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夢乱鬼
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しおりを挟む*まほろばside*
床下に大きな洞窟が見える。
三人の獣は金と銀の二人に任せて大丈夫だろう。
ライに目配せすると判ったと道彩の元へ行った。
床下へ降りる。瓦礫と岩の重なった場所へ立つと、横に広がる洞窟入口が大きく口を開いて居た。
そこに、朱色の鬼の気配と、懐かしい匂いのする空気が漂って来ていた。
地獄の匂い。
封印されているとは言え、ここの空気は濃い地獄の匂いがする。
血がざわつく。
躰が変化したいと疼いて居る。鬼本来の姿に。
地獄は俺の故郷。
俺の原点。
地獄の入口に一歩、足を踏み入れる。
「「あぁん―――ああぁ……」」
洞窟の奥から聞こえて来るのは、赤子が変化した朱色の鬼。その声。
道彩から得た情報から、母親の身の危険を感じて胎内のまだ小さな胎児が表へ現れ朱色の鬼と化した。
母体の危機は胎児の危機。純粋に生きる事しか知らない胎児は生きる為に変化した。
それは、罪じゃない。
誰でも生きる権利はあるのだから。
だが、純粋ゆえに、朱色の鬼に成ってしまっては助からない。
だが、母親は助けられる。
泣き声の元へ辿り着く。大きな岩の前に“肉の塊”が居た。
五メートル程の長身にずんぐりとした巨体。そこに皺くちゃの顔があり、細い眼は赤く光り、小さな口から泣き声が漏れて居る。
その顔の上に肉にめり込んだ母親の顔が目を閉じて居た。
背後の大岩は、地獄の入口を閉じたもの。
この場所は朱色の鬼には心地好い空間なのだ。
大岩に寄り掛かってこちらを見る朱色の鬼は、ただ赤子の様に泣いて居た。
このままで居させてやりたいと思うが、それが叶わない事も分かっている。
「「あああぁぁ―――……」」
低く続いて居た泣き声がいきなりやむ。
殆ど動きのなかった朱色の鬼、肉の塊であった躰に異変が起こる。
肉がボコボコとうねり、長い手足のスッキリとした見姿に成る。合わせて母体の顔が胸辺りに移動し、そこから上に坊主頭に目鼻立ちの整った顔が現れた。
赤子が誕生し成人に育った頃の姿なのだろう。
母体の顔に良く似て居た。
赤い眼がゆっくりと開き、視線が合う。
「「ふうぅ―――。鬼。鬼。おぉにいぃ―――??」」
言葉を発した。だが、赤子の朱色の鬼の思考は感じられない。
母体の声とも違う。
何だ?
「「この地にぃ……まだ、鬼がぁ居たのか? “生粋の鬼”が……居たのかぁ??」」
どこから来る思考なのか? 朱色の鬼の口を介して俺に質問して居る様だ。
「お前は誰だ?」
その問いに朱色の鬼が小首を傾げる。
「「お前と同じ鬼さ。」」
ゴキッと朱色の鬼が回す首が鳴る。さらに口を開く。
「「この地の空気は、良い。入口が塞がれてから……地獄の空気が如何に澱んでしまったか……後悔して居るよ。手に入れなかった事。地獄よりも遥かにこの地は居心地が良い……」」
滑らかに言葉が出るに従い、その者の姿が垣間視えた。
坊主頭が長い金と銀の半々の髪に、眼は深い赤。朱色。
その結んだ口元が、静かに笑んだ。
全身に鳥肌が立った。
危険よりも強く感じるのは絶望。
だが、幸いにも目の前に視えるのは、強い力を持つ者の幻。
無垢の者の躰を“現し身”として一時こちらに現れただけのもの。
判るのは、自分と同じ鬼である事と、鬼そのものが朱色の鬼で在る事。
記憶が揺らぐ。
元は鬼が悪鬼に変化した事から始まった悲劇。
大岩の奥から流れ来る空気が、地獄の息吹が頬を撫でる。
目前の朱色の鬼は、そこの風に混じる欠片の様なもの。
その欠片が赤子の肉体に刺さった。そうして形成し、肉の塊がこの鬼に成った。
欠片でこれだ。
ゆっくりと近付いて来る朱色の鬼を見上げる。
幻が重なる姿は、幻の力は偉大。
大きく振り下ろされる手を両腕で受け止めるが、衝撃と身体を貫く波動が地響きを起こし、瓦礫が頭上から降り落ちる。
俺の意思に反して足の筋を残して後退した身体が壁に当たり止まる。
すべてを受け止めるつもりだった。
砂煙が舞い上がり、目が霞む。
身体に伝わる衝撃。
気付けば両腕を鷲掴まれ身体が宙に浮いて居た。
「「何故お前は居るのだ? この世界に。
我らの子孫が居るのは当たり前だが、“生粋の鬼”が何故? 何故ここに居る?」」
強い力で腕を掴まれ、骨が軋む。目線が合わせられ、その赤い眼が俺を捉える。
「お前が、誰だ?」
俺の問いに奴は笑う。
「「この地の下に在る地獄の長よ。地上で施された封印は強くなかなか出て来れなかったが、面白いよな。少し開けた封じの穴から、不安定な鬼の匂いを感じて乗り移ってみれば、お前が居た。“珠”にして連れ帰っても良いが……」」
喉で笑った奴が、さらに力を込める。
痛みを封じて居たが、左腕の骨が皮膚を破って覗いた事で痛みが表に出た。
「くぅ―――ッ!」
「「赤鬼よ。お前はここで何をして居る?」」
据わった赤い眼が探る。
頭を直接覗かれる感覚。痛みに一瞬緩んだ隙に記憶を掠め取られた。
「止めろ!!」
言霊で跳ね返すが、すでに遅く赤い眼が笑う。
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