死後保険にご加入ですか?

瀬模 拓也

文字の大きさ
2 / 2

ご説明させて頂きます

しおりを挟む
「シゴホケン・・・・?」

突然の話に思わずオウム返しになる。シゴホケンとは何か、言葉からするに死後の保険、とでも書くのか。

混乱する私を余所に女性が淡々と続ける。

「申し遅れました。私ツクヨミ生命の楓(かえで)と言います」

恭しく差し出された名刺には漢字で『楓』とだけ書かれていた。名字も下の名前も無い、まるで源氏名の様だと俗っぽい考えが湧いてしまう。

慣例に従って名刺を返そうとポケットを探るが名刺入れが見当たらない。

会社の机に置きっぱなしにしてしまったのだろうか、まだ片付けられていなければ予備もそこにある筈なのだが。

とは言え死んだ人間の机がそのままになっているとも思えない、何しろ私は死んだのだから。

死んでー

「あの!私は死んだのですよね?」

思わず声を荒げてしまう。楓の事務的な口調に流されてしまうところだった。彼女の肩を掴んで問い質したい所だがセクハラと訴えられそうなので寸での所で思いとどまった。

「8月6日、午後3時45分に息をお引き取りになりましたが」

ご不備がありましたか?と逆に尋ねられてしまう。

「あなた誰なんですか?」

「ツクヨミ生命の者でございます」

埒が明かない。それでも頭に湧いた疑問をぶつけていくしかない。

「ツクヨミ生命って何なんですか?」

「死後保険会社の一つですが」

ここで話が一巡する。堂々巡りの先にあったのは一番最初に来た疑問、死後保険だ。

「そもそも死後保険って何ですか?」

事務的な返答をしていた楓がちょっと驚いた顔をした。

「死後保険をご存知ありませんでしたか」

知らない事はそんなに非常識的なのだろうか、少し苛立ちを覚えた私は返答を拒むと楓は了承したように事務的な笑みを一層深くした。

「これは失礼致しました。ご説明させて頂きますね」

慌てて取り繕うでも無く楓は落ち着いている。若く見えるがこの仕事に対する慣れや度胸が垣間見える。

「死後保険はお客様が死んだ後にご加入される保険の事です」

それは何となく分かる。



死んだ後も入れる保険があるとは、驚きよりも最近の保険会社の業の深さに半ば呆れてしまう。生前は退職金目当てによくあちこちから言い寄られていたがまさか死んでまで誘いを受けるとは思わなかった。

「あの、保険ならもう入っているのですが」

なけなしの給料で支払っていた健康保険は入院費や治療費で殆ど無くなってしまった。僅かに残った分も手続き後妻に渡る事になっている筈だ。いや、掛け捨てだっただろうか。



とにかくこれ以上貯金を切り崩す訳にはいかないし私一人の一存で決められない。ましてや何度も言うように私はもう死んでいるのだ。死人に口出し無し、これ以上生きてる家族に負担を強いる事は出来ない。



そう毅然と伝えようと思ったのだが口から出たのは何とも情けない返答だった。

「いえ、死後保険はお金や不動産を担保にしたものではございません」

楓はあっさりと此方の意を合気道の様に介してしまう。それでいてがっちりと食い下がって離さないのは営業職ならではの力である。

「掛けて頂くのはお客様ご自身です」

「魂って事ですか?」

急に不穏な雰囲気になり背筋が寒くなる。



魂と引き換えに保険に入るなどまるでおとぎ話ではないか。しかもどう考えてもめでたしめでたしでは終わらなそうな内容だ。



説明する楓の笑顔が一瞬腹黒く見えた。

「いいえ違います」

今度もあっさりと楓が否定してしまう。

「死後保険はお客様が積み上げて来た人生そのもの。徳、とでも申しましょうか?」

「徳、ですか?」

そう言われても今一つピンとこない。特別なにか人の為に尽くしてきた事は無かったし褒められるような偉業を成しえた訳でもない。犯罪に手を染めた事は無いがだからと言って聖人君子などではない、そんな自分に徳があるとも思えなかった。



戸惑っていると楓が続ける。

「56年間立派な生涯だったではありませんか」

一歩引いた筈の間合いを再び詰められる。元来この手の勧誘は苦手でうまく断る事が出来ないがそれは死んでからも同じの様だ。そう簡単に人は変われないという事か。

思わず苦笑いをしてしまうが相手はこのまま引きそうにもない。



「おや、確かツクヨミ生命の?」

考えあぐねていると後ろからやけに明るい声がかかる。

振り返ると恰幅の良い中年男性がこちらもスーツ姿で立っている。



「相変わらず仕事が早いですな。うちのモンにも見習わせんと」

ふと見ると焼香の列も終わりに近づいていたが誰もこちらに気付く気配はない、となればこの男もまた生きている人間ではないのだろう。

「けど、あまり強引なのはあきまへんなあ。故人さんが困ってらっしゃる」

「時間は有限ですからね。せめてご説明だけでもと思いましたが」

冷たい。

お互い営業用の笑顔をしてはいるが間に流れる空気はひんやりとしている。

死んだ後の事はよく分からないが負の感情というのは生きている人特有では無いらしい。

「何にせよ考える時間ちゅうモンが必要でしょう?あまり急かすと悪質な詐欺と思われてしまいますわ」

男は血色の良い顔をこちらに向けると満面の笑みを浮かべた。

「どうも、アマテラ生命の若葉(わかば)と申しますわ。ま、今日はご挨拶までに」

と言うことはまた来るということか。邪推しながらも渡された名刺を受け取る。この手のタイプも生前はよく見かけた。

「説明はツクヨミさんがしてくだはったんですね。ほなら今日は引き取らせてもらいます。故人さんも混乱してらっしゃる所でしょうし少し休んだ方がいい」

死後は体力勝負ですからなぁ、と快活に笑うと若葉は姿をスッと消してしまった。



こちらは引き際を心得ているというか、あっさりし過ぎて逆に肩透かしを食らってしまう。いや、まずは人が消えたことに驚くべくか。

あり得ないこと続きで驚くのにも疲れてしまった、やはり彼の言う通り混乱しているのかもしれない。



残った楓は若葉の居た方を一瞥していたが不意にこちらに向き直るとお決まりの営業顔に戻っていた。



「私の方も今日はこれでお暇させて頂きますね。でも死後保険は本当にお客様にとって良いことだらけなんですよ。特に我がツクヨミ生命では・・・・」

そこまで話して楓は軽く咳払いする。食い下がる事を若葉に詐欺紛いと言われたのを思い出したようだ。

それに関しては少し憤慨したようだ顔が少し赤い。

「とにかく詐欺では無いのでご安心下さい。それと何かご不明な点があればいつでもお尋ね下さいね」

そう言うと楓も姿を消してしまった。



唖然とする私。





連絡手段が謎なことに気づいたのはそれから10分も後になってからだった。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...