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第七章 氷雪の試練と友情
第百四十四話 鬼ごっこ
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今から行われるのは、巨デブの熊さんとの組み体操だ。本来なら一番下の土台部分を担当するはずなのに、何故か頂点に立つ役を担っていた。ある意味セルさんの行動は間違ってなかったかもしれないと今さら思う。
「……やるか」
それぞれ覚悟を決め、超重量のボムを担ぎ上げる。まずはフェンリルが伏せてボムがフェンリルの背に立った。そしてそのまま立ち上がるのだが、フェンリルも立った状態で背に乗せるのは大丈夫だが、伏せ状態から立ち上がるのは勝手が違うようでフラフラしていた。
俺とソモルンは体力温存のために待機していたのだが、さすがに放置できずフォローに回った。そこからは簡単だ。足と尻を支えて押し上げるだけ。でも簡単なのは言うだけならという但し書きがつくのを忘れてはいけない。
セルはセルで折檻回避のため、階段の上部で魔術を使えるかを試していた。上るために使っていないし、ゴールしていたセルが魔術を使っても何らペナルティーはないと、本人が珍しく強く主張していたため実験させていた。するとセルの仮説は正しく、セルが氷雪魔術を使っても何も起こらなかった。
そこでセルは考えた。階段上部に氷像をたくさん作ろうと。これが何をもたらすかというと、階段上部にボムが掴まる場所ができるということだ。
セル曰く。
「暇だから氷雪のダンジョンで氷雪魔術の訓練をしているだけ。主はたまたまそれを掴んだだけなのよ。ルール違反ではなくて、主の運と私の勤勉さを評価してほしいわ」
と詭弁を並べていた。
でもおかげで、一度上ったはずのボムがずり落ちて来るというようなことはなく、一度で登り切っていたボムはセルの頭を撫でていた。
残る俺たちもナイフを足場にさっさと上り、今は第三の試練を目にしていた。今回は俺たちにとっては簡単そうだが、またもや巨デブの熊さんには大変そうな試練である。本人は気づいてないけど。
そこで俺は気づいてしまった。この【体の試練】は一人の足でまといを設定し、その者に合わせた試練にしているようだ。つまりあの案内人を名乗る悪魔がボムを足手まといと決めたせいで、ボムは今回もまた過酷な試練の餌食になるということだ。
今回はルールがなくゴールすればいいだけのようだが、手助けしにくくなっている。そんな第三の試練の内容だが、ただの壁抜けだ。目の前の分厚い壁に開けられた穴を潜るだけなのだが、ボムが潜ろうとすると匍匐前進のようになるはず。お腹が邪魔だし、足が短いボムさんは果たして進むことができるのか。
「ソモルン一番で俺が二番な!」
「え? 本当に進める?」
「余裕だろ!」
意気揚々と潜り始めるボムのあとをついて三番目に潜った俺は、思いの外進めているボムに驚いていた。しかしこれが悪魔による罠だということをこの直後に知ることとなる。
「……ソモルン……。どうやら俺は……ここまでのようだ……」
「え? どうしたの?」
「さっきまではゆとりがあって腰を上げれたが、今は足をばたつかせることしかできない……」
実際目の前で行われているバタ足を見て思わず頬が緩む。可愛い行動をしてくれるのは嬉しいが、ボムがここまでということは俺たちもここまでなのだ。目の前に巨大な障害物があるからな。
「ボム、まだ諦めることはない。俺が作った魔道具をストレージに入れといたからさ。使い方は魔力を流させば起動する。右手の赤いボタンを押して準備を整える。赤いボタンが点灯したらハンドルを捻るだけだ。左の青いボタンは緊急発動ボタンだから落下しそうになったときに使えるぞ。停止はハンドルを戻すだけ。戻さないと壁にぶつかるからな」
俺が作った魔道具はバイクのハンドルのようなもので明かりもつく。これは磁力魔術《引力》を組み込んだ魔道具で、赤いボタンを押して目標地点を決め、そこに向かって引き寄せられていくだけだ。ハンドルを戻せば弱めの《斥力》が働き、壁にぶつからないようになっている。
「そうか! ありがとな!」
俺こそありがとう。バタ足可愛かったぞ。と心の中で思う。口に出すと二度とやってくれなくなるからだ。
「どういたしまして」
「ソモルン! 俺に掴まれ! 行くぞぉぉぉ!」
ソモルンがボムに掴まったのか、魔道具の発動音が聞こえる。そして次の瞬間、ロケットのように高速で発射された怪獣を目にした。
「速っ! 時間なくて実験してなかったからな-」
「「うぁぁぁあぁぁぁーーー!!!」
徐々に小さくなっていく怪獣のお尻を追いかけていくと、ボムとソモルンがゴール近くに横たわっていた。
「……大丈夫?」
「速すぎるわ!!!」
さすがの怪獣兄弟もノーガードでのリニア状態は怖かったようだ。珍しく魔道具をすぐに返却してきたからな。
「それで今度は何? 普通のダンジョンみたいじゃん」
ボム専用ソリで移動できそうなほど広い、普通のダンジョンを連想させる通路があるだけだ。俺はセルに乗り、ボムたちは嵐魔狼ソリに乗って移動している。
今まで過酷な試練を受けてきていたボムはストレスを発散するかのように、フェンリルに速度を上げてもらって俺たちより先行して宝探しをしていた。だが、そんなボムたちが引き返してきたのだ。すれ違いざまに「すまん」と一言発して。
一瞬疑問に思うもすぐに意味を理解した俺たちは、体を反転させてボムたちを追う。何故なら、体を左右にくねらせ前進する姿が見えたからだ。
「ボォォォォムゥゥゥゥゥ!!!」
「あぁぁぁるぅぅぅじぃぃぃ!!!」
ボムは俺とセルの呼びかけに尻尾を振って答えていた。こちらの神経を逆なでして来る行動に、どうしたら仕返しができるかを考えていると、T字路が見えてきてボムたちは左折することにしたようだ。
これだー!
俺は即座に閃き、魔力を広げ通路の構造を把握する。すると、この通路は『田の字』のようになっていることが判明した。
「セルさん! 左に曲がったらすぐに反転して右に曲がってくれ! アイツをやりすごしたら、この通路に戻って来よう!」
「わかったわ!」
ーー創造魔術《鉄仮面》ーー
ーー幻影魔術《変身》ーー
後ろから来る恐怖の権化に向かって二つの魔術を繰り出した。攻撃力は皆無だが、見た目が変わる魔術だ。悪戯にはうってつけの魔術と言える。
セルは見事に、左折から急転換して右折に成功する。しかし相手も馬鹿じゃない。体をこちらに向けようとしてきたのだ。
ーー結界魔術《城壁》ーー
ーー無限魔術《籠手操作》ーー
ーー幻影魔術《幻影》ーー
結界を張って通行禁止にした後、頭を掴んで無理矢理ボムたちが曲がっていた方向に向けた。曲がり角からボムたちが覗いているように偽装して。
結果、思惑通り引っかかってくれた恐怖の権化はボムたちを目指して移動を開始した。俺たちも元々いた十字部分に移動して最後の作戦を実行する。
ーー氷雪魔術《大氷壁》ーー
氷雪魔術で十字の各先端を凍らせて壁を作り、『ロの字』の通路を作った。俺とセルは内側から、ボムたちと蛇のお面を被った鬼との追いかけっこを観戦するのだ。
そう、俺たちは動きから蛇だと誤解してしまったが、本当は水色の東洋龍だった。似ているが頭部は蛇じゃないし手足もある。動きが蛇っぽかったのは、東洋龍の体が大きく東洋龍からしたら狭い通路のせいだったからだ。
よく見れば分かったが、ボムたちは逃亡を優先した。さらにボムたちのミスを逆手に取った悪戯を仕掛けた結果、彼らは現在も逃げ場がない追いかけっこをするはめになったのだ。
「セルさん、何食べるー?」
「さっき食べた漬物がハマったから、リピートしたいわ!」
「はい、どうぞ!」
俺も同じ物を食べながら、たまに目の前を通り過ぎる嵐魔狼ソリを応援していた。ちなみに、初めて通り過ぎたときは驚愕の表情を浮かべており、二回目に通ったときは再確認したのか再び驚き、三回目には何かを叫んでいた。
俺は耳に手を当て、「なんだって?」のポーズをしてからかって遊んでいる。そのうちボムと東洋龍の距離が詰まってきて、ボムは自分の怪獣の尻尾をたぐり寄せて抱えていた。思わずセルと一緒に爆笑してしまった。
『『『ラァァァァスゥゥゥゥ!!!』』』
さすがに限界が来たのだろう。念話を使っての救助要請が入る。でもそこにはセルの名前がなかった。
「セル……悲しいな。セルに乗って移動するのに名前が出てこないなんて……な?」
「えぇ……」
こういうとき乗ってくれるセルさんは大好きだ。
『『『セェェェェルゥゥゥゥ!!!』』』
俺とセルはハイタッチを交わして、ボムと鬼が通り過ぎた直後に一面だけ氷を解除した。
ーー無限魔術《籠手操作》ーー
東洋龍に追いつき、尻尾の先を握って無理矢理動きを止める。そしていつもの股間槍をやろうと思ったのだが、そもそも西洋竜とは体のつくりが違いすぎて不可能だと気づく。
……まぁいいか。
ーー創造魔術《魔鉄管》ーー
鉄パイプを作りお尻に向かって突き刺した。その瞬間東洋龍の体がビクッと跳ねたが、セルも「ひゃっ」と言っていた。これは生命のダンジョンで巨大蛇を倒した方法の正規版とも言える方法だ。あの時は横っ腹に槍を突き刺したが、皮に傷がついてしまった。今回は元々開いている穴だから傷はつかないはず。それと何の穴かは言う必要はないだろう。
ーー流水魔術
『マ……マッテホシイ! コウフクスル!』
まさか泣きが入るとは思わなかった。俺がやろうとしていることを瞬時に理解し、降伏することで即座に阻止しようとする判断力を見て、かなりの知能を持った魔物だと判断できる。
「対価は?」
『フクジュウダ』
「じゃあ【氷の精霊結晶】がある場所も教えてくれて、案内人がいる場所まで連れて行ってくれるということか?」
『ムロン』
時短になってカルラとの再会が早まるならいいかな。
「いいだろう。それと姿は変えられないのか?」
『カノウダ。ダガ、ソノマエニ……ヌイテホシイ』
あぁ……。これか。
『ウゥゥゥ……』
「かわいそう……」
降伏の原因を引き抜くと同時に聞こえる東洋龍の苦しそうなうめき声と、セルの同情する言葉に少しだけ罪悪感を抱くが、いきなり背後から攻撃するよりはいいかなと思うことにした。
東洋龍はしばらく身を強張らせたあと姿を変えていき、その結果麒麟に姿を変えていた。しかも聳孤という水または氷を司る聖獣だ。そりゃ知能高いだろうよ。
そもそもボスクラスの聖獣が何でここで、怪獣兄弟を乗せたソリを引く神獣と追いかけっこをしているのか気になった。ダンジョンコアの前ででーんと構えていればいいのに。
「あぁ、仮面も外しておくよ。それで何で聖獣がここにいるのか聞いても?」
『ワタシハ、スカウトグミダ。【氷帝象】ニスカウトサレタ。アルジガモトメル【氷の精霊結晶】ノタメ』
そういえば世界最小ダンジョンの一つだっけ。リソース不足改善のために外部からスカウトしたのか。じゃあマンモスのこと知ってるかな? マンモスに会いたくてダンジョンの中に入ったのに、未だに会えていないのはおかしいだろ。
「じゃあマンモスのこと知ってる?」
『ワタシヲスカウトシタモノハ、ムカシニナクナッタガ?』
「そのマンモスの子どものこと」
『アッタコトハナイ』
マジか……。どこに行ったんだ? フェンリルみたいに旅立ったってことはないよな? ダンジョンに来る直前まで、水神様が何も言わなかったから大丈夫だと思うけど。
「あの神様適当だからな……」
無人島に立てられた壁なし小屋を思い出し、思わず口から出てしまった本音だが、少しだけ寒気がした気がするのは何故だろう。
「ラーーース!」
手をブンブンと左右に振るボムが近づき、満面の笑みで辺りをキョロキョロ窺っている。
「ん? アイツは?」
「目の前にいるだろ」
「アイツは蛇だったんだぞ!」
まだ蛇だと誤解しているボムは訝しげに麒麟を見ているが、ソモルンとフェンリルは納得がいったのか「ふぅー」と息を吐いていた。
「麒麟さん、モードチェンジ」
『ココロエタ』
一瞬で東洋龍姿に変化し、追いかけっこチームが驚愕の表情を浮かべている。俺とセルは東洋龍を背にして立っているから見ずに済んでいる。よく見るとカッコいいのだが、横に動くのはやめてもらいたい。
「なぁぁぁぁぁぁ!」
「麒麟さん、『聳孤モード』で」
『ココロエタ』
元の麒麟姿に戻ったことで、今度は固まる追いかけっこチーム。そして何故かドヤ顔するセルさん。
「そ……そいつをどうするんだ?」
「連れて帰ります。今日からモフモフ天国の一員ですよ」
『ダンジョンハ?』
「今回攻略する予定だから、しばらく無職が決定する。水神様からダンジョンを攻略してマンモスと一緒に遊んであげて欲しいと言われているから、マンモスと一緒に長期休暇に入るため、勝手に死ななければ好きに活動してくれて構わない。モフモフ天国という精霊樹が植えられている魔境があるから、そこに行ってもいいし聖獣の島に行ってもいい。とりあえず、ここからは出る。じゃあ【氷の精霊結晶】がある場所まで連れて行ってくれ」
『……。ココロエタ』
突然の休暇を告げられかなり驚いたようだが、これは決定事項である。だって麒麟姿はカッコいいし、言っちゃあ悪いが暇だろうし。
「ラースは十大ダンジョンに住んでる聖獣を連れて帰る趣味でもあるのか?」
不思議そうにフェンリルが言うが、生命ダンジョンのカーバンクルやユグドラン親子は置いていかれた被害者である。可哀想なモフモフを助けるのはボムの影響かもしれない。
それにコイツもリオリクス様に言わせれば被害者かもしれないな。現に管理神二人と神獣トリオは抜け出しているんだし、暇っていう精神的な苦痛を一番知っているフェンリルにそのまま伝えると、「なるほどな」と納得していた。
「……やるか」
それぞれ覚悟を決め、超重量のボムを担ぎ上げる。まずはフェンリルが伏せてボムがフェンリルの背に立った。そしてそのまま立ち上がるのだが、フェンリルも立った状態で背に乗せるのは大丈夫だが、伏せ状態から立ち上がるのは勝手が違うようでフラフラしていた。
俺とソモルンは体力温存のために待機していたのだが、さすがに放置できずフォローに回った。そこからは簡単だ。足と尻を支えて押し上げるだけ。でも簡単なのは言うだけならという但し書きがつくのを忘れてはいけない。
セルはセルで折檻回避のため、階段の上部で魔術を使えるかを試していた。上るために使っていないし、ゴールしていたセルが魔術を使っても何らペナルティーはないと、本人が珍しく強く主張していたため実験させていた。するとセルの仮説は正しく、セルが氷雪魔術を使っても何も起こらなかった。
そこでセルは考えた。階段上部に氷像をたくさん作ろうと。これが何をもたらすかというと、階段上部にボムが掴まる場所ができるということだ。
セル曰く。
「暇だから氷雪のダンジョンで氷雪魔術の訓練をしているだけ。主はたまたまそれを掴んだだけなのよ。ルール違反ではなくて、主の運と私の勤勉さを評価してほしいわ」
と詭弁を並べていた。
でもおかげで、一度上ったはずのボムがずり落ちて来るというようなことはなく、一度で登り切っていたボムはセルの頭を撫でていた。
残る俺たちもナイフを足場にさっさと上り、今は第三の試練を目にしていた。今回は俺たちにとっては簡単そうだが、またもや巨デブの熊さんには大変そうな試練である。本人は気づいてないけど。
そこで俺は気づいてしまった。この【体の試練】は一人の足でまといを設定し、その者に合わせた試練にしているようだ。つまりあの案内人を名乗る悪魔がボムを足手まといと決めたせいで、ボムは今回もまた過酷な試練の餌食になるということだ。
今回はルールがなくゴールすればいいだけのようだが、手助けしにくくなっている。そんな第三の試練の内容だが、ただの壁抜けだ。目の前の分厚い壁に開けられた穴を潜るだけなのだが、ボムが潜ろうとすると匍匐前進のようになるはず。お腹が邪魔だし、足が短いボムさんは果たして進むことができるのか。
「ソモルン一番で俺が二番な!」
「え? 本当に進める?」
「余裕だろ!」
意気揚々と潜り始めるボムのあとをついて三番目に潜った俺は、思いの外進めているボムに驚いていた。しかしこれが悪魔による罠だということをこの直後に知ることとなる。
「……ソモルン……。どうやら俺は……ここまでのようだ……」
「え? どうしたの?」
「さっきまではゆとりがあって腰を上げれたが、今は足をばたつかせることしかできない……」
実際目の前で行われているバタ足を見て思わず頬が緩む。可愛い行動をしてくれるのは嬉しいが、ボムがここまでということは俺たちもここまでなのだ。目の前に巨大な障害物があるからな。
「ボム、まだ諦めることはない。俺が作った魔道具をストレージに入れといたからさ。使い方は魔力を流させば起動する。右手の赤いボタンを押して準備を整える。赤いボタンが点灯したらハンドルを捻るだけだ。左の青いボタンは緊急発動ボタンだから落下しそうになったときに使えるぞ。停止はハンドルを戻すだけ。戻さないと壁にぶつかるからな」
俺が作った魔道具はバイクのハンドルのようなもので明かりもつく。これは磁力魔術《引力》を組み込んだ魔道具で、赤いボタンを押して目標地点を決め、そこに向かって引き寄せられていくだけだ。ハンドルを戻せば弱めの《斥力》が働き、壁にぶつからないようになっている。
「そうか! ありがとな!」
俺こそありがとう。バタ足可愛かったぞ。と心の中で思う。口に出すと二度とやってくれなくなるからだ。
「どういたしまして」
「ソモルン! 俺に掴まれ! 行くぞぉぉぉ!」
ソモルンがボムに掴まったのか、魔道具の発動音が聞こえる。そして次の瞬間、ロケットのように高速で発射された怪獣を目にした。
「速っ! 時間なくて実験してなかったからな-」
「「うぁぁぁあぁぁぁーーー!!!」
徐々に小さくなっていく怪獣のお尻を追いかけていくと、ボムとソモルンがゴール近くに横たわっていた。
「……大丈夫?」
「速すぎるわ!!!」
さすがの怪獣兄弟もノーガードでのリニア状態は怖かったようだ。珍しく魔道具をすぐに返却してきたからな。
「それで今度は何? 普通のダンジョンみたいじゃん」
ボム専用ソリで移動できそうなほど広い、普通のダンジョンを連想させる通路があるだけだ。俺はセルに乗り、ボムたちは嵐魔狼ソリに乗って移動している。
今まで過酷な試練を受けてきていたボムはストレスを発散するかのように、フェンリルに速度を上げてもらって俺たちより先行して宝探しをしていた。だが、そんなボムたちが引き返してきたのだ。すれ違いざまに「すまん」と一言発して。
一瞬疑問に思うもすぐに意味を理解した俺たちは、体を反転させてボムたちを追う。何故なら、体を左右にくねらせ前進する姿が見えたからだ。
「ボォォォォムゥゥゥゥゥ!!!」
「あぁぁぁるぅぅぅじぃぃぃ!!!」
ボムは俺とセルの呼びかけに尻尾を振って答えていた。こちらの神経を逆なでして来る行動に、どうしたら仕返しができるかを考えていると、T字路が見えてきてボムたちは左折することにしたようだ。
これだー!
俺は即座に閃き、魔力を広げ通路の構造を把握する。すると、この通路は『田の字』のようになっていることが判明した。
「セルさん! 左に曲がったらすぐに反転して右に曲がってくれ! アイツをやりすごしたら、この通路に戻って来よう!」
「わかったわ!」
ーー創造魔術《鉄仮面》ーー
ーー幻影魔術《変身》ーー
後ろから来る恐怖の権化に向かって二つの魔術を繰り出した。攻撃力は皆無だが、見た目が変わる魔術だ。悪戯にはうってつけの魔術と言える。
セルは見事に、左折から急転換して右折に成功する。しかし相手も馬鹿じゃない。体をこちらに向けようとしてきたのだ。
ーー結界魔術《城壁》ーー
ーー無限魔術《籠手操作》ーー
ーー幻影魔術《幻影》ーー
結界を張って通行禁止にした後、頭を掴んで無理矢理ボムたちが曲がっていた方向に向けた。曲がり角からボムたちが覗いているように偽装して。
結果、思惑通り引っかかってくれた恐怖の権化はボムたちを目指して移動を開始した。俺たちも元々いた十字部分に移動して最後の作戦を実行する。
ーー氷雪魔術《大氷壁》ーー
氷雪魔術で十字の各先端を凍らせて壁を作り、『ロの字』の通路を作った。俺とセルは内側から、ボムたちと蛇のお面を被った鬼との追いかけっこを観戦するのだ。
そう、俺たちは動きから蛇だと誤解してしまったが、本当は水色の東洋龍だった。似ているが頭部は蛇じゃないし手足もある。動きが蛇っぽかったのは、東洋龍の体が大きく東洋龍からしたら狭い通路のせいだったからだ。
よく見れば分かったが、ボムたちは逃亡を優先した。さらにボムたちのミスを逆手に取った悪戯を仕掛けた結果、彼らは現在も逃げ場がない追いかけっこをするはめになったのだ。
「セルさん、何食べるー?」
「さっき食べた漬物がハマったから、リピートしたいわ!」
「はい、どうぞ!」
俺も同じ物を食べながら、たまに目の前を通り過ぎる嵐魔狼ソリを応援していた。ちなみに、初めて通り過ぎたときは驚愕の表情を浮かべており、二回目に通ったときは再確認したのか再び驚き、三回目には何かを叫んでいた。
俺は耳に手を当て、「なんだって?」のポーズをしてからかって遊んでいる。そのうちボムと東洋龍の距離が詰まってきて、ボムは自分の怪獣の尻尾をたぐり寄せて抱えていた。思わずセルと一緒に爆笑してしまった。
『『『ラァァァァスゥゥゥゥ!!!』』』
さすがに限界が来たのだろう。念話を使っての救助要請が入る。でもそこにはセルの名前がなかった。
「セル……悲しいな。セルに乗って移動するのに名前が出てこないなんて……な?」
「えぇ……」
こういうとき乗ってくれるセルさんは大好きだ。
『『『セェェェェルゥゥゥゥ!!!』』』
俺とセルはハイタッチを交わして、ボムと鬼が通り過ぎた直後に一面だけ氷を解除した。
ーー無限魔術《籠手操作》ーー
東洋龍に追いつき、尻尾の先を握って無理矢理動きを止める。そしていつもの股間槍をやろうと思ったのだが、そもそも西洋竜とは体のつくりが違いすぎて不可能だと気づく。
……まぁいいか。
ーー創造魔術《魔鉄管》ーー
鉄パイプを作りお尻に向かって突き刺した。その瞬間東洋龍の体がビクッと跳ねたが、セルも「ひゃっ」と言っていた。これは生命のダンジョンで巨大蛇を倒した方法の正規版とも言える方法だ。あの時は横っ腹に槍を突き刺したが、皮に傷がついてしまった。今回は元々開いている穴だから傷はつかないはず。それと何の穴かは言う必要はないだろう。
ーー流水魔術
『マ……マッテホシイ! コウフクスル!』
まさか泣きが入るとは思わなかった。俺がやろうとしていることを瞬時に理解し、降伏することで即座に阻止しようとする判断力を見て、かなりの知能を持った魔物だと判断できる。
「対価は?」
『フクジュウダ』
「じゃあ【氷の精霊結晶】がある場所も教えてくれて、案内人がいる場所まで連れて行ってくれるということか?」
『ムロン』
時短になってカルラとの再会が早まるならいいかな。
「いいだろう。それと姿は変えられないのか?」
『カノウダ。ダガ、ソノマエニ……ヌイテホシイ』
あぁ……。これか。
『ウゥゥゥ……』
「かわいそう……」
降伏の原因を引き抜くと同時に聞こえる東洋龍の苦しそうなうめき声と、セルの同情する言葉に少しだけ罪悪感を抱くが、いきなり背後から攻撃するよりはいいかなと思うことにした。
東洋龍はしばらく身を強張らせたあと姿を変えていき、その結果麒麟に姿を変えていた。しかも聳孤という水または氷を司る聖獣だ。そりゃ知能高いだろうよ。
そもそもボスクラスの聖獣が何でここで、怪獣兄弟を乗せたソリを引く神獣と追いかけっこをしているのか気になった。ダンジョンコアの前ででーんと構えていればいいのに。
「あぁ、仮面も外しておくよ。それで何で聖獣がここにいるのか聞いても?」
『ワタシハ、スカウトグミダ。【氷帝象】ニスカウトサレタ。アルジガモトメル【氷の精霊結晶】ノタメ』
そういえば世界最小ダンジョンの一つだっけ。リソース不足改善のために外部からスカウトしたのか。じゃあマンモスのこと知ってるかな? マンモスに会いたくてダンジョンの中に入ったのに、未だに会えていないのはおかしいだろ。
「じゃあマンモスのこと知ってる?」
『ワタシヲスカウトシタモノハ、ムカシニナクナッタガ?』
「そのマンモスの子どものこと」
『アッタコトハナイ』
マジか……。どこに行ったんだ? フェンリルみたいに旅立ったってことはないよな? ダンジョンに来る直前まで、水神様が何も言わなかったから大丈夫だと思うけど。
「あの神様適当だからな……」
無人島に立てられた壁なし小屋を思い出し、思わず口から出てしまった本音だが、少しだけ寒気がした気がするのは何故だろう。
「ラーーース!」
手をブンブンと左右に振るボムが近づき、満面の笑みで辺りをキョロキョロ窺っている。
「ん? アイツは?」
「目の前にいるだろ」
「アイツは蛇だったんだぞ!」
まだ蛇だと誤解しているボムは訝しげに麒麟を見ているが、ソモルンとフェンリルは納得がいったのか「ふぅー」と息を吐いていた。
「麒麟さん、モードチェンジ」
『ココロエタ』
一瞬で東洋龍姿に変化し、追いかけっこチームが驚愕の表情を浮かべている。俺とセルは東洋龍を背にして立っているから見ずに済んでいる。よく見るとカッコいいのだが、横に動くのはやめてもらいたい。
「なぁぁぁぁぁぁ!」
「麒麟さん、『聳孤モード』で」
『ココロエタ』
元の麒麟姿に戻ったことで、今度は固まる追いかけっこチーム。そして何故かドヤ顔するセルさん。
「そ……そいつをどうするんだ?」
「連れて帰ります。今日からモフモフ天国の一員ですよ」
『ダンジョンハ?』
「今回攻略する予定だから、しばらく無職が決定する。水神様からダンジョンを攻略してマンモスと一緒に遊んであげて欲しいと言われているから、マンモスと一緒に長期休暇に入るため、勝手に死ななければ好きに活動してくれて構わない。モフモフ天国という精霊樹が植えられている魔境があるから、そこに行ってもいいし聖獣の島に行ってもいい。とりあえず、ここからは出る。じゃあ【氷の精霊結晶】がある場所まで連れて行ってくれ」
『……。ココロエタ』
突然の休暇を告げられかなり驚いたようだが、これは決定事項である。だって麒麟姿はカッコいいし、言っちゃあ悪いが暇だろうし。
「ラースは十大ダンジョンに住んでる聖獣を連れて帰る趣味でもあるのか?」
不思議そうにフェンリルが言うが、生命ダンジョンのカーバンクルやユグドラン親子は置いていかれた被害者である。可哀想なモフモフを助けるのはボムの影響かもしれない。
それにコイツもリオリクス様に言わせれば被害者かもしれないな。現に管理神二人と神獣トリオは抜け出しているんだし、暇っていう精神的な苦痛を一番知っているフェンリルにそのまま伝えると、「なるほどな」と納得していた。
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勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~
伽羅
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物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。
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