ハイテンションでなんか言ってるし。それにしても見た目悪魔だから案内人であると同時にボスとかなんだろうな。あと指差す方向に気になるものが書いてある。

「はい! 質問です!」

『ハイ、人間さん!』

「本当は【体の試練】ではないのですか?」

『……勘のいいヤツは嫌いですよ』

 いきなりキャラ変えるなよ。怖いじゃないか。

「肉の隣に小さく体と書いてありますから、とても気になりました。ってことは他は【心】や【技】なんですか?」

『……本当に厄介ですね。わざわざ分けてよかったですよ。ダンジョンマスターの英断ですよ』

「何ー! ラースのせいでカルラとお別れしたのか!?」

『そーですよ、おデブさーん!』

「ボム、違うぞ! ダンジョンマスターのせいだ! それに悪口言われているぞ!」

 なんとなく裏の試練のことをカルラに教えようとしたからかなとは思っていたが、ここまであからさまにすることはないだろ。パーティー内の情報は共有するのが基本だというのに。

 とりあえず、ダンジョンマスターは一発殴るって決めた。

「悪口? 俺たちの他に誰かいるんじゃないのか?」

「誰もいないぞ」

『そうでーす! 変な格好をしているあなたがおデブさんなんですよ! 逆にあなたがおデブさんじゃなかったらなんなんです?』

「俺か? 俺はポッチャリだ! 決してデブではない!」

 ほとんど同じ意味だと思うが、あえて何も言うまい。だが案内人は俺とは逆の道を行くようだ。

『同じ意味ですよー? ふくよかな体型のものを指す言葉ですよー! それに何より、あなたはポッチャリで済む大きさではないでしょー? さらにこのパーティーは半数がおデブさんだったから、試練の名前をワタクシなりにアレンジして差し上げたのですよー? お解りになりましたでしょうかー?』

 俺とフェンリルは視線を交え、半数という者たちを想像した。筆頭はボムのことだろう。ではここにいる残りの四名のうち、誰があと二人に選ばれるかということだ。これは無闇に発言したらヘリオス事変と同じ結末になることが予想され、全員が発言を控えた。もちろん気を遣われている唯一の女の子は「誰かしら?」と気にせず言っているが。

「……さっさと案内しろよ」

 ボムも被害拡大を恐れたのか、何か口に出そうとしたがグッと拳を握って堪え説明を促していた。

『やれやれ、やっとですかー。では説明させていただきまーす! こちらのルートを通って先を目指していただくのですが、各試練の入口にその試練のルールが書かれていますので、しっかりと守って先に進んでくださいませー! ワタクシは最奥にて待っておりますので、再会できることを心より願っておりまーす!』

 そう言うと、再び目の前から消えていった。

「じゃあ行くか」

「その前にメシだろ?」

 そう言えば昼食を食べようとした瞬間に、あの壁が出現して分断されたんだったな。俺とセルはおやつを食べたけど落下組は食べてないもんな。

「そうだな。ご飯にするか」

 腹が減っては戦ができぬって言うし、カルラロスによる士気向上を図ることにした。


 ◇◇◇


 一方、チビッ子と竜と神獣の混成パーティーであるプルーム一行でも、案内人による説明が行われていた。

『ヘイヘイヘーイ! オレ様がキサマらの案内をしてやるテクーノ様だー! キサマらは【技の試練】で先に進む! 簡単なことダロー!?』

「貴様に最後の機会をやる。案内人らしく真面な会話をしないと、今ここで消滅させることになるぞ。次に我のことを貴様と呼んでみろ。そこで貴様の生は終わりじゃ」

 人化したプルームは美人な竜人族にしか見えない上、神によりもらった存在感を抑える指輪をつけているせいで、とても【始原竜・プルーム】だと気づけなかった。でも今は存在感を抑えることはせず、チビッ子たちに結界をかけての全力の威圧をぶつけていた。

 さらに普段は聖獣程度までに力や存在感を抑えている神獣トリオのうち、特にプルームに忠誠を捧げているガルーダとヘリオスまでもが既に臨戦態勢を整えていた。

 ここで出遅れたのは【雷竜王・グローム】。臨戦態勢であれば威圧に堪えれたのに、力を抑えた状態で威圧の余波を受けてしまっていた。そのせいでグロームは現在真っ青な状態で座り込んでいたのだが、彼よりもさらに酷い状況にあるのが生意気というより不敬な口調で説明していたテクーノだ。

 彼はそもそもラースたちがダンジョンに来たときから見ていて、人外じみたことをするラースの担当を外れて美人のお姉さんの担当になれて喜んでいた。しかし蓋を開けてみれば、一番危険なパーティーはこのパーティーだったのだ。だがそれは仕方がない。このパーティーには聖獣未満は一人もいないし、ましてや人間は最初からいなかったのだ。

 そしてテクーノは今、存在感と威圧で全てを悟った。同時に謝らなければいけないと思い行動に移したかったが、体が震えるだけで指先一つ動かせない。それに何故か気絶もできない。何もできない状況の中で彼は唯一の方法を思いついた。それは仲間との配置換えだ。

 ラースの予想通り、ここは【心技体】の三つの試練のうち一つを選んで進んで行く。プルームたちが通ってきたゴンドラを下に降りると【体の試練】があったのだ。つまり案内人は全部で三人いるのだが、当人たちの間で合意が成された場合のみ配置替えが可能で、転移魔術によって一瞬で入れ替わるのだ。

 早速呼び出し音を鳴らしてみる。すると【体の試練】の案内人であるボディモンに繋がった。

『どうしたー? ちなみに配置替えなら無理だよー。最高の玩具を見つけちゃってー、これから楽しむところだからねー! んじゃ、バイビー!』

 次に繋がったのは【心の試練】の案内人だ。

『あんたんとこヤバくなーい? 今ー、ダンマスと見てたんだけどー、一番来ちゃダメな相手じゃーん! あたしんとこが一番楽かなーって思うんだー! 譲ってくれてマジサンキュッキュー! 最後まで楽しませてもらうからー、マジガンバー!』

 この瞬間テクーノは悟った。自分の運命を。最奥でボス戦をやらなくてはならない彼は、全てに絶望しながら目の前の存在に平伏したのだった。

 でもこの世の中一度のミスは許されることが既に判明していた。ヘリオスも失敗から這い上がった存在だ。捨てる神があれば拾う神もいるのだ。そしてテクーノの前に現れた神は小さな竜の女の子だった。

『ねぇ母ちゃん。兄ちゃんたち、また変なことするかな? カルラも兄ちゃんたちのすること見たかったなー!』

 溺愛する娘からの問いかけによって威圧が霧散し、満面の笑顔をカルラに向けてプルームは話し出した。

「そうだな。あいつのことだから何かやるかもしれないが、我らは見れないのが残念だな。んー、いいことを思いついたぞ! おい、我らが最奥に行ったときにあいつらの行動を見れるように準備をしておいたなら、先ほどの件は不問にしてやる。だが準備ができてなかったら、最奥が貴様の墓場だ。分かったら行け!」

『お任せくださーい!!!』

 案内人が消えたあとプルームはカルラに優しい笑みを向け、「楽しみじゃな」とささやいた。

『うん!』

 カルラも満面の笑みで答え、大魔王と化したプルームはようやく母親の姿に戻っていった。ちなみにグロームは微妙なダメージを受けたことを指摘され、しばらくの間プルームと神獣コンビによってからかわれるのだった。


 ◇◇◇


 昼食が終わり食休みをしていると、ボムが横たわりながらもぞもぞと動いている。気になるが、こういうときは見てはいけないのだ。見たら最後、絶対に後悔する出来事が起こる。

「おい、おいって! こっちを向け!」

「そっちを見てはいけないと天啓を得たから無理だ。心の底から残念だと思うよ」

「そうか。モフモフをさせてはいけないって天啓を得るかもしれないぞ!」

「それはずるいとは思わないのか?」

「全く思わない。使えるものは何でも使えとプルーム様に教えられたからな。お前は忘れてしまったのか? だったらまた修業をやり直さないとな!」

「忘れるわけないだろ!」

 相変わらず口が達者な賢い熊さんだな。だが見ることはできない。

「ほら、見ろって! モフモフ権を失うぞ!」

「……クソ……なんだよ」

 失うわけにはいけない権利のためにチラッと視線を向けると、ボムは仰向けの状態で両手首を合わせていた。

「じゃーん! 捕らえられた熊ー!」

「……今は怪獣じゃん。それにしても久しぶりに見たな、それ」

「いいんだよ。着ぐるみを着た熊なんだから! そんなことより可愛かったか? 可愛かっただろ?」

「……今度は何をやらせるつもりだよ」

 ボムは誰に聞いたのか無人島で生活しているときから、この意味不明なものまねみたいなことをやり始めた。
 最初は厳つい顔の巨大な熊さんがやるから可愛くて何でも言うことを聞いていたが、お願いがあるときにしかやらないことが判明してからは、これが先払い方式のお強請りだと気づいた。

 可愛い姿という報酬を無料で受け取る悪いヤツじゃないなら、相応の対価を渡せという詐欺システムだ。このあくどいシステムを考えた犯人らしき人物は最近判明した。ボムが言うところの『師匠』なる人物だ。一度文句を言ってやりたいと思っている。

「やらせるなんてとんでもない。お願いを聞いて欲しいなって思っているだけだぞ!」

「じゃあやらなくてもいいんだな?」

「可愛い姿を見ておいてやらないっていうのは酷いんじゃないか? しょぼーん……」

「口で言うんじゃない。雰囲気で醸し出すものなんだからさ」

 体を起こして座っているボムは肩を落とし、項垂れている風を装っていた。

「……とりあえず話は聞くからさ。できることとできないことが、俺にも一応はあるんだからさ」

「そうか! すまんな! それじゃあ早速言わせてもらうと、このダンジョンが終わったらブーとダイフクを迎えに行ってあげたいんだ。セシリアたちが修業に行くだろ? ガルたちは行くのに仲間はずれは可哀想だと思ってな」

 一瞬で元気になって予想通りの願いを口にするボム。

「あれ? デブッ子のこと鬱陶しいって言ってたじゃん。洗脳でもされたのか? 俺が生命魔術で治してあげようか?」

「洗脳なんかされてないわ! 最初は囲まれて困ったが、成長して少し落ち着いた子熊たちは可愛いぞ」

「テミスが可愛がっているからだろ? 会わせてあげたい気持ちも分かるが、残念だが無理なんだ」

「何でだよ! グレタを探したときみたいに探して迎えに行けばいいだろ?」

「子熊には母親がいるんだぞ。船にはそいつらの部屋はないし、迎え入れる気もない」

 ドライディオス王国はモフモフ天国を奪おうと画策している蛮族である。カルラが友達と言いプルーム様が責任を取ると言ったから船に乗せているが、本当はドライディオス王国に所属している貴族のことなど信用していないのだ。

「国王はともかく侯爵は人質がいるって言ってたぞ!」

「誰が?」

「……ソモルンが」

「師匠じゃなくてか? ソモルン嘘発見魔道具使ってもいいかな?」

「いいよー」

 あれ? 意外な答えが返ってきたぞ。嫌がるかと思ったが、自信満々に答えるとは思わなかった。まぁせっかくだから使用してみよう。

「ーーあれー? 魔法陣が壊れちゃったね!」

 ……そう来たか。ソモルンがやっていることは術式破壊だ。魔力を込めたときに魔法陣を崩壊させて紙くずにしているあくどい方法である。誰にでもできる方法ではないため対策していなかった俺のミスだが、ここで使ってくるとは思わなかった。

「このミニ怪獣め! ボムの味方ばっかしてないで、たまには俺の味方になってくれてもいいと思うんだが!」

「味方なんてとんでもない! 壊れちゃっただけだよ!」

 そう言いながらもハイタッチをしている怪獣兄弟は、勝ちを確信しお互いをモフモフしあっていた。『師匠』という曖昧な存在よりもソモルンという身近な存在の証言によって、信頼性を高めただろうことは簡単に予想できる。

 それならば、俺も最後のカードを切らせてもらおうではないか。

「そうだな。俺もデブッ子たちを迎えに行こうと思っていたんだが、ドラゴンスタンピードまでの時間を使ってここに来ているわけだから時間は残されていないんだよ。それにスタンピードのあとは戦神様のお使いで武術大会に出なければいけないんだ。だから時間がないんだ。分かってくれ」

「そうか……」

 ボムもさすがに戦神様の名前を出されては何も言えない様子である。しかし、俺の攻撃を躱し続ける者がここにはいた。

「それって、竜王国の武術大会だよね?」

「……そうだよ」

「それじゃあ大丈夫だね! 武術大会は竜王国のお祭りも兼ねているから、スタンピードの参戦者が集まらないと行われないよ。でも本当ならスタンピードの前に修業して、ニールの修業として使いたかったよね!」

「そ……そうだろ! でも時間は作れないからしょうがないな」

 ダイフクや人質を捜す時間がないことを告げれば諦めるかと思ったが、ボムは路線を変えて食い下がってきた。

「じゃあブーは?」

 ブーのことはジョーカーみたいなものだが、一応使ってみることに決めた。

「ブーは……死んじゃった」


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