32 / 56
本編
砂の城
しおりを挟む集まった者たちは沈黙する。
現状を把握するのにそう時間はかからなかった。
柩に詰められた父王らしき残骸。
頭蓋骨は無く、骨と皮だけとなった体に無理やり衣服を着せている。
「ふふふ」
誰の声かと首を傾げると、妖艶に微笑む王妃、母上と目が合った。
「アウロ。礼を言うぞ」
話せたことに驚く。
母上は言葉を失ったと聞いていた。
「この男は、己だけを愛していたからの。だから己の“呪竜”に喰われたのだよ。ふふ……ほほほ」
扇を口元に尚も笑う。
「気の毒じゃが、そなたの婚約は“魔力契約書”を破棄されたでの、まだ正式には結ばれてはおらぬよ。そこまで強い魔力の持ち主とは聞いてはおらなんだ」
くっくっと含み笑う母上は、この上なく上機嫌である。
「あぁやれ。ようやっと双子を解放してやれる……妾はの、この男が心底憎かった。双子の為に我慢をした。それでもあれとの間に生まれて来たそなた達は可愛いよ。特にアウロ。そなたが生まれてくれたことを一番に感謝する」
私は先祖返りとも言える魔力を持つ。それはタマゴとして生まれ来たことも関係するのだろう。
生まれ落ちた時に“恐怖”と“希望”の感情がぶつけられた。
恐怖は父王から。
魔力に慄いて、
希望は王妃から。
今ならその理由が解る。目の前の父王の死なのだろう……
五年の時を殻の中で過ごした。それは私と言う歪な魂をこの体に定着させる為、タマゴの中でゆっくりと魂と体とを融合させる。その時気付いた。私の血脈には竜と精霊が在り、そのどちらも魂とも繋がっていると……だから、竜の血族に生まれるには、魂を安定させなければならなかったのだ。
殻の外は前世と変わらない空気で、仲良さげな両親から感じる違和感をも、別段気にすることはなかった。
私には、“エドガー”には関係ないからだ。
だが、全てを蔑ろにしていたことで、私が最も望んだものは手に入らず、この手から零れ落ちてしまったのか……。
「子どもなど……愛しい人ほど大事なものはないと言うのに」
「アウロの言う通り。妾は双子の父親を愛していたのだ。だが、この男に殺された。だから、愛しい人と同じ瞳を持つ双子が何よりも大事であったのだ。この男から護る為に瞼を縫いつけるほどにな、この男の邪な執着愛から護る為に抱かれもした。魂の磨り減る思いをしながらの……だが、ようやっと、終わったのじゃ。やっと、解放される」
ふらふらと、柩の横に座ると、その亡骸に手を当てる。
「やっと、解放される……」
その白い頬に伝う雫は何なのか?
母上本人は気付いてもいないのだろう。
ことん。と扇の落ちる音。
何も持たない両手が、皮と骨となった亡骸を鷲掴むと、その真っ赤に塗られた唇に呑み込まれて行く。
ガリッ
ガリリ
ボリ……ボリ
父上自身が食べ残したそのカスを、その場に居た誰もが止めることが出来ず。止めることもするつもりもなかった。
竜は時に、愛しいものの亡骸を喰うと言う。
愛しい人。
母上は憎い憎いと言いながら、その実、愛しても居たのだ。
これは儀式だ。
竜の葬儀。
人間では有り得ない。
精霊でも有り得ない在り方。
私は竜の血族寄りの魂で在ったのだろう。だからヴィクトルを喰ったのだ。
それで死ぬまでの一時を過ごすことが出来た。
双子……一番年上の兄上たちを見る。
瞼の閉じた双子。この双子は無事に生まれ落ちて居るのに……私の子は生まれなかった。なんと不公平なことだ。
「はっ! ……愛とは毒よの……」
ユースローゼが母上を見下ろしている。
「愛する者が死したならば私ならば自死を選ぶ」
「私は狂ったよ」
思わず口から零れた言葉は、静かな室内に妙に響いた。
「今日はお開きにしましょう」
いつも静かなナーイアウロが提案したことに、それぞれ静かにその場から離れる。
扉外で待つ女性騎士に飛びつくユーナセリア。
二人いる女性騎士の一人はナーイアウロの後から着いて行く。
今日はヴィクトルではないのだな。
そんなことを考えながら、母上と双子の兄を残し扉を閉めた。
愛とは毒だ。
ユースローゼの言葉は言い得て妙。
毒とも薬ともなるのだろう。
ヴィクトル。
ヴィクトル。
ヴィクトル。
ヴィクトル。
ヴィクトル。
私の心には彼女だけが息づいている。
ふと、厳つい男の顔が頭を過る。
あれは……別物だ。
あの男の傍は何故か心を真っ白にさせる。寄り添うだけで……安心出来る。
花のように美しいヴィクトルを思うと苦しくなる。
なのに、硬い筋肉に覆われた厳つい男を思うと安堵するなど、おかしなものだ。
アンスは今どこに居るのだ?
何故私の傍に居ない?
「……アンス。アンス!」
あれは私の、私だけの護衛なのだ。
途端に苛立ち、荒らげる声を止めることが出来なかった。
ここはまるで砂上の城。
幻で固められた世界に在る、簡単に崩れる砂で出来た城。
足元が崩れてしまいそうな不安定な感覚に酔ってしまいそうになる。
「アンス!」
周りに居る者たちが怪訝な顔をする。
そんなことに構って居られるか。
「アンス!!」
苦しい。
苦しい。
苦しい!
なのに、何故傍に居ない?
こんなに求めているのに、何故居ない?
あれも、アンスも、私から逃げて行くのか?
否、
忠誠と愛を捧げると言った。
否、
愛してる。ずっと傍に居るわ。
そう言ったヴィクトルは傍には居ない。
なら、忠誠と愛を捧げる。なんて言葉など、なんの約束にもならないのでは無いか??
不安は確信となる。
もやもやと胸に広がる黒い塊。
鉛のように体が重くなり、足が止まる。
「……アンス───……」
何故!
何故?
何故傍に居ない??
薄れ行く意識の中、砂の山に埋もれる自身の幻を見た。
砂漠はどこまでも白く、無音で、無慈悲だ。
アンス……誰か、私を───……
続く言葉は砂に呑み込まれ、聞こえない。
虚しく響くは己の内に。
誰か、私を愛して───……
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる