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我楽多の世界で
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しおりを挟む沈んだ地面からこちらを見る黄泉のイザナミの眼球は、中心が黒い点で、周りは赤く、真っ赤な血の様な色をして居た。
不気味としか言い様がないその姿に、息が詰まる。
無言の圧力が、その視線にはあった。
白龍を狂わせたのは、この女の狂気。
白龍は鏡の様に、女の狂気に黒く染まった。
狂気の大本は、愛と名の付く想い。
誰もがそう成りうると思った。
私でさえ、優月が絡めば、確実に堕ちる。
優月が、このまま、もしもこのまま消えてしまったら……私は、私でなくなるだろう。
それは事実で、今までの危うい自分を意識した。
どの私も、すんでのところで踏み留まって居た。
いつも崖っぷちに居る。それを今実感した。
待つのはもう、耐えられない。
これ以上は、もう……!
突如、息が出来なくなった。
意識が遠退く。
まるで、あの時の優月みたいだと、考えが過った。
───優月。
腕にある優月の重みがゆっくりと消えて、そのまま軽く何も無くなった。
軽くなった腕が、ガラガラと崩れ、周りは暗く闇に覆われて行った。
何も見えず、何も感じなくなり、自分が何処に居るのか、自分の形さえ判らなくなって行った。
暗い、暗い、此処は……此処は?
「あぁ。初めてだな……」
耳に聞こえたのは、低い男の声。
「私が来たのは」
暗闇の中、響く声を頼りに視線を動かすと、そこに淡い点状の光が射していた。
それがゆっくりと縦長に広がる。
淡い光は暗闇に出来た扉に見えた。
目を細めると、光に縁取られた人型が見え始める。
「……誰だ?」
「名前を訊いているのかい?」
からかう様な口振り。
だが、此処に存在するのは私と目の前の光る男だけ。
判るのは、先程まで居た場所とは違う所に居ると言う事だけ。
ならば、この男の話を訊く事だけが今出来る最善策。
「名前には力が宿る。それを知りたがるとは……」
「私は、朗と言う」
男の話は滔々としてらちが明かない。
会話を進める為に自ら名乗ると、しばらく沈黙が流れた。
「そうか。僕はロウゼと言う。
君はどうしてこちら側へ来たんだい?」
こちら側?
男、ロウゼは、明らかに私の事を知っている。
「僕が気味悪いか?」
ロウゼが訊いて来た。
「そんな事に興味はない」
「解っている」
何が判るって言うんだ。
「全てだよ。河童の朗」
そこまでは言っていない。
「そうさ。僕に隠し事は出来ない。優月を助けたいのだろう?
僕には“視る”事が出来るんだ。人の心を……人の未来が」
不思議と嘘を言っている様には思えなかった。
暗闇と光の空間に眼が慣れて来て、人型が微かにはっきりとした姿を現し出す。
見えて来た男の容姿に驚く。
長い黒髪を無造作に纏めた白衣を着たその姿は、まるで学校に行った時の私そのものの姿をしていた。
「僕は君だ。
君の世界と僕の世界は、ある意味同じなんだよ。
君はあちらの世界の僕で、僕はこちらの世界の君だ。」
ロウゼは小さく微笑みを浮かべた。
理解し難い言葉を、ロウゼは続ける。
「君には理解出来ないかも知れないね。けれど、そちらの言い方をすれば、人界と妖界の違いみたいなものかな。
う~ん? 違うな。そうだな。何度も転生しているだろう? そのどれもが違うが、君自身に違いないよね?
そんな違いかな?」
解らない。
けれども、このロウゼは幻とも思えない程に現実味がある。
「ふむ。僕が幻かも知れないと思っているのかい?」
ロウゼは首を傾げ、ならば、と、姿を隠した。
「この子を見れば理解出来るかな?」
再び姿を現した彼は、その腕に誰かを抱えて居た。
金色に輝く長い髪を持つ、小さな子ども。
その気配は……。
余りにも馴染んだもので、思わず手を伸ばしていた。
手が触れたのは、その者でなく、冷たい感触。
ガラスの様な感触。
私を隔てる壁が、ここには在った。
あの子に触れて良いのは、私だけだ!
嫉妬にも似た気持ちが沸き上がる。
あの子は、ロウゼの抱くあの小さな子は、姿形は違えども、優月だっ!
「君にも解るだろう?」
金色の長い髪が揺れ、その顔を覗かせた。
「この子は、この世界の優月だよ」
見えた顔は、幼い優月の顔。
あの、命を助けた時の優月。
「解るね? 君が優月を愛する様に、僕もこの子を愛しているんだ。
誰よりも、僕自身よりもね」
“優月”を大事そうに抱え直したロウゼは、更に続ける。
「僕の大事なこの子はね、強すぎる力のせいで、一度壊れたんだ。
壊れて、その力を知りたい科学者にバラバラにされた。
だから、僕が治して居るのさ。
治してる途中なんだ。
それも治すなら完璧に治したいよね?
だってさ。
愛してる。なら、愛されたいじゃないか?
触れるだけでなく、触れて欲しいじゃないか?
僕は、これでも強い方なんだよ。この世界では」
一気に話したロウゼは、呼吸を整える為にか、大きく息を吐いた。
「力を分散させる為に、この子は創造し続けなければならないんだ。
一つの世界が完璧に創造し終えれば、その世界が力を吸い取ってくれる。
そうする事で、その世界は独立した世界として、この大きな宇宙の中に、惑星とした形に成って存在出来るんだよ」
ロウゼの眼の中に、狂気染みた光が見えた気がした。
それは黄泉のイザナミの中で見たものにも似ていた。
「そうだね。誰だってそう言った感情は持っている筈さ。
愛は、狂喜にも、狂気にも成りうる。
君の中にも在るじゃないか。独占欲、とかね」
言いながら、ロウゼは腕の中の幼い優月に頬を寄せた。
柔らかそうな白い頬にロウゼが頬擦りする。
途端に心に沸き上がる嫉妬。
「ほら、まるで炎の様に瞬時に燃え上がる。それが人の心と言うものだ」
幼い優月の金髪を指に絡め、こちらに視線だけを寄越したロウゼが眉根を寄せる。
「この子は、“カミサマ”と言うんだ。まあ、能力の名がカミサマと言われているんだけどね。
誰もが憧れて、だが、大き過ぎる能力故に恐れられている存在。ぴったりの名前だとは思うけどね」
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