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毒鬼
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しおりを挟む「クス」
耳についた小さな声。
振り向くと、腰までの黒髪、真っ直ぐに切り揃えられた前髪、耳に掛かる髪は前髪より長めに揃えられている。
いわゆるお姫様カット? いやに大きな黒い瞳が俺を見て居た。
「元気?」
樹利亜の声に瞬きし、開けたらもうその姫さんは居なくなってた。幻?
「どうしたの?」
「いや。気のせいかな?」
怪訝な顔をした樹利亜がにやりと笑う。
「他の女性に気を取られても良いの?」
*
*静side*
「面白いものをみつけちゃった」
とっても元気な男の子。名前も元気なんて洒落てるじゃない。
「静。」
「うん。あれが良い」
どうせ頂くなら自分の気に入った者が良い。
鬼若が頷くと静かに姿を消した。
なんて動きの早い。
大きな体躯はしなやかで今の世で知った豹と言う猛獣に似ている。黒豹。
躰が震えた。
彼に感じてしまった。彼のすべてが私の心と躰を悶えさせる。
「ねぇ鬼若? こんなに愛してるの。いい加減無視するのはやめてよね」
彼の消えた空間に小さく怒りをぶつける。
パリンッ
ショーウィンドーに縦にヒビが行く。
店内の人間の驚いた顔。
「大丈夫ですか?」
感じ良さそうな女性店員が声を掛けて来た。
「びっくりしましたぁ」
今時の女よろしく弾けて笑ってみせる。
貴女、女性で良かったわね。
男性なら……喰べている所よ。
私の心情を察したのか、店員が震えて顔が青くなる。
“邪気”が出ていたのかしら?
無言でくずおれた女性を尻目にその場を離れる。
後は、鬼若を待てば良い。
知らずほくそ笑む。
*
*元気side*
樹利亜と他愛ない話をしながら店を出る。
少し歩くと大きな道路があって、そこの信号を待つ。
車の数も少なくてもう少しで青になるって時に、悲鳴が聞こえた。
「正和! 飛び出ちゃダメ!!」
俺の横をすり抜けた男の子が道路へ飛び出した。
信号は黄色で猛スピードで突っ切ろうとしていた小型バス。その手前で恐怖に立ちすくむ男の子。
「いやー!!」
母親の悲痛な叫びに、身体が自然と飛び出していた。
鬼だからそう簡単にケガ等する訳がない。と冷静に車を背に子どもを抱き包む。
キキーッ
急ブレーキの音と同時にドォンッ! と鈍い音。
身体に震動は無く、バスの方を見ると、黒ずくめの影が黒い手袋をした片手で止めていた。
バスを片手で止める。
普通の人間に出来る事じゃない。
その黒ずくめの男は、肩までの黒髪に、足先まで黒い衣服で覆われていた。
ゆっくりと振り向いた男その額には星型にえぐれた様な傷痕。赤黒い眼がひたとこちらを見る。
「ひゃぁああん……ママぁ!」
腕の中の子どもが泣き始める。
そちらに気を取られた隙に男は居なくなってた。車体にはくっきりと手跡が残されていて、夢ではなかったんだと分かる。
周りからは喝采が、母親からのお礼の言葉が聞こえて来る。
本当の功労者、奴はどこに?
ぐるりと周りを見渡すが、それらしき人影は見当たらず、景色が狭まって襲いかかって来た様な錯覚に陥り、ぎゅっと、目を閉じる。
そこに聞こえて来た声。
「うふふ」
鈴を転がした様な笑い声が小さく耳に届いた。
千里眼を使うと、先程の姫さんと、寄り添う黒ずくめの男。
「面白い」姫さんはそう呟いて、手をヒラヒラと振って「またね」と、ほほ笑んだ。
今一度大きく見開いた眼の色は、真紅。
朱色の鬼のそれ。
「無茶はしないで欲しい」樹利亜の声に我に返る。
「ここを離れよう」
そう。人目を気にする余裕等なく、樹利亜を担ぎ抱き飛ぶ。
ざわめく声が遠のく。
「元気?」
肩に乗せた樹利亜が上体を上げて訊く。
でも、答えられない。怖いんだ。
恐怖で身がすくむ。だから慌てて逃げてる。
まほろば、ライ!!
彼らを呼ぶ。
奴等に捕らえられたら最後だ。
見え隠れする殺意。
千里眼で視たのは“命を狩る者”の鬼気。
あれは、朱色の鬼。
だが今まで遭ったどの鬼よりも邪気を感じる。
何よりも、自分がターゲットになったと解ってしまった。
一人だと簡単に捕まってしまう!
この恐怖が樹利亜にも伝わって、強く肩を掴まれた。
****
*ライside*
「黒ずくめの男と、若い女性の朱色の鬼?」
目の前に二つのコーヒーを出して訊く。
元気の横には樹利亜も小さく震えていて、まほろばが樹利亜を挟んで元気の肩までを抱き寄せる。そして落ち着かせる為の“癒し”
「ありがとう」
幾分か楽になったのか、樹利亜が小さく笑みを見せる。
コーヒーを勧めると、頷いて元気に手渡し自分も口を付ける。
「あれは、まるで死人だ」
両手で挟んだカップを見つめたまま元気が話しだした。
「黒ずくめの男。精気がなかった。
目の色が、黒くて赤い。まるで血の色……」
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いつも勝気で陽気な元気が、恐怖で震えるなんて……
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