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虎之介奇譚
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しおりを挟む*龍太郎side*
気付いたら、風景が変わってた。
「え?」ひんやりした室内。
「おぉ! 龍太郎か? じぃちゃんじゃよ」
大きなじいさんに抱き締められる。
「は……じいちゃん? 兄さんは?」
「はい。ここだよ。靴脱がないとね」
「靴?」
足下を見ると畳に立つ靴を履いた足。
「また。虎之介。移動して来たんか?」
じいちゃんの溜め息。
「人には見られてないよ」
「まったく。さ、龍太郎、疲れたろう? スイカでも食うか」
慌てて脱いだ靴を兄さんが触れると、消えた。
何?
向けられた笑顔は可愛くて、でも、沢山の疑問符が頭を渦巻く。
「訊きたい? 僕の事、知りたい?」
可愛い笑顔に隠れた謎を、俺は知りたい?
謎? それよりも謎めいた兄さん、虎之介にココロ惹かれて……
「行こう?」
また差し出された手。
この手を取ったら、どうなるんだろう?
母さん。
貴女は兄さんを手放して。でも、想い、想い、ココロに秘めて想い。
最期の時を一緒に過ごしたいと願った。
最後の望みを叶えたい。そう思った父さんを誰が責められよう。
わがままと言われようが、そうした想いを気持ちを伝えないと。
救われない。
俺だって
兄さんの代わりにはなれない。
どんなに願っても、
母さんが望んで居るのは、虎之介。
*虎之介side*
「帰って来いって言うの?」
龍太郎の言葉に絶句。
母親が望むから帰って来い?
「余命一年。そう言われたから」
静まる室内。
「余命いくばくもない。と……言うのか?」
じぃちゃんの顔が蒼白になる。
そうか。母はじぃちゃんの娘。
「電話や手紙で言える様な内容じゃないから、俺が来ました」
丁寧に話す龍太郎。
正座してかしこまって、人ごとみたいで……僕にも実感は無くて、
「あの人がこっちにくれば良いんじゃない?」
「―――ほうじゃ。そうしたら良い!」
じぃちゃんが叫ぶ。
チラリ と見て、
「母は、父の傍にも居たいそうです」
龍太郎はあくまでも冷静で、それを見て居る僕も静かで。
「そうか。そうじゃな……相談しよう。」
じぃちゃんの言う相談は、桃井の父さんと母さんに?
僕は“神主”に成る為にそれなりに努力していた。
人の命がかかってるから、それを簡単に捨てろと?
龍太郎を見ると、一瞬大きく見開いた眼に驚きの表情。
「天狗。そうにらむな」
龍太郎の後ろから大輝の声。
襖から覗く大輝の笑顔。
「にらんでないよ」
彼を見るだけで自然と笑顔になる。
*龍太郎side*
用件を伝えると、
可愛い顔がいっぺんにキツい顔になって、光る瞳ににらまれた。
それが、
俺の背後から聞こえた声に、
「おかえりなさい」
虎之介が笑顔になる。
それもとびっきりの。
それまでのキツい顔が嘘の様に、
あの顔も、雰囲気も、正直、怖かった。
まだ心臓はドキドキ 言ってる。
優しい外見とは裏腹に激しい気性を内に秘めてる感じがする。
「龍太郎くん?」
柔らかい物言いの大輝と呼ばれた男が俺の横に座る。
「はい」
「初めまして。相楽 大輝と言います」
にこやかに答える。
優しい感じ。
例えるなら“兄さん”はこんな感じだと思ってた。
「僕の恋人だよ」
続いた言葉に動きが止まる。
「兄さん?」
にこやかに笑む虎之介。
「いきなりですまない。虎之介、順序ってのがあるだろう?」
順序?
恋人?
「俺達は同性だが、恋人同士なんだ」
大輝の言葉に何だか納得出来なくて、勢い良く立ち上がって、部屋を走り出る。
初めて会う兄さんは、謎だらけで、俺は“虎之介”を知りたくてココロが踊った。
執着心のほとんど無い俺が、こんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。
てか。
ムカつく。
恋人?
男が恋人ってとこはなんにも思わなかった。
恋人が居るって事実にムカついた。
可愛い虎之介。可愛い?
クソッ!
否定出来ない。
男なのに可愛い。
俺より背が低くて華奢な体付き。
笑顔が、可愛い。
兄さん。
あれが、兄さん?
混乱して、
走る。
玄関に僕の靴。
何で玄関に?
外に出て走る。
赤い鳥居をくぐり駆け抜け、神社の宮を通り抜け山林へ駆け込む。
我慢してた気持ちが、爆発した。
止まらない。
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