河童様

なぁ恋

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我楽多の世界で

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「この子の名は“ユウキ”と言う。
親が付けた名だ。唯一の贈り物。現在、この名前は何の意味も持たないし、誰も知らない……ああ、君の世界では意味有る言葉なんだね」

“勇気”
優月の中にある勇気。
きっとそれがあの状態を呼んだ。

「私は何故此処に来たんだ?」

自問自答の様に出た言葉。
別世界の物語を聞きに来た訳じゃない。
優月を失わない為にどうしたら良いのか。

今なら解る。
私に出来る事を知りたくて、私は此処に来た。
 

 
「僕達と君達は、似ている。
だが、全てがそうかと訊かれたら、全然違う。
けれどね、出来るなら幸せな未来であって欲しい。
優しい未来であって欲しい」

ロウゼはユウキの頭を優しく撫でる。

「此処は、ユウキの創った沢山のガラクタが転がっている。何故なら、失敗した世界は植物の様に枯れて壊れる」

ロウゼの足下に視線を落とすと、雲の様な形状の白いフワフワとした床だった。
目を凝らすと、それは丸い球体の集まり。
 
「成功しないと、いつまでも僕のユウキは目覚めない。僕はガラクタに囲まれて、窒息しそうだ」

限界はとうに越えて居た。
今の私がそうである様に……。

「僕は、心を繋げる事が出来る“テレパシー能力”を持ってる。
君も自覚は無くともそれとなく感じているんじゃないか?
君は僕だ。能力も受け継いで居る筈だ。
君は君の大事な子を護る為に、その全てを使いなさい。
後悔しない様に、その腕に在る重みを手放さない様に……」
 

 
頭に浮かんだ記憶。学校での事。優月に確かに頭の中で話し掛けて居た。優月もそれに反応して居た。

腕の重み。
身体の感覚が戻って来た。
同時に、ロウゼの世界と繋がった空間が、歪み、薄れて行く。

『幸せに、なりなさい』

ロウゼの声が、確かに聞こえた。

目を閉じる。
静かに、身体に重力がかかって来た。


───……

……

「河童!!」

クロスの声が耳に飛び込んで来た。

河童。
“癒しの力”を持った種族。

現実だったのか夢だったのか?

は“治して”居ると言った。
それさえ、河童の癒しと重なっている。

男?
誰の事だ?
判らない。

判らないが、腕の重みが私の優月だと、理解している。

ドウンッ!

頭上の爆音は、優月の宿った十拳剣がした事。
           
それで解って居るのは、に分かれた優月が危険に曝されて居る事実。
 

「おい! 大丈夫か!?」

クロスの声が必死で、意識がそちらに向く。

「どうしたんだよ?! お前まで意識無くなって、びっくりしたよ」

意識が?

「覚えていない」

クロスが嘘を吐いて居る様には見えないが、優月が息を止めた時の恐怖と違和感を思い出した。

ズウン!

今度は空とは違う、大地の割れる音が響いた。
途端に、何故か忘れかけていた赤い眼を思い出し、そちらを見る。

黄泉のイザナミは、まだそこに居て、その足下の地面はドロリとマグマの様に溶け、足首までが柔らかい土に埋もれていた。

天と地の破壊。
   
まるでを迎えたみたいだ。
 

赤い眼を遮る様に、白い影が目の前に現れた。

「貴方は、優月をお願いします」

影の正体は優良。
小さな緑色の体に白い着物を巻いて、赤い帯のリボンが揺れている。
見た目はまだ幼い。
だが、私の……双子の妹。

「あれは、私。逃げてばかりでは居られない」

妹河童で、イザナミの前世を持つ優良。

優良が右腕を前に翳すと、暖かい風が生まれ、柔らかい着物がヒラヒラと揺れて、優良の躰が土色の焔に包まれた。
右腕の土の焔がその力を発揮した。

「私が“私”を留めておくから、優月を助けて!」

言われて、自然と体が動く。
腕の中の優月に意識を集中する。

優月と十拳剣は今一体化している。ならば、私もそこに行けば良い!
優月は薄らと眼を開けていた。
そこから見えるのは、河童の証である星屑。その内にある優月の魂を捉える。

星屑に視えたのは、優月の軌跡。

無数の星屑の中、その一つ一つがまるで幾人もの人影に見えた。
その中の三つの光が、しっかりとした人型を作り出す。

一つは小さな子どもの菊理媛。
一つは小さな子どものゆうつき。
一つは小さな子どもの優月。

その子らが互いに手を繋ぎクルクルと回る。
回り、それぞれに成長する。
菊理媛は、美しく黒髪の伸びる様が印象的で、
ゆうつきは、勝気な大きな眼が笑う様がとても心騒がせ、
優月は、頭の天辺から足の爪先まで、私の心を捉えて離さない。


も、私は知り、愛している。

だが、今現在求める私の愛する者は、ただ一人。
彼、優月だ。

その輝きを、瞬時に見極め、手を伸ばす。
その手に、確かな感触を感じ、引き寄せる。

腕に抱くのは、優月。
優月だけ。



* 優月side*

硬い尾が何度も刃を掠める。
雷が容赦なく降り注いで来て、痛みはないのに、恐怖で身が縮まる。
気だけは前に進むのに、どうにもならないもどかしさで力が抜けて行く。
思わず周りには聞こえない声を上げた。

「ゆづ!  大丈夫なの?」

姉ちゃんも余裕はない筈なのに、気遣ってくれる。

先輩が黒龍をよけて空を翔け、一瞬攻撃が止んだ。

何も考えられなくて、思考が停止する。
次に攻撃を受けたら負けるかもしれない。そんな不安が頭を過ぎる。

怖い。
怖い!


その時、
何か温かいものに包まれた。
それは、僕の知った温かみ。
僕の今は無い筈の腕を掴まれて、背後を振り向く。

そこに居たのは、朗。

「何で?」

朗は満面の笑みを浮かべて、そして強く抱き寄せられた。

ここは、十拳剣の内、朗の顔が見える訳ないし、感触も在る筈がないのに。

「大丈夫だ」

低い声が、耳元で優しく囁く。

「朗……。幻じゃない?」

頭を撫でられる。

「あぁ、幻じゃない。私だ」

でも、ここは“十拳剣”の内。どうして朗が?
パニくるも、宥める様に背中を撫でられ、落ち着いて来た。

「お前を追って来た」

追って?
思い出したのは、朗の言葉。

“置いて行かないでくれ”

僕は、朗を置いて来てしまってた。

「朗。ごめん! 僕っ」
「いい。いいんだ。こうして私が傍に来た。これが私達の形だ」

何時だって、追い掛けて来てくれるのは朗だ。
それは、前世から。

「今は目前の事だ」

そうだ!  黒龍。
意識を外に戻すと、上空から黒龍目掛けて降下している所だった。

僕は、何の為に力を使うの?
それは、自身の幸せの為に。
大切な人を護る為に。

背後から、ふわりと優しく抱き締めてくれる朗が、僕を安心させ、力をくれる。


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